第16章 ── 第11話
アンビエル月(5月)三一日、マレア(土曜日)の朝、目的の古城『キシリアン城』に到着。
城と言っても大きいものでもなく、やはり出城といった規模で城下町などの形跡はない。
スレイプニルに乘って城壁に沿って一周してみたが、入り口は南西にある跳ね橋だけのようだ。ちなみに跳ね橋は上がっており、固く閉じられている。
城の周りは堀が水を湛えているが、緑色に濁っており、堀の底は見えない。
マップで確認する限り、赤い光点がいくつも表示されているのが確認できるので、相当に深そうだ。
水の中には巨大な魚型モンスターが棲み着いているということだろう。レベルは三〇~四〇と色々だ。陸生生物である人間には危険すぎる。
雷撃や凍結系の戦闘用魔法を行使すれば駆除は可能だが、城に入った後の事を考えるとMPの過度の消費は躊躇われる。
俺がそれら属性の強力な魔法を使えたら何の問題もなかったんだけど、まだ中級魔法しか覚えてきてない。ちゃんと魔法リストに登録しておけば良かった。
こうなると空から行くしかないな。一番手っ取り早いしね。
「アポロンに抗えし……ダイダロスの息子、勇猛なるイカロスの力を宿せ。
久々に厨二病炸裂。
空を自由に飛ぶと言ったら青いタヌキロボのアニメかイカロスかと。あまり高く飛ぶと効果時間が切れた時に落下死するのもイカロスっぽいし。
「あれは呪文なのですか?」
「俺には……判らん……」
「国王陛下が以前、似たような呪文を使っていたことがあります」
「ほう。それは面白い。ペールゼン陛下はケントと同郷だと言う話だったな。考察する必要があるかもしれない」
ペルージア、それとハリスとトリシアよ。それに抵触するのは
空中に浮かび上がった俺は、仲間たちの会話を聞きながら、城壁の上を目指す。
俺の知識では、跳ね橋の機構は大抵の場合城壁内部の二階とか三階にあるものだ。
城壁の銃眼付近で城壁上部の様子を探る。
城壁の上には特に何かいるようには見えない。マップにも何らかの存在を示す光点はない。
俺はゆっくりと移動し城壁の上に降り立った。
慎重に周囲を確認する。やはり何もいない。スケルトンすら一匹もいないので少々拍子抜けだ。
跳ね橋がある城壁の屋上付近に下へと繋がる穴があった。以前は落とし戸があったのだろう。
穴の中を覗くと、非常に暗いが明り取り用の窓などから入る光で薄っすらと中を確認できる。
「やっぱりあった」
跳ね橋を引き上げる巻揚機を二つ確認できた。
屋上からヒラリと飛び降りて中に入る。
巻揚機を調べてみるが、ドラムには錆びて朽ち果て気味の鎖が巻き付いており、到底動かせる状態ではない。クランクも朽ち落ちている。
「さて、どうしたものか……」
巻揚機に繋がっている鎖は錆びてボロボロだが、非常に太い作りのため切れていない。
「こいつをぶった斬れば跳ね橋が下りるかなぁ……でも降りた衝撃で橋が壊れそうな気もするな」
跳ね橋の状態を今度は場内から確認してみる。比較的丈夫に造られているのは判るのだが、やはり風雪による経年劣化が激しく、大きな衝撃には耐えられそうもない。
俺は空に舞い上がると城の周辺を背の高い木がないかと見回す。
堀の幅は一〇メートル程度なので、一五メートルくらいの大木があれば橋にできそうだし、幾本か確保できれば跳ね橋を落とした時に壊れても問題は解決だ。
「よし、何本かあるようだ。これなら問題ないだろう」
再び城壁内に戻ると、錆びついて朽ち果てそうな鎖を前に剣を抜いた。
そして剣を振った。一度目の振りで右側の鎖を、返す刀で左側の鎖を断ち切る。
「刀剣乱舞……なんちゃってー」
カチリと頭の中で音がなる。
この程度でスキル覚えるのかよ……
スキル一覧を見れば『刀剣乱舞・丙』という一レベルの技を覚えていた。二連撃によって対象二体を同時に斬りつける技らしい。
うーむ、スキル欄の無駄遣いのような気もするが……ま、いいか。
「あれ?」
鎖を斬ったのに跳ね橋が落ちないな。
俺は跳ね橋の様子を確認する。
どうやら鎖や金具の錆によって城壁に張り付いてしまっている。これでは跳ね橋は落ちない。
俺は城内から跳ね橋のところに戻る。
「無空振動撃!」
などと言いながら格闘系アニメで見た架空技を真似した。
カチリ。
これも覚えるのかよ!
あまりの安直さに少々呆れる。
最近、クラフト系のスキルばかりで戦闘スキルを覚えてなかったけど、この分だとアニメとか漫画の技も簡単に覚えそうだぞ?
やはり技名を叫ぶなり言うなりするのが戦闘技を覚えるトリガーなんじゃないか?
──ギッ!
などと考えていると、大きな軋み音が聞こえた。
──ギッギィイイィィィィィ!! バターン!! ガラガラガラ!!
あー……跳ね橋は落ちたけど、やっぱり落ちた衝撃でバラけてしまった。
跳ね橋がバラバラになって水の中に落ちたので、仲間たちが対岸にいるのが見える。
「ケント! 新技か!?」
「むくう……何じゃって!?」
トリシアたちにも聞こえたのかよ……
俺は助走をつけて走り、対岸へとジャンプする。俺のステータスだと一〇メートルは簡単に飛び越せる程度だからね。
「よっと……」
「で、新技だが」
「我にも見せるのじゃ!」
「トリシア、マリス、余裕だな」
戻ってきた俺にキラキラした目で食いついてくる二人に、俺は苦笑交じりで皮肉を言う。
「ケントの一挙手一投足見逃してなるものか。余裕ぶってなどおれん!」
「そうじゃそうじゃ。新技は我らの前でやるべき案件じゃぞ!」
「え゛ー?」
何か怒られてる気分。
「忍術に……関係する技ならば……俺の前で……やれ……」
「とりあえず、技名を教えて欲しいのですよ。今後の参考に!」
ハリス、アナベル、お前らもか……
以前、俺が落ち込んだ原因なのだが、技名を言いながらスキルを使うのが俺の周囲……というか王国および帝国内で流行り始めているという報告がレベッカから上がっていた。
特に兵士や衛兵、冒険者などに顕著な流行らしく、もう既に当たり前に近い状態だとか。
トリシアたち仲間たちは、この流行の先駆けであり、俺が新技を使う時は立ち会わせるか技名を披露することを約束させられてしまっている。
「今回の新技は二つだ。『刀剣乱舞・丙』と『無空振動撃』だ」
俺が言うと、アナベルはメモ帳らしきものを取り出して書き始める。
「で、どういう技なんだ?」
「刀剣乱舞・丙は二体の敵を同時に斬りつける一レベル技だな。レベルが上がったら対象数が増えるのかもしれん」
「無空……なんじゃっけ?」
「無空振動撃だ。こっちは格闘用の素手攻撃スキルだな。相手に拳を添え、腕から振動波を出して敵の内部に損傷を与えるって感じだろう」
ふむふむとトリシアとマリスが聞いている。ペルージアがポカーンとした顔で俺たちを見ていた。
「忍術は……?」
「ねえよ!」
ハリスが衝撃と共に寂しそうな表情を浮かべる。その表情を見たペルージアが恨めしそうな目を俺に向けてきた。
「今度教えてやるから!」
そう言うとパッと顔を明るくするのだからハリスも現金だなぁ。ハリスが元気を取り戻すとペルージアもニコニコ顔で頷くんだから困ったものだ。もう公認カップルでいいんじゃないか?
「さて、時間は有限だ。橋は落ちてしまったが、あっちの方に比較的高い木があった。それを斬ってきて橋にするとしよう」
「さっきのケントみたいに飛び越えればええじゃろ?」
あー。そういや、ここにいる仲間はみんなレベル四〇オーバーか。一〇メートルなんて簡単な距離か。
今までの現実世界での人間的な感覚がまだ抜けてないという事だ。
一〇メートルなんて、現実世界じゃ飛び越えられないと判断する距離だしな。
ティエルローゼでも一般的には同じような認識だと思うが、レベルが上がってくると人間離れが激しくなる。
一般的な人間はレベル一~一〇くらいだ。
冒険者や兵士など、戦闘に特化したような特殊なクラスに就いている人間はレベル二〇程度までになる。
エリートや英雄的な素質を持った者になると、三〇レベルを越えることもある。
レベル四〇以上は伝説級だ。出会った当時のトリシアなんかがそうだね。
モンスター系は、身体能力や特殊能力の関係でこのレベル分類は当てはまらないのだが、参考にはなるだろう。
例えば、ワイバーンはレベル三五だ。バジリスクはレベル四〇。でも、ティエルローゼではワイバーンの方が脅威度は高いとされている。
俺としては石化の視線があるバジリスクの方が危険だと思うんだが、鱗の硬さ、HPの総量などはワイバーンの方が上だし、ステータスもドラゴン系なのでワイバーンの方が高い。
そういう所がこの世界での脅威度の判断基準と言えそうだね。
さて、入り口が確保できたので、探索を開始できそうだ。
三〇〇年も前の古城だけあって不気味さは一級品。さらにアンデッドが出ることは確実ときている。
とっとと探索を終え、バンシー王女を何とかして撤収したい。俺はこういう幽霊屋敷的なイベントは本当に苦手なんだよ……
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