第16章 ── 第10話

 俺にとって絶叫と恐怖の夜が明け、野営を畳んでいるとフェンリルが戻ってきた。


 フェンリルの周囲に二〇匹ほどのサンダー・ウルフが群れていた。


「お、配下にできたのか?」

「ウォン」


 フェンリルが短く応えると、周囲のサンダー・ウルフが伏せのポーズをした。


 フェンリルはしっかりとサンダー・ウルフの忠誠を勝ち取れたようだね。


「おー、仲間が増えたのじゃな!」


 マリスがフェンリルの元にトコトコと走っていく。そしておもむろにフェンリルに抱きついた。


「グルル!」


 伏せをしていたサンダー・ウルフたちが唸り声を上げて立ち上がった。


「ガルルルル!」


 マリスに抱きつかれたフェンリルがサンダー・ウルフに頭だけ振り向いて唸った。


「クゥ~ン……」


 サンダー・ウルフたちが耳をペタンと折り曲げ、尻尾まで股の間に隠して伏せに戻る。


「きっちり配下に組み込んだようだな」

「ウォン」


 ログを出して読んでみる。


「まだ配下のものがマリスさまをあるじと認識しておりませんでした。申し訳ありません」


 俺はサンダー・ウルフたちの前に出る。狼たちは警戒心が強いのか、伏せの状態のまま後ずさりしている。


「サンダー・ウルフたち。マリスはフェンリルの主人だ。マリスに悪さしたらフェンリルが黙ってないぞ?」


 サンダー・ウルフたちは理解しているのか耳をピンと立てて俺の言葉を聞いている。


「いいか、マリスは俺の仲間だ。マリスにも忠誠を誓えないのなら皆殺しにするぞ。お前たちは一度俺たちに牙を剥いたのだからな」


 俺は威圧を乗せつつキツイ口調で言い聞かせた。サンダー・ウルフたちはガタガタと震えている。


「ウォン」


 フェンリルが一言吠えると、サンダー・ウルフたちが立ち上がり、一匹ずつマリスに体を擦り寄せていく。


「よしよし。聞き分けが良いな」

「おー、さすがフェンリルじゃな! モフり放題じゃ!」


 マリスは電撃を呼ぶタテガミに手を突っ込みモフモフ祭りだ。


「これでいいか」


 俺はマリスとその光景を見て満足する。


「辺境伯閣下は魔獣使いビースト・テイマーなのですか?」

「ケントは……魔法剣士マジック・ソードマスターだが……?」

「ものすごい威圧でしたよ? ゾンビの時とは大違いでしたが」

「ケントは……ビックリ箱……だから……な」


 久々にそのフレーズ聞いたな。


「で、フェンリル。サンダー・ウルフはどのくらいの群れなんだ?」


 俺が聞くと、フェンリルはこちらに顔を向ける。


「現在は総勢五〇匹という所でしょうか。二〇匹ほどマリスさまと創造主が倒されましたので」

「四〇匹か。随分と数が少ないな」

「仕方ありません。彼らは希少種ですので。この地方のサンダー・ウルフは一〇〇匹程度しかいないようです」

「げ、絶滅危惧種かよ! 保護した方が良さそうなレベルでヤバイな」


 ということは、この群れ以外のサンダー・ウルフもいるっぽいな。それも彼らに統合して、ある程度の大きさの群れを作らせた方がいいんじゃないかな?


「んじゃ、他の群れも仲間に入れてやれ。出来るか?」

「少々お時間を必要としますが?」

「構わない。古城の件が片付いたらレリオンに暫く滞在する予定だ」

「了解しました、創造主よ。マリスさまがモフモフに満足され次第、任務に移行します」

「頼むぞ」


 フェンリルは頷く。

 俺が良くモフモフ言ってたせいで、ゴーレムの間ですらモフモフという言葉が定着してしまった。


 話が終わった所で、マリスが俺を見上げてムスッとした顔をしている。


「ん? どうしたマリス?」

「ケントばかりズルいのじゃ! 我もフェンリルが何をしゃべってるのか知りたいのじゃ!」

「あー。すまんすまん。あとで前に使ってた翻訳機をやるから許せ」

「ホントじゃな!? 早く寄越すのじゃ!」

「いや、ちょっと改造しないとだから……古城で仕事が終わるまで待ってくれ」


 目をキラキラさせて迫るマリスを押し留める。


「絶対じゃからな! 忘れるでないぞ!」

「ああ、解ったよ」


 マリスはモフモフよりも翻訳機に気を取られたようで周囲を飛び回って喜んでいる。


「じゃ、フェンリル頼んだぞ」

「ウォン」


 フェンリルは一声鳴くとサンダー・ウルフたちと走り去っていった。

 それに気付いたマリスが走り回るのをやめた。


「どこ行ったのじゃ?」

「ああ、フェンリルはこの地域のサンダー・ウルフを配下に治めるための任務に就いたよ。レリオンに戻る頃には戻ってくるはずだよ」

「おー、もっと増やすのかや!?」

「そうだぞ。いっぱいいた方がマリスも嬉しいだろ?」

「そうじゃな!」


 ニヒヒと嬉しそうにマリスは笑った。


「やれやれ、マリスの勢力はどんどん大きくなるな」


 トリシアも頭をポリポリと掻く。


「マリスちゃんは大狼に好かれますからねー。どんどん増えるのは仕方ありません」


 アナベルは妙に納得顔だ。

 ドラゴンがダイア・ウルフをどんどん配下に入れたら人間とかにしたら脅威なんだがな。既に一国の軍隊じゃ太刀打ちできんレベルだぞ。

 まあ、俺の仲間でいる限りは危険はないと思うけど。


「小さい子なのに……辺境伯閣下は凄い仲間をお持ちなんですね……」


 ペルージアはマリスの正体を知らないからな。ただの子供だと思っているのかもしれんなぁ。

 だが、正体をバラしてもいいものかどうか……


「小さい子じゃないのじゃ! 我はドラゴンじゃからな!」


 あ、自分で身バレしてる。


「ド、ド、ド、ド……ドラゴン!?」

「そうじゃぞ。ニズヘルグじゃ」

「世界樹の根に住む伝説の黒竜……」

「よく知っておるの。我ら一族の住処を知るものがおるとはのう」


 ほう。住処の場所も気になるが、世界樹がティエルローゼにも存在するのか。

 ドーンヴァースにもあった超巨大な木の事だ。木の幹には長大なダンジョンがあり、ドーンヴァースのエンドコンテンツの一つになっていた。


「世界樹か。いつか行ってみたいなぁ」

「ほう、ドラゴン討伐かや? 昔はバカな人間どもが良く住処に来たもんじゃ。我が迎え撃つ立場から攻め込む立場になるとはのう。一興じゃな!」


 おいおい、マリスさん……?


「それって……世界樹はドラゴンが大量にいるのか?」

「大量? 上の方にはバハムートの一族がおったの。我の一族は根の方じゃったが。二種族合わせても二〇〇とはおらんがの。

 バハムートの一族は近縁のヨルムーンガント一族と戦っているのじゃが、我らには手を出してこんのじゃ。じゃから結構つまらない所じゃったのう」


 マリスによれば、世界樹には二種族のドラゴンが住み着いているらしい。

 それぞれ何十匹ものドラゴンがおり、前に少し聞いた事がある通り、敵対する他の竜族と戦っているとか。


 得意げにドラゴンの話をするマリスだが、ペルージアは固まってしまっている。

 ドラゴンは邪神カリスが最初に作り出した生物だ。あまりにも強力な存在ゆえに邪神ですらコントロールできずに世界各地に散っていったと言われている。

 レベル五〇程度の真祖トゥルー・ヴァンパイアでは太刀打ちすらできない最悪の魔獣だ。


「な、何故……ドラゴンがぼ、冒険者……に……」


 口調がハリスっぽくなってるぞ、ペルージアよ。まあ、驚くのも無理はないのかな。マリスは非常に異色な存在だからな。


「住処で寝っ転がってても退屈じゃったから、トリシアみたいな冒険者になろうと思って出てきたのじゃ! 次の目標はケントじゃがの!」


 確かに、出会った頃のトリシアには追いついたもんな。チームのメンバー全員があの頃のトリシア以上だし。


「ま、ま、ま、まさか……ハ、ハ、ハリスさまも……!?」

「いや、ハリスは人間だよ。でもちょっと特殊だけど」

「ど、ど、どこがですか!?」


 ハリスの話題だと食いつきが違うな。


「ハリスは元は野伏レンジャーだった。でも、今は野伏レンジャーでありつつ、忍者でもあるね」


 ハリスが無言で頷く。


「えーと? どういうことでしょうか?」

「普通、クラスは一つだろ? 俺やトリシアは珍しい魔法剣士マジック・ソードマスター魔法野伏マジック・レンジャーだけど、クラスは一つだけしか持っていない」


 トリシアもコクコクと頷く。


「だが、ハリスは二系統のクラスを修めている。ちょっと世界のことわりから外れてるね。俺も驚いたけどさ」


 ハリスの顔を見つめるペルージアは青白い顔色が少々赤みを帯びてポーッとした感じになってしまう。


「さすがはハリスさま!」


 ハリスの事を考え始めたら、マリスのドラゴン話なんかすっ飛んでしまったようだねぇ。まあ、解らないでもないけど。


「とりあえず、話も一段落ついた事だし、野営を畳む作業の開始だ。みんな手伝ってくれ」



 野営を畳み、馬車に乗り込んで古城へと向かう。


 陽が出てきたので見え始めたが、昨晩明かりが見えていた方向に黒々とした城郭が見えていた。

 明かりの見えていた位置を考えると、城の尖塔の一つの天辺あたりに光っていたと思われる。

 一体何が待ち構えているか解らないが、慎重に探索をするべきだろう。


 目的はバンシーになった王女の救出。かなり厄介な仕事になるだろうが、セイファードの頼みだ。一肌脱ぐつもりだ。

 まずは古城に着いてみないと状況すら解らないからね。

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