第16章 ── 第9話

 サンダー・ウルフとの戦闘を終え、古城への道を先へ進む。


 フェンリルはボス狼とどこかへ行ってしまったので、マリスは馬車の後ろで俺とアナベルと一緒だ。

 すぐ戻ると言っていたので、明日の朝までには合流できるだろう。


 昼飯はすでに作ってある素材を組み合わせてエビカツバーガーです。マヨネーズをタルタルソースに変えて作ってみたらいたく好評で良かった。

 ポテトやナゲットも欲しいですなぁ。後で作っておこう。


 午後の行軍は順調に進み、夜になる頃には古城近辺に到着してしまった。


 ちょっと早かったな。夜に古城に突入するのはちょっと嫌だなぁ……


 とりあえず野営して朝まで待つか。


「よし、野営の準備をするぞ。明日の朝、キシリアン城にいくからね」


 野営セットを取り出して、みんなで準備を開始する。

 みんなはテントなどの準備を、俺は夕飯の準備だ。明日の突入を控えて、精のつくものにしよう。やはり肉系だな。



「城まであとどのくらいだ?」


 ご飯を食べながらトリシアが言う。


「むぐむぐ。そうだな、あと数時間くらいで辿り着く位置だな」


 ステーキを咀嚼しながら俺は答える。


「ということは、あれじゃろな」


 マリスがステーキ一切れが刺さったフォークを使ってある方向を指し示す。


「お行儀が悪いぞ。そういう事しちゃいけません」


 俺はマリスを嗜めつつもマリスが指す方向をみる。

 月明かりに照らされた荒野に何やら明かりのようなものが見える。


「ありゃ何だ? 何で明かりが?」


 俺の言葉にハリスやマリスたちもその方向を見た。

 その明かりはロウソクの光にしては大きく、地平線から浮き上がって見えている。


「何か問題なのです?」


 アナベルが首をかしげる。

 俺はマップ画面を確認する。間違いなく古城の方向に明かりがある。


「誰も住んでいない呪われた城だぞ? そこに明かりがあるなんて……」

「でもアンデッドがおるじゃろ?」

「アンデッドって明かり必要なんか?」


 俺はペルージアに顔を向ける。


「必要としませんね。夜でも普通に見えますし。もしアンデッドが明かりを使うなら趣味……でしょうか?」

「は? 趣味?」

「そうです。生前の習慣なども考えられますが」


 それはそれで怖いな。アンデッドが夜な夜な明かりを下げつつ廃城を彷徨さまよい歩く……ベタなホラーだが、映画でも小説でもなくリアルにそんなのが彷徨うろついていたら……


「なんじゃ? 顔色が悪いのう。安心せい。我が守ってやるのじゃ」


 マリスがドンと自信ありげに胸を叩く。


「くくく……本当にケントは面白いな」

「アンデッド相手ならお任せなのです」


 トリシアは笑い、アナベルもマリス同様に安請け合いだ。


「ペルージアがいる所でそれはどうかと……」


 曲がりなりにもヴァンパイアの祖と言われるモンスター、真祖トゥルー・ヴァンパイアのペルージアの前で失礼というか何というか。


「私は気にしませんが。私に死霊退散ターン・アンデッドは効きませんし」


 そうなの? 最初からアンデッドだと効かないのか?

 というか、今まで聞いてきた事を総合して考えてみて、真祖ってアンデッドなの? 人間やエルフのような種族っぽい感じがしてきた。

 マリスもドラゴンというモンスターというより、竜族と呼べそうな感じだしな。レベルアップするし。



 夜も更け、明日に備えて就寝する。夜番は例のごとく交代制だ。


 深夜を過ぎ、午前一時頃の事だ。

 俺は寝苦しさに目を覚ましてしまう。


「うーむ。眠れんなぁ」


 くるまった毛布から身を起こす。ハリスが寝ていた毛布には誰もいない。ハリスは夜番の二番手なので焚き火にいるだろうな。

 水袋を取り出して、グビリと飲む。


 ふと気付いた。何やらゾクゾクとした雰囲気が周囲に漂っている気がする。実際に冷気が漂ってきて寒いわけじゃない。今は夏だ。夜といったって寒くなるわけないはずだ。


 俺は異様な雰囲気に眠ることもできずにテントから出た。ハリスとペルージアが焚き火を囲んでいる。


「ケント……どうかした……か?」

「いや、何か変な気分でな。眠れないんだ」

「ふむ……ケントでも……そんなことが……あるの……か」


 焚き火に薪を放り込みながらハリスが苦笑する。

 二人きりの時間を邪魔されたペルージアは顔にこそ出していないが、妙なオーラを発している気がする。


「あー、いや……頑張って寝ることにするよ」


 俺は焚き火から離れてテントに歩き出した。


 周囲の空気の嫌な雰囲気が不意に濃密になった。


「ウヴォアァァ……」


 見れば周囲に人影が多数現れた。何か呻いているような声も聞こえる。


「ウヴォォォ……」


 だが、それは人間が発しているという感じではない。地の底から響くような、異様なものだ。


「ヴォオアオォ……」


 ノソノソと動き回る人影がチラリと振り向いて、その顔が月明かりに照らされた。


「ギャアァァアアァァァァアァ!!」


 俺の絶叫が周囲に木魂し、マリスとトリシア、アナベルがテントから飛び出してきた。ハリスも剣に手を伸ばした。


 俺の悲鳴に反応した人影が全員こちらを向いた。


「ギャアアアアァァアァァアァァァ!!!」


 俺の更なる絶叫が響き渡る。


「ウウヴォオオォォ……」


 ノタノタと腐った身体をうねらせて人影がこちらに歩いてくる。


「ゾンビじゃ!」

「ゾンビだな! よし、ケントを助けるぞ!」

「いくのですよー!」


 手に手に武器を持ち、近づいてくるゾンビどもに三人が嬉々として飛び掛かっていく。


 ゾンビは射抜かれ、斬られ、叩き潰される。まさに手加減なし。


 動きの遅いゾンビがいくらいたとしても、トリシアたちの敵にはなりえない。


『不浄なる死者の魂よ。浄化の光に包まれて逝け! 死者退散ターン・アンデッド!!』


 アナベルを中心に神力の乘った波動が周囲に広がっていく。


 波動に触れたゾンビが清浄なる力によって次々に塵となって消えていった。

 ペルージアも波動に包まれたが、彼女が言っていたように何の効果もないようで平気な顔でレイピアを抜いている。


「ゾンビ相手ではケントは役に立たん! ハリス! ケントの護衛を!」

「承知……」

「ならば私も辺境伯閣下の護衛を!」


 トリシアの命令でうずくまる俺にはペルージアと分身したハリスが護衛として位置についた。


 それでもゾンビの数は圧倒的だ。何百体ものゾンビは包囲陣を縮めながら俺たちに近づいてくる。

 ゾンビは倒しても倒しても土の中からボコボコと起き上がって来て、一向に減る気配はない。


 それぞれのゾンビは腐り落ちかけたようなチェインメイル鎖帷子やプレートメイルなどで武装しているが、ロングソードなどを振り回すでもなく、ただ手に持っているだけという感じだ。


 だが、その腐り落ちたような不気味な顔だけで俺を怖じ気つかせるに十分な威力だ。


「ヒイィイィィィ!」


 俺は腰が抜けて動けない。


「こういうケントを見ると落ち着くな」

「じゃろう? 何か可愛いのう」

「うふふ。守ってあげたくなりますね!」


 前線にいる女性陣三人が和んだ顔で振り返ってきて微笑んだ。


 言いたいことを言ってやがる。こっちの身にもなってほしいもんだ。チビらないだけマシだろが。


 トリシアは矢の雨を振らせ、空弾ブロー・バレットでゾンビを吹き飛ばしていく。

 マリスは剣に白いオーラを出してゾンビを大量に撫で斬りにする。

 アナベルは死者退散ターン・アンデッドの魔法とウォーハンマーで次々に塵に返し、そして叩き潰していく。



 いつまでも戦闘が続いている。いつ終わるのだろう。


 俺は頭を抱えて震えているばかりで何の役にも立てていない。本当に情けない限りだ。


 ふと気づくと周囲が薄ぼんやりと明るくなり始めていた。

 東の空に顔を向けてみれば、ルクセイドとウェスデルフを隔てる山脈あたりの空は薄紫色に染まり始めている。


 周囲を見れば、ゾンビの数は疎らになっている。土に帰っていくゾンビもいる。


「戦闘完了だ」

「結構疲れたのじゃ」

「一仕事終えたのです」


 俺は周囲をじっくりと見回し、不気味なゾンビどもの姿が見えないのを確認してから立ち上がった。


「流石だ。トリシア、マリス、アナベルお疲れ!」


 俺は取り繕うように労いの言葉を三人に掛けた。


「ぷっ! くははははは!」

「やれやれじゃ」

「うふふふ」


 そんな俺に大爆笑のトリシア。呆れ顔のマリス。アナベルは優しげに微笑んだ。


「辺境伯閣下と戦う時はゾンビをけしかけたら楽勝そうです」

「そんな事をしたら……俺を敵に回す……ことになる……」

「じょ、冗談です! そんな事は絶対しません。陛下のご下命があれば別でしょうが……」


 不穏な事をいうペルージアにハリスが鋭い視線を向けたため、彼女は慌てたように弁解している。


「ハリスたちも護衛ありがとう」


 俺は頭をポリポリ掻きながらハリスたちにもお礼を言う。


 確かにゾンビをけしかけられたら俺は役立たずだろう。というか、このホラー嫌いは克服しておかないとマズイかもしれん……他国の者に弱点を知られるのは得策じゃない。

 悲鳴を上げて役立たずにならない程度にはなっておかないとなぁ……

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