第16章 ── 第8話

「ガルルルル!」


 ピラミッド状に集まったサンダー・ウルフの天辺にいる一際大きいボスらしき個体が唸り声を上げる。


「なんじゃ。まだやるのかや?」


 狼たちに最も近い場所に位置取ったマリスが油断なく盾を構える。


「グルルル」


──バリ……


 なんだ!?


──バリバリバリバリ!


 突然、ボス狼の体に青白いスパークが走る。


「帯電?」


 スパークは徐々に他の狼たちに伝搬し、群れの作るピラミッド全体が青白い電光によって包まれた。


「やばい! くるぞ!」


──バリバリバリバリバリバリバリバリ!!!


 猛烈な閃光が明滅し、俺たちの視界を奪い取った。

 その途端、強烈な痛みと熱が全身を駆け抜ける。


「ぎにゃー!?」

「きゃぁ!!」

「うわぁ!」

「うぐ……」

「ハ、ハリリリリ!?」


 仲間たちの悲鳴にも似た苦悶の声が聞こえてくる。ペールジアもハリスの名前を叫ぼうとしつつ、電撃によって舌が思うように動いていない。


 これは二〇レベルそこそこのモンスターの攻撃力じゃない……ぞ?


 俺のHPもみるみる減っていっている。それより……仲間たちのHPの減る速度がヤバイ!


 俺は思考を巡らせる。


 これはサンダー・ウルフの合体技だろう。単体での電撃では俺らを相手するにはは弱すぎる攻撃に違いない。だから自分たちよりもレベルが高かったり、巨大だったりする敵を狩るために編み出した技だろう。


 この技から逃れるためには……


 俺は痺れて上手く動かない手を懸命に動かし、インベントリ・バッグを開け、あるものを取り出した。


 そして力いっぱい、マリスと狼のピラミッドの間に投げつけた。


──ガスッ! ガスッ! ガスッ!


 投げる度に、俺たちに向かってくる電撃の波が徐々に弱くなっていく。


「やはり……電気だな」


 マリスの前の地面に何本ものミスリルの棒が突き刺さっている。それらミスリルの棒が電撃を分散し、大気へと拡散させている。


「避雷針を立てれば……それも魔力伝導率の高いミスリルだからな。問題解決だ」


 ようやく電撃が俺たちに届かなくなってきた所で、俺は避雷針代わりのミスリル・バーを投げるのを辞める。


 ただ、仲間たちはHPを三分の二以上失っている。一瞬で片を付ける必要がある。


攻性防壁球ガード・スフィア……」


 俺の思念に誘導されたオリハルコン製の球が四つマントの中から現れて、俺の周囲を漂う。


「いけ!」


 俺の思念を受けた四つの玉が変則的な軌道を描きつつサンダー・ウルフどもに襲いかかった。


 一つは自分を中心に爆裂波を、一つは地面からトゲの様な石の塊を隆起させ、一つは目に見えない無数の真空の刃を、そして一つは強烈な水圧によって狼を次々に殺していく。


 すべてが終わった時、そこには殆ど原型を留めない狼の死骸が転がっていた。切り刻まれ、焼かれ炭化し、貫かれ大穴を開け、巨大な何かに押しつぶされた。


「うーむ。ちょっとやりすぎたか? 素材取れなさそうなんだが……」


 攻性防壁球をマントの中に戻しながら狼の死骸を確認しつつ頭をポリポリと掻く。


「みんな、大丈夫か?」


 振り返って仲間たちの無事を確認する。一応、全員HPは残っているし、出血などの持続性ダメージはないようだ。


「なんとかな……」


 最初にトリシアが立ち上がった。レベル六〇は伊達じゃないな。


「あのような攻撃を雷狼がするとはのう……我も知らなかったのじゃ」


 フラフラとマリスも立ち上がろうとしているが、重い鎧を着ているので手助けしてやる。


「これは……堪える……」

「ハリス様! ご無事で!」


 ペルージアはハリスの元に走っていき、ハリスに肩を貸している。自分も随分ズタボロに焼け焦げているのにな。


「ほぇー……なんか痺れているのです」


 アナベルが巨乳を揺らしながら四つん這いになりながら唸っている。


 どうやらみんな無事なようだ。良かった。


「まさかあんな合体技が飛び出すとは俺も思わなかった。ちょっと焦った」


 俺は仲間たちに回復の魔法『回復の霧ヒール・ミスト』を掛ける。

 これは最近使えるようになった水属性系の中級回復魔法だ。火傷などに効果が高い。今回のような高電圧による火傷を回復するには都合がいい。

 神聖魔法の方が回復や治癒などの効果が高いが、アナベルがある程度回復するまでの繋ぎにはなる。


「ふう。助かる」

「ケントさんの回復魔法は気持ちがいいのです」

「ヒンヤリして良いのじゃ」


 水性の霧に包まれて、トリシアたちの苦痛が浮かんだ表情が和らぐ。


「魔法まで使えるのですか。辺境伯閣下は大変優れた人物なのですね。陛下がお気にかけるはずです」

「当然だ……ケントは……最高の冒険者なのだ……から……な」


 そこでイチャついている二人も称賛ありがとうよ。もっとも、ハリスはイチャついているつもりはないだろうけどな。抱きついてくるペルージアを必死に引き剥がそうとしなくても良いと思う。ちょっと彼女が不憫です。



 戦闘後の治療も一段落したので、物色タイムですよ。


「皮は半分くらい無事だな」

「ああ……肉は……三分の一は……残りそう……だ」


 ハリスとトリシアを中心に全員でサンダー・ウルフの解体作業が開始する。 ペルージアは解体などしたこと無いようなのでハリスの後ろから見ているだけだが。


「ちょっと珍しい種類のダイア・ウルフみたいだから、街で売れると思うんだよね。レリオンに戻ったら、この前のバジリスクも一緒に売ってみよう」


「ウウウ……」


 俺たちが作業をしていると、フェンリルが唸り声を上げた。


「フェンリル、どうした?」


 フェンリルの方を見ると、ある一点を見つめながら唸り声を上げて戦闘態勢をとっている。


 フェンリルが見ている方向を見ると、先程、攻性防壁球ガード・スフィアの一つに焼き殺されて炭化している狼の死骸の山が、ごそりと動いている。


「何……!? まだ生きているのか!?」


 消し炭のような死骸が崩れ落ちると、少々焼けてはいるが狼の顔が中から出てきた。


「グルル……」


 一匹だけ仲間たちに守られて生きていたという事か……


 俺は立ち上がると、生き残ったサンダー・ウルフの方に歩いていく。フェンリルも俺に着いてきた。


 剣を抜き、サンダー・ウルフの前に立つ。


 必死に仲間の死骸の中から立ち上がろうとする狼は、どうやら群れのボスだった個体のようだ。他の狼と違って毛並みが少々青み掛かった色をしていたので判別できた。


 ボス狼は手足がほぼ炭化していて、立ち上がることも出来ない。ただ生きているだけだ。


 俺は一瞬、殺して楽にしてやるかと考えたが、フェンリルがボス狼の匂いを嗅ぐだけで攻撃しようとしないのを見て、殺すのを辞めた。


「仕方ないな。助けてやるか……レア・モンスターだしな」


 俺はまず回復魔法で狼のHPを回復し、炭化した部分を綺麗に切断、そして再生の魔法を掛ける。


「よし。これで歩けるようになるだろう」


 治療が終わると、ボス狼は瞬時に俺から距離を開けて戦闘態勢をとった。


「やれやれ……折角、命を助けてやったのにな……」


 あまりの徒労感に少々肩を落としてしまう。

 その姿をみたフェンリルが、突然飛び出した。

 一瞬のうちにボス狼に飛びついて、その素っ首に噛み付いた。


「グルルル!?」


 ボス狼は慌てたような唸り声を上げ首周りのタテガミに青いスパークを走らせた。


 だが、ミスリル製の騎乗ゴーレムであるフェンリルに電撃攻撃は無意味だった。無生物、それにさっきのように魔力伝導率の高い魔法金属に電撃性の魔法は何の攻撃にもなりゃしない。


 フェンリルはボス狼の抵抗を物ともせず、地面にその体を押さえつけた。


「ガルルル……」


 ボス狼は唸り声は上げていたが、毅然としたフェンリルの行動に抵抗を辞めたようで、パリパリと走っていた電撃が徐々に収まり、暴れなくなった。


 首筋を噛み、ボス狼を抑え込んでいたフェンリルが、ようやく噛むのを辞めた。


 俺は小型翻訳機のウィンドウを表示させる。


「創造主よ。制圧致しました」


 フェンリルからの報告がログに表示される。


「ご苦労。で、制圧してどうするつもりなんだ?」

「我が配下に入れてみてはどうかと愚考します」

「ふむ。ならブラック・ファングに合流させようかな?」

「いえ、この地方で別部隊として組織してはいかがでしょうか」


 ふむ。第二部隊か。それも良いかも知れないな。狩りに出た群れだったとしたら、巣を守ってる狼もいるかもしれんし。


「それじゃ、そのように。言うことを聞かなかったら皮に傷が付かないように殺しちゃって」

「了解しました、創造主よ」


 俺はサンダー・ウルフのボス狼をフェンリルの配下にする許可を出す。


 こっちの地方でも早期警戒部隊があると大いに助かるからな。あのブラック・ファングすら従えたフェンリルなら上手く説得するだろうね。


 俺は仲間たちが解体を終えたサンダー・ウルフの死骸をインベントリ・バッグに仕舞い込みながら少々ほくそ笑む。

 レベル五〇~六〇のパーティをあそこまで追い込める戦力ならあるに越したことはないからね。

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