第16章 ── 第7話

 翌日、ル・オン亭で朝食を摂りつつ今後の予定を考える。


 俺としては迷宮に入ってみたいところだが、セイファードの依頼もあるしな。古城の姫さまが先だろうな。迷宮はその後にしよう。


「例の城に今日から向かうぞ。到着は明日の朝って所だろう」

「お前の地図の情報か?」

「あ、うん。この街から、こっち側……北北西方向だな」


 マップ画面の可視化は俺の個人的な能力っぽいから、他人に怪しまれると危険なので、テーブルの上に置かれた料理の皿や飲み物のジョッキを配置して簡単な位置情報を再現して説明する。


 マップ画面で表示される古城付近の地形は北の運河から水を引いて堀にしているからか木々が少なからず存在する。

 古城の大きさ的には出城的な感じだろうか、比較的小さい部類だと思われる。地下に迷宮的なものもないし、前哨基地として機能していたのではないか。


 王族最後の地って衛士が言ってたな。ということは、追い詰められた王族が逃げ込んだって事だろう。

 怨念やら色々怖い事を聞いたし、激戦区だった事は推測できる。


「アンデッドの巣窟らしいから、聖水とか欲しい所なんだが」

「聖水なら私が作れるのですよ?」

「それじゃ、聖水はアナベルに任せるか。馬車の中で到着までに作れるよな?」

「大丈夫なのです」



 朝食を終えてからすぐに馬車を準備して迷宮都市レリオンを出た。

 今回は馬車にスレイプニルを繋げ、他の騎乗ゴーレムはバッグの中でお留守番だ。

 今日は夜を徹しての強行軍となる。やはりアンデッドを相手するなら夜より昼を選んだ方が得策だろうと思うからだ。

 ヴァンパイアのペルージアを見ていると、そうも言えないのではないかという不安が無くもないのだが。


 交代で馬車の中で休憩を取りながら道を急ぎ、明日の朝までに古城近辺に到着できるようにするのが狙い。


 御者台にハリスとペルージアが座り、トリシア、アナベル、マリス、そして俺は荷台だ。

 アナベルは俺に頼まれた聖水を作るのに没頭している。水に聖なる祈りと共に『祝福ブレス』の魔法を掛けている。

 出来上がった水差しにいっぱいの聖水を小さな陶器製の小瓶に入れ、栓をしたら完成らしい。

 陶器製の小瓶はポーション用のものなので、俺も大量にインベントリ・バッグに入れているが、アナベルも持ってたのね。


 昼食時にはアナベルの聖水作成も一段落ついたようなので、馬車を停めて昼飯の用意をした。


 ご飯を炊いて焼き肉を焼く。ニンニクや唐辛子などの香辛料を利かせてご飯に良く合う味付けにする。焼肉屋のものを参考に作ったが、少々和食寄りの味だな。

 焼き肉をご飯の上に乗せ、俺特製の紅生姜を添える。ついでに甘辛いソースを掛けてマヨネーズも盛る。


 漬物にピクルス、スープに大根の味噌汁。豆腐が欲しい所だ。こっち側に豆腐あればなぁ。ルクセイド王国はどうみても洋風の国だし……無いだろうな。


「今日の献立ては焼き肉丼だ。ニンニクを利かせてスタミナ・アップだ」

「ニンニクはスタミナが上がる効果があるのか?」


 俺が使う素材の名前が最近、ようやく仲間たちに浸透しはじめたようで「それは何だ」的なツッコミが減ってきた気がする。


「まずは食べてみるのじゃ。赤いのは何じゃ?」

「紅生姜だな。生姜をピクルスにしたもんだ」

「マヨに合うのじゃろか」

「俺は好きなんだが、好みは人それぞれだろう」


 恐々といった感じだが、マリスは躊躇なく口に入れた。マリスは生姜を地獄の食べ物って言ってたからねぇ。もう克服したはずだから大丈夫だろう。


 ムグムグとマリスは焼き肉とご飯、紅生姜とマヨネーズを口に含んで咀嚼している。


「珍妙な味なのじゃ……じゃが、なんじゃろう……この匙が止まらん感覚は!」


 マリスはガツガツと口にかっこみ始めた。


「ピリリとした味わいにマヨネーズの酸味。濃厚な肉の脂とご飯が絶妙な連携攻撃を仕掛けてくるな」

「同じ生姜を使っているのに、生姜焼きとは全然味が違うのです」

「これは美味しいですね。このような料理は生まれ出てから初めてです」


 平気でニンニク入った料理を貪るように食べるペルージア……本当にヴァンパイアのイメージを根底から覆してくれるな。


「俺のいた世界だとヴァンパイアはニンニクが弱点だったんだがなー」

「そうなんですか?」

「太陽とか十字架とか流れる水もダメだってされてたんだよ」

「面白い話ですねぇ。強ち間違いでもありませんが」

「そうなの?」


 ペルージアが言うには、ヴァンパイアは夜の支配者だ。ヴァンパイアが獲物である人間に近づくにはその能力を十全に発揮する必要がある。

 夜でも目が見えるヴァンパイアの目は暗視ナイトビジョンの魔法が掛かっているようなもので、光が強い場合は視力が落ちるらしい。


 流れる水について。ヴァンパイアはアンデッドの例に漏れず、火に対する抵抗が弱い。だが、ヴァンパイアはどのように死んだとしても、年月を掛ければ復活できるらしい。まさに不死の存在だ。弱点の火によって灰にされたとしても復活できるのだ。だが、その灰を川や海などに流されてしまうと灰になった体をより合わせることができず、復活ができなくなる。


 十字架は、要は聖印って事でしょうな。闇のアンデッドであるヴァンパイアには弱点になり得る。


「通常のヴァンパイアはってことですよ。真祖である私は神が生み出したもの。死と闇の神に愛されし私たちは、むしろ聖印は好きですよ」


 私たち??? やはりこの世界にも真祖は複数いるのか?

 他の真祖がペルージアみたいな感じならいいが、大抵は俺の知る従来通りのモンスター的な存在だろうな。あまり会いたくないねぇ。


「で、ニンニクは?」


 俺がそう聞くとペルージアが笑う。


「ふふ、ニンニクの匂いが漂っていては、こっそり近づけなくなりますよ」

「へ? そんな理由?」

「ヴァンパイアならそうでしょうね。この匂いを撒き散らしていたら、一〇〇年の恋も覚めてしまいます」


 とか言いつつ、パクパクとニンニク風味の焼肉丼を頬張っていらっしゃる。

 ま、ハリスもニンニク臭だから問題ないのだろう。そのハリスも夢中になって食べてるしな。



 昼食を終えて古城への行軍を再会する。


 荷台の後ろから周囲を眺める。本当に荒野ばかりで木とか無いなぁ……トリエン周辺は恵まれていたんだなぁ。


 そういえば、レリオンの街はトリエンと比べてみて石造りの建物ばかりだった印象があるね。トリエン周辺の建物は木造が多かった。金持ちの家は石造り、庶民は木造といった感じだった。

 石や岩などが剥き出しの地面や山が多いルクセイド王国だと石材の方が安くつくのだろう。石工とか多いならトリエンに誘致したいなぁ。


 チリリ……


 物思いにふけっていた俺の背中に妙な感覚が走る。


 俺は周囲を見回す。

 地平線付近に黒い影が複数走っているのが見えた。


「警戒準備!」


 俺の警告に仲間たちが武器に手を伸ばした。


 マップ画面で確認すると、黒い影の集団は赤い光点だった。やつらのデータは……


『サンダー・ウルフ

 レベル:二〇

 脅威度:なし

 ダイア・ウルフの一種。従来のダイア・ウルフと違いタテガミに雷を宿している』


「サンダー・ウルフって魔獣らしい! 雷属性を持っているようだ!」

「聞いたこと無い魔獣だな。警戒を怠るな!」


 トリシアも知らない魔獣か。


「雷属性か……皮が取れたら……いい素材に……」


 御者台のハリスが狩人っぽい事を言う。確かに雷耐性が付いた革鎧なんか作れそう。最近、クラフト系が結構面白くなってきた俺としては欲しい素材かも。


「馬車を停めろ。迎撃する!」


 俺の号令で馬車が急停車すると、トリシアがスルリと馬車のほろに登る。ほろを破かないでね。


マリスが荷台からおりると無限鞄ホールディング・バッグからフェンリルを取り出した。


「フェンリル! 敵じゃぞ。雷狼じゃ!」

「ウォン!」


 マリスはフェンリルに跨ると叫んだ。


「刃よ!」


 ショートソードが白いオーラをまとい、そしてランスのように伸びた。


「ふふふ。やってやるぞ!」


 アナベル……もといダイアナがヒラリと宙返りをしつつ馬車から飛び降りた。


 お、ダイアナ・モードは久しぶりだな!


「素材を取りたい。なるべく皮とか傷つけないように戦闘をしてくれるか?」


「承知……」


 俺の言葉にハリスは忍者刀ではなく弓を手にとった。確かに剣で斬りつけるよりも矢の方が皮にダメージは少ないだろう。


「ハリスさまの援護……私も協力致しましょう!」


 ペルージアがレイピアを抜いて御者台から飛び降りた。やる気満々だな。そんなにハリスに援護してもらいたいのか。


 では俺も。


 馬車から飛び降り、俺はグリーン・ホーネットを引き抜く。レベル二〇程度の狼だし、前の武器で何ら問題はないだろう。


 二〇匹程度のサンダー・ウルフがどんどん近づいてくる。


「くるぞ!」


 トリシアが第一射を先頭のサンダー・ウルフへと放った。

 その一撃はサンダー・ウルフの口の中へと消えた。射抜かれた雷狼がドッと倒れ、地面を滑って止まった。


 確かに口の中を攻撃すれば皮に傷は付かないな。やるなぁ。


 サンダー・ウルフの群れが砂煙を上げて立ち止まった。


「ウウウウ……」


 唸り声を上げながら馬車の周囲を取り囲むように移動をし始める。


 俺たちのすきを窺うよにゆっくりとグルグルと回っているが……俺たちに死角やらすきは無いなぁ。


「忍法……影縛り……」


 懐から取り出した四本のミスリルの棒手裏剣をシュッと一度に投げると、サンダー・ウルフがヒラリと避ける。


 といっても、ハリスの手裏剣は狼本体を狙ったものじゃないだろ。


 案の定、サンダー・ウルフの影に手裏剣が突き刺さると、その四匹は動けなくなった。


 影縛りだもんなぁ。スキル名から判断できる。というか、忍法って冠に付けたよね。やはりアースラの入れ知恵かな?


「隙ありじゃ!」


 突進したマリスが動けなくなった狼の口に光の刃を突っ込んだ。


「グギャッ!」


 悲鳴にも似た変な声と共に、また一匹グッタリと動かなくなった。


「私も! はぁ!」


 ギラリとしたオーラをまとったレイピアが一閃すると狼の首が一つ、空中を飛んだ。


 いい感じだね。そんじゃ俺もいくぞ。


 俺は拘束されていない群れの真ん中に飛び込む。


 狼はヒラリと俺から距離を取ったが、着地と同時に俺に何匹も飛びかかってきた。


「紫電・改!」


 五段突きの刃が放射状に放たれ、飛びかかってきた狼の口をほぼ同時に貫いて、その生命を刈り取る。


「土龍閃!」


 ダイアナの叫びと共に、地面が爆発したように吹き飛んだ。巻き込まれた一匹が地面に激突して動かなくなる。


 一瞬で半数近くが死に絶えた。


「ウォォオン!」


 狼たちのリーダーらしい一匹が吠えると、他の狼が慌てたように集まりだした。


 ん? 何だ?


 ただ集まっただけじゃない。組体操よろしくピラミッドを作り始めたぞ? 魔獣っていっても動物なのに。ちょっと面白いな。

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