第16章 ── 第6話

 夕方になり食事がてらみんなでル・オン亭に繰り出す。


 隅っこの丸テーブルを占領し、料理や酒などを注文する。

 店のメニューは基本的に肉料理が多い。


 ただ聞いた事のない名前の肉なので少々不安は残るね。


 ガリオーの肉のソテー、ヴォーゲルのステーキ、デルバッソスとルーテン草のサラダ……


 見た目も色も珍妙なものばかりだ。

 だが、食べてみると意外と濃厚な味わいで美味い。


「イケルよこれ!」

「確かに。この草は食べたことのない味だ。森では見かけない植物だ」


 トリシアがルーテン草をフォークに突き刺してシゲシゲと見つめている。

 これほどの濃厚な味となると農地の違い……あるいは気候が影響しているのかもしれない。


 食事を続けていると、どやどやと鎧姿の衛兵たちが酒場に入ってきた。


「親父! 酒だ!」


 生きのいい巨漢の男が中央のテーブルにドカリと座って注文する。他の衛兵たちもそれぞれ注文を行っている。何人もいたウェイトレスが注文に駆け回り始めた。


 衛兵たちのうち数人が俺たちの方を見ている。


「おい、あれ」

「おー。やはり居たな」


 一人歩いてきたが、顔を見れば知った顔だ。例のカルーネル衛士長だ。


「ご紹介されたので来ましたよ」

「ここの飯は美味いだろう?」

「ええ、美味いですね。聞いたことのない名前の材料ばかりのようですけど」


 俺がそう言うと、衛士長は肩を組んでいた他の衛兵と顔を見合って笑いだした。


「わはは。そりゃそうだろ。それらはみんな迷宮産だからな」


 衛士長が衝撃的な真実を口にした。


「ククク。見た目はともかく、これも神の恩寵だ。ありがたく食えよ冒険者」


 一緒に笑っていた衛兵も苦笑気味だ。


「迷宮産!?」


 迷宮でこんな食材が!?


 俺の冒険魂にムラムラと火が付き始める。


「だから安くて美味い。この街は神の与えてくれた迷宮があるからな」

「そういえば、ここは昔、カリオス王国という名前だったと聞いているのですが」

「そうだぞ。三〇〇年も昔の話だがな」


 衛士長は俺たちのテーブルの空いた椅子に腰掛けた。


「そもそも我が国ルクセイドの起こりは血塗られた戦争の上に成り立っているんだ」


 今では聖カリオス王国と呼ばれている旧カリオス王国と旧バーラント共国が些細な行き違いで戦争に突入した。

 バーラント共国の王子がカリオス王国の王女との婚姻に失敗したというのが理由らしい。ずいぶんとカッコ悪い理由だな。


 バーラント共国はカリオス王国との戦争に辛くも勝利し、カリオス王国は滅亡した。

 ただ、理由が理由なだけに両国の民がバーラントへの支持を良しとしなかった。

 すでにカリオス王国の王族は滅亡させられており、体裁の取りようのないバーラントは苦肉の策として、バーラントとカリオスの合併することを宣言した。それも同格の待遇で。

 これは大いに両国民に受け入れられ、ルクセイド王国が誕生した。


 そんな理由で滅ぼされたカリオス王国は『聖』という冠が付いている訳だね。大いに名誉が傷ついたバーラントは踏んだり蹴ったりだった事だろうねぇ。


 そんな折り、この街の迷宮が発見されたんだそうだ。

 迷宮都市の勃興は、荒廃していた旧カリオス領近辺の復興にもいい影響を与えた。

 人や物の流動性が経済の発展と復旧に有効なのだと、この事例からも実感できる。


「お前たちが行こうとしていたキシリアン城は、カリオス王家最後の地と言われていてな。そこには怨念に囚われた聖カリオス王家のペガサス騎士たちが今も護っているといわれている。生者の赴くとこじゃないな」


 亡国を嘆く王女が泣き喚き、バーラントへの怨嗟の呻きを上げる亡霊兵士たちの巣窟と化した魔城、それがキシリアン城なのだ。


 その後、カルーネル衛士長の仲介というのもあったが、街の衛兵たちと仲良くなった。例の巨漢の衛兵は、ヴォーリア衛士団長。この街の衛兵のトップだという。

 あ、この街では衛兵ではなく衛士というらしいよ。


 ヴォーリア衛士団長は平民出身だそうだが、冒険者にも偏見がない人物だとカルーネル衛士長が言う。


「ま、この都市は冒険者がいるおかげで潤っているからな。流れ者だからと言って差別するべきではないな」


 ヴォーリア衛士団長がジョッキの酒を呷りながら言う。


 衛士たちの話を総合すると、この国には冒険者ギルドという組織は存在しない。

 冒険者は流れ者であり金で何でもやる荒くれ者、そんな印象を受ける扱いだ。

 傭兵みたいなノリに聞こえるが雇い主には絶対忠実な傭兵に比べて、冒険者は金を積まれれば簡単に裏切るものらしい。

 明らかに東側で組織されているギルドの構成員たる冒険者とは気質が違うようだ。そりゃ偏見を持たれるのも当然だろう。


 ただ、この街はそんな冒険者で保っている面があるため、他の街に比べて冒険者の扱いは悪くない。

 迷宮から食料やら財宝やらをもたらす存在だから当然ですな。

 俺たちは冒険者だが、この街に来て迫害や偏見に出会っていないのはその為だ。腕っこきの冒険者は歓迎されるのだ。


 衛士たちに酒を奢り、たらくふ食った俺たちは宿に戻る。

 俺とハリスが部屋で寛いでいるとトリシアたちもやってきた。


「ケント、ちょっといいか」

「ん? どうした?」


 トリシアは入ってくるなり、俺の座っている反対側のソファに腰を下ろす。


「お前、西方語が喋れるんだな」

「は? 何いってんの?」


 キョトンとした俺の顔をトリシアはジーッと見てくる。だが、すぐに一つ小さなため息をついて、ソファの背もたれに崩れるように寄りかかった。


「やはりケントは普通じゃないな」


 俺は頭の上にハテナマークを出してしまいそうだ。


「え? 何が? 意味が解んないんだけど?」

「お前、あの衛兵たちと話している時……というか……この街に来てからというもの、流暢な西方語を喋っていたんだよ」

「は? 今までと同じ言葉しか喋ってないけど!?」


 トリシアだけでなく、ハリス、アナベルも含めてだが、俺はこの国の人間としゃべる時、西方語で話しているらしい。トリシアたちと話すときは東方語なのだと。


「マジでか」

「マジで……だ」


 ペルージアがハリスの横で面白げに俺たちの話を聞いている。


「随分と器用な方だと私も思っていました」


 ハリスの腕に絡まりながらニコニコなペルージアも俺が西方語と東方語を使い分けていると言う。


 カリオス王国からの難民で主に構成されているペールゼン王国も元の公用語は西方語だったらしいが、東部民たちを少数ながら受け入れたりした結果、今では東方語が公用語なのだという。東方で起こした国だからというのも理由らしいけどね。


 そういや、この街に着いてから、宿屋の受付でも酒場でも、仲間たちがこの街の人間と話しているのを見たことがなかったな。言葉が解らなかったからかもしれない。


「我は西方語も解るし喋れるのじゃがのう。言葉の切り替えは少し面倒じゃから喋らない事にしておったのじゃ。ポロリと東方語で喋ってしまうこともあるかもしれぬでの」


 マリスも西方語は解るのか。ドラゴンだし博学だからだろう。


「ケントは我が聞いてても自然に話しておった。さすがは我のケントじゃな!」

「俺は全く意識してなかったんだけど」

「さすがはケントさんなのです。そこに痺れるのです!」


 どこの奇妙な冒険ですか。


「俺には、衛士たちも街の人も同じ言語を喋っているように聞こえるんだけどな」


 やはり俺がプレイヤーという存在だからなのだろうか。ドーンヴァースには音声自動翻訳機能があり、世界中のプレイヤーたちと普通に会話できるという画期的システムが導入されていたから気にもしなかったが。


 ちなみに、この翻訳エンジンは、有名なアメリカのIT企業マイクロン・システムズ社が特許を持っていて、色々なアプリケーションに使われていた。ゲームはもちろんだが、国連などの団体や多国籍な会議などでも使われるほどの有名なプログラムだ。


 文字が読めたのも、誰とでも話せたのも、あの翻訳エンジンのおかげだとすると、すごいプログラムなんだな。株価がウナギのぼりの理由が良く判るよ。


「多分、あっちの世界の影響だと思う。便利だなぁ」

「なるほど、あっちの世界か」

「さすがじゃな」

「理解した……」


 トリシアやハリス、マリスが納得顔になる。


「あっちの世界……神々の住まう神界のことですね! それなら納得です!」


 アナベルは勝手に神界と結びつけて一人で納得してしまう。彼女にとって俺は自分の信仰する神の関係者という位置づけみたいなので。


「ペールゼン国王陛下と友好関係を結ばれた辺境伯殿ですし、ただの人間ではないということでしょうか。我が陛下の御眼鏡に叶うほどの存在ですからね」


 ペルージアもアナベルと似たような反応で納得したようだ。


 自分の信仰、あるいは忠誠対象に認められているというのが判断基準だとすると、その対象が間違ったら酷い目にあうと思うので、危険な香りがするんだけどな。それを改めろなんて言えない。触らぬ神に祟りなしというからね。


 翌朝、朝飯をル・オン亭で取り、今後の予定を仲間たちと話し合う。


「古城に向かうとすると、ここから一日程度の距離だ。どうやらアンデッドの巣窟という話だが……」

「ケントは我が護るから安心するのじゃぞ」

「そうだな。ゾンビとかグールが出てきたらケントは役立たずになるからな。私たちが頑張るしかないだろう」


 酷い事を言われている気がしますけど?


「大丈夫だ……問題ない……」


 ハリスさん、どこのゲームキャラのセリフですか?


「アンデッドが苦手なのに国王陛下とよしみを結ぶとは……奇特な方なのですね」


 ペルージアがおかしげに笑う。


 いやいや、骨剥き出しならそんなにグロくないから平気なんだよ。腐り掛けとか干からびたのとかが苦手なだけですよ!


「ヴァンパイアとかデュラハンとかリッチとかは平気なんだよ。半分腐り掛けとかがダメなだけだよ!」

「腐り掛け……ゾンビとか?」

「そうそう。気持ち悪いじゃん」

「そんな理由なのですか?」


 ペルージアは呆れ顔だ。


「いやいやグロは普通苦手でしょ!」

「グロ……って何でしょうか?」


 英語め……というか翻訳エンジン、そういう所も翻訳しとけよ!

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