第16章 ── 第5話

 山脈に入ってから三日、とうとう俺たちは最後の山の麓までたどり着いた。


 バジリスクとの戦闘から始まり数々の魔獣や野獣と戦った。やはり山の中は危険なモンスターがいっぱいだ。

 動物だけにとどまらず、植物……なのだろうか……食虫植物的な動く植物っぽい変なものも出た。ドーンヴァースでも見たこと無い部類だった。


「やっと抜け出たな」

「訓練にはなりましたが山はキツイのです」

「ケントの料理があれば、我はどこでも幸せなのじゃ」

「辺境伯殿の料理の腕前は大変素晴らしいですね」

「確かに……な」


 何にせよ、こういった長期化が予想される遠征では食糧事情が士気に大いに関わる。大量に食料を持ってきておいて良かったね。


 山の頂上から見た限り、この先が例の旧カリオス王国だった場所だ。古い街の跡や古城跡があるのはマップで確認済み。


 ここから一番近いのは南西方向にあるレリオンという街だ。例のバンシーがいる古城は、その街から一日程度の距離にある。

 まずは情報収集のためにもレリオンという街に行くべきだろう。


「よし、この方向に街がある。まずはそこに向かうぞ」


 俺は剣先で街の方向を示す。

 マリスがその方向を見て背伸びをしている。


「背伸びをしても見えないだろ。あの丘の向こうだ」

「では進むとするのじゃ!」


 マリスは自分の無限鞄ホールディング・バッグから騎乗ゴーレムであるフェンリルを取り出している。

 このあたりは比較的なだらかで馬車でも走れそうだ。俺も馬車と白銀とスレイプニルを取り出した。


「ハリス、御者を頼む」

「解った……」


 取り出した馬車にアナベルが乗り込んでいる。ペルージアは相変わらずハリスの隣を陣取っている。


 出発前に俺は馬車でオリハルコンの鎧をアダマンチウムの鎧に交換しておく。

 王国内ならともかく……目立つ虹色の鎧など着ていたら、他国、それも敵対しているかもしれない西方の国ではトラブルの元だ。

 虹色に光る武具は不味過ぎる。伝説の神器とか思われたらどんなことになるかわからんからな。

 マントの下の攻性防壁球ガード・スフィアは隠れて見えないので装備したままにする。

 まあ、ミスリル製の騎乗ゴーレムも相当目立つだろうが……こればかりはどうにもできないな。移動手段はこれしかないし。徒歩で行くのも手だけど、仲間たちの武具も全部ミスリルだし多少悪目立ちしても仕方ない。


 全員の準備が完了したので行軍を開始する。


 レリオンの街に向かって進み、周囲の環境を確認する。乾いた土が剥き出しの荒野。この周辺は草木が殆ど無く、川などの水資源も乏しいみたいだ。


 ふと見ると、土埃を舞い上げて牛というかバッファローに似た野生動物の群れが疾走している。

 土埃の中にいくつか影が見えるし、狩人の団体が狩猟を行っているのだろうか。


 数時間、荒野を進むと街の外貌が見えてくる。防御用の城壁にしては低いが、どうみても戦闘向きの城壁に囲まれている。街の真ん中に非常に高い塔を備えた城のようなものが見える。領主の居城かな?

 街の規模としては以前のトリエンの街と同じか少し大きいくらいだろうか。


 マップ画面で見る限り街の入り口は北側と東側の二箇所だけのようだ。籠城にはいいかもね。逃げ道はないけど。


 北の門へと向かう。

 門には衛兵が幾人かおり欠伸をしていた。


 俺たちが近づいてくるのに気付いた衛兵がギョッとした顔をする。


「止まれ!」


 衛兵の命令に俺たちは馬の歩みを止めた。


「お勤めご苦労さまです」


 俺がそういうと衛兵たちが近づいてくる。


「凄いのに乗ってるな。冒険者か?」

「そうです」


 衛兵たちは物珍しそうに騎乗ゴーレムを眺めたり触ったりしている。


「どこから来たんだ?」

「東からですね」

「東? 東は山しか無いぞ?」

「あの山を越えてきたんですよ」


 俺に話しかけてきた衛兵が、俺の指差す山の方を見た。


「山の向こう? 獣人の国があると聞いたことがあるが……あの山はバジリスクなど危険な魔物が多いと聞く。良く越えられたなぁ」

「ああ、バジリスクですか。二匹ほど狩りましたね。危なく石になりかけましたが」


 俺が苦笑しながら言うと、衛兵が感心したような顔になる。


「おお。バジリスクを屠るほどの冒険者か! 凄腕のようだな! 歓迎する! ようこそ、迷宮都市レリオンへ!」


 迷宮都市だと……!?


「迷宮があるのですか!?」

「何だ? 迷宮に潜りに来たんじゃないのか?」

「ええ。俺たちはバンシーが出ると噂の古城を目指しているんですよ」


 その途端、衛兵が恐怖の顔に固まった。


「キシリアン城にだと……やめておけ。あそこは呪われた城だ。命がいくらあっても足りないぞ?」

「そんなに危険なのですか?」

「ああ、あそこに行った冒険者は、帰ってきた試しがない。この街の古参の冒険者たちは、まず近寄らないな」

「なるほど……考えておきます。ところで迷宮はどんな感じなんですか?」


 俺は一応迷宮について聞いておく。機会があったら潜ってみたいし。


「おお、興味があるか? 迷宮の方が安全だしな。まあ、駆け出しの冒険者には厳しいだろうが、バジリスクと戦えるほどなら余裕だろう」


 衛兵が迷宮について色々と話してくれた。

 迷宮は非常に珍しい建築物で、通路や部屋などの構造がいつの間にか変わってたり、魔物や野獣などのモンスターが自然に湧き出したり、アイテムなども自動で復活する。


 なんかローグ・タイプの迷宮っぽいな。


 ただ、迷宮からモンスターが溢れ出すことはないので街の中は安全だと請け負ってくれる。


 何にせよ迷宮が発見されてから、ここには冒険者が集まるようになり、それに付随して商人などもやってきて、次第に街が造られたという。

 迷宮から発見されるアイテムなどが街の収益になっているそうで、魔法の武器や防具なども時々世に出るらしい。そんなお宝を狙って一攫千金を夢見る冒険者が今でも集まってくる。


 あの城壁は外からの攻撃というより、建造当初は内側の迷宮から溢れ出るかもしれないモンスターを警戒してだったのだろうね。なんとなく腑に落ちた。


「なるほど、是非挑戦してみたいですね!」

「そうだろう? キシリアン城などに行かず、迷宮にしておくことだな」

「情報有難うございます。もし街の酒場で再会できたら奢りますよ」

「そうか? それはご馳走になりたいものだ。俺たち衛兵が良く使う酒場はル・オン亭だ。街の者に聞けばすぐ判るだろう」


 衛兵たちがにこやかに見送ってくれる。最後に彼は自分の名前を教えてくれた。カルーネル衛士長というそうだ。


 奢られる気満々だな、ありゃ。ま、街の衛兵に顔を売っておけば何かあった時に便利だし、その酒場に行ってみるかな。


 衛兵が言っていた酒場はすぐに見つかった。街の人に聞いたら、彼が言っていたようにすぐに教えてくれた。


 この酒場は宿稼業はしていなかったが、向かいが『グリフォンの館』という名の宿だったので、そこに泊まることにした。


「いらっしゃいませ」


 宿の中に入った瞬間、入り口で立ち止まってしまった。

 ロビーのど真ん中にグリフォンの剥製がデーンと陣取っていたからだ。


「グリフォンじゃな!」

「これは本物か?」


 マリスがグリフォンに跨がろうと手をかけようとしたのをトリシアが押さえ込みながら剥製を見上げている。


「すごいな。グリフォンの剥製だ! 本物っぽいぞ?」


 俺は感嘆の声を上げる。


「私は初めて見たのですよ!」

「私は何度か見たことがあります」


 アナベルも驚いた声を上げているが、ペルージアは涼しい顔だ。


「それは本物ですよ。王城騎士団のグリフォン騎兵団長ル・オン閣下が騎乗していたものです」


 宿の受付が気軽に話しかけてきた。


「向かいの酒場の名前と同じ人物ですか?」

「そうです、そうです。ル・オン閣下の名前を知らないなんて、この国の人じゃないので?」

「そうです。東の方から来たんですが」

「東? 左様ですか。今日はお泊りで?」

「ええ。とりあえず今晩泊まらせてもらおうかな」


 宿帳に名前を記入して部屋に落ちつく。


 宿代は比較的高めなだけあって、シーツやベッド、調度品は少し値が張りそうな感じだ。

 受付の従業員が冒険者御用達の宿の話をしていたので、ここを利用する冒険者は少ないのだろう。高めだしね。


 まだ酒盛りに酒場に行くのは早い時間なので、ハリスと共に外に出た。


 マップ画面を見ながら迷宮区という地区へと足を運ぶ。一応、迷宮の入り口というものを見ておきたかったからだ。


 迷宮区へ近づくにつれ、冒険者風の通行人が目につくようになる。レベル的には一〇~二〇レベル台が多いね。迷宮のレベルがそのくらいなのかも。


 一五分ほど歩いて迷宮の入り口付近に到着した。


 迷宮の入り口は大きな鉄の門があり、その前に大きめな衛兵の詰め所があった。その詰め所の隣の建物には『迷宮管理所』という看板が掛かっている。


 迷宮管理所なる建物周辺は冒険者らしいのが多くたむろしているので、迷宮に入る時に申請する事務所なんじゃないかと思われる。


 マップ画面で迷宮をチェックしてみると、地下一五階層くらいまであるダンジョンみたいだ。

 完全に中に入ってないからモンスターの分布具合とかは表示されてないけど、一階層のマップはかなり複雑なダンジョンなのは見て取れた。他の階層は真っ黒のままだけどね。時々、通路や部屋が消えたり現れたりしている様子がマップ画面に映し出されている。

 なんとも不思議なダンジョンのようだ。どんな仕組みなのか非常に気になるね。


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