第16章 ── 第4話

 くぼみで夜を明かすことにし、スタミナの回復に努めることにした。


 外はシトシトと雨が降り、俺たちの体感気温を否応なく下げている。

 くぼみがなければ低体温症になっていたかもしれない。


 夕食の準備をしつつ今後のことを考える。

 このまましゃにむに進んでも、あっという間にスタミナを消耗してしまう。

 何か対策をせねばならない。


 大根の皮むきを終えて米の研ぎ汁が煮立った鍋に入れて下茹でをする。

 イカを下ごしらえして、輪切りにする。


 今日は大根とイカの煮物、イカの素焼き、イカのサラダと大根の味噌ミゾ汁だ。


 食事が始まると、ペルージア女爵はモリモリと食べまくった。ヴァンパイアが普通の食事をできるのは少々驚いたが。


 ダイア・ウルフの早期警戒網がないので、野営に夜番を立てることにした。

 現在六人いるので二人一組で三交代とする。


 一番目はハリスとペルージアだ。女爵の猛烈な希望によりそうなったんだが、ハリスは困惑しきりだった。

 二番目はトリシアとアナベルだ。暗視ナイト・ビジョンの魔法が使えるトリシアにアナベルを任せる。

 最後は俺とマリス。マリスには幻霊使い魔アストラル・ファミリアもあるので便利だしね。


 アナベルに起こされ俺たちの番になった。幻霊使い魔アストラル・ファミリアをマリスに出してもらい、俺は今後の行軍のためのアイテム作りをしながら見張りをする。


 薄い鉄板を平たい小さい卵状に加工して、蓋ができるような感じにする。中には石綿を詰めたものをいっぱい作る。

 最初は一個作るのに一〇分程度掛かったが、見張りが終わる頃にはコツもつかめて、全部で二五個ほど完成した。


 最後に薪を取り出して魔法による高火力で一気に焼いてしまう。あっという間に大量の炭が完成する。これを更に俺の高い腕力で一気に圧縮していく。



「よーし、完成」

「何を作ったのじゃ?」

「これか? これはカイロかな?」

「カイロってなんじゃ?」


 目をキラキラさせたマリスがピョコピョコ飛び跳ねながら俺の作ったものを眺めている。


「この中に火を点けた圧縮炭を入れておくんだ。布に巻いて懐に入れておけば暖かく過ごせるわけだな」

「おー。圧縮炭ってなんじゃ?」

「質問ばかりだな。炭をギューッて押しつぶしたものだよ。長持ちすると思って作ったんだよ」


 俺は現物を一つつまみ上げてマリスに見せた。


「黒いのう。消し炭のようじゃ」

「ああ、そういうのを固めた奴ね」


 そういやティエルローゼに炭文化はないみたいだね。薪を燃やすのが基本的で、炭を焼いて使うような事はないようだ。炭は熱効率も燃え続ける時間も優れているんだけどなぁ。


 みんなが起きてきたので簡単な朝食を取らせ、作ったカイロを配る。


「これは何だ?」

「カイロだ。この圧縮炭に火を点けて、この中に入れる。結構熱くなるから布でくるんで懐に入れてくれ」


 トリシアたちが俺のやっていることを真似する。


「お、これは! 暖かいな!」

「計算では四時間は温かいはずだ」

「助かる……」

「これは人をダメにする暖かさなのです!」


 確かにな。


 俺はアナベルの言葉に苦笑してしまう。

 しかし現実世界で雪中訓練をしていた自衛隊がカイロのおかげで助かったという話を聞いたことがあるので、こういう事は疎かにできないと思う。


 ま、一人数個使えば、山の寒さにも対応できそうだ。


 野営を畳んで行軍を再開する。

 数時間で一つ目の山の頂上に到着した。東を見ればウェスデルフのサバンナ地帯は勿論、ラクースの森などが一望できた。


「絶景だなぁ」

「まさに!」


 さすがのトリシアもこれほどの景色は見たことがないようだ。


「空を飛べば普通に見えるがのう」

「人間は空を飛べないのですよ?」

「私もこれほど高い場所に来たのは初めてですね」


 ハリスの腕に絡みついているペルージアもニコニコだ。まあ、ハリスにくっついていてご機嫌なのだろうが。


 振り返って西の方角を確認する。

 山脈はまだまだ続いているが、今いる山頂ほど高い山は存在しないようだ。助かるね。


 それでも徒歩で踏破しようとしたら一週間は要するだろう。


「よし、今日中に次の山の麓くらいまで行こう」


 不毛な山裾を見下ろしつつ歩を進める。

 数時間、ゆっくりと山の斜面を降りていくと妙な気配……いや、視線を感じ始めた。


「何かいるな」


 俺が振り返るとトリシアもハリスも武器に手を掛けていた。


 マップ画面を呼び出し周囲を確認する。前方に赤い光点が二ついるようだ。その光点をクリックしてみる。


『バジリスク

 レベル:四〇

 脅威度:中

 岩トカゲの魔獣。その視線は他者を石に変えると言われている。尻尾のトゲにある猛毒は一瞬で対象を腐らせる』


 げーっ! こりゃまた厄介なモンスターがいるな!


「バジリスクだ。前に二匹いるぞ」


 俺は肉眼で前方を確認するが、バジリスクの姿は見えない。岩トカゲとあったし、保護色になっている可能性が高いな。待ち伏せをしていると考えるのが順当だな。


 俺はバジリスクのHPバーを表示させてその位置を確認する。前方五〇メートルあたりにモンスター名とHPバーが表示された。どう見ても岩にしか見えないが……


魔法の矢マジック・ミサイル!」


 無詠唱で魔法を発動する。二本の光る矢が現れ、HPバーが表示されている岩に打ち込んだ。


「グギャアァアァアァァ!」


 猛烈な悲鳴にも似た咆哮を上げ岩が身じろぎした。長い首を持ったトカゲの頭が二つ、ムクリと持ち上がる。


 岩にしか見えなかったものがバジリスクの身体であることが判った。

 魔法の矢マジック・ミサイルは大したレベルの魔法ではないのでダメージは殆どない。位置を確認するために撃っただけだしね。


「よし。戦闘開始だ!」

「承知……」

「いくのじゃ!」

「了解だ! みんな! 視線に気をつけろ! 伝承通りなら視線は石化効果がある! アナベルは後方で支援を! 石化解除の魔法はあるか!?」

「はいです! 準備しておくのです!」

「私はハリスさまの援護を!」


 マリスが大盾を構えてバジリスクへと突進する。


『オオトカゲめ! 岩のマネだけして餓死すればよい!』


 マリスが挑発スキルの乗った大声を出す。途端にバジリスクの視線がマリスに降り注いだ。

 マリスは大盾を上手く使い、視線に晒されないように移動している。


 うまい。レベルが上がった効果が出ているっぽいな。


「アローレイン!」


 トリシアの放った無数の矢が二匹のバジリスクに降り注いだ。バジリスクの体表は岩に似ているのか、トリシアの矢がいくつも跳ね返されて周囲にばらまかれた。それでも何本かの矢がバジリスクの柔らかい部分に突き刺さっている。


「足だ! 足がやらかいぞ!」

「影渡り……」


 俺の声にハリスが反応する。一瞬で闇に消えたと思ったら、何人ものハリスがバジリスクの周囲に現れた。


「「「「絶……!」」」」


 それぞれのハリスがスキル名を叫ぶ。ハリスの忍者刀が青い閃光を放ちながらバジリスクの四肢を断ち切る。


「グギャアァアァアアン!」


 バジリスクの悲鳴が周囲に響き渡る。

 バジリスクは足を無くしたが、身体をうねらせて尻尾のトゲでハリスを突き刺そうとした。


「ハリスさま! 重力斬撃グラビティ・ブレード!」


 おお! 重力系スキル!? 魔法とスキルの複合技か?


 ペルージアの攻撃でハリスに襲いかかった尻尾が切り飛ばされた。結構強力な技だな! 俺も覚えたいなぁ。


 俺が余裕をぶっこいてみんなの戦闘を観察していたら、俺の左手がパキパキと音を立て始めた。


 見れば俺の左腕が石化を始めている!


「げっ! これが石化の視線か!」


 音はパキパキ鳴り続け、肘のあたりまで石のような色に変わってくる。


 やべっ!


 その時、俺の頭の中でカチリとした音が鳴った。


石化治癒キュア・ストーン!』


 淡い光が俺の左腕を包み込む。アナベルの石化解除の魔法だ。

 時間が逆回転していくように左手の石化が治っていく。


「助かった……」


 さすがの攻性防壁球ガード・スフィアもバジリスクの視線から守ってはくれないようだ。


 俺は大きく跳躍しバジリスクの真上まで舞い上がる。


「喰らえ! 翼落斬!!」


 オリハルコンの刀身に青いオーラが発生すると斬撃波となって飛翔していく。そして二匹のバジリスクの首を断ち落とし、地面に鋭利な切り跡を残した。


 首を切り落とされたバジリスクの身体はしばらくのたうち回っていたが、そのうち動かなくなった。


「ふう。終わったな」

「危なかったのです」

「アナベル、さっきは助かった」


 石化から治った左手を開いたり握ったりしながら俺はアナベルに礼を言う。


「助けるのは当然なのです。お礼は必要ありません」


 顔を赤くしたアナベルが両手を前に出してプルプルと手を振っている。

 ハリスはバジリスクの死体を見上げている。


「なかなかの……大物だ……」


 ハリスは早速解体したいようだ。久々の獲物といった感じだが、バジリスクの肉って美味いんだろうか?

 皮や爪、牙、骨などは良い素材になりそうだけど。

 そういえば、バジリスクの血が錬金術で使う素材になるんだっけ? フィルへの土産にいいかも。


 俺は慌てて空樽を取り出して切り口から流れるバジリスクの血を確保する。


 小遣い稼ぎには割といいね。ワイバーンほどじゃないけど、結構な金額になるだろう。

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