第16章 ── 第2話
出発当日、予定を大幅に超えて滞在していた第一騎兵団長シルーウが館にやってきていた。
もちろんシルーウは、二人の子供を伴っている。
「申し訳ありませんでした我が主、ケント・クサナギ様……」
「いや、いいよ」
俺はピラピラと手を振ってシルーウの謝罪を受け入れる。
子供たちは父親の上着を握りしめて彼の横に立っている。大変幸せそうだ。
「楽しく過ごせたようだね」
「はい。このように長く子供たちと一緒の時間を過ごせたのは、随分と久しぶりで……」
シルーウは恐縮しっぱなしだ。
「いいことだよ。子供は親といる時間が一番幸せだろうしね。でも俺たちが出発するまでに帰ってきてくれて良かったよ」
「本当に申し訳ありません!」
「父ちゃんを責めないで下さい。オイラが無理を言ったんです!」
ケシュくんが弁解を始めた。
その健気な姿が微笑ましい。妹はシルーウの太ももに抱きついてこちらを窺っている。相変わらず人見知りの恥ずかしがり屋だね。
ところで……
あの木陰でニコニコしているのは何だ?
「ハリス、あれは何?」
「い、いや……なんだろう……な?」
ハリスも首を傾げている。
「トリシアは知ってるか?」
「ペールゼンから派遣されてきたんだろ?」
「うーん……」
俺たちが自分の話をしているに気付いたのか、ニコニコ顔を崩さずにこちらに歩いてくる。
「お久しぶりです! ハリスさま、それと辺境伯殿」
「あー、うん……お久しぶり」
白い陶器のような肌をしたペルージア女爵が悪びれもせず挨拶してきた。
というか……早朝だけど太陽が燦々と輝く日中に出てきて大丈夫なのがヴァンパイアらしくないよね。
「今日は何でここに?」
「国王陛下のご下命でございます。クサナギ辺境伯殿の西方遠征に帯同せよとの仰せにつき
俺は頭を抱えてしまいそうになるが、セイファードとの約束で元カリオス王国に立ち寄ることにしているのを思い出す。
「あー……あれか……まさか配下のものを送ってくるとはね」
「私が立候補致しましたので」
得意げにペルージア女爵が胸を叩いた。
「え?」
「ここ数日、陛下がソワソワしておりまして。その理由を問いました所、陛下の想い人の救出をクサナギ辺境伯殿にお頼み申したとお聞きしまして」
それ立候補というよりセイファードを焚き付けて配下を送り込ませるように仕向けたって事なんじゃねえの?
「まあ、いいけど……となると馬車用意した方がよさそうだな」
「お気遣い申し訳ありません」
そのニコニコ顔は少しもそう思って無さそうな気がするけどな。さり気なくハリスの隣に移動しているし。
インベントリ・バッグから幌馬車を取り出し、ハリスの騎乗ゴーレム白銀を繋げる。馬車の接続をシルーウが手伝ってくれた。
「それじゃ出発しようか。最初はウェスデルフの王都まで
自分の馬に子供たちを乗せて引いてきたシルーウが頷いた。
馬車の御者台にはハリスとペルージア女爵が仲良く……というか女爵自身が一方的に隣に乗り込んだ感じだ。
門を開くとシルーウの子供たちが目を見開いて驚いている。シルーウ自身は一度体験しているから平気そうだ。
開いた
境界面に入ると一瞬だけ酩酊感が感じられるが、すぐに回復する。視界が元に戻ると目的地であるウェスデルフの王城の真ん前に出た。
王城の前には獣人近衛隊がおり、俺たちを出迎えるように整列を開始した。
「あー、いいよいいよ。普通にしてて」
「しかし、陛下!」
「いや……俺、陛下は勘弁。今でもオーガスが国王なんだからさ」
「陛下がそうおっしゃるなら……」
まあ、一応国王を倒しちゃったからなぁ……
オーガスは非常に潔い性格らしくて、自分が倒され国王代理を申し付けられた旨まで、しっかりと高札で発表していたからね。
この国の国王に挑戦する場合、俺を倒さなければならないらしいんだが、国に詰めていないので王様の交代劇はそうそうありえない。
それを狙っての発表だったんじゃないかと思わなくもない。国政が安定しないよりマシなので何も言うつもりはないが。
国王のオーガスがドスドスと足音を立てながらやってきた。
「我が主! よくぞおいで下さいました」
ミノタウロスのオーガスが相変わらず大きな身体で
「お久しぶり、何か変わったことは?」
「いえ、ございません! ご命令通り、滞りなく統治を行っております!」
「あ、これ提案書ね」
インベントリ・バッグから取り出した書類をオーガスに渡す。
「人口問題に関する提案書だ」
「なるほど……速やかに実施いたします」
クリストファから要請のあった例の子供派遣隊の増員に関係する奴だ。身体能力の高い獣人の子供なら労働力としても期待できるからね。
「いや、良く検討してからね」
「心得ております」
本当かなぁ?
獣人の特性なのか、自分の上位者に対する態度が絶対服従的な側面があるので、下手な事を提案すると忠実に実行してしまいかねない。こちら側が気をつけておかねばならない。
俺は馬を降りてオーガスと共に王城に入る。仲間たちもそれに続いた。
ペルージア女爵は国から出たことはないようで物珍しそうに辺りをキョロキョロと見ている。
「食糧問題などは改善できた?」
俺の問いにオーガスが即答する。
「はい。未だにいささか足りていないと言わざるを得ないのですが、改善の兆しは見え始めています」
「そうか。当面はまだ足りてないわけだね。よし、少し俺の手持ちから置いていくよ」
「それは助かります!」
「まあ、ブレンダ帝国で使ってたやつだから味の保証はないけどな」
帝国に赴いた時に戦った軍隊が置いて逃げていった物資だし俺の懐は傷まない。
というか、無限なのを良いことにバンバン放り込んでいるから内容物は増える一方だからね。出せる時に出しておかないと、後で整理が大変だから。
ウェスデルフの運営についてオーガスと王子、その他官僚たちとの会議を終えて、物資を王国の倉庫に出すなどの諸作業をこなす。
「辺境伯殿はこの国も支配下に置いているのですね」
会議や作業をみていたペルージア女爵が話しかけてきた。俺について回るハリスにベッタリのペルージアは俺への周りの対応でそう判断したようだ。
「そうだよ。ウェスデルフが戦争起こしただろ? あの時にウェスデルフに出向いてオーガスを倒したんだ。そしたらこの国は俺のものって認識らしくてねぇ……本当は面倒くさいんだけどさ」
俺はやれやれといった感じで外国人みたく肩を
「辺境伯殿は人間には珍しく欲がないのですね」
「いぁ、富も名誉も必要以上はいらないっしょ。楽しく生きていけるのが一番だ」
「そんなものですか」
「そんなもんだよー」
「辺境伯殿は国王陛下に似ておりますね。陛下がお気にかけているのがよく理解できました」
というか同郷の日本人だからね。平和な日本を知っている人間としては似たような雰囲気になるのかもねぇ。
ウェスデルフでの用事が一通り終わったので西方に出発することにする。
ウェスデルフから旧カリオス王国に向かうには、王城が掘られている西の山々を越えなければならない。
険しいこの山々はデルフェリア山脈といい、ウェスデルフの国名の元になったのだと聞いている。
ウェスデルフ近辺ならば馬車で山に入ることは可能だが、それより先は徒歩か空を飛ぶしかない。
「まずは行ける所までいくか」
「しかし荒涼とした山だ。木が一本もない。不毛だな」
植物の守護者のエルフであるトリシアが山を見上げて残念そうに言う。
ま、この辺りは山頂まで木々で覆われるほど水が豊富じゃないからな。ウェスデルフはサバンナ地帯だからねぇ。
「ブラック・ファングの配下が連れてこられれば、偵察に便利なのじゃがの」
マリスもモフモフ対象がいないので不満そうだね。
「魔法で移動しちゃったからね。ダイア・ウルフたちはトリエンでお留守番だよ」
山に入って数時間、山の植生は高山系のものが多いが雨量が足りないようで小さい感じ。そういった植物を餌にした小動物も見える。
一応、ちゃんとした生態系はあるようだね。空に鷹だか鷲だかも飛んでるし……鳶かも。
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