第16章 ── 古城の泣き姫

第16章 ── 第1話

 俺が大陸西部への遠征に出向くという話は噂という形でオーファンラントおよび周辺国にまで広まっていった。

 たった一週間でウェスデルフ王国にまで届いたらしく、立ち寄ってもらいたいと考えた国々や都市から使者がやってくる始末だった。


 最初にやってきたのはミンスター公爵だった。まさか本人がやってくるとは思わなかったので俺も驚いたのだが。



「クサナギ辺境伯殿、西方に向かわれると噂に聞いたのだが」


 俺の館の応接室でお茶を口に運びながらミンスター公爵が言う。


「はい。この世界の見聞を広げておいて損はないと思いまして」

「そうか。実は大陸西部と東部は殆ど交流がない。知っていると思うが」

「そう聞いております」

「その理由が解るかね?」

「いえ、サッパリです。歴史書や伝承にすら一言も無いので……」


 俺は工房の図書館、俺的な呼び名『シャーリー図書館』で調べた限りの知識しか歴史は知らない。


 人々の言う創世記『人魔大戦』以降から約四〇〇年ほど前あたりの歴史までが、何故かスッポリと記録が抜け落ちているのだ。人類進化におけるミッシング・リンクのような感じだ。


「大方、四〇〇年くらい前の歴史から始まっているだろう」

「やはり、そうですか」

「うむ。それについて聞かせておこうと思いここに赴いたのだよ」


 ミンスター公爵は難しそうな顔をして言う。


「四〇〇年以前の歴史については王家などの古き家柄の者のみが語り継いできたものだ。歴史の真実とは苦い果実のようなものだからな」

「一体何があったのです?」


 歴史と言えばピッツガルトのマルエスト侯爵が得意なジャンルだと思うが、ミンスター公爵がやってきたという事はなにか秘密があるに違いない。


「事は約五〇〇年以上前に遡る……」


 五〇〇年以上前、西方と東方には交流があったのだが、とある国の王族が西方の国に暗殺された事がきっかけで戦争が起こったらしいと王家には伝わっているそうだ。この戦争は周囲の諸国を巻き込み、世界大戦といった様相になってしまった。

 西方対東方の戦争は長く続き、国々は疲弊していった。

 そんな中で起きたのが魔神の出現である。

 魔神は東方連合軍に襲いかかり、軍隊は壊滅。魔神の猛威は国々へと飛び火した。


 神出鬼没の魔神は次々と国々を滅ぼし、人々は絶滅しかけた。これは人族だけでなく、妖精族や獣人族などにも平等に降りかかる事になる。

 ほぼ人類が壊滅しかけた時、不滅の英雄タクヤが現れ魔神を倒したという。


「この魔神の出現こそが歴史を封印した理由だ」


 そこまでの歴史はその事件の生き証人であるファルエンケールの女王から聞いているので知っている。


「首都の名でデーアヘルトは『我が英雄』という意味なのだ。国の名、オーファンラントは『英雄の眠りし地』という古い言葉から来ている」


 なるほど、国や都市の名にそんな由来があったんだね。確かにヘルトってのはドイツ語で英雄か。意味から推察するにオーファンはギリシャ語由来の意味だよね。確か『孤児』とか『親に先立たれた』とかそんな意味だ。オルフェンってのが英語の発音な気がするけど。そしてラントはドイツ語で領地とか土地って意味だっけね?


 ドイツ読みだったり英語読みだったり無秩序ぶりが目立つが、まあそこはどうでもいいか。この世界でいう所の古代魔法語という奴なのだろうと思う。


「何で封印する必要があったのですか?」

「人類はこの事で絶滅しかけた。この恐怖を人々の記憶から消すため……と我が王家では言われている」


 ふむ。シンノスケ……いわゆる魔神が人々に与えた恐怖がどれほどのものだったのかが窺えるね。シンノスケの恐怖はともかく、タクヤについては忘れ去られないように国や都市の名前として残したってことだろうな。

 しかし、何故シンノスケがそのような凶悪な存在になったのかが解らないね。


「それ以来、西方との交流は途絶えた。私たちは東方と同じく西方も壊滅したのだと判断した。戦争の相手であるから人々は西方を助けることはしなかったのだ。神々ですら、この出来事に対し助力をしてくれなかったと王家の伝承にはある。神すら触れたくないほどの出来事という事だろう」


 そういや、アースラもこの件には口をつぐんでしまうんだよね。何かあったんだろうな。


 しかし、交流がないと言われているのは、どうしてだろう? 少量だけど米とか醤油ショルユ味噌ミゾなどは西方から仕入れていると聞いているのだが……


「今でも交流は全くないのですか?」

「国としては。逞しい商人どもが交易をしているという話もあるがね」


 ではトリエンに流れてきているのはその流れか。帝国にも少々出回ってたな。


「西方に向かうなら気をつけよ。西方は五〇〇年前の怨恨を未だに忘れていないと聞く。東方人という事は隠しておくと良い」

「ご忠告、痛み入ります。大変助かります」


 ミンスター公爵は頷いた。



 次に来たのがダルスカル小王国、カリオハルト自治領の二国からの使者だ。

 ラクースのシュベリエがトリエンとの貿易を開始したという噂が流れたらしい。

 俺はこの二国とは付き合いもないので対応はクリストファに丸投げした。


 ウェスデルフとの和平会談で会った時の印象が結構悪かったんだよ。

 特にダルスカルは嫌いだ。オーファンラントの王家との繋がりを鼻にかけているのが見え見えだったからね。

 カリオハルトはそうでも無かったけど、本国が宗教国家というのが気に入らなくてね。


 ペールゼン王国のセイファードからは毎日のように通信が届く。

 彼はノーライフキングことグレーター・リッチになってしまい、生きている人間との会話に飢えているらしく、他愛のない会話だったり日々の出来事を報告しきたりという感じだが、俺もアースラと違って対等の立場で話せる人物との会話が嬉しいので無碍にしていない。忙しくない夜に掛かってくる事が多いしね。


「西に行くならペールゼンに寄ってくれよ、ケント」

「西に行くにはちょっと南に寄り過ぎな気がするけど?」

「俺の転生した国に寄ったらどうかと思って」

「どこにあるんだ?」

「ウェスデルフの南西だね。カリオス王国って言う国さ。一応、軍事大国だよ。ペガサス・ナイトがいるんだ」


 俺は驚いた。ペガサスを使役しているのか。それは珍しいな!


「それは見てみたいな! ワイバーン・ライダーとかドラゴン・ライダーなんかもいるのかなぁ?」

「それは知らないけど、この世界だとワイバーンとかは魔獣扱いだよね? いないんじゃないかなぁ」


 確かにドラゴンやワイバーンはティエルローゼの人たちには強すぎるモンスターかもしれないな。使役は難しいか。

 マリスなら乗せてくれそうな気もするけど頼みづらい。


「カリオス王国か。セイファードに知り合いとかいるのか?」

「いるわけないだろ! 俺があの国を出奔したのは三〇〇年以上前なんだよ?」

「そういや、どうして国を出たんだ? 難民と一緒だとか言っていたけど」

「理由? あの頃、隣国のバーラント共国とカリオスは戦争していてね。全面戦争だったんだ。相手はグリフォン・ライダー隊だぜ? 熾烈極まりなくて、国を逃げ出す人々が後を絶たなかったんだよ」


 領土争いが全面戦争に発展したというが、このあたりはどこの世界でも一緒っぽいねぇ。


「グリフォン・ライダーか……それも凄い興味ある。グリフォンは是非一頭欲しいな!」

「凶暴だぞ? 俺も見たことあるけど。馬とは犬猿の仲だね。ペガサスの天敵だし」


 それ、ヒポグリフじゃね? まあ同じ系列のモンスターだけど。


「解った。カリオス王国に寄ってみよう。ちょっと面白そうだしね」

「報告してくれよ。俺は……残していった王女様が気になってさ……」

「王女様?」

「うん……可愛い女の子だったんだ。まあ、一介の騎士では高嶺の花だったんだけどさ……」

「名前は?」

「サーシャ・ド・ラニエル・カリオス」


 うわー、甘酸っぱーい! 若いっていいな!


「青春だねぇ」

「うーわー!」


 セイファードが照れたように悲鳴を上げた。床をゴロゴロ転がってそうな勢いだね。容易に想像できるリアクションありがとう。


 セイファードは弟みたいな感じで付き合えて楽しい。俺には妹がいたが仲は険悪だったからな……両親に可愛がられるのは妹だけだったっけ。


 ま、しかし……三〇〇年も前だと世代的に何代前になるのやら。一応、調べてみたい所だな。


 一応、マップ画面で検索してみた。


 え!?


 ウェスデルフの西方にピンが一つだけ立った。

 そこはカリオス王国があるというあたり。

 今はカリオス王国はないみたいだけど……国名が違う。ピンの立ったその場所はルクセイド領王国。


 俺は恐る恐るピンをクリックする。


『サーシャ・ド・ラニエル・カリオス

 レベル:四〇

 脅威度:小

 呪われしカリオス王国の王女。死してなお古王城を彷徨う泣き女バンシー


 これは、何というか……


「セイファード……王女様が……」

「え? 王女様がどうかした?」

「アンデッドになってる……」

「は!?」


 セイファードが大きな声を上げる。


「バンシーだって。俺のマップ機能で確認できた」

「……救出に行かねば!」

「待て待て!! ノーライフキングが外を歩いたら大変なことになる! 俺に任せておけ!」


 慌てたようなセイファードを俺は制止する。


「ケント……頼む……王女様を……助け出してくれ」

「ああ、頼まれた」


 先程とうって変わって弱々しくいうセイファードに通信機越しながら俺は力強く頷いた。


 新たなる目的が決まったので、俺はシャーリー図書館に入ってバンシーについて調べる。


 ドーンヴァースと同じならば、ただのアンデッド・モンスターだが、ティエルローゼでのバンシーという存在は調べておいて損はないはずだ。


 図書館の資料によれば『泣き女バンシー』の伝承によると人が死を迎える前後に現れる存在で、物悲しい泣き声がどこからともなく聞こえてくるという。死んだ人の魂をあの世に運ぶとも言われているようだ。


 このように漠然とした記述しかなく詳しいことがまるでわからない。


 こうなるとドーンヴァースのデータから推測するしかない。

 モンスター・レベルは四〇、ここは一緒だ。そして高位アンデッドに良くあるエネルギー・ドレイン、麻痺爪、物理攻撃無効などなど。そして特徴的なのが涙の悲鳴ティア・クライ・ボイスという能力だ。

 最後の能力が比較的強力で、ネガティブな効果を持つ範囲攻撃となる。これを受けたキャラクターは移動速度減少、能力値減少などのデバフ効果が与えられる。


 泣き声を封じる必要があるかも知れないな。耳栓……それとも沈黙サイレンスの魔法かなぁ。

 ま、戦わないように立ち回りたいところだが。セイファードの想い人っぽいしね。

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