第15章 ── 第29話

 次の日の朝まで、ペールゼンと語り合った。


 彼の本名は本田剛。ドーンヴァースのβテスト時には一六歳の高校生だったそうだ。


 転生したのは三〇〇年ほど前らしいが、大陸の西側は荒れに荒れていたため難民たちを引き連れて東側に移住してきた。


 難民たちに請われて王になってから一〇年。領土内で発見された遺跡から出土した骨型の置物に触ってアンデッドになってしまったという。


 その段階でプレイヤーという身分じゃなくなったようだ。

 俺も気をつけないとマズイかもしれない。そういうアイテムが存在するなら、警戒しておくに越したことはない。

 正体不明のアイテムを鑑定する癖を付けておくことにしよう。


「そうだ、セイファード。竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォリアーが魔法の鎧着てたみたいだけどさ」

「あ、あれね。遺跡に大量にあったんだ。近衛のアンデッドに着せてるよ」

「セイファードが作ったわけじゃないのか」

「魔法のアイテムなんか作れるわけないだろ」


 ああ、三〇〇年も鎖国してたせいだな。シャーリーの存在とか知らないんだねぇ。


「俺は作れるぞ?」

「マジで!?」

「マジだね。ほらこれ」


 俺は幾つか自作の魔法道具を取り出して見せる。


「うおー。凄い! これは何?」

「ゴーレムの小型翻訳機。通信機能もあるよ」

「すげぇ!」


 魔法のウィンドウを開いてやると目を輝かせて見ている。といっても彼の目はただの空洞なんだけど。


「そういや、セイファードのところの通信はどうやってるの? 情報伝達がえらく早いけど」

「ああ、俺がアンデッド化した配下とは精神で繋がってるんだ。俺の命令には絶対服従でね」

「なるほど。それで俺が来たのが解ったのか」

「そういう事だよ」

「しゃべるスケルトンにも驚いたんだよ」

「あれ? あれは死んだ肉体に意識を繋ぎ止めたんだ。一応、グレーター・リッチの固有能力なんだよ」


 ほう。グレーター・リッチってそんな珍しいスキル持ちなのか。ドーンヴァースのモンスター・エンサイクロペディアには載ってない能力だな。


「ヴァンパイアとかデュラハンは?」

「そういう上級アンデッドはいつの間にか集まってきた感じ。俺のところに来た段階で自然と精神支配しちゃったよ」

「ほえー。ノーライフキング恐るべし」

「でも、ケントは生きてるのに良く死なないなぁ。リッチに近づくと大抵恐怖で死んでアンデッド化しちゃうんだけど」

「ああ、俺、レベル八二だからね。六五レベル程度のモンスターの特殊能力はレジストできるっぽいよ」

「おお。じゃあ普通に俺と話せる存在なんだな! すげえ嬉しいんだけど!」


 彼はここ三〇〇年、ずっとアンデッドに囲まれて過ごしており、生きた人間と話したりできずに寂しかったようだ。


「ま、今度、アースラにも話しておこう。彼は一〇〇レベルだし、神様だから色々相談に乗ってくれるかもね」

「一〇〇レベルかぁ……すごいプレイヤーなんだね」

「そうだよ。トッププレイヤーだったからな。ただのおっさんだけど」

「おっさんなの?」

「転生時に三一歳だってさ。そこから何千年も生きてるから爺さんかもしれないねぇ」


 俺がそういうと、セイファードが顎をカタカタ鳴らして笑う。


「確かに! かくいう俺も三〇〇歳以上だな……精神年齢はちっとも変わってない気がしてならないけどさ」

「そういや、俺も高校生の頃から基本的な考え方は変わってない気がするな」

「今、何歳?」

「二四……いや、二五かね?」

「年上だったんだ」

「ま、この世界に来た段階で、あんまり気にする部分じゃないからな」


 セイファードも同意する。


「ネトゲに年齢とか持ち出すのもナンセンスだもんね」

「そういう事。本名とかいらんもんな」

「でも、ケントは本名だね?」

「確かに。安直だったって今では思うけどさ」


 楽しい会話に脱線も多くなってしまったが、ペールゼン王国とトリエンの今後の関係について話し合った。


 まず、交易についてはペールゼン王国の商人に担ってもらう事になった。トリエンの貿易品だけでなく他の都市や国の品も、トリエンの街にある交易所で買って戻るみたいな感じにした。もちろん、ペールゼンの交易品の持ち込みもOKだ。

 ペールゼンの交易品は食料が主ではあるが、アンデッドの国ということで非常に珍しい物質を少量ながら産出できる事が判明した。ティエルローゼのアイテムで闇石と呼ばれるものだ。

 死霊術師ネクロマンサーにとっては喉から手が出るほど欲しいアイテムらしい。ちなみに、この闇石を使うと簡単にアンデッドを作り出すことが可能だという。

 しかし、これを加工して魔法付与することで、限定的ながら重力に反発する効果を生み出せるのだ。これの利用価値は非常に高いと判断する。

 独占的に闇石を輸入することをセイファードと約束できたのは幸運といえる。こんな美味しいアイテム、他の国に渡せるものかよ。


 それからペールゼン王国の東側、オーファンラントとの国境付近はトリエンが管轄することになった。

 西側のウェスデルフにはペールゼンへの侵攻を禁止するよう言い渡せばいいだろう。

 南にある帝国はオーファンラントとは友好国だし湿地を突破するつもりがなければ問題はない。アルフォートを通じてペールゼンがトリエンと友好関係を結んだ事を伝えておこうか。


 問題は北側にある国、ダルスカル少王国についてだ。

 何度かペールゼンに侵攻したことがある国だが、オーファンラントと血縁関係があるのが厄介だ。俺がどうこうできる案件じゃないからね。

 まあ、ペールゼンのアンデッド軍団に勝てるような軍事力はないので大丈夫だと思う。今まで通り、侵入してきたら潰して問題ないという話で決着をつけておいた。リカルド国王にペールゼンの国王がプレイヤー関係だと伝えておいたら抑制できるかもな。



 朝日が昇り始めてから、俺たちはセイファードの城を後にした。

 宿屋に戻るまでにトリシアたちが何をしていたか聞いたが、ペルージア女爵がずっと部屋で接待してくれていたらしい。主にハリスに対してだが。


 トリシアたち女性陣はソファで眠りこけたそうだけど、ハリスは一睡もできずにいたそうだ。モテモテだね。


 ちなみにティエルローゼのヴァンパイアなのだが、夜行性だけど陽の光が弱点じゃないようで、少々日焼けに弱い程度らしい。十字架やらニンニクも苦手じゃない。というか、十字架は宗教が違うから意味なしなんだろう。

 人間の血は必須らしいが、頻繁に必要じゃなく、年に一度摂取する程度でいい。罪人どもの血を絞って飲むと女爵が言っていたそうだ。

 ただ、狼やコウモリの使役、霧になるなどの特殊能力は健在で強力なアンデッドなのはゲーム通り。


 ペールゼン王国を発つ前、セイファードに小型通信機を一つ渡した。何かあった時に役に立つと思ったからだ。元プレイヤー同士だし、困ったら助けてやりたい。



 ペールゼン王国からトリエンの街に戻った俺は、今後の事を考えた。


 とりあえずの懸案事項は全て片付いたと言っていい。トリエンの運営は上手く行っており、隣国との関係も良好だ。


 南の草原地帯が帝国の開発によって一大小麦畑と化し、今年の収穫は豊作だろうと思われる。これで帝国の食糧事情は劇的に改善される見込みだ。

 派遣してあるガーゴイルからの報告で秋蕎麦もいい具合に育っているようだ。

 帝国に貸している農地からの税収を考えると食料難に苦しむウェスデルフに輸出しても余るかも。現物徴収の利点は転用が簡単な所だな。


 人魚とニンフたちが持ってくる魚やワサビ、鰻なども年に二回でなく四回ほど取引の機会があり、旬の魚などがどんどん手に入っている。

 ニンフたちは貨幣の使い方を知り、人魚と共に宝石以外のものを買っていく事が増えた。


 ファルエンケールとの交易で貴重なミスリルとアダマンチウムが定期的に手に入り始めた。アダマンタイト鉱脈による土壌汚染、水質汚濁を解消する魔法装置が非常に高い効果を発揮したため、良質なアダマンチウムをドワーフが量産している。

 また、森のエルフたちがトリエンに移り住んでくることも増え、珍しかったエルフの姿をトリエンでは見ることができるようになった。

 ドワーフ族が職人街に多数住み着いた事もあり、トリエンの技術力が飛躍的に上がった。


 工房ではエマとフィルが魔法道具と魔法薬を大量に作り、それが輸出品として莫大な利益を上げ続けていた。


 人間が増えた分、犯罪や不正が増えたのが問題で、それを取り締まる為に衛兵隊の増員が決定された。

 一〇〇人程度しかいなかった衛兵隊は、今や二〇〇〇人にも増え、街の花形職業として人気だと聞いている。

 領主である俺が不正などに苛烈な反応を示すのが知れ渡り、犯罪や不正は裏社会に潜んで行われた。

 その摘発にレベッカ・ポートランドが率いるエージェント部隊が大活躍している。


 トリエンの街は今や元の六倍以上の広さになったが、エドガーの都市設計に隙はなかった。俺の開発した都市用水質浄化装置や廃棄物処理装置がいい仕事をしているし、非常に住みやすい都市となりつつあった。



「やれやれ。やっと俺の手を離れつつあるな。街の運営は大丈夫そうだね」

「ああ、ケントの手を煩わせる事は殆どなくなった」


 クリストファとの会談で現在のトリエンの状況を確認しつつ俺は満足する。


「じゃあ、そろそろ冒険の旅に出ても問題ないかな?」

「旅に出るのか?」

「うん。大陸の西に足を運んでみたいんだ」

「大陸西方か……東方とはあまり交流はないな」

「そうだろ? ちょっと行って見てみたい」


 クリストファが苦笑する。


「相変わらず自由奔放だな。今の所、トリエンの運営に問題はない。ケントが作り上げた……システムと言ったか? それが上手く回っている。どのくらい旅をするつもりだ?」

「そうだな、一年くらいじゃないか?」

「そんなにか!?」

「まあ、何か問題があったらゲートを使うから瞬時に戻ってこれる。通信機で連絡も取れる。何の問題もないだろ」

「確かにな。ところで孤児院の事なんだが」

「孤児院がどうかしたか?」

「人数が足りない……ほら、例の使用人派遣なんだが、街の人口が増えた為に派遣希望が爆発的に増えているんだ。孤児院の子供たちだけでは賄いきれない」


 嬉しい悲鳴といった感じだが……物理的に手が足りないのは理解できる。


「それなら……ウェスデルフの子供を派遣してもらおうか。あっちは子沢山で食糧難に陥っていたんだ」

「そんな事ができるのか?」

「家族ごと移住してもらえばいい。ちょっと西に行くついでにウェスデルフに寄って提案してみるよ」

「頼む。派遣するのは別に孤児である必要はないわけだからな」

「だな」


 領主としての仕事を一週間ほど費やして片付けた。やっと仕事から開放されたよ。疲れるね。


 そしてトリシアたちを集めた。


「大陸西方に遠征したいんだ」

「西方か」


 トリシアがニヤリと笑った。


「行ったことある人は?」

「行ったことはありません~」


 そりゃそうだろ。アナベルは神殿の巫女だったんだから。


「西方じゃと知り合いのドラゴンがおるのう」

「ドラゴン?」

「うむ。エンセランス・ファフニルというのじゃが?」


 俺は頭を抱える。


 それ、ファフニールだろ。北欧神話に出てくるやつだ。まあ、ニーズヘッグもそうなんだけど。


「そ、そのファフニルは俺たちが行っても大丈夫か?」

「我と一緒なら平気じゃな。あやつは我の舎弟みたいなものじゃ!」


 この世界のドラゴンにはマリス以外に会ったこと無いし、ちゃんとしたドラゴン形態のと会ったことはないから興味はあるんだが……


「トリシアは大丈夫か?」


 ドラゴンに腕を食いちぎられた経験がトラウマになっているかも知れないので、俺はトリシアを心配した。


「私は問題ない。戦いになるなら断りたいが……平気なのだろう?」

「平気じゃ!」

「ドラゴンですかー。一度、見てみたいとは思いますが……正直言えば怖いです」


 アナベルも少々不安そうだ。


「ドラゴンの生態を……知っておけば……戦う時に……有利になる……」


 ハリスは賛成っぽいな。俺がドラゴン・スレイヤーを目標にするとか言ったのを未だに覚えていたか。


「よし、そのドラゴンに会うのも予定に入れよう。米の産地探求もしたいな!」

「米は大事じゃな!」

「それは必須案件だ」

「ご飯美味しいのです!」


 食いしん坊チームが満場一致です。


 西方への旅は何が待ち受けているか解らないが、ドラゴン訪問やら米の探索など、具体的な目的が決まった。

 旅の準備をして西へ向かおう。

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