第15章 ── 第27話

 朝早くにエルランドを出発する。

 王都のペールランドには通常は一日程度かかるので、騎乗ゴーレムを急がせれば夕方までに到着できるはずだ。


 ペールランドへ近づくに連れ、開拓農地が増えてきていた。トリエン地方の穀倉地帯や帝国に貸し出している南部草原地帯の耕作地などと比べると狭い気はするが、この小さいペールランドにおいては十分な食料生産を見込める事が解る。


 牧歌的な農業地帯を速歩はやあしで進んでいると、やはり農民たちが珍しそうに俺たちの行軍を眺めていた。


 この二日の道中、ペールランドを観察してきた感想を述べると、大変平和な国だということが解る。

 それとペールランドの民に混じったアンデッドの姿を見ることがない。アンデッドたちは故意に姿を見せないようにしているのだろうか。


 上級のアンデッドには遭遇した相手に恐怖心を与える能力を持っていることが多いためではないかと俺は推測している。

 先日現れたデュラハンもその一つだ。ノーライフキングも同じ能力をもっているしね。


 そうそう、ドーンヴァースではアンデッドに分類されていたグールは一度もペールゼンでは見ていない。グールは基本的に死肉喰らいであり、生物なのかアンデッドなのか曖昧な怪物だ。故意に作り出す事はできず、死体ある所に自然発生するらしいので、ただの腐肉喰らいの生物なのではないか……だとするとアンデッドというには下等過ぎるね。

 以前、廃砦で見たのも大量の死体があったために、どこからか現れたのだろうかね。


 午後の遅い時間、もう陽も落ちて夜の帳が降り始めた頃、ペールゼン王国の首都であるペールランドが見えてきた。

 中心にこの国では見られないほど大きな石造りの城が見えている。

 人口約八万程度。周囲の国々に比べれば大変小さく、王都と言うには質素すぎる都市だろう。現在のトリエンの人口と大して変わりないからねぇ。


 ペールランドの入り口には相変わらず門番や衛兵というものが見当たらないので街にすんなりと入ることができた。


 街の東の入り口付近に手頃な宿があったので部屋を借りることにした。

 商人御用達らしいこの宿は平屋ながら部屋数は二〇を越え、おまけに共同だが風呂まで完備していた。

 裏手には大きな庭と厩舎などがあり、大量に馬や馬車を収容できるようになっている。


 うちらの馬はインベントリ・バッグに入れてしまえばこういった施設に縁はないけど、商人御用達だけに広々とした場所が必要なのだろうね。


 宿の従業員によれば、商人同士がこの庭で取引をしたりすることもあるらしく、年に一回は商人たちが持ち寄った品物を販売する市が立ったりするんだそうだ。


 宿での食事を終えて、それぞれの部屋に引き上げて早々の事だ。

 深夜というにはまだ早いが、午後一〇時になったとき、外に気配を感じて鎧戸を少し開けて覗いてみた。


 何百体ものスケルトンやゾンビたちが列を成して城の方から歩いてきた。


 げぇ! ゾンビ、マジで勘弁!


 アンデッドの隊列の中央あたりに大きな馬車が見えた。馬車はスケルトン・ホースが引いていた。徹底してアンデッドで統一している。


 外の様子をしばらく見ていると馬車が俺たちの泊まっている宿の前で停止した。もちろんアンデッドの行軍も停まったのは言うまでもない。


 馬車から貴族服のような格好をした肌の色が異様に白い女性が降りてきた。

 その女性は襟を正すと俺が覗いている窓を見た。


 その目は赤いルビーのように輝いていた。


 俺は一瞬目が合った気がして、慌てて鎧戸を閉めた。


「どうした……ケント?」


 ハリスが俺の様子を見て心配そうに話しかけてきた。


「外はアンデッドでいっぱいだ。ゾンビも大量にいた」


 少々涙目の俺がそう言うと、ハリスが可笑しそうに笑った。


「魔族より……怖くないぞ……」

「それはそうだが……腐った死体なんて気持ち悪いじゃないか」


 クククとハリスは笑いベッドに倒れ込んでいる。


──コンコン


 ハリスの笑い声に重なるように扉がノックされたのが聞こえる。


「どちら様?」

「ペールゼン国王陛下よりの使者でございます。辺境伯殿」


 俺は扉を開けてみた。

 そこには、先程馬車から降りてきた貴族服を着た男装の女性だった。


 赤い目はギラギラと輝いているが、その顔は優しげな微笑みをたたえいる。


「お初にお目にかかります、辺境伯殿。私はペールゼン王国の貴族オーレリア・ド・ペルージア女爵と申します」


 優雅にポーズを決めたペルージア女爵が再び顔を上げる。


「これはご丁寧にどうも……オーファンラント王国貴族ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯です」


 俺も慌てて頭を下げた。

 どうも、こういう美人と話をするのは苦手だ。トリシアみたいにガサツだとあまり意識しないのだが。


「今宵、陛下のご下命により、貴殿らをお迎えに上がりました」

「あ、というと、今から謁見ということですか?」

「左様ですが、何か問題でも?」

「いえ、特にありません。もう夜中に近いですので少々驚きまして」

「そうでしょうね。生者は既に寝ている時間でしょうから」


 クスクスとペルージア女爵が笑う。可憐な笑顔が大変魅力的だが、その笑った口元に牙が生えているのを俺は見逃さなかった。


「も、もしかしてヴァンパイアでは……?」

「左様です。私はヴァンパイア。何か問題がありますか?」

「い、いえ……ありません……」


 ハリスもペルージア女爵を見て目を丸くしている。


「ハリス、出かける準備をしろ。ペールゼン国王陛下との謁見だ。粗相のないように……」

「了解だ……」


 ハリスが身体を起こしたのを見たペルージア女爵が目を丸くしてハリスを見ている。


「素敵な殿方……」


 ボソリと聞こえるか聞こえないか解らないほどの小声でペルージア女爵が囁いたのを聞き耳スキルが拾ってきた。


 俺がポカーンとしていると、俺の様子に気付いたペルージア女爵が少々顔を赤くした。といっても人間から比べたら真っ白なんだけど。


「コホン……いえ、何でもありません」


 照れたような女爵が軽い咳払いをした。


「ご準備が終わるまで外でお待ちしておりますので……良しなに」


 ペルージア女爵が部屋を出ていったので、俺はトリシアたちの部屋に行った。

 トリシアたちは既に寝巻き姿だったが周囲に漂う異様な雰囲気を感じ取ってか、武器を手にして身構えていた。


「城から使者が来た。これから国王との謁見だ。準備してくれ」

「異様な空気だが……使者のせいか?」

「多分ね。女のヴァンパイアだったよ」

「そうか……」


 トリシアが構えた武器を下ろした。

 アナベルがピリピリした感じを解かずにいたが、彼女も武器を下ろした。


「ヴァンパイアじゃったかー、なかなか見られないアンデッドばかりでワクワクするのう!」


 マリスだけはいつも通りの元気っ子だね。


「ま、準備をよろしくね」


 俺は手をヒラヒラと振って自分の部屋に戻った。


 インベントリ・バッグから貴族服を引っ張り出して素早く着替える。

 ハリスも準備完了のようだ。


 一応、王の御前に出るわけなので短剣程度の控えめな武装にしておく。赤いマントの中には攻性防壁球ガード・スフィアが装備されているので防御も攻撃も問題ないだろう。何せ神の武具だしな。


 みんなの準備が整ったので宿の外に出る。

 宿の夜勤らしい従業員たちが外の壁にズラリと整列してアンデッドの行列に頭を下げていた。

 従業員の雰囲気は怖がっていないようなので、支配層がアンデッドだということを国民が理解していると判断した。

 優しい微笑みを浮かべたペルージア女爵が馬車の前で待っていた。


「どうぞお乗り下さい。陛下がお待ちでございます」


 俺は頷くと一番に乗り込んだ。

 大きな箱馬車なので、六人が座っても余裕のある広さだ。


 俺の左右にトリシアとアナベル、何故かマリスは俺の膝の上に座ってきた。


 ハリスが俺たちの対面に座ったが、最後にペルージア女爵がハリスに妙に近い位置に腰を掛けた。


「それでは参ります」


 ペルージア女爵がそういうと馬車が動き出した。


 御者もいなかったのに……便利機能付きですか?


 こう座っていると自然に対面の二人が目に入るわけだが、ペルージア女爵が妙にモジモジしている。やっぱり顔が赤いよね?


「どうしました? 女爵殿、顔が赤いようですが」

「な、な、バカな……いえ、何でもありません!」


 その反応にハリスも困惑気味だ。


「何か……?」


 ハリスが女爵に話しかけると、女爵がさらに顔を赤くした。殆ど白いけど、薄っすらとピンクに見える程度にはなったね。


「あ、いえ……あの……貴方さまのお名前をお伺いしても……?」

「ハリス……ハリス・クリンガムだ……」

「ハリスさま……」


 何やらポーッとした感じなるペルージア女爵。


 うーむ。どうもハリスにホの字なんじゃないか?

 ヴァンパイアが生者に恋をするというのは良くある話だが……大抵は悲劇に終わるけど。


「あれだな」

「そうじゃろな」

「ラーシャさまが舞い降りましたのです」


 女性陣はマジマジとペルージア女爵を眺めながらボソボソと話している。

 俺もそう思うほどなので解りやすいです。ハリスだけは困惑を隠せずにいた。


 ハリスがジリッとペルージアから身体をずらすとペルージアもジリリと隙間を詰めるのが少々滑稽です。


「女爵殿、恋に落ちましたか」

「な! ま……いえ、はい!」


 ボンッと音が出て湯気を出しそうなほどに女爵は赤くなった。これは普通にわかるほどだな。

 心臓止まってるはずなのに赤くなるんだなぁ。どんなメカニズムなんだろ?


「あわわわわ」


 支離滅裂になったペルージアはダメな子になりつつある。

 まあ、見た目年齢は二〇代前半程度だし、イケメンのハリスにはお似合いにも見えるが、相手はアンデッドだしなぁ。

 それに……普通の人間だったとしても相手は貴族だぞ? ティエルローゼでの風習や社会的に考えても、添い遂げるのは普通に無理案件ですよ。


 ただ、面白いなぁとは思った。人間に害意のないアンデッドという存在は非常に珍しいし、そういうカップルが生まれたら生まれたで、世界における多様性という面においては究極かも。

 というか……こういうカップルが出来たとして、子供生まれるの?

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