第15章 ── 第26話
その日の夜。
やることもないので早々に俺たちは床についた。
何時頃だろうか……
妙な寒気で俺は目を覚ます。
ブルリと身体が震え、尿意を感じた俺は身体を起こした。
ベッドから降りようとブーツを見ると、ブーツの向こうに誰かが立っているのが見えた。
視線を上げ、そこに居たものに驚いた。
俺は慌てて枕元に置いておいたミスリルの短剣に手を伸ばした。
「警戒は不要である。ケント・クサナギ辺境伯殿」
冷気を放つ鎧を着たモノが重苦しい声で話しかけてきた。
右腕にかかえている兜の目の部分に赤く光るものが二つ。
「だ、誰だ? というか……一目瞭然……
「いかにも。我は国王の近衛隊長にしてデュラハンのカリオン・ド・ローハン伯爵である。王のご下命により貴殿に伝言を申し渡す」
うわー。近衛隊長がデュラハンとは……
「王都ペールランドに来られたし。陛下は貴殿らの謁見を許すとの仰せである」
「りょ、了解した。というか、今日申請したばかりなのに、えらく対応が早いね」
「我が陛下のお力である」
ふむ。これも一種の示威行為なのだろうな。寝込みをいつでも襲えるぞってね。
「我が任務は完了である。しからば、失礼する」
デュラハンのローハン伯爵の姿が揺らぎ、霞のように消え去った。
デュラハンが消え去ると同時にハリスがムクリと起き上がった。
「今のは……」
ハリスも目が覚めたが、恐怖で動けなかったようだ。
「済まない……俺とした事が……」
「いや、いいよ。別に実害があったわけじゃないし」
ハリスが動けなかったのは当然なんだ。デュラハンがドーンヴァースと同じ特殊能力を備えているならば、デュラハンが周囲に撒き散らす冷気は、
その他にもレベル・ドレインといった能力も持ち合わせていて、厄介なモンスター・ランキングにノミネートされる存在なんだよねぇ。
「凄い化物……だった……」
「ああ、首なし騎士、デュラハンって言うアンデッドだな」
「デュラハン……」
レベル五〇以下の冒険者が遭遇したら確実に死亡するアンデッド・モンスターだよ。というか、友好的なデュラハンに会ったのは俺のゲーマー人生でも生まれて初めてです。
朝になり寄り合い所を出る。
管理人さんに宿泊費を払おうとしたら、無料だと言われたんだよね。随分と商人に優しい国だねぇ。ちょっと驚いた。
管理人さんが言うには寄り合い所の運営は国がやっていて、その維持費用は国庫から出ているんだそうだ。
「昨日の深夜、国王の使いが来たんだ」
馬の準備をしつつ、トリシアたち女性陣にもデュラハンの話をしておく。
「デュラハンだと? 伝説上の生き物ではないのか? 頭が取れるんだぞ?」
「いや、生き物じゃないだろ。アンデッドなんだし」
俺がそういうとマリスが吹き出した。
「確かにの。アンデッドなのに生き物じゃとか……プッ」
「くっ……言葉のアヤだ。忘れろ」
珍しくトリシアが赤くなってて可愛かった。
「友好的なアンデッドは初めてなのですよ。昨日のスケルトンさんもそうでしたけど」
アナベルもこの国に来て少々困惑気味のようだ。
「そうだろうね。普通、アンデッドは生者の敵だしねぇ。俺もこんな体験は初めてだよ」
俺も困惑したい所だが、ティエルローゼに来てからは何が起きても不思議はないと思うようにしている。
「さて、直接国王の使いが来たわけだし、役場には行かなくても大丈夫かな。このままペールゼンの王都に向かうとしますかね」
俺がスレイプニルに跨ると、メンバーもそれぞれ馬に乗った。アナベルは俺の後ろなので引っ張り上げる。
「それじゃ出発!」
パルランドの西側から延びる街道は、お隣の都市エスランドを経由して王都ペールランドに繋がっている。
エスランドには馬で走れば半日程度で到着するだろう。
一応、視察という目的なので、ゆっくりと行くことにする。街道を馬で進みながら、この国の状況を観察するにはもってこいだ。
パルランドで見た事を考えてみる。
国の運営や防衛はアンデッドがやっているのは間違いない事が確認できた。しかし、街の運営などの行政機関は普通に人間の手に委ねられているようだ。
それに対して住人たちは不満はないようで、アンデッドたちに支配されている事を誇りに思っている節があるような気もする。
普通のスケルトンはともかく、あのスケルトン・メイジはネクロマンサーによって生み出されたという感じじゃなかった。どうやってしゃべっているのかは解らないが、意思というものは感じられたし、一体どうやって生まれてきたのだろう。
通常、アンデッドが生まれるのは自然発生したものじゃなければ、ネクロマンサーによる死霊術によって作り出されるものなのだが。
以前、廃砦で戦ったグール、ゾンビなどは自然発生型のアンデッドだ。あそこのスケルトンはゴーストが作り出していたと思われる。ゴーストは死んだ者の魂がゴースト化したものだと思う。
通常のスケルトン・メイジなら、
ノーライフキングに直に聞いてみたいところだな。アンデッドの王と言われる存在だしね。素直に応えてくれるかは謎だけど。
途中、昼飯のために馬を停めて料理を作った。
それを近くの農地で作業していた農民が珍しそうに見に来たので、彼らにも俺の料理を振る舞ってやる。
まあ、野外だし簡単な肉料理にしたけど、かなり好評だった。
「旅の方、こんなに美味しい料理を食べさせて頂いてありがとう」
「いやいや、大したことでは」
「お礼にこれを持っていって下さい」
俺が料理を振る舞った事が相当嬉しかったのか、畑で取れた野菜を結構な量貰ってしまった。
「ペールゼン王国はレタスを作っているようだ。これは料理が捗るな」
「レタス? それはケントが言う所のキャベツじゃろ?」
「いや、似てるけどこれはレタスだよ。トンカツの付け合せはキャベツだけど、このレタスはサラダなんかに使う野菜だね。スープなんかにも使うけど。ハンバーガーにはレタスだよなー」
「ハンバーガーってあの丸いサンドイッチだな」
「そう。それそれ」
今までレタスの変わりにキャベツを使ってたんだよ。やっぱバーガーにはレタスだと思うんだよねぇ。結構な量が手に入ったので、色々レタス料理を試してみようかな。
夕方、エスランドに到着した。
案の定、城壁のない都市だった。パルランドと比べてみても大きな街で、人口としては四万人くらいじゃないかな。
この街には宿屋が数件存在した。東西南北に街道が伸びているハブ都市だから旅人が比較的多いらしい。
良さそうな宿を選んでチェックインした。
宿屋の主人が料理人を兼ねていて、目の前で料理をしながら話し相手にもなってくれるという、日本の居酒屋みたいな感じの食堂なのが面白い。
「お客さん、すごい装備だねぇ」
「ああ、これね」
宿屋の主人は気の良さそうなおじさんで、結構気さくに話しかけてくる。
「なんで虹色に光るんで? 魔法かね?」
「まあ、そんなもんです。オリハルコンって金属は虹色に光るんですよ」
「へぇ。初めて聞いた」
串焼きを焼いている宿屋の主人は感心したような顔だ。
というか、この国は人魔大戦とかの神話を知らないのかな? 神々の武器はオリハルコン製で虹色の光を放つと関連した書物に書いてあると思うんだが。
「ご主人はティエルローゼの神話について知らないんですか?」
「神話かぁ。この国にはあまり書物がないんで、読んだことはありませんなぁ」
「そりゃまたどうして?」
「この国は西方から逃げてきた民によって出来た国でしてな。逃げ出すくらいだから、本なんてものを持ち出してきた者はいませんで」
料理を盛り付けながら宿の主人が話てくれる。
「それにこの国は他の国から人は来ないもんで、新しい本など入ってこない。まあ、別に俺ら庶民は本などと無縁ですがな」
確かにね。
王国とかでも、通常、学校といえば貴族や富裕層の子女が通うのが一般的で、庶民は基本的に無学だ。
彼らが使える算術や文字の読み書きなどは限定的なもので、そういった能力が高い場合、スキルという形で表されているみたいなんだ。だからスキル欄にそういうものが記載されていたりする。
文章を書くほどの教養はスキルとして記載される。自分の名前などは文字として書けてもスキルにはなり得ない。
アナベルやトリシアは文字の読み書きが出来るのでスキルに記載されているが、名前程度しか書けないハリスのスキル・リストには記載はない。
マリスのスキル・リストには『竜語』というスキルがあったので、竜語には文字があるのだろう。
ただ、俺のスキル・リストには言語の読み書きに関する記載がない。
ちなみに、音声言語についてだが、オーファンラント周辺の国の言語は、一般的に東方語と言われていて、方言などはあるものの同一言語地域になる。
ウェスデルフより西側は西方語という別の言語になるらしいね。
もちろん、これは共通語という概念での話。国や種族、民族などによって独自の言語体系を持つ場合もあるらしいから一概に一括りにできないんだけど。
今の所、俺は東方語という言語を喋っているらしいんだよね。自分としては日本語を話しているつもりなんだが。文字も日本語じゃない知らない文字のはずなのに、書いたり読んだり出来るのが謎のままです。スキルもないのにねぇ。例の頭の中の音が鳴ってスキルに記載されるなら理解できないこともないのに。
そういえば、エルフ語も理解できるしエルフ文字も読めたなぁ。ニンフ語やゴブリン語は聞いても解かんなかったけど。
スキルに関するそのあたりの線引きがイマイチはっきりしない。
転生したと知る前は自動翻訳機能なのかと思っていたんだけど、どうやらそうじゃないようだ。本当に謎な部分が多すぎで困る。
宿屋の主人に出された料理は、塩と香料が効いていてなかなか美味かった。
オーファンラント周辺では胡椒が普通に手に入るので、輸出品として売り出したら結構稼げそうな気がするね。
中世時代なんかだと黄金と同じ価値だったわけだし、この世界でもそうなるかもしれない。問題はどこにでも生えてるらしいので、簡単に手に入るって所だろうけど。
美味しい料理が食べられるなら、別にお金にならなくても全然構わないんだけどね。
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