第15章 ── 第25話

 トリエンの南西の森を抜け、ペールゼン王国がある開けた地が見えてきた。


 この世界の国境はキッチリ分かれているわけではないため、国境線は非常に曖昧だ。この森が途切れたあたりが一応国境ということになっている。


 森の端からペールゼン王国を眺める。

 比較的なだらかな地形で東から北側にかけてちょっとした山々が見える程度で住みやすそうな土地と言えよう。


 俺たちが出てきたあたりには木こり小屋のようなものが見える。大方、近くに住む人が森の木を切るために設置したものだろう。

 一応、森はトリエン地方の所有物であり、厳密には俺の個人の所有物になる。通常なら正式に抗議してもいい案件だ。

 だが、俺はそれを咎めるような気はない。ペールゼン王国の領民がこの森に獲物を取りに来ることもあるだろうし、木の伐採などもペールゼン側としては必要不可欠なものだろう。

 周囲を見渡しても大規模な森林はペールゼン国内には存在しないのだ。ここで俺が抗議したらペールゼンの領民は非常に困ることになるだろう。料理用の薪や建物の建築すらままならなくなるに違いない。


「さて、ここからペールゼン王国だ。過度な警戒は必要ないと思うが、周囲に注意しておいてくれ」


 俺は仲間たちにそう言って馬を進める。


 ここの辺りの草原は北に山々があるためか、トリエンの草原地帯ほどに草が大きく育っていない。

 トリエンの草原地帯の草が人間の腰くらいまで育つのと比べると、貧弱といえるかもしれない。一番高いのでふくらはぎ程度の高さだ。


 草を踏みしめて草原を歩いていると、密集した草の間から幾つもの影が立ち上がるのが見えた。


 スケルトンだ。それも人間だけでなく、様々な生物のスケルトンが数十体もだ。


 一番奥で立ち上がった数体のスケルトンは杖を持っており、スケルトン・メイジだと推測できる。


「立ち去れ……ここはペールゼン王国の領土である」


 一体のスケルトン・メイジが警告を発した。


「出迎えご苦労。俺はオーファンラント王国トリエン地方の領主、ケント・クサナギ辺境伯。一応冒険者でもある」


 俺がそう言うと、スケルトン・メイジたちが顔を見合わせた。


「もう一度警告する。立ち去るのだ。ここはペールゼン王国の領土である」


 しゃべるスケルトンというのも珍しいのだが、魔法的方法で造られるスケルトンならそういう機能を付けている事も珍しくないと思う。ゴーレムと似たようなものだ。


「そうはいかない。この地にノーライフキングが出現したという情報を聞いた。人間に仇なすアンデッドを放置することはギルドに所属する冒険者として、また数多くの領民を預かる立場のものとしてできない」


 またスケルトン・メイジが話し始めた。


「我が国の王たる陛下への侮辱は許さぬ。謝罪せよ」

「ふむ。やはり国王がノーライフキングなのは確かなようだな……」


 俺はスレイプニルから下りると、スケルトンたちと対峙した。


「失礼した。俺にペールゼン王国の王に対して侮辱するつもりはなかった。その部分については謝罪を。だが、一般的なノーライフキングの性質として、我が国や領地に害があるのかどうか、それを調査する必要があるのだ。ご容赦願いたい」


 スケルトン・メイジがコクリと頷く。


「貴殿の懸念はもっともである。謝罪を受け入れよう。私は国境警備隊第二六分隊隊長、スワニール・オルゼン士爵である」


 おお、このスケルトンは、魔法で造られた奴じゃないようだぞ。非常に珍しい!


「俺たちは、冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』。一応、俺がリーダーをしている。貴殿の領地の視察をお願いしたいのだが、許可は得られるものだろうか?」


 俺は自分の冒険者カードを取り出してスケルトンたちに見えるように掲げてみせた。


「私の一存では応えられぬ。この先に進んだ街にて申請するがよかろう」

「では、通してもらえるだろうか?」

「先ほど見せてもらった冒険者カードにて身分は確認した。通行は許可する。ただし、我が国の領土内において無法な行いをした場合、それ相応の罰を受ける事は覚悟願いたい」

「承知した」


 俺がそういうと、スケルトンたちは土の中に潜っていく。


 警戒網がアンデッドというのも効率的には悪くないな。彼らもゴーレムと同じように恐れも疲れもないのだから。


 しばらく進むとペールゼン王国の最も東に位置する街に着いた。

 大きさは今のトリエンよりも小さいが一応街と言えるほどの大きさだ。人口としては一万人もいない程度だが。


 マップを見ると街の中心あたりに町役場が存在しているようだ。

 街は防壁もなく、柵で囲まれた程度で、入り口には衛兵すらいない。


 俺たちが街に入っていくと、行き来していた街の住民が足を止め、目を丸くして俺たちをみていた。いつもの通りで、騎乗ゴーレムが珍しいようだ。


 ただ、俺たちに恐れを抱いているような住人はいないようだ。


 というか、住人もアンデッドなのかと思っていたんだが、普通に生きた人間のようで拍子抜けした部分はある。


 町役場に到着した俺たちは馬から降りて中に入る。


 普通の町役場だ。役人も人間だし、トリエンの町役場と対して変わらない。


「すみません。ちょっとよろしいですか?」


 俺たちは受付に行き、受付の役人に話しかけた。


「どのようなご用でしょうか?」

「西の国境付近でスケルトンの警備隊に出会いまして、こちらで申請してくれと聞いてきたんですが」


 俺はそう言って経緯を説明する。


「左様ですか。オーファンラント王国の使者の方ということでよろしいでしょうか?」

「正式な使者というわけではありませんが……一応トリエンの領主なのでペールゼン王国の視察をさせて頂きたいということです」

「畏まりました。申請の手続きが一日ほど掛かりますので……明日、またいらしてくださいますか?」

「了解です。このくらいの時間でよろしいですか?」

「朝には申請が受理されたかどうかの結果が判りますので、朝からでも問題ありません」

「判りました。では明日に」


 そう言って俺は役場から出る。


「拍子抜けだな」


 トリシアが怪訝な顔で言う。


「そうか?」

「アンデッドが治める国なんだ。もっと生者には危険なのかと思ったのだが」

「それは確かにな。というか、さっきのやり取りで気付いたか?」

「何をだ?」


 そうか。気付かなかったか。


「俺たちはペールゼン国内の視察を申請したんだよ? 地図で確認してみれば、この街からペールゼンの王都まで二日ほどの距離があるんだ。なのに明日の朝には申請の結果が出ると言われた」

「それの何が問題なんじゃ?」


 マリスも解らないようだ。


「今はもう午後も遅い時間だぞ? 今から早馬を走らせても、この申請が王都へ着くとは思えないんだよ。何か別の通信手段でもあるのかもしれない」

「それが重要なのです?」


 アナベルがポケーッとした顔で言う。


「情報の伝達速度が他の国よりも遥かに早いってことだね。俺は情報が早いという事は力だと思ってる。ゆえに、この国は侮れないという事さ」


 トリシアは理解したようで、納得したような顔だ。

 マリスとアナベルはイマイチ解って無さそう。


「さて、宿を探そうか。明日の朝になるまで暇になったし、無許可でウロウロして咎められるのも業腹ごうはらだしな」

「確かに……」


 ハリスが頷くと、みんなも合点がいったのか頷いた。


 街で宿屋を探したが、殆ど旅人がいないようで宿屋らしい宿は存在しなかった。

 街の人に聞いてみるとペールゼン王国内の商人たちが使う商人寄り合い所のような所を紹介されて、そこに向かう。

 寄り合い所は宿泊施設も兼ねているそうなので利用できそうという話だ。


 街の西側に位置する寄り合い所は商店街の片隅にあった。

 小さいが比較的しっかり造られた木造の二階建ての建物に俺たちは入った。


 入り口のカウンターに管理人がいたので話しかける。


「すみません。街の人から聞いたんですが、ここで宿泊できるそうですが……」

「商人さんですか? いらっしゃい」


 管理人は中年の女性で、ニコニコしながら出迎えてくれた。


「いや、商人ではないんですが……」


 管理人の女性はキョトンとした顔になる。


「俺たちは冒険者なんです」

「冒険者の方ですか。それではこちらに名前と所属をご記入ください」


 女性が宿帳っぽいノートを俺たちに差し出してきたので、俺はカウンターに備え付けてある羽ペン手にとった。


 所属するトリエン地方の名前と氏名を書き込む。

 書き込んでいる時に、前に書き込まれた名前をチラリと確認する。


『ストランド シリール・ハイガー

 エスランド イシール・ジャクソン

 サタランド キース・ファットン』


 この国の都市や街の名前は○○ランドという感じらしい。マップで確認すれば、近隣の街や都市の名前なのが解る。ちなみに、この街の名前はパルランド。


 他のメンバーが書き込んでいる時に、管理人の女性と雑談などを交わして、情報収集を試みる。


「随分と平和な街ですね。城壁もないようですし」

「それはそうです。我が国では事件らしい事件は殆ど起きませんから」

「そうなんですか。そういえば西の方で戦があったと聞きましたが」


 俺はウェスデルフとの戦争の事を切り出してみる。


「あー、確かに。でも、すぐに撃退されたはずですよ。何の心配もありません」


 ふむ。住人は、この国の防衛力を認知しているということか。


「国王陛下が自ら出陣なされたという話ですからね」

「国王陛下はお強いようですね。攻めてきた軍隊は一〇万人とかいたらしいですが」

「ふふ。国王陛下自ら赴かれたのです。何人来ても問題にもなりません」


 国王であるノーライフキングは住人に相当信頼されているようだ。


「それでは二階の寝室をご自由にお使い下さい」


 管理人の女性が階段を示した。


「ありがとうございます。使わせていただきますね」



 二階には四つの部屋があったので、そのうち二部屋を確保した。それぞれ四人泊まれる部屋なので、広々と使えそうだ。


 部屋の中には四つのベッドと二つの机があり、明り取りの窓には鎧戸がついている。ちゃんと掃除もしてあるし、ベッドのシーツは清潔だ。


「鎖国中の片田舎にしては、手入れも行き届いているな」

「鎖国とは……?」


 同室のハリスが俺の独り言に反応する。


「鎖国ってのは、他国との交易も外交も全部お断りっていう政策の事だね。普通なら、そんなじゃ国が成り立たないからやる所はないんだけどな」

「確かに……」


 トリシアたちが俺たちの部屋に来た。


「ケント、部屋に錠がないんだが……」

「部屋は綺麗じゃった」

「こっちの部屋も綺麗ですね」


 え? 錠前ないの? そう言えば、鍵とかくれなかったな。

 この部屋の扉を確認してみるが、トリシアの言う通り、錠前や鍵といったものは何一つ見当たらない。


「確かに無いね」

「そうだろう? まあ、賊が侵入してきたら捕まえればいいだけだから問題はないが」


 トリシアだけでなく、マリスもアナベルもレベル的に考えて世界でも最強クラスだからなぁ。何の問題もないのは当然だけど、不用心なのは間違いない。


「マリスのちびドラゴンでも出してもらって警戒させておけばいいんじゃない?」

「お? 出すかや?」


 マリスが得意げに胸を反らせた。


「ちびドラゴン? ああ、幻霊使い魔アストラル・ファミリアとかいうやつか」

「それは何です? 私はみたことないのです」


 トリシアは納得顔だが、アナベルが首を傾げている。


 まあ、あれは俺とマリスにしか姿が見えないみたいだからなぁ。ハリスもトリシアも話だけで見たことはないんだ。頭に乗っかられても解らないみたいだしねぇ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る