第15章 ── 第24話
中一日を準備に当て、訓練から二日後にペールゼン王国へと旅立つ。
館の中庭からゴブリンの巣の入り口付近に
門から転送された俺たちはゴブリンの巣の前に現れた。
周囲には警備に当たっていたゴブリンがワキャワキャと武器を構えながら喚いていたが、俺たちの姿を見た瞬間に
ゴブリンの騎兵がやってきた。俺の貸し出したブラック・ファングの部下のダイア・ウルフに乗っている。
「我が主の支配者、人間ケントさま、おなりゴブ!」
殆どの一般的ゴブリンは人語を殆ど話さないが、ゴブリン・ファイター、ゴブリン・リーダーなどの少々大型のゴブリンは比較的流暢な人間語を話すようになっている。
これはゴブリンたちとトリエンの商人たちとの取引が影響を与えているようだ。
ゴブリンは現代社会で正式な教育を受けたような人間とは比べるべくもないが、知能的には何ら人間と変わりはない。生活全般でスキルなどを覚える能力は人間以上であった。
「ベルパ王は元気?」
「はい。今、こちらに向かっておりますゴブ」
相変わらずのゴブゴブ語が面白い。
ダイア・ウルフから降りたゴブリン・ライダーが他のゴブリンと同様に跪いた。
「最近は西の森に獣人はいるか?」
「いえ、ダイア・ウルフをお借りしてからは見ていませんゴブ」
「やっぱりね」
丘陵地帯西側の森に出没していた獣人はペールゼン王国を抜けて西側に逃げてきたウェスデルフ難民だったのだろう。
しかし、獣人の難民は抜けることが出来たのに、ウェスデルフ軍は殲滅されてしまった。ペールゼン王国は難民を敵として扱わなかったということだろうか。謎は深まるばかりだ。
「人間ケント! よくぞ参られたゴブ!」
ベルパ王が両手を広げながら入り口から出てきて俺たちを歓迎する。
「ベルパ王、元気そうで何よりだ」
「おかげさまで、民たちの食糧事情も改善されたゴブね。ジャギュワーンもホクホクしているゴブ」
ベルパの後ろに控えていた捻れた杖を持ったゴブリンが
彼はゴブリン・シャーマンのジャギュワーン。ゴブリン王の片腕にしてゴブリンの社会の行政を担う人物だ。
「今日はどうしたゴブ? 我らの様子を見に来たゴブか?」
嬉しそうなベルパ王。
「今日はここから西へ向かう予定だよ」
「西ゴブか? 西の森に何かあるゴブ?」
「いや、西の森のさらに向こうに用事があってね」
「森の向こう……にゴブ‥…?」
ベルパが身震いをするようにブルリと身体を震わせた。
「そうなんだ。少し調査したくてね」
「危険ゴブよ……ホネホネどもがいるゴブ……」
「ホネホネ?」
スケルトンの事かな?
「ホネホネなのに動くゴブ。攻撃してくるゴブ。死んだゴブリンも操られたりするゴブね。何か得体の知れないものがいるゴブ……」
ベルパ王によれば、ゴブリン狩猟隊がペールゼン王国に迷い込んだ際にスケルトンの軍勢に襲われたのだそうだ。幸い、狩猟隊には五匹のダイア・ウルフが所属していたため逃げ出すことが出来たという。
死んだゴブリンもゴブリン・ゾンビになって以前の仲間たちに襲いかかってきたとか。
ネクロマンサー的な匂いがプンプンするなぁ……ゾンビは勘弁してほしいのだが。
「今日は挨拶だけで失礼するよ。今後も森の向こうには足を踏み入れないようにね。あっちはペールゼンという国だからね。トリエンの領地から無闇に立ち入れば侵略と思われかねないんだ」
「解ったゴブ。そのように配下の者には徹底させるゴブね」
ベルパとジャギュワーンが重々しく頷いた。
ゴブリンの巣を後にして西の森に足を踏み入れる。
ゴブリンたちによる警戒網によってか魔物などが出没する危険が殆どなくなった森は豊富な森の幸によって動物たちが多いようだ。
ゴブリンの食料を賄うに十分だが、トリエンからの食料支援もあるため、動物を取り尽くす事もないだろうし、いい感じの食物連鎖が構築されているっぽいね。
「さっき見た鹿がうまそうじゃったぞ」
「良い森だ。森の精霊ドライアドの息吹が感じられる」
「ドライアドがいるのです? ケントさんとハリスさんが危険ではないのです?」
「いや、それはただの伝承だ。ニンフと混同したのではないかとも言われているな」
トリシアとアナベルが話している内容にちょっと興味を惹かれる。
「ドライアドって言えば緑のローブに身を包んだ美しい女性とか聞いたことがあるけど、人間にも姿が見えるのか? 他の精霊は物質やら力やらの素みたいだけど」
「ドライアドは森を育み護る存在だ。人の形を取る時があるとすれば人間との対話を求めている時だけだろう。通常は目に見えるような存在ではないな」
俺の質問にトリシアが応えてくれるが、漠然としすぎていて良くわからない。
まあ、こんなに平和そうな森だと姿を表すことはないだろうけどさ。
森に入ってから数時間歩いた時に気付いた。視線を感じる。誰かが俺たちを見ている。
周囲を見回しても何もいない。
「変だな。誰かに見られている気がするんだが」
俺の言葉にみんなが警戒し始める。
俺はマップ画面を開いて周囲を確認する。いくつか白い光点が見える。一つをクリックしてみると……
「トレント
レベル:四〇
脅威度:小
森の守護者。一見大木にしか見えないが、ゆっくりと動くことができる。怒りに囚われたトレントは大変危険な存在である」
げ。トレントだって!?
俺はHPバーが表示されたトレントを見上げた。巨大な……というか、縄文杉のような巨木にしか見えない。
ただ、黒目がちな丸い眼球がじーっと俺を見据えていた。
「にーんーげーんーよー」
「わっ!?」
重低音の地響きのような声が聞こえてきた。
「わーれーのーあーしーのーとーげーをーぬーいーてーくーれー」
間延びしたような超スローなので理解に苦しんだが、なんとか理解した。
見れば木の幹と根のあたりに錆びたロングソードが突き刺さっていた。刺さっている周囲で壊死が始まっている。
「これか。じっとしてろよ」
トレントが身じろぎしても俺たち人間には動いているように認識できるか謎だが、一応言っておく。
俺はボロボロの剣の柄に手を掛けて力を込める。
「ケント、何をしているんだ?」
「トレントがこれを抜いてくれってさ」
「ん? 私には何も聞こえなかったが」
「この木がトレントだよ」
俺に言われてトリシアが見上げる。
「森の父……トレント……」
トリシアが驚いているのが珍しい。
「トリシアはトレントを見たことなかったのか?」
「トレントは人間の感覚では動いているように見えない。我らエルフでさえ認識することは難しいんだ」
トリシアはトレントの足をピタピタと叩いている。
「トレントは神聖な森の守護者。彼らの怒りを買う事は森全体を敵に回すということ。トレントがただの木として生きていける事こそが森の秩序を護るということに他ならない」
トリシアがファルエンケール遊撃兵団の矜持を語る。
ウェスデルフの侵攻軍がラクースの森の四分の一を焼いていたが、トレントたちまで焼いてしまわなかったのか心配になる。
「ラクースの森にトレントはいなかったように思うんだが」
「ああ、トレントがいる森は少ない。アルテナ大森林にもいると聞くが、私は見たことがない。ただの木として生きているのではないかと私は思っている。この森にもいたとはな」
刺さった剣をやっと引き抜けた。随分と深く刺さっていたので苦労した。
刺さっていた所は壊死が進んでいて痛々しい傷になっているが、
「これ治らないな」
「森の園芸師を連れてこないとどうにも……」
「園芸師? そんな職業があるのか?」
「森の園芸師は森の
レア職か。しかも種族限定かよ。
「ファルエンケールにいる?」
「もちろんいるぞ。ラクースにもいたが気付かなかったか?」
いえ、気づきませんでした。
「仕方ない。応急措置だけしておこう」
トリシアが自分の
「それは?」
「栄養剤だな。傷ついた木に使うエルフの妙薬だ。遊撃兵団員が全員携帯しているものだ」
地響きに似たトレントの声が再び聞こえてきた。
「にーんーげーんーたーちーよーかーんーしゃーすーるー」
「どういたしまして」
俺はトレントを見上げて笑顔で応える。
「何だ? どうした?」
トリシアが怪訝な顔をする。
「いや、トレントがありがとうってさ」
「お前、トレントの言葉が解るのか!? エルフにすら稀な能力だぞ!?」
「マジで!?」
「ああ」
トリシアが驚いたような、呆れたような顔をしている。
「お前、エルフの血が混じっているんじゃないのか? トレントの声を聞くものはエルフの巫女や
「ドルイドとかは?」
「なんだそれは?」
え? ティエルローゼにはドルイドいないの?
森を信奉する職業で、木々の力を使う神職なのだが……そうか。森の神の
そう考えると辻褄があうね。
ドーンヴァースでドルイドになるには、キャラクター作成時に選択できる「信仰する神」の項目で森の神カームを選ぶとなることができる。
ドルイドの特徴としては木や森をコントロールしたりできる。もちろん治癒系の魔法なども強力で上級職に近いほどの能力だったりするが、森や木といったものが少ないとその能力が制限されてしまうという欠点がある。
「ま、森の園芸師とかいうのと同じようなクラスだよ。木をコントロールする回復・支援系の職業だな」
俺がそういうとトリシアが納得した顔で頷く。
「きっと園芸師と同じようなものなのだろうな。ケントの世界にもいたか。もっとも園芸師のいない世界など考えられぬがな」
トレントは既に目を閉じてしまい、ただ木にしか見えなくなってしまっている。
見上げていると上から何かが落ちてきた。
慌ててキャッチしてみれば、何かの巨大な果物のような外見だ。
「トレントの実か!? すごいな! 私も初めてみたぞ!」
実を見たトリシアが大はしゃぎしている。
めちゃくちゃ美味しいらしい。エルフの都市でも見ることは殆どなく、年に一度、森の神の神殿から女王に献上される事がある程度で、一般のエルフでは手に入らない貴重品だそうだ。
これはトレントからのお礼って事かもしれないな。食後のデザートに出してみるか。
俺はインベントリ・バッグにトレントの実を仕舞いながら今日の献立を考え始めた。
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