第15章 ── 第23話

 二日ほどトリエンに関する諸々の雑務を片付けた。

 一応、領主としての仕事はやっておかないと示しがつかないからね。


 領民からの陳情書を読み、承認、否認と選り分けて承認書類に押印とサイン。単調な仕事なので飽きが来る。


 サインした後の書類に床に転がりながらマリスが押印をポンポン遊び感覚で押している。


「ポンポン、ポーンなのじゃ!」


 こんな単調で面倒な作業を鼻歌混じりに楽しんでるマリスには助けられるなぁ。


 午前中に書類仕事を終わらせ、午後のお茶時にマリスにはお礼に簡単なスイーツをご馳走した。


「新作じゃな! これは何というお菓子じゃ?」


 マリスの手には小麦を伸ばして薄く焼き上げてクリームやフルーツを包んで蜂蜜を掛けたお菓子、そうクレープが握られている。


「クレープだな。美味いぞ?」


 甘い匂いに連れられ、メイドたちも興味津々で調理場の入り口から覗いていた。


 マリスがクレープを頬張りほっぺに手を当てて唸った。


「んーーーーっ! これは新食感なのじゃ!」


 皿に並べられたクレープに、影の中から手が伸びてきた。


「ハリス。行儀悪いぞ。ちゃんと手を洗ったか?」


 俺がそういうと、影からにじみ出るようにハリスが現れる。


「ああ……洗って……来た……」

「ならよし」

「良い匂いがするな」


 トリシアがメイドたちをすり抜けて調理場にやって来た。


「お、ハリスが先に着いたか。相変わらず素早い」

「影渡り……だ……」


 スキルの無駄遣いだ。

 ここの所、アナベルは教会の改造計画を進める為にご飯時と寝る時だけ帰ってくるような生活で最近顔を出さないな。


「よーし。どんどん作るから、メイドさんもみんなもジャンジャン食べちゃって!」


 メイドだけでなく、女性の料理人も歓声をあげた。副料理長のナルデルさんまでもだ。というか、男の使用人が何人か混じっていたのは見なかったことにする。


 クレープ祭りは大変好評で、男の料理人がレシピについて猛烈に質問してくるので教えてやった。まあ、お菓子作れると料理人は女にモテるってのは現実世界と似た所があるね。

 夕食の時、アナベルがこのクレープ祭りを聞いて盛大に嘆いていたのが面白かった。


「甘い物ぉ~~~!」


 砂糖が比較的高いティエルローゼは甘味文化が殆ど発達していない。いつかこういう甘いもの文化が広がっていくと良いなぁ。


 次の日の朝、マストールが俺の寝室に突撃してきて目が覚めた。


「ケントよ! 起きぬか!」


 強烈なブローが俺の腹に決まる。


「ぐほぉ!」


 くの字に身体を曲げのたうち回る。苦痛耐性スキルはあるが、瞬間的な苦痛は感じるので困る。


「な、何事!? って、マストールかよ!」

「何時まで寝ておるのじゃ! この慶事に不謹慎な!」

「え? 慶事?」

「見よ! 完成したのじゃ!」


 マストールの手にハーネスが握られている。そのハーネスのプラットフォームには四つの球体が装着されている。


「おお……出来たのか! 例の『ガード・スフィア』!」

「ぬ。そう銘にしたのか? ワシは『攻性防壁球』としたい所なのだがのう」

「うわ、厨二っぽい!」


 マストールに使い方を説明してもらうと、装備者の思念により自由に攻撃と防御を行ってくれる便利アイテムだそうだ。

 四つの球はそれぞれ地水火風の四大属性がが神力により定着しており、魔法を打ち出したり、敵の攻撃を防御したりしてくれる。陰陽五行が定着した世界で四大元素ってのが、古い神であるヘパーエストらしいと言えばらしい。


 午前中、攻性防壁球ガード・スフィアの試用実験を駐屯地で行ってみた。


「本当によろしいのでしょうか?」

「ああ、構わない。全力でやってくれ」


 俺はアーベントの第一ゴーレム部隊一〇〇体と対峙していた。


「私らも手伝うか?」

「遠慮するでないのじゃ」

「一人は……危険……だ……」


 三人の心配はごもっともですが。


 ゴーレムは三五~四五レベル。それが一〇〇体だし、素材はミスリル製の魔法道具だからねぇ。

 でも、こっちも八一レベルでオリハルコン製魔法の武具だし、負ける要素はないだろう。


「まあ、見ててよ」

「仕方ない。我らは観戦しておこう」

「トリシアがそう言うなら……」


 俺は首をグキグキ回し、手の指を組んで腕を前方に突き出して腱を伸ばす。


「さーてと。一丁やりますかね」


 俺は剣を抜く。


「では、領主閣下……やらせて頂きます」


 覚悟を決めたアーベントの目が険しいものになった。


「歩兵前へ!」


 ゴーレム歩兵が前進してきた。


 鶴翼の陣だな。


 少数を包囲殲滅するのには最適な八陣の一つ。敵の戦線を押し下げて行くなら良い選択だ。

 だが、俺に有効とは思えない。


 バリバリと帯電したゴーレムのロングソードが何本も襲いかかってくる。


「やる気満々だねぇ」


 俺が避けようとした瞬間、ガード・スフィアが自動的にプラットフォームから離れた。


──キキキーーン!


 澄んだ金属音が鳴り響く。


 球体が、歩兵ゴーレムの剣をその滑らかな丸い表面で受け流し、剣の軌道を反らしていく。


「こりゃ……めっちゃ便利!」


 思い通りにとは聞いていたが、これはほぼ全自動だな。俺の見えていない方向からの攻撃も受け流してるよ?


 球が受け流してくれるので前面に集中するだけでいい。

 俺は、剣で手で足で、受け止め、流し、払いまくる。


「凄いな……何という精密な防御反応」

「ケントの動きは我らではまだ真似できぬのう」

「俺なら……二〇人は必要だ……」


 言いたいこと言ってるよ。


 遠い所にいる三人の囁きを俺の聞き耳スキルが拾ってくる。


「さて、そろそろ攻勢に出るか」


 俺の心の機微を感じ取ったのかガード・スフィアがクルクルと回り始め、球の表面に刻まれたレリーフが淡い光を発し始める。

 光はそれぞれが魔法陣のような紋様を浮かべると、フラッシュのような閃光が瞬く。


 閃光は火線となりゴーレムを貫いた。


──ドゴゴーン!


 物凄い衝撃と爆風が混じり合ったものが周囲に拡散する。熱波が俺の肌を一瞬舐める。

 風のスクリーンのようなものが自動で発動して熱波と爆風から俺の身体を守った。


「うぉー!?」


 二〇体のゴーレムが一瞬のうちに破壊された。


 まさに神器。破壊力がとんでもない。火属性の攻撃でこれか。火がレーザーみたいな攻撃になったぞ?


──パキパキパキ……


 見れば、二〇体のゴーレムが氷柱に足を取られて行動不能になっている。

 あっちでは地面が泥沼のようになり、ゴーレムが半分以上地面に埋まっていた。


「何という破壊力!」

「ドラゴン・ブレスの如き力じゃ!」

「凄い……」


 アーベントが呆然とした顔で戦場を見つめていた。


「これ以上壊すとエマに怒られるな。状況終了! 訓練終わり!」


 みんなが走ってやってくる。


「やはり神具は恐ろしい力を持っているな!」

「我も欲しいのじゃ!」

「忍術に……転用できれば……」

「いやー、ちょっと強力過ぎるね。使用は控えないと」


 俺は苦笑する。


「ティエルローゼの神が作った武具じゃからな。それでなくてもヘパーエストと言えば、カリスの軍勢と戦う為に神々の武具を作っておったらしいからの」

「そうらしいね」


 以前、ファルエンケールの城で流し読みした神話にそんな事が書かれていたね。この攻性防壁球ガード・スフィアを試した限り、ほぼ真実だったんだと思うよ。


「ケントといると神話の世界が実感できる」

「まあ、頻繁に神が降りてきたりしてるしなぁ……」


 トリシアの感想ももっともだ。ヘパさんの軽率な行動で神々の降臨が大人しくなってくれればいいんだけどね。


「あれを使えば……いや……制御が難しい……か?」


 ハリスがブツブツと言いながら考え事をしている。


「ハリス?」

「ん……何でもない……」


 忍者になってからのハリスはこういうのが多くなってきた。色々スキルの開発をしている風なんだよね。アースラから忍者について仕入れてたらしいし。


「ほどほどにな」

「大丈夫……だ……」



 訓練も終わり、ゴーレムの残骸を集めて工房に送った。一応壊れていないのも整備に出しておく。


 エマから文句は出たが、彼女のお気に入りのカツサンドで懐柔しておいた。


「必要もないのに壊さないでよね! 今日は徹夜よ!」


 仕方ないのでエマを手伝ってゴーレムの製造、修理、整備をした。数が多いのでエマの言う通り一晩掛かってしまった。


 朝食代わりのカツサンドを齧りながらゴーレムを駐屯地に送り出す。


「さて……俺は戻るよ。エマ、今日はゆっくり休んでくれ」

「はいはい。全く、今後は余分な仕事増やさないでよね」

「わかった。気をつけるよ」


 俺はエマと別れて工房を後にする。


 俺も今日はゆっくりしておくか。明日、明後日のうちにはペールゼン王国に行くつもりだし。

 アンデッドの治める国が隣国にあるのも少々気味が悪いし、ちゃんと何がどうなってるのか調査しておかないといけないからね。

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