第15章 ── 第22話

 工房を後にして館に戻ると、テラスで寛ぐアースラの元へ。


「なぁ。これが街の武器屋に売ってたぞ」


 短剣をアースラの前のテーブルの上に投げ置いた。


「これは?」

「ヘパさんの神力が宿ったやつ」

「マジか?」

「ああ。どういう意図があるか解る?」


 アースラが短剣を手に取り眉間にシワを寄せた。


「すまん……多分、俺とヘスティアの所為せいだ。半分以上は俺の」


 心から済まなそうに、アースラが頭を下げる。神が人間に頭を下げるなど、普通あってはならない事だ。


 ミンスター公爵も大分腰の低い人だけど、こういうのは好感もてるね。


「基本的に、神々の掟としては下界に直接の干渉をしない事が原則だ」


 俺は頷く。


「干渉するには余程の理由が必要になる。例えば……アルコーンの討伐を人間にさせる場合とかな」


 アースラが俺に接触を図ってきた時の事を思い出す。


 なるほど、あの時出会ったのは神々の許しがあっての事だったんだなぁ。でも待てよ?


「イルシスとかマリオンは良く夢の中に現れたりするけど? マリオンに至ってはアナベルに顕現までしたよ?」

「それか。イルシスとはお前、念話で繋がっただろ。そう聞いてるぞ?」

「ああ……イルシス神殿で祈ったら何か念話に介入したとか言われたね」

「それは、信者が啓示を賜るのと同じ事だからな。信徒に神の啓示をすることには問題はないんだ。念話は基本オーケーなんだよ。夢に出てくるのも念話の一種だからな」

「なるほど……」

「マリオンの憑依顕現だが。あれもアルコーン繋がりだな。神界でのケントの扱いは微妙でな。俺と同じプレイヤーという存在であること、マリオンの神殿で復活したこと、念話が使えるということ。そのため、マリオンの使徒ともイルシスの信者とも、俺の同郷のため亜神扱いともされている」


 げっ。亜神扱いだって?


「言ったと思うが……あれ? 言わなかったっけな」


 アースラが首を傾げつつ記憶を探っている。


「すまん、一番重要な案件を伝えていなかった。もしケントが下界での生活に飽きたりしたら、スカウトして来いと言われているんだ」


 なんだと!


「いやいやいやいや! それ、マジで面倒臭そう! お断りだ!」

「今すぐって事じゃない。人間の世界で生き飽きたらの話だ。俺の経験上でも他のプレイヤーを観察した結果でも、プレイヤーは不老不死の存在なんだ。何百年も下界で生きたら飽きるぞ?」


 マジか。俺って不老不死なのか。


「下界で事故とか戦闘で死んだらどうなる? ドーンヴァースみたいに復活するのか?」

復活リザレクションの魔法を唱えられる者がいれば死ぬことはない。自動では復活しない。ただし、下界で復活リザレクションを行使できる存在は稀だぞ?」


 それじゃ死ぬような事は避けないといけないか……


「そして、加齢で死ぬことはない。歳を重ねても老化が起きないんだよ。今のままで生き続ける」

「なんかアンデッドみたいだな」

「あっちで死んでるんだ。似たようなものかもしれないな」


 やれやれ、これからアンデッドの調査に行くというのに。俺自身が不老不死かよ。


「話を戻すぞ?」


 おっと、そうだった。ヘパさんの意図についてだった。


「俺はケント以外とは接触してはならなかった。だからこそ、ファースト・コンタクト時に人避けの結界を張ったんだ」

「でもカレー大会の時来たよな?」

「まあな。カレーと聞いて行かないなんて日本人にあるまじき行為だしな」


 いや、その前提がおかしいと思うんだが。


「まあ、何千年ぶりの懐かしい料理だったんだ……許してくれ」


 それは俺も理解できる。海外で数ヶ月生活しただけで、日本食が恋しくて恋しくて悶え苦しんだ経験がある。

 醤油や味噌、ご飯の味が忘れられない。そんな経験は日本から出ないと理解不能なんだよね。


「解る。食はホームシックの最大の理由になり得るね」

「我慢できなかったんだ」


 アースラは俺らが帝国から帰ってくる頃から、ここに入り浸りだからなぁ。


「それでだ。俺はケント以外に訓練してやるという恩恵を下界の者に与えた。ヘスティアも料理の技術をここの料理人たちに与えている。これが下界へ不干渉という部分に抵触したわけだな」


 確かにな。


「俺はプレイヤー上がりだからある程度自由だし、掟に縛られなくて済む所があるが、ヘスティアはティエルローゼ純正の神だ」

「なるほどね。その神が人間に創生以降初の恩寵を人間に与えたということか」

「そうだ。下界の者に直接関わるということは信仰心を集める事が簡単に出来るという事だ。神界の勢力バランスが崩れてしまう。他の神としては面白くないだろうな。ヘパーエストもその一人だったわけだ」

「となると、今回の神様下界ツアーは、その信仰心集めの一環……バランスを取るための施策ということか」

「理解が早くて助かる。ただ……ヘパーエストの行為は非常にマズイ。簡単に言えばズルだな。他の神が知ったら一悶着あるかもしれん」


 ふむ。今回の行動は重大な問題をはらんでいたと言うことだな。俺が発見していなかったら非常にマズイ結果をもたらした可能性が高いね。


「肉体を持たない神としては許せないかもしれない。ヘパーエストの神格が落とされかねないな」

「神格?」

「神のランクだよ。一応、創造神がトップに来るらしいが神界にはいない。神界も下界もひっくるめて、この世界全部が創造神ということになっている」


 それはマリオンだかイルシスに少し聞いた気がする。


「で次が、神界のトップで神々の長とされているもの……秩序の神ラーマだ。創造神に最初に創られた神だからな。古い神ほど神格は上なんだ。イルシスなどは比較的若いが、マリオンやウルドなどは非常に古いので神格が高いんだよ。ま、神界で最も若い神は俺だが、異世界の存在だから神格というルールの外側にいる例外だな」


 アースラは自分が理解している範囲で世界の事を話してくれた。


「創造神は混沌とした宇宙に秩序の神を生み出し、世界に法則を創らせた。いわゆる物理法則というものだな。その材料となったのが精霊だ。光、闇と四大精霊の火、水、風、土」

「ん? この世界は陰陽五行が基本じゃないのか? 金とか木はどこ行ったの?」

「それな。最初の世界にはなかった概念らしい。世界が発展していくにつれて生み出され、世界が再構築されたと聞いている。俺が来た時には既に新概念によって再構築された世界だったよ。一応木の精霊とか金の精霊などは四大精霊から派生した副次的存在なんだとよ」


 アースラの説明は続く。


「魔法に関してはそういった精霊の力を使って属性が決定する。魔法術式などは精霊に命令を伝達するためのものだとイルシスが言っていたな」


 おお。エマの考察は的を射ていたということか。教えてやったら喜ぶだろうけど、世界のことわりについてだし、話せないだろうなぁ。


「まあ、この世界は日本と同じように非常に多数の神が存在する。八百万やおよろずとは良く言ったものでな。ここに来てから日本の神道が良く理解できたよ」


 アースラは苦笑気味だ。神界にはどんだけ神がいるんだよとツッコミたいほどいるらしい。


「ま、そんな絶妙なバランスの神界が神の降臨によって微妙に変化しつつあるわけだ。本当ならお前をとっとと神界に掻っ攫ってしまった方が楽なんだが、プレイヤーを敵には回したくないのが神々の考えでな」


 アースラもプレイヤーだからな。彼も敵に回すことになりかねないんだろう。


「なるほど。概ね理解したよ。技術を教える程度は容認の範疇だがアイテムはマズイわけだ」

「そういうことだ。今回の事は他の神々にも説明しなければならないだろうな」


 よっこらしょといった感じでアースラが立ち上がる。


「さて……ヘパーエストを連れて神界に戻るか。キッチリ制裁を加えておかねば神々の間で戦争になりかねないデリケートな問題だからな」

「戻るのか?」

「ああ、すぐに戻るつもりだが……何にせよ、他の神々の反応次第だな」


 アースラもやれやれといった感じだ。ご苦労さまな事ですな。


「ヘパーエストは工房だったな」

「ああ、案内するよ」


 俺も立ち上がってアースラと工房へ向かう。


 外にいても鍛冶部屋の中から相変わらずトンテンカンテンとハンマーを振るう音が鳴り響いている。


 鍛冶部屋の扉を開けると、ヘパさんとマストールがガンガンとハンマーを打ち下ろしていた。


「よう、ヘパーエスト」

「なんじゃ? 今、良いところでの。用事なら後にせい」

「そうはいかないんだ。お前、掟を破ったらしいじゃないか」


 ヘパさんの鍛冶の手がピタリと止まった。


「信者よ! 裏切りおったな!?」

「いや、信者じゃないし。強いて言えば孫弟子かな?」


 俺は苦笑気味に応える。


「ぐぬぬ」


 ヘパさんが少々困ったような顔になった。


「それでだ。一度神界に戻って神々に報告せねばならん。いいな?」

「もうすこーしだけ。な? ええじゃろ?」

「ダメだ。問題が起こった場合、早急に神界へ戻る決まりだろうが」

「今ええ所なんじゃ。下僕との合作が……」

「ダメだ」


 腕を組んだ仁王立ちのアースラが凄む。


「うむむ……仕方あるまい……」


 ようやくヘパさんはハンマーを下に置いた。


「我が下僕よ。精進を重ねよ。授けた技を巷に広めるのじゃ。良いな?」

「はっ! 我が神の神意みこころのままに!」


 マストールの言葉に満足げにヘパさんは頷く。


「では行こうかのう」

「よし……ケント、またな」


 そう言うと、アースラとヘパさんは光の柱になって消えていった。


「帰られてしまわれた……」


 鍛冶部屋の天井を悲しげに見上げるマストールが嘆く。


「まあ仕方ないよ。ヘパさんの軽率な行動が招いた事だ。自業自得だな」

「うむ。我が神と共に仕事が出来た事はワシの生涯の宝と言えるな。ケントよ、このような機会をワシに与えてくれた事を感謝する」


 マストールが深々と頭を下げた。


「ところで何を作っていたんだ?」

「これか。これはな、飛翔防衛体じゃよ。ケント用の最新装備じゃな」

「何それ?」


 四つの丸い物体はオリハルコン製らしく虹色に輝いている。


「これを装備した者の周囲を警戒し、敵の迎撃を自動で行う魔法道具じゃな。魔法というより神力なのじゃが」


 む。もしかして某ロボットアニメのアレに近い気がするな。精神の力で自由に操れるアレですよ。厨二病兵器としては最高ランクに位置する逸品ですな!


「もう動くの?」

「いや、もう少しじゃったのじゃが。まあ、後は外装を整えるだけじゃから、ワシ一人でも完成させることはできそうじゃ」

「おお。助かるね。頼むよ」

「任せておけ。明日、明後日あたりには完成する。お前の腰に装着できるように帯も作ったからの」


 見れば革製のサスペンダーのような物が近くのテーブルに置いてあった。球状のものが四つ設置できるプラットフォームが付いている。


 背中に付けられるようだな。益々、例のアレに似ている気がする。ちょっと嬉しい!

 白金貨を二〇〇枚浪費したけど、それを越えるアイテムがゲットできるなら悪くないね!

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