第15章 ── 第21話

 翌日、トリエン支部所属のカッパー・ランク冒険者ジークムント・ベッケンバウアーに会いにアルテナ村へ向かう。

 同行者はトリシアとマリス、ハリスの三名。アナベルは神殿の武器棚工事の立会いで来られないそうだ。


 昼前にアルテナ村に到着し、森林沿いに南下を開始する。

 マップ画面で確認すると三キロほど南に彼が一人で住んでいる小屋が存在する。そこに白い光点が一つあるので在宅中だろう。


 アルテナ村から三〇分ほど馬を進めると、小屋の煙突から細い煙が上がっているのが見える。

 小屋の前を動物の皮をなめす人影が見えた。彼がベッケンバウアー氏だろう。


 銀の馬でゆっくりと近づいていくと、ごま塩頭の老人が顔を上げた。


「うぉ!」


 銀色の騎乗ゴーレムたちを見た老人が驚きの声を上げる。


「こんにちは」


 馬から降りながら俺が挨拶をすると老人は警戒の色が消えない顔ながら返答する。


「ああ、こんにちは」


 夏の暑い太陽に日焼けした老人は油断なく俺たちを観察する。


 その目線がトリシアに向けられた途端にまたもや驚愕の表情を浮かべた。だが、その反応の後の行動に差異があった。突然、ひざまずいたのだ。


「エルフ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じ上げます」


 俺はトリシアに目を移す。俺の視線に気づいたトリシアが肩をすくめた。


「俺は、魔法剣士マジック・ソードマスターのケント。トリエン支部に所属している冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のリーダーをしている」

「マリストリアじゃ! 守護騎士ガーディアン・ナイトじゃぞ!」

「トリシアだ。魔法野伏マジック・レンジャーだ」

「ハリス……忍者ニンジャ……」


 俺たちが自己紹介をしている間、ベッケンバウアーはポカーンとした顔をしていた。

 ギルドマスターからの招待状を渡す段になって、冒険者仲間だと漸く気付いたようだ。


「こんな辺鄙な所に冒険者が来るとは珍しい」


 ギルドマスターの書簡に目を通し、老人の頭の上にハテナ・マークが盛大に出たような顔になる。


「は? 領主さま? オリハルコン・チーム?」


 ベッケンバウアーは俺と書簡を交互に見ている。


「あー、なんて書いてあるかしらないけど、今は冒険者として来ているんだ。領主とかは無視していいよ」

「領主様が変わった話は聞いていますが……え? 領主様?」


 未だに理解不能といった感じ。


「ベッケンバウアーといったか。私たちはペールゼン王国についての情報を聞きに来た。知っている事を教えてくれ」


 話が進みそうにないことを感じてか、トリシアがベッケンバウアーに質問を開始する。


 老人は前に出てきたトリシアの義手と顔を交互に見ている。そして、どんどん目が見開かれていく。


「狩猟の女神の名にかけて! トリ・エンティル様!?」

「今頃か。そうだ。私はトリシア・アリ・エンティルだ」


 跪いていたのが土下座に近いことになったのは言うまでもない。


 つか、狩猟の女神の名にかけてってどういう定冠詞?

 しかし、こういう所で自分の正体を全く隠さないトリシアは凄いなぁ。俺なら照れちゃうからできない芸当だよ。


「早急に情報を知りたい」

「はい! ペールゼン王国の話でございますね! えー……随分昔の話でございまして、少々記憶が曖昧ですが……」


 ベッケンバウアーは土下座状態ながら、顔を上げてペールゼン王国について話してくれる。


 彼がペールゼン王国に行ったのは、かれこれ三〇年も前で二〇代の頃だったという。

 討伐対象のゴブリン勢が、トリエン南西部の森林地帯からペールゼン王国に逃げ込んでしまい、それを追っての事だそうだ。


 ペールゼン王国はトリエン南西部の森林地帯の西側であり、森と低い山々に囲まれた比較的狭い地域らしい。南は帝国の湿地帯が広がっているので水資源も活用でき狭いながらも食料に恵まれた国だという。


「そこの王様には会ったことあるかな?」

「いえ、会えるわけありません。一介の冒険者では無理な話です」


 ふむ。そりゃそうか。


「そこの住人はどんな感じ?」

「はい。庶民は貧しいようですが自給自足ができておりまして不満はなさそうでしたね」

「追っていったゴブリンはどうなったの?」

「それが、ゴブリンは既にペールゼン王国の軍隊に殲滅されたとの話でした」

「軍隊は見た?」

「いえ、それらしいものは見当たりませんでした。城の中にいたのかもしれませんが、城には入れなかったもんで」


 彼はその時見た、ペールゼン城の感想を喋りだした。


「どうにも奇妙な城で、人の気配というものがしませんでした。なにやら幽霊屋敷のような塩梅で不気味に思えました」


 城はオーファンラントやブレンダ帝国のような立派なものじゃなく、トリエンの領主の館よりも小さくて、城というには粗末なものだったそうだ。


「衛兵とかもいなかったの?」

「そう言えば、そういう類のものはいませんでした。城下町も町というより村みたいで……小さい国だなぁというのが感想です」


 そんな小さい国が一〇万の獣人軍を殲滅した……やはりノーライフキングが治めている可能性が高い。しかし、なんで住民は逃げ出さないのか?


 それ以上の情報はベッケンバウアー氏は知らないようなのでトリエンに戻ることにする。


 帰り間際、トリシアにサインやら何やら求めてきたベッケンバウアーが、トリシアから書いてもらったサインに小躍りしていた。

 エルフを、とりわけトリ・エンティルを信奉しているようなので理解はできる。



 俺たちはトリエンに帰り着くとペールゼン王国への遠征の準備を開始する。

 矢の補充のため、トリシアとハリスが武器屋に行くというので、食料品の買い付けもある俺は付き合う事にした。マリスは先に帰るという。


 武器屋に入るとアナベルが嬉しげに武器を選んでいるのが目に入った。


「アナベル、棚は出来たの?」

「あ、ケントさん。出来ましたよー。そこに並べる武器を買いに来たのです」

「私とハリスは矢の仕入れだ」

「あー、この前いっぱい使ってましたもんね」


 ウェスデルフ軍との戦いで大分消費してたからなぁ。俺も武器などを見学するかね。


 見渡しても鉄製の武器ばかりだが、一つだけ小さい短剣が目につく。


「お、これ、ミスリル製じゃん」


 俺がミスリル製の短剣を手に取ると武器屋の店長が手もみしながら話しかけてきた。


「さすがは領主さま! お目が高い!」


 見れば値札に金貨二五〇〇枚とかいうとんでもない金額が。


「げ、二五〇〇枚!? 高い!」

「これは、かのドワーフの名工ハンマー氏族の方が造られた逸品でございますので、お値段は少々お高めでございますが……」


 ほー。ハンマー氏族ねぇ……マストールなら今日もヘパさんと工房に籠もってると聞いているんだけどな。


「マストールの作かな?」

「よくお解りで……」

「ああ、今も家にいるからねぇ」


 どうも、彼はマストールがハンマー氏族の代表なのを知らないようだなぁ。


「これ、どこから手に入れたの?」

「はい。ドワーフの方が来て直接置いていかれました。金貨でお支払いしたら数も数えずに金袋を持っていかれました」


 ということは、マストールが直接売ったんだろうな。何か入り用でもあったのか?


 短剣をよく調べてみたが、マストールにしては技巧が凝らされていない。いわゆるシンプルなのだ。


「ちょっと魔法で鑑定してもいいかな?」

「構いませんが……何か?」

「いや、こっちの事。『物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト』」


 解ったデータを理解して俺は頭を抱えた。


 これ、ヘパさん作だわ。何してんのヘパさん!


「すまんが、これは売り物にしないでくれ」

「は? どういう事でしょうか?」

「これは、この世に存在してはマズイものだ。粗末に扱うと大変な事になる……と俺は思う」


 この短剣はミスリルの金属特性に加え、弱いながらも神力が宿っちゃってる。まあ、目に見えて何かあるわけじゃない。鍛冶など職人系スキル使用時に成功率が少々アップする程度のものだが……ヘパーエスト信者が存在を知ったら発狂するレベルのアイテムだろう。


「なんなら俺が買い取るが……」

「それほどマズイものなのでしょうか……?」


 店主が短剣を不吉なものを見る目で見つめている。


「そうだな。ある神殿の神官が見たらすっ飛んでくるだろうね」

「領主さまが買い取って下さるなら仕入れ値でお売りします!」


 彼が言うには仕入れで払った金額は金貨五〇〇枚だという。俺は白金貨で二〇〇枚を支払った。


「ごめんね。マストールが迷惑を掛けた」

「い、いえ。大丈夫でございます」


 俺は食料品の仕入れもせずに館に戻る。そのまま工房へ顔を出した。


「ヘパさん、マストールいるかい?」

「おお、我が信者よ。久しぶりだな」

「おう。西から帰ったのか?」


 何やら作っていた二人が顔を上げた。


「マストール。これを武器屋に売ったようだが、その意図を聞きたい」

「あ、それか。んー。別に意図はないぞ。ヘパーエストさまが、せっかく下界に来ているのじゃから自分の作った武器を知られずに人々に使ってもらいたいと仰せだったのじゃ」

「うむ。苦しゅうない」


 うーむ。それだけの理由か。


「でも、これ神力宿ってますが? ヘパーエスト神殿に知られたら回収の為にどんな手でも使うだろうほど物騒なものですよ」


 マストールとヘパさんが顔を見合わせる。


「我は神力は込めておらぬが?」

「籠もっちゃってるんですよねぇ……」


 ヘパさんが短剣を手にとり眺めている。目が異様に赤く光ったので神眼の能力でも使ったのかな? 厨二病っぽくて欲しい能力です。


「うむ。我が力は隠しようもないということか。困ったものであるな」


 困るのはこっちです! 白金貨二〇〇枚も散財しちゃいましたよ! 王都の館くらいの金額です! などと口に出して抗議できたら楽なんだけども。神様相手だと疲れる。


「とにかく、いいですか? こういう事は軽率になさらないで下さい。神が下界で騒ぎの種を撒いたなんて知れたら、神界で問題になりますからね」

「相わかった。気をつけよう。ところで今日の供物であるが……」

「今日は俺が作ります。夏で暑いので豚の冷しゃぶと素麺です」


 途端にヘパさんの厳つい顔が緩む。


「また我の知らない供物のようだな! 期待しておる!」

「はいはい。腕によりをかけて作らせて頂きますよー」


 俺が出ていくと、ヘパさんがマストールに「今日も期待である」などと嬉しげに言っているのが聞こえた。

 もう、こっちの身にもなって欲しいね。神力が宿ったアイテムなんて連発してもらってはマジでマズイ状況になる。この短剣だけが流出したのなら対処できたし問題解決なのだが……

 何にしてもこれからも警戒しておくに越したことはないだろう。この件に関してはマストールはてんで頼りになりそうもないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る