第15章 ── 第20話
その日のうちに俺たちは冒険者ギルドに赴き、オノケリスの討伐などを報告しておいた。
この報告は冒険者ギルド本部のハイヤヌスの所にもトリエンのギルドマスターから届く予定だ。彼は西側からの戦争の匂いを心配していたからね。
そのお陰でクエスト経験値が手に入ったようで、トリシアたちのレベルが上がった。
トリシアはアースラが上限と言っていた六〇レベルに到達し、その稀有な優秀性を証明してみせた。今後、さらに上がるかどうかは神も知らない。
ハリスは
マリスは五二レベル。着実に育ってるね。背や肉付きも育つといいのに。魔法で変化してるから育たないのかな?
アナベルは五一レベルになった。この世界の神殿に所属している神官の中では最高レベルなのではないかな。
「いやはや……アルコーンを倒したのだから当然ですが、オノケリスまで討伐してしまうとは……」
ギルドマスターが汗を拭きつつ苦笑いをしている。
「当然じゃ! ケントに連なる我らがその程度できずに仲間でいられようはずもないのじゃ」
得意げなマリスが胸を反らして誇らしげに言う。
「ま、男には最悪な相手だが、私たちは女だし、ヤツの能力の半分は防げるのは解っていた。当然の結果だろう」
トリシアも結構自慢げだな。
「全てはマリオンさまのご加護のお陰なのです。男の敵ではありますが、男を奪う行為は未来を生み出す女の敵でもあるのですよ! マリオンさまも、そのような存在を許しません!」
アナベルって結構、そういう部分に寛容? 普通、宗教って男女の色事とかに厳しいんじゃないのかなぁ。それって元の世界だけなの? 神官が結婚しちゃダメとか、この世界に来て聞いたことないけど。
「それで、今回の報奨金ですが、一人につき、白金貨五〇〇枚となります。他国の出来事ではありますが、その目的が大陸東側への侵攻、しかもオノケリスによる陰謀となれば、この程度の報奨金では安いくらいですが」
「結構ですよ。ギルドからの依頼というわけでもありませんでしたし。アルテナ森林に住むエルフの知り合いから依頼されて様子を見に行っただけですしね。結果的に魔族と遭遇したようなものです」
別に何でもない事のように俺が言うので、ギルドマスターは更に苦笑を重ねている。
「しかし、これほど魔族が頻繁に現れる事は王国史においても稀な出来事です。今後も用心が必要かもしれません」
「それには同意します。またどこかに現れる可能性は否定できませんし。もちろん、俺たちも警戒は怠りませんよ」
ギルドマスターが俺の言葉に頷く。
「今後もよろしくお願いします。魔族に対抗できるのは貴方たちのような力のある冒険者に限られます。もっとも、貴方たちに匹敵する冒険者は稀有な存在なのですが」
「そうですね。俺たちのようなレベルの高い冒険者の育成をちょっと考えてみる必要はあるかもしれませんね。王に進言して養成所のようなものを作るべきかもしれませんね」
「養成所ですか?」
「ええ。人工的にダンジョンでも作って、新人や中堅冒険者に経験を積んでもらえるような施設ですね。レベルを調整したゴーレムなどを魔物や怪物の代わりに配置すれば可能でしょう」
ギルドマスターは肩を
「一体どれだけの資金が必要になることか……」
「もちろん、トリエンに作るなら俺が出しますけど、王国にも負担してもらって王国全土からも冒険者に来てもらえる施設にすれば資金面は問題ないでしょうね」
俺だけが金を出すならトリエンの冒険者限定にするよ。こんな施設は慈善団体じゃない限り出資しても意味ないからな。そこから収益を上げるには国を巻き込んだ公共事業にするべきだろう。
「まあ、今は構想段階ということで良いでしょう。本当に作るかどうかは国王陛下と話をしてみてですね」
「左様でございますか」
俺はここで話の矛先を変えてみる。
「ところでギルドマスター。聞きたいことがあるのですが?」
「何でしょうか?」
「ペールゼン王国という国をご存知ですか?」
「一応存じております。確かトリエン地方の南西に位置する小さな国だと記憶しております。その国がなにか?」
「いや、隣国なのに情報が殆どないもので」
ギルドマスターが記憶を頼りにペールゼン王国について教えてくれる。
「国の起こりは三百年ほど前らしいですね。西の方からやってきた戦争難民が起こした村が発端だったかと」
その難民を率いていたのが護衛として同行していた
このセイファード・ペールゼンが建国の王らしいのだが、先般、生き残りの兵士の口からこの名前が出てきたので俺は知っていた。
彼はウェスデルフの西側の地で迫害されていた人間を引き連れて逃げてきた人物らしく、ペールゼン王国は人間の国で獣人を酷く毛嫌いするという国柄らしい。
もっとも他国との交流もない小さい国なので、北のダルスカル小王国が何度か侵攻したらしいが、尽く撃退されたという。
「そんな強い国なんですか?」
「私も詳しい事は知りませんが……過去に冒険者が何人か行ったことがあるようで、少しばかり報告が上がってきた事があります」
その程度の報告書が頭に入っているとはギルドマスターは結構有能なのね。ギルドマスターをしているくらいだから当然なのかも。
「その報告によれば、人々は平和な暮らしをしているようですね。自給自足なので裕福ではないようですが」
「冒険者ギルドのようなものはないんですか?」
「ありません。彼の国は本当に平和らしく、冒険者が必要になるような問題が殆ど発生していないようで。何か問題が起きても、国で対処してしまうようです。クエスト依頼がないならギルドは必要ないでしょう」
ふむ。ノーライフキングが治めているのは確定だが、アンデッドが収める国にしては平和すぎる気がするな。他国へ攻めてくるような話も聞かないし、殆どが自衛戦争だったようだし。
「もしかして、ペールゼン王国に赴くおつもりなのですか?」
「ええ。少々、調査をしてみたい事がありましてね」
「左様でございますか。それでしたら、トリエンにおりますカッパー・ランクながらペールゼン王国に足を踏み入れた事のある冒険者を訪ねてみてはいかがでしょうか?」
「カッパー・ランクの?」
そういえば、俺がティエルローゼに転生してくるまでトリエン支部に所属する最高位冒険者はカッパー・ランクだったっけ? 引退寸前の老人という話を聞いた気がする。
「腕の良い
そのカッパー・ランクの冒険者は、ジークムント・ベッケンバウアーという名前だそうだ。アルテナ村から数キロ離れた森と草原の境に住んでいるらしい。隠遁者が住んでいると言っていいほど辺鄙な所らしいな。
一応、彼への紹介状をギルドマスターに書いてもらった。突然行って追い返されても困るしね。まだ引退していないそうだから、ギルドからの紹介なら無下にもされないだろう。
ギルドから館に戻り、帰ってきたクリスと仕事の打ち合わせを行う。
「というわけで、西のエルフの都市と街道が結ばれることになった。交易もしたいそうだから、その方向も含めて対処してくれ」
「トリエンはアルテナ森林の妖精族とも取引しているが、そこと同じものが交易品なのだろうか?」
クリストファはミスリルとかが産出されるかどうかという事を聞いているのだろうな。
「いや、あそこに鉱山などはないからミスリルみたいな物は持ってこないと思うよ。木工製品とか、皮製品、布製品が主だったものだと聞いた」
「そうなると比較的小規模な交易になりそうだな」
「いや、エルフの工芸品は結構品質が良いはずだぞ。貴族たちに高値で売れる可能性がある」
「そうか! トリエンだけで消費する必要はないな! ドラケンやモーリシャス、アルバランなどの大都市に運べば高値になるか」
「そういうこと。エルフと取引のある都市なんて、トリエンかピッツガルドくらいなもんだ。ピッツガルドは結構、ラクースの森のエルフと取引してるみたいだよ」
一応街道がシュベリエと繋がってるからね。大規模な交易はしていないだろうけど、それなりの交流はあるだろう。
「エルフの商人が持ってくる品物次第だけど……ケント、どういう形にする? 一度、トリエンで買い取ってから
中間マージンを押さえるかどうかということか。
「そこは任せるけど、買い取るなら買い叩くような事はするなよ。最低限の仲介料を取る程度にしておくんだ」
「何故だ?」
「俺たちは商人じゃない。金儲けは商人に任せておけばいい。それでなくても魔法道具で相当儲かっているんだ。庶民に還元しないで貯め込むなんて、金の特性を知らなすぎる」
クリストファが困惑する。
「金に特性なんかあるのか?」
ごもっともな意見ですな。金はある所に集まると言われていて、金持ちの所にはどんどん入ってくるという事が良く言われる。これも金の特性だろう。
だが、俺はこの特性に否定的だ。金は流動させてこそ意味がある。流動しない金は悪銭だ。社会になんの貢献もしない。
金を巡らせてこそ真に金の有効な特性を引き出せると俺は思う。
金なんか出て行っても、それ以上に入ってくるものだろう。そういう仕組を作っておけばな。
「俺の国には『金は天下の回りもの』という言葉があってな」
執務室の暖炉の前でゴロゴロしていたマリスが顔を上げた。
「ケントの国の言葉かや!?」
「そうだぞ。金なんてものは一箇所に留まるものではなく、世間を回っている。出て行ってもまた入ってくるという意味だな」
「おー。久々の格言じゃのう」
「でも、何もしないでは入ってこない。ちゃんと、そういうシステム……仕組みを用意しておかなきゃダメだ」
クリストファが真剣な顔をして俺の言葉を聞いている。
「この場合、商品の流通が主なものだが、商品がトリエンに入ってくるだけで、まず通行税が入るな。それと商品を買い取って、商人に下ろす段階で交易手数料だ。代金も貰うんだから二重取りで高い交易手数料を取る必要はないだろう。手数料を安くするとどうなると思う?」
「税の収入は落ちるな」
俺はニヤリと笑う。
「それは短絡的な考えだ。長期的に見るんだよ。もし、トリエンでの商的な手数料が安い場合、どうなるか。利に聡い商人になって考えてみるんだ」
「手数料が安い……お、そうか!」
気付いたようだな。
「収める金額が安く済むなら商人が大挙してやってくる!」
「そうだ。そうなれば逆に取れる手数料の回数が増える。自然に税収アップに繋がるわけだ」
「なるほど! そういう考え方もあるのか! 勉強になる!」
税収が足りないので増税なんてのは現実世界のどこの国でもやっているが、俺の考えとしては悪手だ。
増税されれば経済が停滞する。停滞すれば消費はされず、人々は金を貯めようとするだろう。そして、溜め込まれた金は悪銭となる。金は社会に貢献せず、何の生産性もない。最悪のスパイラルだ。
金が巡らねば社会の健全性が損なわれてしまう。
金は流動させてこそ、社会の生産性が上がる。投資せずに、どうやって金を使わせるというのか。
投資して消費させる。さすれば、俺の所にも金は回ってくる。これが俺の経済哲学だ。
この世界に来て、それを特に実感しているんだけどね。
街づくりという投資をした結果、それに関係する庶民や商人たちが潤っている。そして、今は商取引や流通に対する税収が爆上がりなんだよね。
その噂や情報を聞きつけた商人たちが街に集まり始めているため、また家が立つ。資材などの買い付け、新たなる住人の人頭税、今までの集金システムだけでも、かなりの金額がトリエンに入ってきている。
そして、魔法道具の販売。
これが最大の収入源なのだが、これは大量に売り捌いているわけじゃないけど、噂を聞きつけた商人たちが凄い数、来ているらしいね。
今、一ヶ月のトリエンの収入は、税収や売上金も合わせて金貨にして数十万枚規模になっている。
それの大半を投じて街づくりをしているので、関連する業種だけでなく、周囲の産業も活性化して大変元気だ。
もちろん、帝国なども資金が流動的に流れていて、帝国財政の健全化が進んでいるとアルフォートからも聞いている。王国の商人だけでなく、観光客が増えたそうな。
帝国だけでなく、ファルエンケールは俺にミスリルを輸出することで、大量の金貨が流入しているため、人間世界から物資などを買い付けているカスティエルさんもウハウハらしいよ。ドワーフが大量に酒を購入するとかで、モーリシャスやドラケンの酒造がてんてこ舞いだとか。
話をクリストファに戻そう。
「理解したよ、ケント。今のトリエンの経済状態は、これが起因なんだな」
「そうだ。金に流動性をもたらす事で、自分のところにも金が入ってくるわけだ。今後もそのようにしていこう。ただ、不必要ほど増えてしまうと不良債権化しそうだからコントロールは必要かもしれないが」
「不良債権?」
「使わない市民ホール作っても維持費が掛かるばかりだろ? そういう無駄は却下ということさ」
「ふむ……なるほど」
「そんなものを作るくらいなら公園でも作ったほうが役に立つさ」
クリストファは俺の構想を必死にメモしている。
「そのうち交通機関なんかに投資してもいいね」
「交通機関とは?」
「んー。構想でしかないんだけど、ゴーレムを使った隊商システム。物資の輸送をゴーレムに担わせる事で、道中の安全と物資流通の速度を上げる」
「おお……ゴーレムなら襲って来るものも撃退できるな!」
「うん。安全確実に輸送できるなら、商人も飛びつくだろう」
「それはいい。早速計画書を作ろう」
「そこは任せる。工房で作るゴーレムはミスリルも可能だが、鉄とか石でも可能だからね。ミスリルはちょっと高価過ぎるからねぇ」
「もっともだ。護衛用のゴーレムを付けるにしても安い方が維持費が掛からないだろうな」
俺は頷く。トリエン軍の創設にあたり相当な金額を持ち出しているからな。工房の維持のためにも、安価なゴーレムにある程度切り替えておく必要はあるだろう。
「なんじゃか難しい話ばかりじゃのう。ドラゴンは金は溜め込むものじゃぞ? 寝ててもやってくるでのう」
それは討伐の冒険者がやってくるって話じゃないの? そして死んだ冒険者の装備や所持品が溜まっていくという。それも一つのシステムなんだろうけど、ドラゴンは金銀財宝を溜め込んで何に使っているのかねぇ……
すごい気になる。
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