第15章 ── 第19話
一週間後、俺の仲裁により、エルフの都市国家シュベリエ、ダルスカル小王国、カリオハルト自治領との和平会談がウェスデルフ王国のとの間で取り交わされた。
ウェスデルフ王国の軍事力は小王国や自治領を圧倒しており、幾つかの都市を壊滅、制圧しているため、小王国と自治領は強く出ることはできなかった。
狙い通りとも言えるが、小王国と自治領が領土と都市の返還を求めてきた。オーガスはこれに応じた。俺からの命令だったからね。
その代わり、ウェスデルフは小王国と自治領に対し食料の提供を求めることに。食糧事情の改善を他国に押し付けた形になるが、手っ取り早いからね。
比較的、豊かな農作物の産地である小王国は快く応じてきたが、自治領は本国に食料の供出しているため応じられなかった。代案として金銭による精算を行う旨を提案してきたのでオーガスが受け入れた。金貨五万枚程度だけど。
事実上の敗戦国である二国は、国の存続、領土の存続を優先し、条件を飲まざるを得なかったというわけだ。
シュベリエに関しては少々事情が違う。基本的に俺が助けたので戦勝国とも言えるが、ウェスデルフがオーファンラント王国に恭順するという意向を他国に対して発した為、それ相応の賠償金をウェスデルフが支払うということになった。その金額は金貨で二〇万枚。
それと、俺が捕虜にした七万の獣人兵は、シュベリエとラクースの森の復興が終わるまで貸し出すことになった。街道の整備や焼かれた森の植林などが主な作業だそうだ。
実のところ、和平会談の間、シュベリエも俺の経済圏計画の一端に加わりたいと俺に接触を図りに来たんだよね。
ファルエンケール、帝国、トリエン一帯が絡む経済圏構想がセルージオット公爵の経路で漏れたのが原因なんだが、別に断る理由もないので加入を受け入れた。
ウェスデルフが形の上ではオーファンラント王国の属国となったため、オーファンラントの勢力が東側で非常に大きなものになったのだが、裏ではトリエンの領主である俺に恭順しているのが実情だ。
この事はフンボルトを介し国王にも報告が上がったのだが、国王は二つ返事で承認したそうだ。
俺に国を譲ろうとしてきた国王陛下だけに、俺のやることに何の異存もないっぽい。
フンボルト侯爵の情報によれば、二つの大貴族が微妙な反応だったそうだが、ミンスター公爵やマルエスト侯爵、ドヴァルス侯爵は好感触だったそうなので問題はないだろう。
ミンスター公爵は俺がプレイヤーだと勘付いた節があるんだよ。プレイヤーの事は王家の秘密なのだが、彼も王族の血筋だから知っていても不思議はないんだけどね。
マルエスト侯爵にしろドヴァルス侯爵にしろ、王家に秘密がある事は知っているらしいが、正確な情報は知らない。だが、俺がその秘密に関わりがある事には気付いているっぽい。
さて、こうして戦争に関しては一段落着いたことになる。
一度、トリエンに戻っておきたい。今後の方針などについてクリストファたちと摺合せをしておきたい。
「ではオーガス。後の事は頼むよ」
「おまかせ下さい、我が主よ」
「父に協力し、クサナギさまの計画通りの国造りをしていきます」
王城の前で銀の馬に乗る俺に、ガリスタ父子が深々と頭を下げる。
「んじゃ、シルーウ団長を少々借りていくよ」
俺は馬に乗るシルーウに目で合図をする。
「お供致します」
「じゃ、いこう。
俺は魔法の門を作り出す。
見送りに来ていたガリスタ親子は勿論だが、シルーウも、他のウェスデルフの高官たちもポカーンとした顔になる。
先にアーベント率いるゴーレム部隊を送り出す。
青白い鏡に飲み込まれていく部隊を見て、周囲は騒然。
「シルーウ、大丈夫だ。その門を抜ければトリエンだよ」
俺の言葉に半信半疑といった表情だが、シルーウはゴーレム部隊の後に続いて門をくぐった。
「シルーウは二~三日で返すから。それじゃ」
俺はオーガスとザッカルに手を振って皆と一緒に門を潜った。
転移先はトリエンの駐屯地。
フォフマイアーとヘインズが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、領主閣下!」
「ただいまー」
「第一ゴーレム部隊を借りてしまって悪かったね」
「いえ、トリエン軍は閣下の持ち物でございますから、何の問題もありません」
「君に預けているんだし、勝手に使うのはどうかなと思ってね」
権限の委任をしている訳だし、その委任した職権を犯すのは領主でも気が咎めるのだけども。
王国では領主の権限は非常に強力で、領主こそが法律と思われているんだよね。王の命令でもなければ曲げることが出来ないほどだ。だからこそ、領主は節度ある統治が倫理的に求められる。
「シルーウ!」
「はっ!」
シルーウは少々精彩がなくなっているが返事は力強い。
「子供たちの所まで案内するから着いてきて」
「感謝致します!」
シルーウを連れて駐屯地を出て孤児院へ向かう。トリシアたちには館に先に戻ってもらった。
駐屯地を出ると、西側に新しい城壁が見えた。
第二城壁はまだ全部完成していないが、ほぼ七割ほどできているね。
第一城壁の西門を潜る時、衛兵がいつもより少ないのに気づく。新しい西門の方に詰めているのかも。
一五分ほどで孤児院に到着する。
「わー! お兄ちゃんが来た!」
俺に気付いた孤児院の子たちが走って来た。
「みんな、元気そうだな」
「元気! 今日は犬の人も連れてきたの?」
「犬ではない狼である」
シルーウは少々不機嫌な顔だ。
「ケシュとセイナはいるかい? ここに厄介になってるはずだけど」
「いるよ! 呼んでくる!」
男の子の一人が走って孤児院の中に入っていった。
すぐにケシュとセイナが出てきたが、シルーウの姿を見て、猛ダッシュしてきた。
「お父さん!」
「おお! ケシュ! セイナ!」
馬から飛び降りたシルーウが二人を抱きとめた。
「二人とも元気だったか?」
「うん! でも、お母さんとはぐれちゃった」
「お父さんが迎えに来るまで、ここで世話をしてくれたんだよ」
母親の死はおいおいシルーウが話すだろう。
今は感動の再会なんだし、水を刺すのも悪い。
俺はスレイプニルを反転させる。
「お兄ちゃん、もう帰るの?」
孤児院の子であるポリーが話しかけてきた。その声を聞いたシルーウが子供たちを離して立ち上がった。
「我が主よ。この度の件は感謝に堪えません。このご恩、いかようにお返しすれば……」
涙に濡れた顔でシルーウが言う。
「気にするな。子供は国の宝だからな。二~三日、トリエンでゆっくりしていけよ。親子水入らずでね。帰る時は俺の館に来てくれ。街の北側にある」
「はっ! ありがたき幸せ!」
シルーウは
「子供たち、また来るよ」
「いってらっしゃーい」
館に戻るといつものようにリヒャルトさんが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ただいまー。みんなは?」
「お戻りになってすぐアースラさまを連れて中庭に入られたようですが」
ん? 中庭?
様子を見に中庭にいくと、竹刀を持ったアースラが四人にブートキャンプ的アレをさせてた。
「どうした!? そんなものか? ワンモアセ!」
あー、やっぱりアースラも知ってたのね。バリーのブートキャンプ。
「うぐぅ。少々早まったのじゃ……」
「強くなるためだ! まだまだ行くぞ!」
「ケントさんのより、やっぱりキツイのです……」
ハリスは無言でモクモクとやってるが、女子どもペチャクチャとしゃべりながらか。そんなだとすぐ息が上がるぞ?
「おう、ケント。お前もどうだ?」
「仕方ないな。少し付き合うか」
みんなに混ざってブートキャンプ。
やっぱりアナベルとハリスが先に脱落した。しばらくしてトリシアとマリスだ。
俺は途中からというのもあるが、そこから三時間ほど続けた。SPが半分くらいまで減った所で切り上げたが。
「やはりレベルだな。ケントのレベルからすると些か耐久度が高い気がするが」
「まだSPは半分くらい残ってるよ」
「八一だよな?」
「うん。まだ八一だねぇ。経験値的にはあとちょっとで八二だ」
「レベルアップも随分早いな」
「クエスト経験値とか戦闘経験値だけじゃないっぽいんだよね。訓練でもレベル上がったから」
汗を拭いながらアースラと話す。
「そうなのか? 俺はレベル一〇〇でこの世界に来たからな。そこら辺は検証できてなかったな」
「多分、ギルドで経緯を報告したらレベル上がるかな。トリシアたちも多分上がるね」
「それは景気がいいな。あいつらも随分強くなっただろ?」
トリシアたちのステータス・バーを確認して俺は応える。
「トリシアが五八、ハリスは四七、マリスは四九、アナベルは四八だね。これは戦闘経験値だけだよ」
「クエスト経験値がどのくらい入るかだな」
「多分、今までの経験から推測して、二レベルは上がると思う」
「この世界で五〇レベル越える人間は珍しいな」
「だな。高くて四〇行くか行かないかくらいだったよ」
アースラと話しているとゲーム感覚で話しちゃうな。ここは紛れもない現実だというのに。
でも、ドーンヴァース的なシステムが、そのままの感覚で対応しているティエルローゼだと違和感が全然ない。
「現地人だと六〇レベルくらいが上限な気がするんだがな」
「レベルキャップがあるの?」
「いや、そこは確認できてない。今まで見てきてキャップ上限まで行く前に死んだヤツばかりだ」
神界から観察してきたアースラも確認できてないらしい。トリシアが六〇レベルを越えることが出来たら、神すら知らない領域に突入するってことか。それは是非検証しなくちゃ!
「腹減ったな。アースラ、昼飯で食いたいものあるか?」
「和食なら何でもいいぞ?」
「よし、じゃあ今日は牛丼にしようか。ウェスデルフの王様がミノタウロスだったんだ」
「ミノタウロスから牛丼を連想か。わからんでもない」
アースラが微妙な笑い声を上げる。
アースラはオッサンだからな。オヤジギャグ的なツボに入ったのかも。
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