第15章 ── 第16話

 ウェスデルフ王国の首都を急襲、オノケリスを倒し、そして国王オーガス・ガリスタに打ち勝った俺たちはウェスデルフの問題の解決に着手する。


 まず、食糧問題から。

 人口が多いので食料の確保が急務なのだが、肉食系獣人が多すぎるため、精肉が追いつかない。このままだと餓死者が出てしまうことになる。


 色々調べて判ったことだが、肉食系獣人は肉以外の物も摂取が可能ということだ。

 なのに何故、肉しか食べないのか。

 これは料理の味付けなどが未発達だからに他ならない。

 今までティエルローゼを見てきて、料理研究が殆どなされておらず、現代社会からやってきた俺としては不満が色々あった。

 ここを改善できれば、肉以外の料理も食べることが可能だと判断する。


 実際、オーガスやザッカルに俺の料理を食べさせた所、目の色を変えてがっついていたからね。

 ミノタウロスは牛頭の生物だから草食かと思っていたけど、肉食だったのが驚いたけど。


 そこで料理というものを教える学校などを作ったらどうだろうかと思いついた。

 ウェスデルフに作ってもいいけど、これはトリエンの街に作るべきだな。俺もいるからね。

 それで諸外国の留学生も含めて生徒を募ればいい。

 オーファンラントも料理が発達しているとは思えないからね。


 そうしておけば、数年後には料理学校の卒業生が世界各地に散り、各地域で独自の料理文化を咲かせることになるかもしれない。

 ま、先行投資としてやってみよう。


 それまでは他国からの輸入などに頼るしかないだろう。

 幸い、少々料理を教え、穀物や野菜などを簡単に調理するだけで犬人族や猫人族などの肉食系獣人が飛びついてきたので何とかなりそうだ。


 また、牧畜、農耕の方法を教えて食料を育てるという形態を根付かせる事も実践する。

 獣人は上位に立つものに従順という特質があるようで、教えたことを忠実に実践してくれるので、教え甲斐がある。

 そのうちオーファンラントなどの他の国から農夫を派遣して、細かい事をおしえさせるといいかも。



 続いて人口問題。


 ウェスデルフは人口が多い。今回の戦争で編成された軍隊総数は四〇万人は下らない。

 ウェスデルフの人口統計は取られていないので正確ではないが、概算で全人口約九五〇万人。ティエルローゼで最も人口が多いだろうね。

 ウェスデルフは大陸で最も広大な国土を維持しているから当然といえば当然なのだが、それでも時代背景的に考えても多すぎだ。


 ちなみに、その人口の半数は子供だ。多産なのが原因ともいえるが……

 マップ機能で簡単な検索実験を行った所、成人男性がおよそ一五〇万、成人女性が三五〇万、子供が四五〇万人もいる。

 出生制限を掛けようとも思ったが、俺的にはそんな管理社会はゴメンだよ。


 獣人は一人の男に平均で二~三人の妻がおり、それぞれが一度に二人以上産むのだから仕方ないのだが、それにも関わらず更なる人口爆発が起きていないのは、死亡率が高かったからだ。

 基本戦闘民族的な色合いが濃いので、戦いや小競り合いなどでの死傷率が異常に高い。


 もし、ここで文明的な殺人などを抑制する法律を作ると、人口問題は更に加速することが予測される。何とも頭の痛い問題だ。


「傭兵にでも出すか」

「傭兵でございますか?」


 俺がボソリと呟いたのを耳ざとく聞いていたオーガスが質問してくる。


「うん。それでなくても軍隊を縮小するわけだし、それらを他国へと傭兵として派遣すれば、他国に食べ物を負担させられるだろ」

「ついでに金銭も要求できますな」


 ザッカルがそんな事を言う。


「それもそうだが、もっと重要な事は、他国に派遣した軍隊は諜報活動にも使えるということだ」

「諜報活動とは何でございましょうか?」


 うーむ。レベッカの時にも思ったが、間諜という文化はティエルローゼには根付いていないようだなぁ。


「今回の戦争もそうだが、もっと情報を持っていれば、君たちの国はもっと上手く立ち回れたんじゃないか?」

「そう言われましても……」


 父と子が顔を見合わせている。


「俺という存在の正確な情報を知っていたら、東側に遠征してたか?」

「いや……主のような強者は殆どいませんので……考慮にも値しないと思っておりました」

「クサナギ様を存じ上げていたら、父上を止めるために配下の者を派遣していたやもしれません」


 ふむ。認識のズレはあるものの、情報を知らなかったことのマズイ点は判ったようだな。


「ということは?」


 俺がそう聞き返すと、やはり二人は困惑したような顔をする。


「他国のそういう情報を手に入れておけば、万が一戦争が起きた時に備えられるということさ。敵の国力、敵の弱点、敵の構成。解っていたら対処できるだろ」


 未だによく解っていないという顔のオーガスはともかく、ザッカルは言っている事が解ったようだ。


「なるほど! それを派遣する傭兵団にやらせると!」

「そういうことだね。ただ、それを派遣先に悟られては意味がない。情報を隠されるだけになる」

「た、確かに……」

「派遣傭兵の一〇〇人に一人くらいの割合でその任務に従事させるものを入れておけばいいんだよ。そいつらに時々、情報を送らせるわけだな」

「うまくいくでしょうか?」

「俺の領土、トリエンには諜報機関があってね。そこの人員を繋ぎに使えば何の問題もないと思う。合言葉を決めておいてさ」

「合言葉とは何でしょうか?」


 そこからかい!


「例えば、『山』といったら?」

「……『獲物』ですかね?」


 俺の考えていた言葉とは違ったけど、そういう事だね。


「まあ、そういう諜報員に判る言葉を決めておいて、その合言葉を使う者に情報を託させるわけ。これなら関係者以外は魔法でも使わない限り秘密を知ることは出来ない」


 ザッカルの顔に明確な理解を見た。


「上手く回りそうですね?」

「軍事力を提供しつつ、情報と食糧事情、そして賃金を相手に負担させられれば、ウェスデルフ王国にとっても美味い事になるだろう?」

「主の深謀遠慮、敬服以外の言葉がありません」


 オーガスも解らないながらも感心している素振りを見せる。


「それと、そういった国と争う事になった時、内部蜂起させられるのも強みになるね」

「確かに! しかし、クサナギ様。我が国の傭兵団を迎え入れる国があるでしょうか?」

「ウェスデルフという国の名前は強者の証だろ? 今回の戦争にしたってデモンストレーションに一役買ったんじゃないかなぁ」

「デ、デモンス?」


 英語でした。


「この国の軍隊が強いということを実証する上の示威行為になったという事だよ」

「ということは……?」

「君たちの軍隊はエルフの国、シュベリエを半壊させた。その南の諸国連合も相当な痛手を被っただろう。そっちの軍はまだ戻ってないね?」

「はい。早馬を走らせましたので、二週間程度で帰還させられるでしょう」


 オーガスがそう応える。


「うん。それら軍隊が与えた損害は、そのままこの国の軍事力を誇示したことになるね。『俺らは強国だぞ。この国の軍隊は強いんだ』とね」

「そうなるとどうなりますでしょうか?」

「父上、我が国から来た傭兵団も強いという証明になるでしょう」


 ザッカルは解っている。


「傭兵団を雇う事は、軍事力の増強になるんですよ。人族で同じ規模の軍隊を作ったとして、同程度の獣人の軍隊ならどちらが強いかお解りでしょう?」

「おお! そういうことか!」

「な? 手っ取り早く強力な軍隊を作るならウェスデルフの傭兵団を雇えって事になるだろ?」

「理解致しました!」


 ザッカルもオーガスもようやく理解を深めた。


「この傭兵団稼業を国の政策として行え。人口問題の手っ取り早い解決法になるだろう」

「承知しました」


 獣人は男も女も戦闘力が人間より少々高い。そして上の者に忠実。この特性が、雇い主側にも受けは良いはずだからね。

 国民のうち、三〇〇万程度を周辺国に派遣すれば、人口問題も緩和されるだろう。


「子供たちの学校も大量に作るぞ」

「学校ですか?」

「そうだ。そこで次世代を担わせる子供を育成するんだ。戦闘技術を子供の時から仕込めば、未来の傭兵団要員として使えるだろう」

「それは慧眼でございますな!」

「ただ通わせるのではなく、衣食住をしっかり保証してやるんだ。庶民が一番欲しいものを子供に与えると宣伝するんだ。こうすれば子供を学校に入れたくなるわけだな」

「なるほど」


 ザッカルは既に試算を始めているようだ。


「もちろん戦闘技術だけを仕込むわけじゃない。有能な子供がいるなら、それを国の役職に付ける事も考えるといいね。算術が得意なら財務に当たらせ、魔法が得意なら魔法に関する職を、戦闘指揮に特化しているなら軍や傭兵団の指揮官にできる」

「学校があれば、子供の中から有能な者を選別できますな」

「そういうこと」


 俺はソファに転がる。


「そうだ。この国とシュベリエを結ぶ街道を作ろう」

「街道ですか?」

「うん。そうすれば人々の行き来も楽になるし」

「ラクースのものが我々を許すでしょうか?」

「そこは賠償を少々しなければならないだろうね。そうそう。の地に送った軍隊だけど。大分死んだけど、まだ七万程度は生き残っているはずだ。俺の捕虜としてシュベリエに預けてきたんだけど」


 オーガやトロルも数匹生き残っていたな。あれらを労働力として街道を造らせれば楽ちんだな。その労働力を以て賠償としたらどうか?

 街道の整備が終わったら送り返してもらえばいいし。


「それを街道を作るのに充てる。シュベリエはトリエンと街道を結びたいそうだから、シュベリエとここが街道で結ばれれば、トリエンと道が繋がることになるからね。人の行き来が楽になる」

「なるほど。それは是非やらねばなりませぬ」

「後は、少々の金かなぁ……賠償に使えそうな金はある?」

「我が国は産業と呼べそうなものは余りありません。国庫には諸国の金貨が三〇万枚ほど」


 オーガスが応える。


「三〇万か。そのうち二〇万をエルフに賠償してやる事だ」

「国が立ち行かなくなってしまいますが……」

「俺が補填してやる。金貨五〇万枚をトリエンから支援として貸し出そう。もちろん後々返してもらうが、年利二パーセントほどで、二〇年くらいでどうだ?」

「五〇万!?」

「年利? パーセントとは何でしょう?」


 オーガスはその金額に驚き、ザッカルは不明な用語に反応する。


「ま、トリエンは今、魔法道具販売で潤ってるからね。五〇万くらいは問題にもならないよ。それから、パーセントは一〇〇分の一だね。年利とは利息の事だ。例えば、今言った二パーセントとは、金貨一〇〇枚を一年で返すなら、総額一〇二枚の金貨を返すって事」

「となると……二〇年で五〇万枚……年に二五五〇〇枚の返済という事でしょうか?」


 ザッカルが指折り応える。


 複利計算でやってもらいたいものだが。


「今年が利息込みで五一万枚。そこから二〇分の一の二五〇〇〇枚を支払うと、残りは四八五〇〇〇枚。ここに二パーセントの利息が付いて元金は四九四七〇〇枚となる。また年に二五〇〇〇枚払うと残り四六九七〇〇枚」


 ザッカルが必死に指を折るが、途中で解らなくなってしまったようだ。


「算術スキルがないと面倒だろ? これは複利計算というんだが、算術に長けた人材が必要だね」

「そのためにも学校が必要ですな」


 オーガスは既に計算はサッパリのようで、そこに繋げてきた。


「そういう事だね」

「仰せごもっともでございます」


 ザッカルも計算をやめて頭を下げた。

 前途多難だと思うけど、投資に見合う金額が戻ってくればいい。返せなくなったらウェスデルフの北側あたりの国土を割譲させれば済む。どう転んだところでトリエンの利益になるはずだし。


 まあ、オーガス的には既にこの国は全て俺の物って事らしいんだけど……

 自分の資産を右から左に動かしているだけじゃダメだよな。地下資源とか調べてウェスデルフの価値を調べる必要あるな。資産運用なんて面倒くさいから他人に押し付けたい所だけど、そういう組織はティエルローゼには無いんだよねぇ。証券会社とか銀行とかあればいいのに。

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