第15章 ── 第15話

 ウェスデルフ王に打ち勝った俺は、ウェスデルフ王国の新たなる王になったと、オーガスが言う。


「いやいやいや……そういう目的で戦ったわけじゃないから!」

「しかし……それがこの国の掟」


 マジ、勘弁! トリエンだけでも忙殺されるほどだったというのに、この上国なんか運営することになったら、過労死するわ!


「い、いままで通り、オーガス、君が統治してくれよ」

「はっ、王よ。それでは余……いいえ私が国王代行として運営致しましょう」

「いや、代行じゃなく王のままでいいんだけどな」

「それは私の誇りが許しませぬ。王を差し置いて王と名乗るなど……」

「いや、対外的って事で頼むよ……」

「王がそう仰せであれば!」


 さっきの横柄な態度とうって代わり、従順な忠犬のようだなぁ。強者が絶対正義だからなんだろうが……


「さて、どうするかな」

「何なりとご命令を」

「ふむ。では今、出兵している軍を引き上げさせようよ。どうせラクース以外にも侵攻しているんだろ?」

「では、そのように。現在、西側諸国連合に四つの軍を派遣していますので」


 四つもか。ラクースの森の軍隊と同程度だとすると、総勢四〇万か。軍事強国だなぁ……よくそこまで統率できるものだ。


「それと国民に政策の転換を公表するべきだね。これからは平和、そして他国との協調路線でいくんだ」

「弱腰では?」

「強大な軍事力を背景にした国が平和・協調路線に転換したら、他国としては懐疑的でも歓迎するはずだ。そこに付け込もうとしたら滅ぼしてしまえばいい」

「では、そのように」


 ひざまずくミノタウロスが疑いも躊躇もなく俺の言葉に従う。少々むず痒いが、話が早くて楽だし助かる。


「そういや、君には王子がいたよね?」

「よく、ご存知で。現在、反乱を起こしブルブラッド砦に第一騎兵団の残党と立てこもっております」

「そこの兵も引き上げで。君が起こそうとした戦争を止めるために挙兵したんだろ?」

「そのように聞いておりますが……なにぶん愚息にて、私の計画の全てに反対してきまして」


 マップ画面で調べた限り、愚息って事はないだろ。彼の話も聞いてみたいし。


「よし、五体ほどゴーレムを護衛として貸し出すから、君の部下を派遣して王城に王子を連れてきてくれないか?」

「仰せのままに」


 恐る恐るといった感じで覗き込んできている近衛兵の一人にオーガスが命令を下している。


 近衛は外へと走っていく。


 俺は小型翻訳機の通信機能を使いアーベントを呼び出す。


「アーベント。これから近衛兵の一人がそちらに向かう。歩兵三体、弓兵一体、魔導兵一体を貸し出せ。護衛させるんだ」

「ご下命賜りました」

「部隊の半分程度を王都を巡回させろ。現在、王都の防衛勢力は皆無に近い。治安を維持するんだ、以上!」

「了解致しました! 通信終わります!」


 これでよし。


「では詳しい話を聞こう」


 俺は西方出兵の理由、魔族がいた訳などをオーガスから聞き出す。


 まず、魔族がいた訳だが、宮廷魔術師コート・マジシャンがどこからともなく手に入れてきた彫像を使って呼び出したらしい。


「魔法の彫像の調査・実験過程で偶然呼び出してしまったらしいのですが、魔術師はその召喚の直後にオノケリスに殺されてしまいました」


 ぐぬぬ。それでは彫像を手に入れた経緯がわからんじゃないか。


 その後、オノケリスは王城に住み着いてしまったのだが、オーガスに取り入り色々と策を授けてくれたので、宮廷魔術師コート・マジシャンの代わりに使ってたらしい。

 オノケリスの政策を気に入らない王子が反発し、王の怒りを買って王城の一室に幽閉していたが、西側出兵のどさくさに王子派閥の第一騎兵団が救出して王都の南側に位置するブルブラッド砦に立て籠もった。


「ところで、何で西側に侵攻することになったんだ?」

「先ほどにも申し上げました通りオノケリスの計画だったのですが」


 西側の豊かな物資を手に入れるためというのがオノケリスが言っていた侵攻の目的だそうだ。


 獣人は基本的に多産なため、ウェスデルフは人口が増え続けている。それを安定的に統治するためにも農作物や肉(要は動物性タンパク質か)が必要ということらしい。


「魔族のくせに随分と現実的な案を出したもんだな」


 前に聞いたようにウェスデルフは獣人の国であるため、農耕は行われていない。

 国民の八割は肉食系の獣人だから、穀物は基本的に必要ないわけだ。

 獣人にはリククやトリエンで処刑されたウスラのような狐人族、狼人族の他に、猫人族、犬人族、鳥人族、虎人族、獅子人族など、肉食が多い。

 鼠人族や猿人族、熊人族などの雑食系も多いが、肉食でも問題がないからね。

 この国には馬人族、鹿人族、象人族などの草食系は殆どいない。何十年も前、強者こそ正義という掟が出来てから、国外へ逃げていったという。残ったものは奴隷扱い。

 農耕は完全にロストテクノロジーのようだ。他国との貿易で穀物などは少々輸入されているが、わずかに残った草食系獣人を養うためのものらしい。


「そんな理由で国土を増やすことが急務だったため、オノケリスの策に乗った……それが理由です」


 ふむ。では、オノケリス自身の目的は何だったのか……こうなってみると殺してしまったのは惜しいな。


 俺はオノケリスの死体を納めたインベントリ・バッグに手を添えた。


「となると、オノケリスが何を目論んでいたのかは解らないなぁ。大凡の目的は予測してるけどな」

「最終侵攻地点はオーファンラント王国の西側の大森林でした。大陸東部最大の狩猟地点でありますから」


 やはりな。オノケリスの目的はファルエンケールだった。間違いない。

 しかし、同時期に高レベルの魔族が呼び出されたという事実は、裏に何か不吉な陰謀があるように感じる。


 なんであれ、魔族が欲しがっているもの。それはプレイヤーの遺物。ドーンヴァース産のアイテムに違いない。

 ドーンヴァースのアイテムはティエルローゼでは神の力にも匹敵する大変危険なものなのだ。

 魔族の最終目的……ティエルローゼの秩序の破壊は、邪神カリスが彼ら魔族を作り出した理由に他ならない。


 そのためにドーンヴァースのアイテムが必要だということか。魔族は未だにカリスに与えられた自分たちの存在意義を信奉しているわけだなぁ。


 各種族の存在理由。それを追い求めるのは生物のさがと言えそうだ。以前、トリシアも言っていたが、そういう神に与えられた存在意義がないのは俺たち人族という種族だけらしいね。


 今、ティエルローゼにどれほどの魔族が召喚、あるいは存在しているのかは不明だが、世界の危機を誘発する確率要因としては大変大きな割合を占めていると思われる。


 その時は世界の平和を護るために俺も尽力しなければならないだろうな。全く面倒なことだなぁ。俺は安穏と暮らしたいだけなんだけどな。



 現在、ウェスデルフ全域で国民は食糧難に悩んでいた。巨大な軍の編成と出兵により、労働力の欠乏が深刻なレベルで進行している。


 軍を早急に縮小する必要がある。軍隊とは平時において何の生産性もない不必要な存在である。


 侵攻した諸国からの逆侵攻も考えられるため、完全に軍を無くすことはできない。防衛勢力として二〇万程度は残さなければならないだろう。東側諸国全てを敵に回してしまったウェスデルフとしては仕方のない軍備と言える。


 オーファンラント王国の人間、領主として仲を取り持つ必要もあるだろう。

 ただ、和平交渉のお膳立てをしたとしても、ウェスデルフが損害の保障を請求されることは確かだ。それを全て支払うことはウェスデルフにはできないだろう。

 ならば外交の手段としては威圧しつつ相手の要求を縮小方向に持っていくしかない。


 力こそ正義。その掟は自然の摂理なのが事実だ。人間はそれに反して社会を構築する。自然の摂理に抗うことで万物の霊長として世界を支配したのだ。

 ならば、人間としてその摂理を上手く利用して生存の道を模索するべきだろう。獣人にも生きる権利はある。今回の事件によって死んでいった者たちには申し訳ないが。今は生きている者の生存を優先する。


 死者たちに対する責任として、力のある者として、今生きている者たちの最大の幸福を追求していく。俺のできる事はそれしかない。



 数日後。


 ウェスデルフの王都は比較的安定を維持していた。五〇〇体のゴーレム兵が巡回しているため、治安が悪くなることはなかった。力こそ正義という掟に従って暴虐の限りを尽くすような輩は、早晩排除されていった。

 この国の王、最強の存在であるオーガス・ガリスタの勅命で、その掟が撤廃されたからだ。もちろん、影に俺の存在があるわけだが。


 その日、オーガスの前に王子ザッカルがやってきていた。彼の隣には護衛として第一騎兵団長シルーウ・ウルフェンが付き添っている。


「とうとう改心されたようですな、父上。というか、その角はどうなされたのですか?」


 オーガスの立派だった大角は俺に切り落とされて失くなっている。


「それはどうでも良い。私は戦いに負けたのだ。今は国王代理としてここに臨席しているに過ぎない」

「それは一体どういう……そこの人族たちは何者ですか? エルフもいるようですが」

「彼こそが我らの王。ケント・クサナギ様だ」


 ザッカルは自分の父が言っていることが理解できないといった顔だ。


「それは、そこの人族が父上を打ち負かしたと?」

「先ほどからそのように言っている」

「ははは、ご冗談を」


 俺を貶されたと思ったのかオーガスの目が怒りに燃える。


「我があるじに対し、その態度は看過できぬぞ」


 のそりと巨体が威圧感を伴って立ち上がる。


「いやいやいや、親子なんだから仲良くな」

「はっ! 我が主のお言葉のままに」


 怒りや威圧を瞬時に消し、オーガスがひざまずく。

 それを見たザッカルが目を剥いている。


「まさか、そんな事が……」


 ようやくザッカルの頭の中で、眼の前の光景の意味が浸透していく。


「ま、そういう事だから、よろしくね」


 俺は苦笑気味にザッカルに話しかける。

 ザッカルだけでなく、ポカーンとしたシルーウ団長も慌てたように俺に対してひざまずいた。


「いやー、俺はこの国の王様ってわけじゃないから」

「し、しかし!」

「息子よ。主が望まぬのだ。我らはその言葉に従うだけだ。主の望むように私はウェスデルフの国王として主の代行に専念するのみ」

「父上がそうおっしゃるなら仕方ありませんね。もっともクサナギ様の政策は私の考えに合致するもの。反対する理由はありません」


 ほう。彼も協調政策に賛成なんだね。


「悪戯に軍事力を増強することは、国力を落とすだけですからな。他国への出兵などもってのほか」


 ごもっとも。


「国力を増強させ、我が国に依存させ、それを以て取り込んでしまえば良い」


 ん?


「世界を征服するのに軍事力だけに頼るなど愚かにも程があります。スライムのように飲み込み、そして自らが大きくなる。これぞ新しい征服ですぞ」


 あちゃー。こいつもやっぱり力こそ正義の論理の信奉者だった。こりゃあ、ウェスデルフの意識改革は大変だぞ。


「それは却下」

「な、なぜです!?」

「軍事力使ってないだけで、経済力で征服してるだけだね。どちらも力こそ正義だよ」

「金はもちろん使うし、軍事力というものも背景にしなければならないけど、他国を侵略したり、経済的に依存させて併呑するとかは俺の主義じゃないんだ」

「では、どうやって国を大きくするおつもりですか!?」

「大きくしなきゃダメなのかな?」

「当然でしょう!?」


 うーん。どうやって説得するべきかな。


「一国による世界支配。こんないびつな状態にしたら、魔族に付け込まれるだけだろう。世界は多様性に富むべきだ。それを一国で為せるとは俺は思ってない。それぞれの地域や種族が、それぞれの文化を生み、そして育むことこそ、多様性の発露ではないかな?」

「魔族? そういえば、あの女がいませんな」

「オノケリスは、我が主の手の者が倒した」

「信じられない……あの女は元凶なれど、父上ならともかく、人の手に倒されるような存在では……」


 ザッカルもオノケリスを魔族だと認識はしていたみたいだな。


「ま、ともかくだ。もし、世界征服する程度でいいなら、俺一人でできる話だ。そんな面倒な事をするつもりは毛頭ないけどな」


 俺がそう断言すると、ザッカルの顎が落ちる。


「ケントなら出来るだろうな」

「当然じゃろ。やるなら我も手伝うてやるがのう」

「右に同じ……」

「世界征服ってなんです? メイドの子たちみたいに服を統一するんです?」


 最後の天然素材の人は放置して……トリシア、マリス、ハリスなら着いてきそうで怖いな。


「いや、世界征服はしないよ? 面倒だし恨み買いそうだし……」


 俺は慌てて自らの発言を否定する。


「解っている。ケントはそんな柄じゃない。秩序の守り手なのだから」

「ま、そうじゃろな。竜も神も相手せねばならなくなるでの」

「え? 竜と神? 竜神様っているんですかねぇ? マリスちゃん、そこんところどうなの?」

「そんなものはおらん。カリスを既に裏切っている身じゃからな」


 何かヘンテコな事、言い出してる。


「息子よ。主の言葉に逆らうな」

「は、はい!」


 父親たるオーガスが威圧の籠もった視線をザッカルへ向け、息子は縮み上がった。


「いや、意見を述べるのは許すよ。それこそが多様性の第一歩だ。良かれと思う提案はいくらでもしてくれ」

「仰せのままに」


 父と子が俺に平伏した。シルーウ団長もそれにならう。


 やれやれ、これからも、この国は大変そうだね。

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