第15章 ── 第14話

「ゴメンゴメン。そんじゃ始めよう」


 俺は剣を抜いた。俺の剣を見たミノタウロスの目が見開かれた。


「虹色の光……伝説のオリハルコンか」

「そうだね。ヘパさんに作ってもらった逸品だよ」

「ヘパさん……? まさかヘパーエスト神の事を言うておるのではあるまいな」

「そのまさかさ」


 オーガス・ガリスタが顔を歪める。どうやら笑っているようだ。


「では、お前を殺してそれを頂くことにしょう。お前の不敬はそれで許す」

「殺せるかなぁ?」


 確かにミノタウロスは人間の基礎体力を凌駕しているが、職種クラス戦士ファイターでレベル四八だからなぁ。


 基本職業はレベル毎のステータス上昇は五ポイントだ。

 そこから単純計算して二四〇ポイント。種族修正を加えても四〇〇ポイントに満たない。基本職業クラスに就いている人間の六五レベル相当の強さと言えるだろう。


 俺のような上級職のステータス上昇点は、それよりも遥かに高いしレベルは八〇越えたしなぁ。ついでに神の加護が三つのてんこ盛り。


 俺はオーガスとの戦闘もおざなりに、他のメンバーの戦闘を観察する事にした。危機の時にはすぐに助けられるように。


 ハリスの戦闘は当然のことながら分身の術が大活躍だ。四人に分身して一人ずつ相手をしている。

 この分身の術の凄い所は、それぞれが本物より数レベル低くなる程度で戦闘力の低下が無視できるレベルだということだ。増えた人数毎に一レベル下がるらしいね。四人だから、それぞれがレベル三六相当なのだろう。

 ハリス自身が言っていたから間違いないだろう。一応、二〇人まで分裂できるらしいが、反則クラスのスキルだよね。俺も覚えたい。


 敵の四人はハリスよりレベルが高くなるけど、完全に意思統一された四人との戦闘を考えれば不利という事にはならないと思う。連携の重要性は冒険者ならよく知っているしね。


 ハリスの華麗な回避と忍術系スキルのトリッキーさに四天王の四人は翻弄されっぱなしだ。


「あっちだ!」

「バカ、それは囮だ!」

「範囲攻撃で焼き尽くす!」

「アホ! そこにはバルムが!」

「ウガアァア!」


 バルムという獣人が味方の火炎魔法に焼かれた。四天王の連携は上手く取れておらず、常時いがみ合っていたのではないかと推測できる。

 「俺が! 俺が!」という感じの戦闘スタイルだしなぁ。クリーゼとか言ったっけ? 魔法使いスペル・キャスターが前に出てきてどうするの?


 バルムという戦士ファイターが一気にHPを八割ほど減らしている。ハリスがその隙を逃すはずはない。


 瞬時に影の中から現れた一人がバルムを連れて再び影に消える。各個撃破かな?


 柱の影でウゲッと短い悲鳴が聞こえた。一人、死んだなぁ。


「バルムをどこにやった!?」

「あの世……」

「この黒ずくめの人族風情が!」


 威勢だけは良いんだよな。ハリスには虚仮威こけおどしにしかならないだろ。


 おや? 三人のハリスの動きが若干良くなったよ。非常に微妙な変化だけど、俺の目は誤魔化せないね。三人にシフトしたんじゃないかな?。三七レベル相当になった為だろうね。


 こうなると、もうあの三人に勝ち目はないな。だって、最高レベルの魔法使いスペル・キャスターがレベル三七だからなぁ。



 さて、トリシアたちは……


「キャハハハ! 君たちなかなかやるじゃない。でも私の敵じゃないよお~?」


 オノケリスの指から剃刀の刃のような爪が伸びている。今さっきまで無かったのに……身体変化の能力があるのかもしれない。


 全面に出たマリスの持つタワーシールドに当たった爪が猛烈な火花を散らしている。強度がミスリル級なのだろうか。それはそれで凄い。


『ちょこまかと……下等な魔族風情が!』


 マリスが挑発混じりにオノケリスに罵声を浴びせる。


「子供が粋がっちゃって! 全身切り刻んで虫の息になったら首をしめてあげるわ!」

「貴様に切り刻まれるほど我の身体はヤワじゃないのじゃ! 鎧よ! 盾よ!」


 マリスの鎧と盾が白いオーラに包まれる。


「何それ?」

「チャージ!」


 瞬間移動に似たような速度でオノケリスの身体にマリスがぶち当た……らなかった。

 すばやくオノケリスが跳躍し、マリスの真上に来た瞬間に凶悪な爪がマリスの背中を斬りつける。

 白い閃光がビカビカとフラッシュのように周囲を照らす。


「ちょ、何これ!?」


 俺の付与した魔法ですよ。


 そこに音もなく五本もの矢がオノケリスの背中に突き刺さる。


「ぎゃん!?」


 トリシアの支援攻撃だ。標的の向こうにマリスがいるわけだが、普通の野伏レンジャーなら流れ弾が怖くて射撃などできないだろう。トリシアならではの大胆な攻撃だな。


『オルド・ボレシュ・レモス・シルディス・フィレリオン・ファル・サンターナ! 破邪の障壁フィールド・オブ・プロテクション・フロム・イービル!』


 うわ。あれはエゲツないなぁ。


 通常、破邪の障壁は邪悪な敵を寄せ付けない魔法であり、魔法行使時にその圏内に邪悪な敵がいたりすると弾き飛ばす処理がされる。それが、この魔法のドーンヴァースでのギミックだ。

 だが、ティエルローゼでは圏内にいる邪悪な敵は消滅する。もちろん魔法のレジストに成功すれば弾き飛ばされるだけだが。


 オノケリスの左肩から先が一瞬で消滅した。完全に圏内に入ってたら終わってたのに残念。


「リフレクション・ムーブ!」


 オノケリスに背を見せていたマリスが、一瞬の内にオノケリスに向き直っていた。チャージ攻撃はまだ途切れておらず、ランスのように伸びた白いオーラの刃がオノケリスに突き刺さった。


「ガフ……」


 ランスの矛先はオノケリスの豊かな胸の双璧の谷間に深々と突き刺さっている。


貫通三連矢スリー・ピアシング・アロー!!」


 オノケリスの両足と後頭部にトリシアの矢が刺さり、そのまま貫通する。

 貫通した矢がマリスに当たらない位置を通り過ぎていき、岩盤で出来た壁に深々と突き刺さった。


 ガクガクとオノケリスの身体が揺れていたが、マリスに貫かれている為、崩れ落ちずに力が抜けた。


 マリスがブンと剣を振ると、オノケリスの身体がゴロゴロと床を転がり、石の柱に激突して静止した。そして、もうピクリとも動かなくなった。


 あの三人も強いなぁ。


 ハリスの方も終わったようだ。

 最後まで生き残っていたグリーゼという四天王の眉間にミスリルの棒手裏剣が深々と突き刺さって絶命した瞬間を見たのでね。

 手裏剣が自動的に抜けてハリスの手に戻ってきた。

 先端を赤く血で濡らしていたが、ハリスがピュンと音を立てて振ると、血糊は綺麗に飛んでしまった。



「いつまでよそ見をしている!」


 さっきから、ハエのようにブンブンと俺を切り刻もうと飛んでくるバトルアックスをヒラヒラとかわしながら観戦していたので、オーガスが癇癪を起こし始めてしまった。


「いや、お前の攻撃がノロマ過ぎて暇だったから」

「おのれ!」

「おっと」


 俺の足を薙ぎにきたバトルアックスを俺は小さい跳躍で回避する。


「貰った!」


 振り抜かれたバトルアックスは囮だったようだ。そのままオーガスの身体が俺に強烈なタックルをお見舞いしようと迫ってくる。

 俺は指輪の力を開放する。


 俺の身体は一瞬で消えてしまい、オーガスはたたらを踏んだ。


「こっちだよ」


 オリハルコンの刃が背中からオーガスの胸を貫く。


「ぐほ……」


 片方の肺を貫かれ、溢れ出した血がオーガスの口から吐き出される。


「攻撃が直線的過ぎる。それと捨て身な攻撃は命取りだよ」


 俺はそのまま剣をひねり、ミノタウロスの身体をえぐる。


「がは……」

「ね? 俺の方が強いだろ?」


 剣を引き抜くと、オーガスが膝をつく。


 肺を貫かれたミノタウロスは、ヒュウヒュウと変な音を出しながら肩を上下させている。


「戦闘不能だろ? 降伏するなら助けてやるぞ?」

「ま……まだ……戦え……る」


 たった一撃でそんな状態なのに、勝てると思ってるのかねぇ?


「ふむ。じゃ、遠慮なく」


 俺はヒュンヒュンと二回剣を振る。


「はい。おしまい」


 ゴトリと音を立てて何かが地面に転がった。それはオーガスの立派な二本の大角だった。


 それを見下ろした牛の王がガクリと腕を床に付いた。


「ま……まけだ……」


 そういうとミノタウロスが冷たい石の床にその巨体を横たえた。


「戦闘終了」


 俺は剣を振って血糊を吹き飛ばし、鞘に刃を納めた。


「三撃だな」

「二撃じゃろ? 角への攻撃は一回と見るべきじゃ。きっと角破砕斬とかいうスキルじゃぞ?」

「凄いのです!」

「瞬間移動……か……」


 言いたいこと言ってるな。


 俺は命を諦めたオーガス・ガリスタに回復ヒールの魔法を唱えて、命を助けることにする。

 俺の回復ヒールでみるみると傷が癒えていく。


「な、なぜ……?」

「敗者の生殺与奪は勝者の特権事項だと思うが?」

「その通りだ……」

「オーガス。お前には聞きたいことがあるからね。死なれては困るよ」


 俺がそういうと、ミノタウロスは巨体を正し、正座の構えになる。


「我が身は貴方に敗北した。我が全ては貴方さまのものでございます」


 そういうとオーガスは平伏……いや、土下座した。


 強者こそが全て……それがウェスデルフの掟である以上、彼の主人が俺になるという事は当然の帰結だった。


 まさか、ウェスデルフ全体が俺のものになってしまうとは、夢にも思わなかったが。

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