第15章 ── 第13話

 こちらの要求をラクースの森の都市国家シュベリエは全て飲んだ。


 捕虜となった獣人たちは一時シュベリエで預かってもらうことになった。ウェスデルフとの戦争が終結した後、ウェスデルフへ要求する損害賠償のうち半分を俺に分ける事などだ。


 また、シュベリエはファルエンケールと同様に俺と盟約を結びたいという希望を出してきた。

 俺やファルエンケールとの盟約の仲間に入ることで神の恩恵を受けたいという事のようだ。もっとも俺は神じゃないんだけど、知り合いに神がいるという事がアドバンテージなのだろう。別に盟約に加わる同盟国が増える分には問題はない。

 例のアルシュア山の南側がトリエンと接触しているので、そこに街道を拓こうという話がエルフ側から提案された。


 ドラゴンが住む山の付近を通すという部分が少々不安だが、他国との友好的な関係が構築できるなら多少の危険は覚悟するとしよう。


 翌日、俺たちはエルフたちに見送られてシュベリエを西に向かう。


 ラクースの森の西側は相当大変なことになっていた。ウェスデルフに抜ける西側の森は殆どが焼失しており、エルフに森という地の利を使わせないために獣人軍が燃やしたというところだろうか。


 あの指揮官には戦術的センスがあったようだ。殺しちゃって勿体なかったかもしれないな。

 ま、ウェスデルフへの手土産としてインベントリ・バッグに収まってもらっているし使い所を考えなくちゃ。


 騎乗ゴーレムに乗った俺たちの後ろを一〇〇〇体のミスリル・ゴーレムが続いている。国一つとの戦いだし、彼らにも働いてもらうつもりだ。

 決して楽な戦いじゃないだろうけど、頑張ってもらおう。



 およそ五日の行軍によってウェスデルフとの国境線に到達する。正確には国境線と呼べるものではないのだが、おおよそ森が終わったこのあたりを国境とするべきだろう。


 ウェスデルフ国はサバンナ地方のような雰囲気で、草や木などは少なく、少々乾燥気味といえる。

 ただ、獣人たちの故郷というだけあって、動物は豊富のようだ。インパラに似た鹿のような動物が大きな群れを作ってサバンナで草をんでいるのを目撃した。俺たちの姿を見て猛スピードで逃げていってしまったが。


「随分と視界が開けたなぁ。大マップ画面じゃ風景まで解らないからな。なかなか見晴らしはいいね」

「ウェスデルフの王都はどっちだ?」

「マップによれば南西かな。あっちだ」


 そちらを見れば遠くに大きな山脈があり、山は綺麗に雪帽子を被っていた。

 その山のふもとに都市が広がっているとマップに表示されている。

 王城はその山を掘り抜いて建てられているらしい。


 確かウェスデルフの王はミノタウロスだっけね。やっぱり地球のミノタウロスの伝説と同じで迷宮とかを好んだりしているのだろうか。


 ま、行けばわかるさ。


「よし、進むぞ。全軍前進せよ!」


 銀のゴーレムたちが整然と行進する。

 一応警戒して進んでいるが、獣人の軍隊などの姿は見えない。


 戦争中だというのに国境に警備もおかないなんて不用心な気がするね。


 ウェスデルフ国には整備された街道らしきものが見当たらないのでサバンナの草原を突っ切る形で進軍した。


 このペースだとウェスデルフの王都まで三日って所かな?



 三日の行軍の途中、獣人の狩人などに遭遇することが幾度かあったが、動物たちと同じで、俺たちの姿を見た途端逃げ出してしまう。


 ま、敵国人なんだから仕方ないけどさ。


 王都が目視で確認できるようになった頃、王都と俺たちの間に、数千人の獣人軍が待ち構えていた。


 数十匹のオーガやトロルも混じっているのでかなりの戦力だ。トロル一匹で獣人二〇〇匹くらいの戦力だから……二万人分くらいかな?


 面倒くさいなぁ。


「仕方ないな……ニブルヘイムに住む炎の魔獣よ。汝の主が命ずる。我が召喚に応えよ。地獄の番犬召喚サモン・ヘルハウンド!」


 中級の炎系モンスターであるヘルハウンドを召喚する魔法だ。レベル六の火属性魔法でも使いやすく強力なヘルハウンドが召喚できるので戦闘のお供にバッチリです。


 俺の召喚に応えた炎の魔獣が次々と立ち上がった炎の柱からやってきた。その数、五〇匹。

 レベル四〇のヘルハウンドが五〇匹だと? ありえない。ドーンヴァースなら五匹が精々なのに……


 そして驚いた事に、もう一体……とんでもないモンスターが召喚されてきた。

 象ほどの黒く巨大な躯体。赤い炎のたてがみを持つ伝説の魔獣ケルベロス……まさに地獄の番犬だ。

 上級クラスの冒険者が相手をするのがやっとだというレベル七〇の三つの首を持つ凶悪なモンスター……


「何ということだ……伝説の聖獣だと……」


 俺もビックリしたが、トリシアが目を丸くしている。


「凄い! あんな神聖な獣を使役するなんて! ビックリなのですよ!」

「イフリートすら使役するケントじゃ。驚くほどではあるまいが」

「まさに……ビックリ箱……」


 アナベルはイフリートの召喚を見てないから初めて召喚を見たんだっけ。

 というか、ヘルハウンドもケルベロスもドーンヴァースでは魔獣扱いのはずなんだが、ティエルローゼでは魔獣じゃなく聖獣なのか。


 俺の前にズラリと並んだヘルハウンド。ケルベロスは俺の前にやってきて頭を垂れる。


「ま、まあいいか。ケルベロスとヘルハウンド。あそこに見える軍隊を食い殺せ!」


 ギラリと赤く燃えるような瞳を光らせてケルベロスが吠えた。


「グオオオン!」


 ケルベロスが吠えるとヘルハウンドたちが立ち上がる。


 なるほど、ケルベロスがヘルハウンドのボスか。モンスターの格からしても当然だけど。


 ケルベロスが先陣をきって走り出すと、ヘルハウンドがそれに続いた。


 ケルベロスがいる段階であの軍勢には勝ち目はないな。獣人軍の平均レベルは二〇ほど。オーガが二五、トロルが四〇だからね。二〇匹程度のトロルでは、ケルベロスには勝てないだろう。さらにヘルハウンドが五〇匹……俺たちが手を下すまでもない。


 遠目でケルベロスたちの戦闘を観戦する。双眼の遠見筒が役に立つね。


 獣人はヘルハウンドのファイア・ブレスで燃やされ、牙で簡単に引き裂かれている。

 トロルやオーガがケルベロスに向かうものの、ブレスと牙、そして凶悪な爪で瞬く間に数を減らしている。


「ありゃ戦いにすらなってないなぁ」


 俺がぼやくと、トリシアが自信ありげというか確信を持って応える。


「当然だ。聖獣の群れだぞ? 炎の神であるプロミテアの使い魔が負けるはずがない」

「へぇ……そうなんだ?」

「ケント……お前、炎の神の隠し子なんじゃあるまいな」

「そんなわけあるかよ。ただの人間だよ」

「炎の聖獣まで呼び出すんじゃ、ありえるのじゃ。イフリートのあるじでもあるしのう」

「マリオンさまの弟弟子ですからね。半分神さまに違いありません! 私たちの信仰が具現化したような、まさに奇跡の人なのです!」


 うーむ。何かどんどん周囲の評価が妙なことになってきた気がしてならない。

 まあ、レベルが八〇越えたら上級プレイヤーだからね。神ですらレベル一〇〇が上限だし、この世界だと殆ど神レベルと言えるか。

 なんか魔力が充実しているせいか、やたらと魔法が強化されてるしなぁ。


 ものの一時間で敵勢力は完全に消滅した。仕事を終えたケルベロスとヘルハウンドは来た時と同じように出現した炎の柱に消えていった。


「よーし、前進。これより敵の本拠地だ。警戒を厳にせよ!」


 静かに、そして整然とウェスデルフの王都へと侵入する。


 周囲の建物に人の気配はするが、顔を出すものは誰ひとりとしていない。

 まさに無人の野を征くようだ。


 大マップが示す王城の前まで来ると獣人の近衛兵らしき豪華な金属鎧を着た兵士が二〇人ほど入り口を固めていた。


「何者か!? ここをガリスタ陛下の居城と知っての狼藉か!?」

「狼藉だと……? この国は、突然他国に攻め込む事は狼藉と言わないのか?」


 俺の応えに近衛の隊長らしき獣人は面食らったような顔だ。


「ち、力のあるものが絶対! それが我が国の国是なれば! それは自然の摂理である!」

「なら、俺に従うのも摂理だろうな。通せ、俺たちはお前らより強いぞ?」


 威圧を乗せた視線を近衛たちに向けると、近衛兵どもはガタガタと震え始める。

 そして、モーゼの伝説のように隊列が割れた。


「解ればよろしい。素直に従っていれば命は取らないよ」


 俺たちは王城の入り口へと向かう。


「アーベント! 周囲の警護を任せる! もし攻撃するものがあったら殲滅せよ!」

「ご下命賜りました!」


 俺は頷くと王城へと侵入した。



 王城の中は分厚い岩盤を掘り抜いたものらしいが、大変重厚な作りで想像以上に立派だ。魔王の城と言っても問題がないほどに作り込まれている。


 等間隔にならんだ石の柱は地面と天井と一体化していて、後から付けたものじゃないのが判る。一枚の岩盤をそういう風に掘って作ったわけだ。

 確か地球にもそんな神殿みたいなのあったね。ムチを使う考古学者が出てくる有名な映画にも出てきた。世界遺産だったっけ?


 王城の中は比較的シンプルだが、何もかもが大きく造られている。トロルとかオーガとかいるみたいだし、それのためかもね。


 大マップ画面を見る限り、この一番奥の玉座の間という所に王たるミノタウロスがいるようだ。それと共にオノケリスもいるようだ。ついでに、数人の精鋭らしい赤い光点もある。


 オノケリスは女性陣に任せるとして……

 精鋭のレベルは三〇後半、王であるオーガス・ガリスタはレベル四八か。

 ま、王は俺が担当だろうけど、精鋭たちはハリスだけで何とかするしかないな。


「ハリス、レベル三六から三八の敵を四人ほど一人で相手できるか?」

「大丈夫だ……」

「よし、では任せるよ。王さまのミノタウロスは俺がやる」

「承知した……」

「オノケリスは……トリシア、マリス、アナベル」

「了解している」

「へっちゃらじゃ!」

「腕が鳴るぜぇ!」


 みんなやる気満々か。いざとなったら俺が何とかするしかないな。仲間は信頼しているけど、あまり危険な事はさせたくないんだよね。リザレクションの魔法でも使えれば安心なんだけど。


 玉座の間に足を踏み入れる。

 巨大な玉座に巨大なミノタウロスが見える。体中に傷を持つミノタウロスがギロリと俺たちを見る。


「どこの強者が攻め入ってきたのかと思ったが……人間の男が二人、女が一人、エルフと子供か。興が失せたな」

「キャハハハ! 冒険者だよ、あれ、冒険者! 美味しそうなのが二人も!」


 あれがオノケリスか。確かに足が馬みたい。美しいと言ってたけど、そうでもないよね? エルフの女王二人の方が綺麗だった気がする。でも、あの胸は凶悪だね。アナベルを超えるとはビックリだわ。


「それで、このオーガスに挑戦するつもりで来たのだろうな」

「そうだね。西側に軍隊を差し向けてきただろう? 俺の領地の脅威になる前に排除しに来たんだよ。お前の相手は俺がする」

「ふふふ。そのようなひ弱な身体で余の相手とは……ふははは」

「ひ弱ねぇ……お前より頑健なんだけどな。たかがレベル四八で強がるなよ、牛のくせに。牛丼にして食っちまうぞ?」

「ぎゅうどん!? 何じゃそれは!? また新しいドンかや!? 今度作るのじゃ! 絶対じゃぞ!?」


 マリスさん、時と場所をわきまえて下さいよ。そういう場面じゃないぞ。


「あらぁ? 私の相手はしてくれないのぉ?」

「んー。魔族のあんたの相手は、こっちの三人ね」

「男じゃないのぉ? そっちの彼はダメ?」

「ダメ」

「ケチねぇ」


 オノケリスは拗ねたような表情を作るが、妙にシナを作っているのがわざとらしくて気持ち悪い。これのどこに魅了効果があるのか謎です。魔法使うのかね?


「それじゃ始めようか。そっちの四人は、このハリスが相手するからね」

「お相手……しよう……」

「我々も舐められたものだ。四天王が一人バルム」

「同じく四天王が一人、エストール!」

「ガーラント」

「グリーゼ……」


 四天王。そういう文化がこの世界にもあったか! ちょっと面白い!


「よそ見をしていて良いのか?」


 俺の背中を寒気が走る。


 ひょいと頭を下げると、バトルアックスの刃が風切り音を立てながら通り過ぎた。


 こりゃまた古典的な……

 両手用バトルアックスはとても人間が持てるような大きさじゃないな。でもミノタウロスのイメージ通りって感じだね。凄く強そうに見えるよ。

 どの程度楽しませてくれるのか試すとしよう。ほぼ、負ける確率はないからね。

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