第15章 ── 第12話

 後方から奇襲を受けた獣人軍は浮足立った。

 こうなると攻略は難しくない。

 広範囲系の攻撃を連続して使い数を減らしてく。


 やはり一度に大量殺傷するためには武器よりも魔法が効果的だね。


 俺は火球ファイア・ボール火炎嵐ファイア・ストームなど中級魔法を多用して掃討を続ける。

 上級魔法は威力が大きすぎて市街地では損害が大きすぎるのだ。

 戦いに勝っても、救援対象の都市シュベリエが灰燼に帰してしまっては元も子もない。


「トリシア! 空弾の雨を振らせてくれ!」

「了解! 空弾ブロー・バレットレイン!」


 俺の前方に幾つもの竜巻が起こり獣人どもを巻き上げてく。


無限魔法矢インフィニティ・マジック・ミサイル!」


 巻き上がる獣人を視界に入れると、ロックオンマークが表示されていく。


「発射!」


 俺の号令により無数の魔法の矢が周囲に現れ、ロックオンされた獣人どもへ目掛けて飛んでいく。

 必中の魔法の矢が次々に獣人どもを貫き命を奪う。

 およそ、二〇〇の獣人が一瞬で屍と化した。


 ここまで戦って気付いたことは、俺の魔法はドーンヴァースの頃と違って数倍の威力に跳ね上がっている事だ。もちろん、過去の経験からも薄々気づいていた事だが……


 俺の覚えている一番弱い火属性攻撃魔法の火炎射出ファイア・ショットがワイルド・ボアを焼き殺したのを思い出せば理解できる。あれは火炎放射器並の威力だった。

 二番めに弱い初級魔法、火弾ファイア・ボルトに至っては、火球ファイア・ボール並だ。


 魔法の威力をセーブしないと、都市などあっという間に焼き尽くしてしまうよ。


 ほぼ半数の敵兵が死んだ頃、敵が撤退の素振りを見せ始めた。


「おっと、それじゃ面白くないね」


 俺は脱兎のごとく逃げようとする獣人どもを掻き分け、跳躍し、吹き飛ばしながら前進する。


「お、あれだな」


 俺の前方にはやたらと重装備をした大型の獣人が護る一際守りの固い一隊を発見する。


 俺は思いっきり足に力を入れて大きく跳躍する。

 地面がクレーターのように陥没し、俺の身体は空中を舞う。


 何百もの獣人を飛び越え、その一隊の逃げる道を塞ぐ形で俺は地面に着地する。


「くっ! ば、化物め!」


 重装歩兵が槍と盾を構えて俺に矛先を向ける。だが、その重装歩兵どもはガタガタと震えている。


「わ、我はズム・ゴーブ侯爵なるぞ! 我に手を出したら国が、ほ、滅ぶぞ!」


 震える声でのたまう偉そうな獣人が吠えた。


「負け犬の遠吠えか?」

「い、犬!? 我は狼人族ぞ! い、犬と一緒にするとは不敬な!」

「突然、戦争を吹っかけてきておいて、負けかけたら不敬? 不愉快極まりないな。それほど誇り高い狼人族なら、俺と一騎打ちしてみるか?」


 一応、大マップ画面で調べてみるが、このズム・ゴーブという狼人族の指揮官はレベルにして三四。この世界では相当な使い手だ。軍隊を指揮しているだけはあるね。


「無礼者め! 剣の錆にしてくれようぞ!」


 獣人の指揮官は良く研がれたファルシオンを引き抜いた。


「よし、ウェスデルフへの土産は貴様の首で決定だ」


 虹色に輝くオリハルコンの刃をズム・ゴーブへと突きつける。


「俺の名前はケント・クサナギ辺境伯。オーファンラント王国トリエン地方の領主をやっている。この一騎打ちで貴様が負けたら、即時降伏してもらおう」

「我が勝った暁には!?」

「トリエン地方をやるよ」


 ズム・ゴーブの表情が喜色に塗れた。


「勝てればだぞ?」


 俺たちの戦闘を見てたのなら勝てるなんて思えないはずだがな。


「それでは参る!」


 ファルシオンがクルクルと回転し始める。


 なんだ、あの剣術は。


「ふふふ。我が剣技の恐ろしさをその身をもって知るがいい!」


 ゴーブはそう言うやいなや襲いかかってくる。

 だが、俺にとっては力不足だろう。


 すばやく俺の首を取りに来たファルシオンを俺の剣が弾く。だが、回転は収まらず、右、左と執拗に攻めてくる。


 いい加減鬱陶しいな。


 俺は刃を立てて剣を弾く。

 ヌルリというようなチーズを切り裂くような感触で簡単にファルシオンの刃が切断され、その剣の先端はクルクルと宙を舞った。


「なっ!?」

「ただの鉄じゃなぁ……オリハルコンには刃が立たないだろ。

 さて、終わりにしよう。四肢切断ディスメンバーメント


 シュンシュンシュンシュンと空気を切り裂く音が聞こえ終わると、俺は剣を鞘に納めた。


「あ、あれ?」


 間抜けな声をズム・ゴーブが上げる。


「あ、動くと大変なことになると思うよ」


 ゴーブは俺の警告など聞かずに四肢を動かした。


 その瞬間、ゴーブの四肢は身体からポロポロと落ちていった。


「ぎゃああああああああ!」

「な? 言ったとおりだろ?」


 ドシャリと身体が地面に落ち、ゴーブがのたうち回る。


「腕が! 足が!」

「やれやれ、うるさいな」


──ピュン


 俺は剣を抜いて刃を一振りした。同時に喚いていたゴーブの声が途切れた。


「面倒掛けさせるなよ」


 俺は重装歩兵どもに振り向く。


「で、一騎打ちは俺の勝ちだが?」


 重装歩兵の一人がガクリと項垂うなだれた。


「我々の負けだ……」


 その嘆きを聞いた周囲の獣人どもが武器を取り落とし始める。


「戦闘終了! ウェスデルフ王国第一侵攻軍はオーファンラント王国ケント・クサナギ辺境伯閣下に降伏する!」


 重装歩兵の隊長らしい獣人が周りに聞こえるように大きな声を上げた。


「武器を捨てよ! 我が軍の負けである!」


 周囲に嘆きが広がっていく。


「負けだ……」

「降伏か…‥」

「こんなはずじゃ……」


 この世界の戦争捕虜の行く末は決まっている。公開処刑と労働奴隷だ。民衆の怨嗟を一手に引き受けるのは軍の高官どもだが、それ以外の一般兵や下士官などは大抵の場合死ぬまで強制労働となる。

 そんな運命を降伏という言葉一つで受け入れなければならない兵士たちが嘆くのは当然だろう。


「ま、シュベリエの捕虜というより、俺個人の捕虜なんだけどな」


 そのくらいは女王も許すだろう。虐殺された住民たちには不満だろうけど。必要もないのに虐殺するほど残酷にはなれないんだけどね。


「ケント! 勝利じゃ!」

「ま、ちょっと殺しすぎたかな」

「そうかや? 戦争ならこんなもんじゃろ?」

「四万くらいか。ここ最近ではあまりない数とは言えるな」


 トリシアが弓を担いでやってきた。


「スッキリしたな! 久々に縦横無尽にハンマーを振るったぜ!」

「アナベル……ダイアナは神官戦士プリースト・ウォリアーなんだから支援魔法くらい掛けてくれよ」

「あ、忘れてた! ぶっとばすのに夢中になって……ケント、ゴメンよ……」


 しおらしいダイアナ・モードのアナベルは珍しいな!


「ま、いいさ。みんな大した怪我もなかったし」


 ふと見れば、ゴーレム部隊が俺たちに合流した。アーベントも無傷のようだね。


「報告します! 獣人軍は降伏しました! 我が軍に被害なしです!」

「うん。指揮官を一騎打ちで討ち取ったからね」

「遠見の筒にて拝見致しました! 領主閣下は戦士としても一流でございますね!」


 見てたのか。まあ、一騎打ちが始まって戦闘が中断したからな。そういう暇もあったろうね。


「ご苦労さん。まあ、一応レベルは結構高いつもりなんでね」

「閣下にお仕えでき光栄です!」


 どうも自分より遥かに強い人間を目の当たりにして興奮気味だな。


 周囲の獣人どもは銀の軍団と俺たちを恐怖の目で見つめている。



 その日、両軍を合わせて一〇万人以上の死傷者を出して戦闘は終結した。

 俺たちの参戦が戦死者を大量に減らしたのは言うまでもない。俺たちが手を出さなければ死者の数は数倍に跳ね上がったと思う。

 死者の半数を獣人勢に押し付けられたのだからエルフたちに文句はないだろう。そうでなければ死者の大半はエルフとなっていたのだから。


「凄まじいものですね……ゴーレムの軍隊……そしてオリハルコンの冒険者というのは……」


 俺が率いる仲間たちがオリハルコンの冒険者(俺も含めて)であり、ゴーレム部隊が俺の領地の防衛軍だと知った女王マルデリン・エスカリテ・デ・ラ・シュベリエは遠見の呪者の力によって俺たちの戦闘の一部始終を見ていたという。


「いや、まあ……それほどでも。まあ、本気だしたら……街なんて簡単に滅ぼせますしねぇ……力をセーブするのに少し骨が折れました」

「セーブ?」

「あー、すみません。古代魔法語らしいですね。抑制という意味でしょうか」

「古代魔法語にまで精通なされておられるのですか!」


 女王の驚きは大げさすぎですね。


「トリエンと申されましたが、魔法文明の栄えたブリストルあたりの事ですね?」

「そうです。今ではトリシアの名前にちなんで、トリエンと呼ばれています」

「トリ・エンティル……竜との闘争者……」


 女王の視線がトリシアに注がれている。その目には尊敬と畏怖が込められていた。


 トリシアは有名人だからなぁ。


「陛下、私などよりケントの方が優れた剣士ソードマスターであり魔法使いスペル・キャスターです。私などまだまだでございますよ」

「左様ですか……確かに物凄い戦闘でした。あれで力を抑制しているとは……」

「ケントは炎の魔神イフリートすら呼び出すでのう。神の領域じゃぞ?」


 マリスが何故か得意げなのが何時も気になる。


「それは既に神の領域では……」

「そうじゃのう。ケントの友人には神もおるでのう」

「あ、バカ! シーーッ!」

「ぬ? ゴメンなのじゃ。忘れてたのじゃ」


 マリスが口の前で両の手の人差し指でバッテンを作った。



 その後の会見は大変な目にあった。

 女王が玉座から降りて俺に平伏するし、下にも置かぬ歓迎ぶりで、こちらの要求はほぼ飲むほどだ。交渉の余地もない。俺の言ったことは二つ返事。

 これはこれで楽だけど、特別視というか崇められるのは俺の好みじゃないんだけど……

 ま、マリスが反省しきりなので我慢しておこう。

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