第15章 ── 第11話

 門のところまで戻ってくると、エルフ防衛隊がポカーンとした顔をしていた。

 門を閉めようとしていたエルフですら動きを止めていた。


「ん? どうしましたか?」

「ふふふ。彼らは今の戦闘に度肝を抜かれておるのだよ」


 セルージオット公爵が面白げに彼らの状態を解説する。


「うーん。トロルはともかく、オーガは二〇レベルくらいですし驚くことでもないでしょう?」

「私は例の報告書を読んでいるから少々驚いた程度だがね。初めて見る者には驚天動地の戦闘だった事だろう」


 俺たちは門の内側に入ったが、門に取り付いているエルフが未だにトロルどもの死体を凝視していたので肩を叩いて正気に戻す。


「おい。早く閉めないと次の獣人部隊がくるよ」

「はっ!? そ、そうでした! 申し訳ありません!」


 慌てたようにエルフが門を閉じるのを再開した。



 エルフたちの王城がある一番内側の区画は古都らしく、町並みは古めかしい。しかし、エルフやドワーフたちの技巧を凝らした町並みはファルエンケールと違ってハイファンタジー感が溢れている。ファルエンケールはおとぎ話っぽい雰囲気あったからなぁ。


 城に到着するまでにシュベリエの住民たちの避難キャンプなどがいくつも設置されていた。広い庭を持つ貴族の邸宅などが避難所に充てられているようだ。もちろん、噴水広場や公園なども避難所と化しているので、所狭しといった感じは否めない。


 王城はファルエンケールより見劣りするものの、美しさは王国や帝国の城とは比べ物にならない。


 俺の反応に満足そうな防衛隊長が言う。


「さぁ、シュベリエの女王陛下とお会いして頂きましょう」


 防衛隊長が近衛兵らしき二人のエルフに何やら囁くと、近衛兵の一人が頷き、中へ駆け込んでいく。


「ご案内致します! こちらへ!」


 残りの一人が俺たちの前に立ち、女王の元へと案内をしてくれる。


「ファルエンケール特使セルージオット公爵閣下、およびオーファンラント王国の使者の方たちをお連れいたしました!」


 謁見の間には近衛兵がズラリと並んでおり、一番奥の玉座にはファルエンケールの女王に匹敵するほどの美しい女性が座っている。


「近くへ」


 鈴の音のような可憐な声でシュベリエの女王が言う。


 俺らはセルージオット公爵と共に女王の元まで行きひざまずいた。


「セルージオット戻りました」

「ご苦労おかけしました。使者どのにさせる事ではありませんでしたのに」

「緊急事態ゆえ、私のような者も働くのは当然でございます」

「ところで、王国の使者たちとの事ですが……」

「はっ! ファルエンケール女王より預かりました親書にも記載されております王国のトリエン地方の領主どのにございます」


 女王を見上げていた俺に、彼女の視線が向いた。俺は慌てて目を伏せる。


 やっぱ美女に見つめられるとむず痒くなりますね。


「噂は伺っております、クサナギ辺境伯殿。この度の救援、感謝に耐えません」

「勿体ないお言葉です。現在、俺の手のものが市街地を制圧中ですので、ご安心を」

「国家存亡の危機に何の役にも立たない女王として恥じ入るばかりです」

「いえ、女王陛下の責任ではありません。この襲撃の裏に魔族がいる事が判りましたので」

「ま、魔族と申しましたか!?」

「はい。の地、ウェスデルフ王国にオノケリスという魔族が関わっている事が判明しています」


 女王だけでなく近衛兵たちの顔も凍りついた。


「シュバリエとラクースの森の件が片付きましたら、俺たちはウェスデルフに向かうつもりです。この戦争を早期に終わらせねばなりません」

「か、可能なのですか……?」


 心配そうに女王が聞いてきた。


「ご安心を。去年、帝国にて我らはアルコーンを討伐しております」

「ア、アルコーン!? せ、世界の危機ではないですか!」

「もう討伐しておりますので危機は去りました」


 何のことはないといった感じで話す俺を見た女王は、開いた口が塞がらないといった風情。


「貴方たちに任せるのが得策のようですね……全てが片付いた暁には、また立ち寄って頂けますか?」

「はい。この地の美味い料理も味わっていませんので、是非伺いたいと思っております」

「その時は思う存分味わって頂きましょう」

「では、ここの西の城壁に取り付いている獣人軍を何とかしてきましょう。全てはその後で」


 女王が頷いたのを確認し、俺は立ち上がる。


「みんな、もうひと仕事といこう」

「腕がなるのじゃ」

「承知……」

「今度は私も本気でやらせてもらおう」

「よーし、もういっちょ暴れるとするか!」


 頼もしい仲間たちの声に俺も気合を入れることした。



 第二城壁の西門の上に移動する。


 エルフ防衛隊の兵士たちが必死に矢を射掛けている。銃眼から下を覗くと、大量の獣人がいるいる。

 オーガが数匹、大きな丸太を抱えて門に打ち付けようとしている。


 俺は門の上から身を乗り出す。幾本か獣人軍の方から矢が飛んできたが、軽く切り払う。


「さて、行くぞ」


 俺はおもむろに下へと飛び降りた。みんなには羽毛落下フェザー・フォールの魔法を掛けておく。


──ズシーン!


 突然落ちてきた俺を見た獣人とオーガどもが一瞬逡巡した。


 俺はカッコつけて飛び降りたせいで、足がジーンとしてしまったので少々助かる。


 すぐに足の痺れはおさまったので、姿勢を正した。


「これ以上の狼藉は許さない。このまま撤退するなら命までは取らないが、どうする?」


 一種の挑発だ。どう見たって優勢だと彼らは思っているわけだし、それに対して上から目線の言動をすれば、普通は襲いかかってくるものだ。


 狙い通り、ゲラゲラと笑う獣人たち。


「オデ、アレ食ウ」


 オーガがドシンドシンと近づいてきた。俺らの仲間は羽毛落下フェザー・フォールの魔法でまだ空中をフワフワと降りてきている最中だ。


「警告を無視したお前が最初の獲物だね」


 俺は剣を抜いた。


 丸太を抱えたオーガが突進してきた。


「魔刃剣」


 下から上へと剣を振りながらスキルを発動させる。

 放たれた斬撃波が丸太を一刀両断する。丸太を抱えていたオーガの右腕も斬り飛ばされる。


「ギャアアアア!?」

「遅いよ」


 俺は地面を蹴った。

 一気に距離が縮まり、オーガの身体は目前だ。


「扇華一閃……」


 横に一薙ぎ。

 俺は着地すると、ピクリとも動かなくなったオーガの股下を歩いて先に進む。


「次は誰だ?」


 剣を突きつけ、獣人軍に言い放った瞬間、後ろのオーガが輪切り状態で崩れ落ちた。


──ズシシーン


 オーガが地面に倒れて地面を揺らす。

 その光景に獣人どもの笑いは消し飛んでしまう。


 ようやく着地した仲間たちが俺の後ろに整列した。


「さて……殺すつもりはなかったんだが、撤退する気はないようなので殲滅で」

「指揮官くらいは残しておくか?」

「いや、首で十分だろう」

「了解だ」


 トリシアに殺害許可を出す。


「ふふふ、蹂躙じゃのう。血が騒ぐのじゃ」

「これだけの数と戦闘するのは初めてだ! マリオンさま! ご照覧あれ!」


 マリスもアナベルも興奮気味です。


 一〇万近い敵に囲まれたら、普通は身震いくらいするもんなのにね。


「戦闘開始だ」

「「「「了解!」」」」


 俺たち五人は猛然と獣人軍に踊りこんだ。


 斬り、突き、薙ぎ。あらゆる戦闘行動が敵をバタバタと薙ぎ倒していく。

 逆に敵の応戦は全てかわされ、防がれ、弾かれた。


 レベル差と武器、防具の差がこれほど出るとは、帝国軍との戦いでも感じられなかった事だ。


「オーマの如き閃光の一撃! 電撃ライトニング・ボルト!」


 俺の放った閃光を伴う稲妻が前方にいた獣人軍一〇〇人以上を焼き払う。


氷空弾アイス・ブロー・バレット!」


 氷を含んだ螺旋を描く旋風が纏い敵を吹き飛ばしていく。トリシアの新技だな。空弾ブロー・バレットに氷の風味を付けたわけか。


「スイフト・ステップ! ローリング・ストライク!」


 反復横飛びで分身気味のマリスがグルグルと回転しながら白いオーラを纏った剣で敵を薙ぎ払う。こっちも大規模戦闘用に改良したのかな?


「影分身……」


 本家分身の術を使うハリス。一〇人ほどの分身が影に沈んでいく。


「絶……」


 どこからともなく現れた分身が敵の頭をバンバンと撥ねていった。刀身が黒い炎を纏っているのは何なのだろうか?


「爆裂粉砕槌!!!」


 ダイアナ・モードのアナベルが敵陣の真っ只中で絶叫と共にミスリルのウォーハンマーを地面に叩きつけた。

 その途端、アナベルの周囲全体が火山噴火よろしく吹き上がった。巻き込まれた獣人どもが、爆風や土、石などにズタズタにされて吹っ飛ぶ。

 あれも結構凶悪だな。なんでアナベルを中心に吹き飛ぶのかが謎です。



 三〇分経過。

 すでに二万ほどの獣人の軍勢が絶命していた。俺はともかく、ハリスとアナベルに少々疲労の色が見え始めている。SPバーが四分の一を切っているしね。

 マリスとトリシアはまだ大丈夫そうだ。


 その時だ。獣人軍の後方が騒がしくなってきた。

 よく見れば、遠目に銀色の軍勢が見えている。


 ようやく到着したようだな。これで形勢は逆転ですよ。

 俺たちとゴーレム部隊が挟み撃ちすれば、一〇万程度ならいけるでしょ。

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