第15章 ── 第10話

 シュベリエの王城へ向かうまでにセルージオット公爵や案内役を買ってでてくれた防衛隊長と話した。


「公爵閣下は、いつラクースの森にいらっしゃったのです?」

「かれこれ二週間前だ。陛下の書状を携えてピッツガルトを経由してな」

「その頃はまだ戦乱前ですよね」


 防衛隊長が頷く。


「獣人どもが森へ入ってきたのはおよそ六日ほど前です。大軍勢にあっという間に森の半分を占領されてしまいました」


 シュベリエの防衛軍が急遽招集されたが、人数的に考えても抵抗は難しいと思われた。


「一五〇〇〇の防衛軍を以てシュベリエの城壁内で籠城することが立案され、周辺国からの援軍を期待することになりました」


 それから三日ほどで獣人の軍勢がシュベリエを包囲してしまった。防衛軍の奮闘により二日間は城門を死守できたが、第一城壁が破られ獣人が都市内になだれ込んできた。

 その後一日の防衛戦により、エルフの総戦力は三分の一まで減り、今ではシュベリエの内郭である第二城壁の中に都市の住民たちは避難しているという。


「東の城門に公爵も貴方たちもいましたが、内郭に逃げなかったんですか?」

「私は市民たちを逃しているうちに市内で取り残されてしまったのだよ。獣人どもの先兵部隊がやってきたのでね」

「公爵閣下は単身隠れながら東城門まで逃げてこられたので我々防衛隊が保護したのです」


 さすがエルフ。王侯貴族だというのに隠密スキル持ちですか。嗅覚などに優れた獣人から隠れおおせるとは凄い事だと思う。


「東城門の防衛隊のみなさんは無事だったんですね」

「獣人が侵入したのが西門付近だったのが幸いしました。東門側は獣人の包囲が薄く、弓でほぼ殲滅できたのです。もっとも、東城門を死守していた我々は内郭への避難には合流できませんでしたが……」


 市内は混乱を極めており、散発的なエルフ防衛隊のゲリラ活動によって獣人どもと戦っているというのが現状らしく、未だに城壁や尖塔などに潜む孤立したエルフ防衛隊が戦っているらしいと言う。


 大マップ画面を、それら情報と照らし合わせてみる。


 都市の西半分は獣人軍が占拠中で、西区と東区を縦に区切る通用門付近で獣人軍とエルフ防衛隊の残兵たちが小競り合いに興じている。


 もっともこの西と東を区切る通用門は完璧ではないようで、東区にも獣人の遊撃隊が多数入ってきている。略奪に精を出しているのか通用門付近に集まる小規模なエルフ防衛隊には見向きもしていない。


 獣人軍の主力は現在、内郭と呼ばれる第二城壁の西側城門に取り付いていて、内郭にいる防衛隊と激しい戦闘を繰り広げている。


 獣人軍の勢力圏に落ちた西側区画は、二〇~五〇人規模の獣人の遊撃隊が彷徨いており、エルフの残兵や逃げ遅れた市民を狩っているようだ。

 その中で、未だに数百名のエルフ防衛隊員が西区画に潜伏し、獣人の侵攻軍と戦っているのが確認できる。


 我がトリエン第一ゴーレム部隊は都市の外側を西へ向かい、第一城壁西門へと向かっている。


 挟み撃ちだね。アーベントは獣人軍を逃がすつもりはないという事だ。一〇万からの敵軍を一〇〇〇体で制圧できれば、我がトリエン軍の威力を諸外国に見せつけられるだろう。もし、問題が生じた場合はアーベントが俺に通信をしてくるはずだ。


「あれが第二城壁の東門です!」


 獣人部隊との遭遇もなく、東門にたどり着いた。

 エルフ防衛軍の主力は西門なので、東門の警備は手薄のようだ。三〇人程度の守備兵が油断なく弓を構えていた。


「開門! ファルエンケール特使セルージオット公爵とオーファンランド王国の特使をお連れした!」

「セルージオット公爵閣下はご無事であったか! 開門せよ!」


 守備隊の隊長がセルージオット公爵の姿を認めて嬉しげに応えた。

 守備隊長の命令で東の門がゆっくりと開いてく。


「ゲギャギャギャギャ!」


 何処からともなく、大きく下品な笑い声が聞こえた。

 振り返ると、建物の影からトロル一匹とオーガが二匹が姿を現した。


「公爵閣下は門内へ退避してください。我々が迎撃します」

「ご武運を」

「なーに、一〇分で片を付けますよ」


 俺はマストールとヘパさんが作ってくれた剣に手を掛ける。


「みんな! 敵はトロルとオーガだ。トロルは俺が相手する。マリスとハリス、アナベルはオーガに対処してくれ。トリシア! 後方援護を任せるぞ」

「承知……」

「ぶっ飛ばすのじゃ!」

「ふふふ。久々に腕がなるぜ!」


 我が仲間ながら頼もしい限りですな。


「ケント、トロルはしぶとい。わかってるな!?」


 トリシアの言葉に俺は頷いて見せた。


「ちょいと新技使うつもりだ。再生なんかさせないよ」


 それを聞いたトリシアがニヤリと笑う。


「それは是非、拝見させてもらおう」


 俺は以前、アルコーンと戦った時の技を参考にして幾つかのスキルを作っておいたんだ。今回の技は、トロル相手になら効果は絶大といえる。


「魔剣・紅蓮」


 俺がそう技名を言うと、オリハルコンの刃から炎が吹き出した。

 即席で自分の剣を魔剣フレイム・タンと化すスキルだ。剣技というより魔法付与に近いんだけど、この技は付与系魔法よりMP消費が少ない上、持続時間が長い。さらにレベル調整で炎の大きさなども変えられるのが特徴です。


「おお、炎の魔剣! なるほどな!」


 俺はトリシアにニヤリと笑い返す。


 さてと、始めますかね。


「おい、そこの木偶の坊。そう、お前だ。お前の相手は俺がする」


 俺に話しかけられ人差し指で自分を指差すトロルが妙に間抜けで面白い。


「オ前、エルフ違ウ……人間カ。人間ウマイ! 食ッテヤル!」


 オーガのものと比べると遥かに大きい棍棒をトロルは振り回し始める。

 あれは棍棒というより木を引っこ抜いただけのモノじゃないかな?


「いくぞ!」

「「「「おう!」」」」


 俺はそう言うとトロルに向かって走る。俺の号令で仲間たちも走り始めた。


 二〇メートルほどの距離が一気に縮まる。

 浮気心を出したオーガが横薙ぎに俺を吹き飛ばそうと大きな棍棒を振るが、俺はその棍棒を支点に利用してクルリと宙を舞いながらかわし、トロルに向かう。


「魔刃剣!」


 ちょいとトロルとの間合いが遠かったので、斬撃波を飛ばして攻撃する。

 放たれた斬撃派は一直線にトロルに向けて飛ぶが、トロルが慌てて避けようとする。


「甘いな」


──ザシュ!


「グアァアアァ!」


 避けそこなったトロルの右腕が斬撃波によって斬り飛ばされる。木を引っこ抜いただけの巨大棍棒がトロルの右腕を付属物にして地響きと共に地面に転がった。


「イダイ! イダイ!」


 痛いとか言いながらも急速に再生が始まっている。さすがはトロルですなぁ。


「オノレ!」


──ブン!


 トロルの左手が猛烈な風切り音と共に俺に振るわれる。

 ただ、俺にとってはスローモーだ。頭をヒョイと下げただけで余裕で回避成功。


 俺はそのままトロルに突進し肉薄すると、土手っ腹にオリハルコンの刀身を突き入れる。


「爆!」


 俺がそう言った瞬間、炎を纏った刀身から爆発にも似た豪炎が吹き上がり、トロルの全身に炎が駆け巡る。


「ギャアアアアァァァア!」


 トロルの絶叫に合わせて剣を引き抜く。


「ウガァアァァ!」


 炎に包まれたトロルが地面をゴロゴロと転げ回った。


「おいおい。まだ始まって三〇秒だぞ? もっと楽しませてくれよ」


 なんとか炎を消し止めたトロルが憎々しげに睨みつけてきた。


「オノレ……」


 炎は消えたけど、その腹の傷は癒えないね。ゲームの設定通りだ。

 でも、右腕は再生が終わったみたい。再生スピードはゲームより早いな。二ラウンドで再生完了かよ。


 再生の終わった右腕でトロルは転がっている巨大棍棒を拾い上げた。


「ユ、許サンゾ……」

「その程度のレベルで許さんとか言われてもね」


 トロルはレベル四〇のモンスターだ。初級、中級前半くらいの冒険者には強敵の部類だが、八〇レベルを越えた俺には雑魚でしかないよ?

 ワイバーンよりレベルは高いけど、身体能力はワイバーンの方が上だしねぇ。再生能力だけが厄介だけど、火で焼いてしまえば脅威でも何でも無いしなぁ。俺、炎の魔法剣士マジック・ソードマスターだからね。


「ムスペルヘイムの炎よ。我が召喚に応えよ。刃となりて敵を滅せ。炎刃乱舞ダンシング・フレイム・ブレード


 久々の厨二呪文です。


 魔法名を発すると、俺の周りに炎のシミターが二〇本ほど出現し、俺の周りをクルクルと回る。


 ドーンヴァース時代に手に入れたスペル・ブックで覚えた俺好みのカッコイイ火属性魔法だよ。ただ、二〇本も出る設定はなかったよな。確か最大で四本だったはず……


「ソ、ソレハ……!?」

「あ、死ぬヤツは知らなくていいと思うよ」


 炎のシミターは俺の想いのままに動くので、トロルに全てブチ込んでやる。


 トロルに言葉を発する隙も与えずに、炎の刃が全身を切り刻んでいく。

 トロルはものの二〇秒程度で消し炭ハンバーグと化してしまった。


 うーん。こんなに強力な魔法じゃないはずなんだが……


 俺は仲間たちのオーガ戦の方に目を向ける。


 マリスとハリスが一匹を担当している。もう片方にはアナベルとハリスが。


 また、分身の術ですな。実体と変わらないみたいなんですが……ハリスはマジで凄いなぁ。

 あ、マリスがオーガの左足を斬り飛ばしたよ。


「ハリス!」

「承知……」


 マリスに声を掛けられたハリスが跳び上がり、瞬時にオーガの首を斬り飛ばしてしまった。この世界でも忍者のクリティカル・ヒットは首を撥ねるのかぁ……


「武技! 柄突旋風槌!」


 柄の石づきの部分かな? グルグル回転しながらオーガの股間に消えていったよ……相変わらずダイアナは股間に容赦ないな……


 オーガが言葉もなく悶絶し、口から泡を吹いた。すかさずハリスがオーガの首を取りに行った。


 こっちもあっという間だな。ものの三分。一〇分も掛からなかったよ。

 トロルと違ってレベル二五だもんな。


「戦闘終了! 任務完了ミッション・コンプリートだ」

「素敵用語じゃ」


 いえ、ただの英語です。


 俺の宣言にマリスがすかさず反応する。


「新技、新魔法、しかと見た!」


 トリシア、援護はどうしたんだよ。観戦に夢中になって忘れてたな。やれやれ。


 こうして、俺たちは東門を襲撃した獣人どもの遊撃隊の主力であろうトロル・オーガ混成部隊を一瞬で片付けた。


 俺たちが相手するにはレベルが低すぎですよ。でも、エルフの防衛部隊には荷が重かっただろうし、結果オーライですかね。

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