第15章 ── 第9話

 深夜遅くにハリスが帰ってきた。幻霊使い魔アストラル・ファミリアがハリスの頭の上に止まっている。


「都市の半分が……占領されている……内側の城壁区画は……持ちこたえているようだが……」


 どうやら滅亡間近といった感じだな。


「ウェスデルフの軍勢はどの程度の規模?」

「およそ一〇万じゃな。獣人が殆どじゃがオーガーやトロルなどの大型もおるようじゃの」


 大型モンスターか。城塞攻略用の編成なのかも。


「一〇万か……かなりの数だな」

「ちょっと私たちだけでは制圧は難しいかもしれんな」

「一〇万もいたら、もみくちゃにされてしまうのです!」


 仮眠を取っていたトリシアとアナベルも起きてきた。


「一〇万か……帝国軍の一〇倍くらいだなぁ」


 仕方ない。あれを投入するか。


 俺は念話をオンにする。


『な、何事だ!?』

「あ、つながった。ケントだけどー」

「ケント……? 領主閣下!!」

「あ、うん。夜分ごめん。寝てたでしょ」

「はっ! 私は就寝しておりましたが……一体これは……?」


 俺は苦笑してしまう。夜中、寝てる所に念話が来たら、混乱するよね。マジ、ごめん。


「で、緊急事態なんで君の待機中の第一ゴーレム部隊を準備してくれないか。俺のところに送り込んで欲しいんだ」

「はっ! 直ちに準備に入ります!」

「アーベント。一時間後に駐屯地の中に魔法のゲートを作るから、そこに部隊を送り込んでくれ」

「ご下命賜りました!」


 念話を切ると、トリシアたちが面白そうなものを見るような顔をしていた。


「ん? 何?」

「とうとうゴーレム部隊の初実戦か?」

「あやつらを投入したら一〇万程度の兵など一捻りじゃろうなぁ」

「今からワクワクなのです!」


 そういうワクワクは要らないっすよ。人同士だと死人が出るからな。ゴーレムなら壊れても直せるし、武器に付与してあるスタン・モードで戦わせれば敵も傷つかないからね。


 一時間経ったので、俺は最近開発した転移門マジック・ゲートの魔法を使った。

 これは俺の知っている地点と地点を魔法の門で繋ぎ、行き来できるようにする魔法だ。

 空間、精神、物理、生命属性の複雑な魔法術式で、消費魔力も膨大なため、俺やエマ、フィルといったイルシスの加護を受けたもの以外は使えないだろう魔法だ。


 魔法の発動とともに、青白い鏡のようなものが現れ、その鏡面は魔力の渦が映し出されている。ワームホールに近い代物なので、開発当初「俺は現代科学を超越した!」と一人でいきり立ったものです。


 ゲートが開かれるとすぐに、俺の作った銀色の部隊が次々に姿を表した。

 整然と行進し、整列を続ける様を見たエルフの捕虜たちは、顔を青ざめさせていた。


「ご下命の通り、参上仕りました!」


 あー、君も来ちゃったんだ……ゴーレムたちだけで良かったのに……


「ご、ご苦労、アーベント」

「はっ!」


 彼はフル・プレートメイルにロッテル家の紋章が描かれたシールド、そして彼自慢のロング・ソードという完全武装だ。


 うーん、まあいいか。


「アーベント。現在、状況は最悪と言える」


 俺が話し始めると、アーベントは膝を付いた姿勢のまま俺へ視線を向けてきた。


「獣人の国であるウェスデルフ王国と、エルフの都市シュベリエが管轄するラクースの森が戦争状態となっている。俺たちはこの戦争を止める事が任務だと知れ。両国の兵士や民を殺してはいけない。ゴーレムたちをスタン・モードに設定しろ。気絶させた兵は縛り上げて一箇所に集めるように。ただし、オーガやトロルは殺して構わない。もっとも、トロルは殺せるとも思えないけど……魔導兵で焼き殺せるかなぁ」

「仔細承知いたしました!」


 俺はアーベントの淀みのない返答に頷いた。


「よし。夜が明けると共に進軍を開始する。俺たちは別働隊としてエルフの王城へと向かう。市街地における指揮は君に任せる。以上!」

「はっ!」



 翌朝、一〇〇〇体のゴーレム部隊とともにシュベリエへと向かう。

 捕虜はインベントリ・バッグから取り出した馬車をハリスの白銀に取り付けて、それに乗せておいた。小さい馬車なので二〇人も詰め込むとギッチギチですな。贅沢は言わせないが。

 朝日に照らされたゴーレム部隊は目の覚めるような銀の輝きを放ちながら進軍していく。


 およそ数時間でシュベリエの城門が見えてきたが、かなり遠いというのに、無数の矢がゴーレム部隊へと飛来してきた。

 しかし、当然のことではあるが、ゴーレムのミスリルの装甲は通常の矢程度では傷一つ付かない。


「ば、化物の軍隊だ!」

「あれはミスリルだぞ!?」

「あれほどのミスリルを獣人たちはどこから手に入れたというのだ!」


 俺の聞き耳スキルが、城壁を守備するエルフ兵たちの声を鮮明に拾ってきた。


 俺はスレイプニルに跨ったまま、ゴーレム部隊の前に進み出た。


「エルフ防衛隊の諸君! 我々はトリエン防衛部隊である。君たちを攻撃する意図はない。開門せよ!」


 するとやはり無数の矢が俺に向かって飛来してくる。

 まったく、いやんなっちゃう。


射撃防御空間フィールド・オブ・プロテクション・フロム・ミサイル


 半径二〇メートルの防御壁を展開し、仲間とアーベントを矢から守る。


 無力化した矢がバラバラと地面へと落ちていく。


「攻撃してくるなら力を以て制圧する! 繰り返す! 攻撃してくるなら力を以て制圧する! 攻撃を辞め、開門せよ!」


 聞き耳スキルがギリギリといった弓を引き絞る音を拾ってくる。


 ガッカリ感が半端ない。マジで制圧するよ?


「弓を下ろせ! 同胞たちよ! あれは敵ではない! 弓を下ろすのだ!」


 一際大きい声が聞こえてくる。


「しかし! 見て下さい! あのような軍隊は見たことがありません! ミスリル・ゴーレムですぞ!? 魔族やもしれません!」

「いや! あれはオーファンラント王国のクサナギ辺境伯殿だ! ファルエンケールとの盟主殿である! 彼を傷付けたら、シュベリエはファルエンケールの敵となりますぞ!」


 うーん、どっかで聞いたことある気がする声だなぁ……ファルエンケール関係っぽいけど。


 しばらく待っていると城門が重たい音を立てて開いた。


 中には半分は負傷兵といった感じのエルフの防衛部隊が守りを固めている。

 その中から一人のエルフが現れた。

 間違いない。あれは……


「セルージオット公爵閣下!」

「クサナギ辺境伯殿、久しいな」

「公爵閣下がシュベリエに居られたんですか。なるほど、女王陛下が俺に書状を寄越すわけですね」

「そうか、陛下がお動きになられたのか……。臣民として嬉しい半面、申し訳無さでいっぱいだよ」

「いえ、セルージオット公爵閣下が居られたおかげで、無用の流血を防げました。お礼申し上げます」

「我が愚息が貴殿の仲間たちにした無礼のお返しが出来たのならば重畳と申すもの」


 俺たちが和気あいあいと話していると、城門外、南側から獣人の軍勢が数千人やってきた。


「防衛戦を張れ!」

「一歩も通すな!」

「銀の部隊を守れ!」


 城壁上にいたエルフ防衛隊が弓を構え、牽制射撃を開始した。


「あー。必要ないですよ。うちの部隊で片を付けますんで。アーベント!」

「はっ!」

「迎撃せよ! 殺すなよ!」

「了解致しました!」


 アーベントは、渡してある指揮棒を振り上げた。あの指揮棒にはゴーレム・コマンドの魔法が仕込んであるのだ。


「前進せよ!」


 アーベントの命令により、ゴーレム部隊が動き出した。歩兵ゴーレムたちの剣は電撃にも似た閃光がバリバリと走っており、スタン・モードになっている事がわかる。


 その歩兵ゴーレムたちの上を幾本かの矢が通り過ぎていく。

 この第一射目が獣人どもの上を通り過ぎる頃、突然不気味な音を立て始める。

 この矢は、日本の鏑矢かぶらやと同じ原理で作ったものだ。殺傷力はないし、音が鳴り始めるのは敵の上にきてからだ。一射目は、必ずこれを使うことになっている。要は警告だね。


 その音を聞いた獣人の軍勢の進軍速度がいくらか落ちた。


 アーベントはその隙を逃さなかった。


 中央の一部の歩兵ゴーレムが、土煙と地響きを立てて、敵陣中央に切り込んだ。

 一瞬のうちに二〇〇名からの獣人が地べたに這いつくばり、宙を舞い、そして吹き飛ばされた。


 およそ一〇〇体の歩兵ゴーレムがそのまま敵陣の中央を切り開いていく。


「鋒矢の陣!」


 アーベントの号令で、残ったゴーレムたちが陣形を再編する。


「前進せよ!」


 俺が教えた八陣を使っているようだ。上手いこと部隊を扱えているようだな。カイルとは雲泥の差だ。


 戦いが終結したのは三〇分くらい後だった。

 逃げ去ったものはともかく、八割ほどの敵をほぼ無傷で捕縛することができた。

 ゴーレム部隊に行動不能になったものも、損傷したものもなかった。


 さすがはミスリルと言うべきか。自勢力の数倍もある敵部隊を無傷で制圧するとはね。


「作戦終了。任務完了ミッション・コンプリート


 近くに居た魔導ゴーレムが、そう音声で言うのが聞こえた。

 うん。厨二病っぽくてイイね。めちゃカッコイイ。


「なんという……物凄い部隊だ……」

「あれだけの獣人を三〇分で?」

「この援軍があれば我らは勝てる!」


 まあ、たかが一〇~二〇レベルの兵隊ですからなぁ。歩兵ゴーレムがレベル三五、弓兵ゴーレムがレベル四〇、魔導ゴーレムがレベル四五だもん、負けるはずないですよ。


 周囲のエルフ防衛隊の囁きに、俺は心の中で得意げ応える。


「さてと。アーベント。今の指揮は見事だった。市街地での対応は任せて大丈夫そうだね?」

「はっ! お任せ下さい!」

「それじゃ、後は頼んだよ」


 アーベントが派手な敬礼をしたので、軽く返礼をしておく。


「第一部隊、集結せよ」


 ゴーレムを再び指揮しはじめるアーベントを残し、公爵たちのいる門の中へと入る。


「あとはウチの部隊にお任せを。ファルエンケール女王、ケセルシルヴァ・クラリオン・ド・ラ・ファルエンケール陛下の要請により、シュベリエの指導者にお会いしたいのですが?」

「はっ! ご案内致します!」


 エルフ防衛隊の隊長らしき人物が言う。


「よろしくお願いします」

「辺境伯殿、さすがですな。あれほどの軍を組織するとは。我がファルエンケールも協力した甲斐があるというもの」

「マストールたちドワーフのお陰です。金貨五〇万枚程度でミスリルをあれだけ譲って貰ったのが一番助かりました」

「五〇万枚!?」

「安すぎですよね」

「い、いや……辺境伯の財力を見くびっていたようだ。誠に申し訳ない」


 あら? 五〇万って少ない方じゃないの? 今の反応だと予想より多かったって反応なんだけど。

 まあ、マストールはその後も何だかんだとタダでインゴット持ってくるんだよな。手土産代わりだと思ってたけど、あの五〇万枚に含まれていた可能性が高くなったな……俺、何回分のインゴット代払ったんだろ……

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