第15章 ── 第8話
俺たちはラクースの森の入り口に到着した。
黒々とした森の暗闇が前方へあり、少々おどろおどろしく感じる。
アルテナ大森林に比べると規模的に見劣りするが植生は濃いように思える。
ラクースの森の中に続く道はファルエンケールへと続く秘密の街道のように隠されていない。もちろん森のなかにエルフの都市があることも周囲には知れ渡っている。
その所為だと思うが、この森に悪さをするようなものは殆どいないという。エルフの報復があるからだろうね。
「ケント、気をつけろ。森のなかに殺気が充満しているようだ」
大マップ画面で近くを調べても敵と思われるような光点は表示されていない。
「敵はいないようだよ」
「そういう意味じゃない。森が怒りに満ちている」
エルフ独特の感覚かな? 森に意思があるなら、その森が怒っているということかもしれない。
「わかった。十分警戒しよう」
この入口から伸びる街道は、ラクースの森にあるエルフの都市シュベリエに至る。途中分かれ道があることはあるのだが、街道と呼べるほど太い道はこの道しかないので、ほぼ一本道と言っていいだろう。
シュベリエまで、警戒して進んでおよそ一日程度。何事も無ければ明日の夕方には到着できるのではないかと思われる。
「よし、先へ進もう」
十分警戒しつつ、俺たちは馬を進めた。
しばらく森の中を進んで、俺はこの森が確かにおかしいことに気付いた。
「確かにおかしいな。鳥の歌声も聞こえないし……虫も小動物もいないな」
木々の梢はただ静かに風に揺れているだけだ。
「そう言えばそうじゃのう。変なのじゃ」
「不気味なのです……」
トリシアとハリスは俺たちの話にも応えずに周囲を警戒し続けている。
数時間進んだ時、俺の嗅覚が何かを嗅ぎつけた。
「血の匂いか?」
「そのようだ」
「ウウウウウ……」
フェンリルが前方を見据えた状態で唸り声を上げる。
前方を警戒しつつ進むと、そこには陰惨な光景が飛び込んできた。
無数の獣人たちの死体が転がっていたのだ。
その死体は殆どが後ろから矢を射掛けられており、ほぼ即死だと見て取れる。
さらに、この死体たちは殆ど武装らしい武装をしていなかった。
「見た感じ兵士でもないし……一般人なんじゃ?」
「エルフが無闇に無防備なものを襲うとは思えないのだがな……」
さすがのトリシアも険しい顔付きだ。
周囲を探索していたハリスが戻ってくる。
「逃げているものを……後ろから……射殺したようだ……襲撃者は……およそ一五人……」
俺の追跡スキルで確認しても似たような状況が判った。ただ、襲撃者の靴跡が街などに住む人間のものとは少し違う気がする。
「気づいたか?」
俺が足跡を調べていると、後ろからトリシアが話しかけてくる。
「この靴跡は人間が一般的に履いているものとは違うね」
「そうだ。これはエルフたちが履いている特殊な革靴だな。木に登りやすいように靴の前後に小さなスパイクが付いている」
「ということは、あの獣人たちを襲撃して殺したのはエルフの部隊ということになるけど……」
「信じたくはないが、間違いなくそうなる」
ウェスデルフとの戦争が勃発したとして、非戦闘員の獣人たちを皆殺しにするというのは行き過ぎた行為だと思う。
エルフの都市内でも何か不測の事態が起きていてパニックなのかもしれない。
「急ごう。嫌な予感がする」
「了解だ」
「承知……」
「はいなのです」
「いくぞフェンリル!」
警戒は怠らないが、少々進軍速度を上げた。
しばらく走ると、マリスが俺の方にフェンリルを寄せてきた。
「前方に伏兵多数なのじゃ。数は二〇人」
よく見れば、マリスの肩にいつぞや見た小型ドラゴンが乗っている。
「エルフか?」
「そのようじゃぞ」
「よし、警戒しつつ迎撃する」
各員が戦闘準備に入る。
俺はいつでも魔法が唱えられるようにしておく。
不意に数十本の矢が俺たちに襲いかかってきた。
俺はショートカット欄に入れておいた
こちらの方が音声入力発動より早い。
俺を中心に半径一〇メートルの光のドームが現れ、飛来してくる矢を次々に防いでいく。
マップ画面を確認して敵の位置を割り出す。
灌木の中や木の上など、一見誰もいないような場所に赤い光点が表示されている。
俺はその光点を次々にクリックして、敵のHPバーなどを表示していく。こうすれば隠れていても俺には見え見えですからね。
「全員止まれ!」
俺の号令でゴーレムたちが急停止する。
普通なら、そのまま前方へ放り出される所だが、そういう慣性を殺すような停止動作を騎乗ゴーレムたちは心得ている。
「馬を降りて散開しろ! 的を絞らせるな!」
号令を掛け終わると俺は木の影へと姿を隠す。
マリスは盾を構え、前方を警戒しながら別の木へと移動した。
トリシアは馬が停止するとスラリとした身体を空中へ投げ出し、着地するとともに走り出した。
アナベルは馬の後方へ飛び降り、灌木へと滑り込んだ。
ハリスは影へと消えた。
「みんな! 殺すなよ! 相手はエルフだ!」
返事はないが、みんななら心得ているはずだ。
俺は隠れ方の甘い五人ほどのエルフに
「ぎゃ!?」
「ぐっ!」
「あが!?」
幾つか短い悲鳴と共に、エルフが木や灌木などの影からバタバタと倒れて姿を表した。
誘導弾なので障害物を避けながら敵に着弾するので、隠れていても無駄なのですよ。
ものの五分で二〇人からの襲撃してきたエルフ部隊を全員捕縛できてしまった。
五人はトリシア、マリス、アナベルが、五人は俺の魔法が、そして残りの一〇人は分身の術と影渡りを併用したハリスが捕まえた。
ハリスの兄貴、最近凄い人間離れしてきた。
「さて、尋問といきますかね?」
俺は大マップ画面で調べて隊長らしいレベルが最も高いエルフを引きずり出して麻痺を解除した。俺の魔法で最初に木から落ちてきた奴です。
「くっ! 殺せ!」
「何言ってんだ?」
俺は隊長エルフのみぞおちに軽めだけど蹴りをブチ込んでやる。
「ぐはっ!」
「突然攻撃してきたんだ。お前らの生きるも死ぬも俺ら次第だ。簡単には殺さないよ」
隊長エルフが憎々しげな視線を俺に向けてくる。
「まず、いきなり攻撃してきた理由を聞こうか?」
「………………」
今度はだんまりですか。
「トリシア」
「おう」
俺に呼ばれたトリシアが義手をギシギシ言わせて隊長エルフの前に立った。
「お前はエルフだろう! 何故、
「何を勘違いしている。私はファルエンケールの出身だ。シュベリエに何の郷愁もない」
「ファ、ファルエンケール? ではアルテナからの援軍なのか……?」
「援軍? いいや。私たちはオーファンラント王国のトリエン調査隊だ。確かに、我が盟主たるケントが女王陛下から書状を賜ったがな」
隊長エルフは何がなんだか判らないといった顔だが、敵ではないと理解したようだ。
「突然の無礼をお許し願いたい。現在、シュベリエ……いや、ラクース全体が危機的状況にあり、森への侵入者は全て敵と判断しているのだ」
ふむ。どう危機的状況なのか、そこの所が知りたいのだがね。
「どんな問題が起きているんだ?」
俺が問いかけると、隊長エルフが目線を落とした。
「現在、ウェスデルフ戦力がラクースの森を襲撃し、森の半分が占領された。すでにシュベリエの西門が突破されたとの報告も届いている。我らは東の街道の防衛に回されたが、獣人どもを数十人排除出来たに過ぎない」
「その獣人たちは、どうみても敵兵じゃなかったが?」
「獣人は全て敵だ! 庶民だろうと許す訳にはいかない! 森の西側の四分の一は燃やされたのだぞ!」
「それでも、庶民には罪はない。非戦闘民を虐殺した罪は許されるものじゃない」
「仕掛けてきたのは獣人どもだ!」
「あっちの虐殺は、どうみても逃げ惑うものを射殺しただけだぞ?」
「それでも仕掛けてきたのは獣人どもなんだ!」
あー、もう……戦争になるとこういう近視眼なヤツが出るよねぇ。亡国の危機に晒されたら尚更なんだろうけど。
「とにかく、事が収まった時、君たちには正当な裁きを受けてもらうとしよう。戦争犯罪を俺は許さない」
エルフたちから目を反らし、少々考える。
どうも末期状態ですなぁ。戦争で負けそうだとすると、シュベリエも悲惨な状態かもしれない。
「仕方ないな。シュベリエまで徒歩でも一日だ。今日はここで野営する。ハリス、明日の朝までにシュベリエを偵察してきてくれ。マリスもその
「承知した……」
「おう。 ガッテンショーシ漬けじゃ」
「マリス、前にも思ったけど……それは『合点承知のスケ』の間違い」
「テヘッ!」
テヘじゃねぇよ。可愛いから許すけど。
その夜、仲間たちで交互に見張りにつきつつ、ハリスたちの報告を待つ。
エルフたちに作り置きのカツサンドを与えた所、涙を流しながら噛み締めていた。どうも最近、ろくな飯も食えなかったようだ。
確かに空腹は人の心を
ま、いずれ犯した罪に相応しい償いを期待したい所だが、シュベリエの状態次第かねぇ。犯罪を裁く機関がなくなってたら、償いようもないからな。
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