第15章 ── 第7話

「さて、色々聞きたいんだが」


 食事が終わった俺たちは、二人の狼人族の子たちに話を聞くことにした。


「君たちはどこから来たんだい?」


 腹がくちくなった妹のセイナは多少眠くなりつつあるようだが、兄のケシュは俺の顔をしっかりと見つめている。


「オイラたちは西の方から逃げてきたんだ」

「西か……ラクースの森の方かな?」

「ラクース? 西にあった森のもっと向こう」


 大マップ画面を見れば、ラクースの森の向こうには獣人の国ウェスデルフが広がっている。


「ウェスデルフからかな?」

「そう。オイラの父ちゃんは、そこの騎兵団長なんだ」

「騎兵団長の家族が何でこんなところにいるんだ?」

「オイラも良くわからない。父ちゃんが母ちゃんたちと逃げろって言ったんだ。母ちゃんはオイラたちを連れて東へ逃げた。エルフたちの森に逃げ込んだけど……」


 エルフたちの森とはラクースの森のことだろう。ケシュが言うにはエルフたちに見つかったら大変なので南へと迂回して森の外周を回ってこっちまで来たようだ。


「それでお母さんはどうしたんだい?」

「それが……途中で先にいけって言って……」


 ケシュが目にいっぱいの涙をためて途切れ途切れに話す。

 それをつなぎ合わせて推測すると、追手、もしくはモンスターが近づいてきたのを母親が察知し、子供たちを逃したという事だろう。


「君たちの母親の名前は?」

「サスターシャ……」


 俺は『サスターシャ・ウルフェン』を大マップ画面で検索してみた。

 

ピンが立った場所には白い光点はなかった。黒抜きの円が表示されてしまう。この表示はモノを示すものだ。要は生命活動をしていないもの全般だ。


 俺はこの事実をケシュたちに伝えるべきか悩む。

 一縷の望みを残してやるべきか……この悲しみを乗り越える機会を与えるべきか……


 彼らはまだ幼い。妹の方はまだ一〇歳にも満たないだろう。残酷な現実に押しつぶされてしまいかねない。


「それで、お父さんの名前は?」

「父ちゃんはシルーウ。ウェスデルフ第一騎兵団の最強の騎士だよ」


 ケシュの目には父への敬意が籠もっている。


 彼の父を検索してみれば、ウェスデルフ王国内にピンが立った。そのピンが立った建築物の中には五〇個ほどの白い光点がある。

 この建物は小さいながら砦のようなものらしく、比較的堅固けんごな造りに見える。

 この砦の周囲を二〇〇個ほどの光点が取り囲んでいるのも確認できる。


 どうも包囲されているらしいな。


 光点を調べていくと、砦内は第一騎兵団の団員が固めており、その中に一人だけ団員以外のものがいた。


『ザッカル・ガリスタ

 レベル:九

 ウェスデルフ王国第一王子。ミノタウロスだが知性に飛んだ傑物。次期国王としての力量は確か。度々、父親である国王と衝突するも、国民からの期待は大きい』


 ウェスデルフの王子か。この人物をケシュの親父が守っているという構図だなぁ。


 ちなみに砦を包囲しているのウェスデルフ王国第二歩兵団の団員どものようだ。


 内戦なのかな?


「内戦が起きてるっぽいな」

「戦争だって父ちゃんが言ってた。戦争を止めなければならないって」

「戦争?」

「うん。王さまが隣の国々を攻め滅ぼすための戦争を起こそうとしてるんだって。それを止めるために王子の元に行かなきゃならないって言ってたんだ」


 大方の情報は判ったな。戦争をしたくない勢力が内戦を勃発させたに違いない。その勢力は王子一派のようだ。


 事が性急過ぎたのか準備も整わないうちに事を起こさざるを得なかったというところだろうか。


「王さまってミノタウロスだっけ?」

「そうだよ。ウェスデルフの歴史の中でも最強と言われてる。オーガス・ガリスタ陛下」


 大マップ画面でみれば、そのオーガスなる人物はウェスデルフの王城にいるようだ。


 その光点の周囲を確認していて俺の目は止まってしまう。オーガスを示す光点の隣に赤い光点があったからだ。


 その赤い光点をクリックしてみると……


『オノケリス

 レベル:五九

 ソロモンによって呼び出された魔神の一人。非常に美しい女性の姿だが、ラバの足を持つのが特徴。男を絞め殺すことを無情の喜びとする恐ろしい存在』


 また魔族かよ。


 俺は心の中で毒づく。もっともアルコーンよりもレベルが低いのが助かるけどね。

 現在のウェスデルフの問題は、この魔族が裏で糸を引いていると推察できる。帝国と同じで、どっかのバカが呼び出したのかもしれない。


 オノケリスを示す光点の周囲の白い光点が消えていったりしていない所を見れば、周囲の人物たちがオノケリスにくみしているか、操られているんだろう。

 これはオノケリスを早急に取り除かねばならないと俺は判断する。


 俺は立ち上がると、みんなを見渡す。


「また、魔族のようだぞ」

「ほう……今度は何だ?」


 トリシアがギラリと目を輝かせる。


「オノケリス」


 トリシアが驚いた顔になる。当然だ。魔神と呼ばれる悪魔だからな。


「ほえー!? 男を誑かす邪悪なる亜神ですよ! ケントさん! 誑かされたらいけません!」

「なんじゃ。牝馬めうまか。我は見たことはないがのう。男には少々やっかいやもしれぬな」


 アナベルが変にいきり立っている。マリスは比較的落ち着いているようだが、微妙に不吉な事を最後に付け加えてくる。


「男だと問題があるのか?」

「あやつは男を魅了する術に長けていると聞くのじゃ。ケントはともかく、ハリスは危ないかもしれんのう」

「マジで?」

「うむ。一瞬じゃ」

「一瞬か」

「あっと言う間なのですよ!」


 ううむ。魅了を防ぐ手立てを考えないとマズそうだな。というかアナベルさん。鼻息荒げて力説してますけど、なんか顔が近いです! 近づきすぎです!


「とにかく、今回はこいつが最終目標となりそうだ。気を引き締めて行こう」

「承知……」


 ハリスがまっさきに言うが、チームの弱点になりそうなのは俺たち男だし、レベル的に考えても君が一番のウィークポイントでしょう?


「ま、ケントとハリスは後方で支援が良かろう。私たちに任せてみる気はないか?」

「オノケリスのレベルは五九だぞ?」

「我ら三人なら行けそうじゃろ?」

「そうなのです! 女だけでやるべきなのです!」


 なんか、アナベルは異様に興奮気味ですなぁ。そんなに問題ある敵なのだろうか?


「なら、そいつへの対処は三人に任せるとして、俺とハリスは、その周囲を担当すればいいかな?」

「そうしろ。オノケリスは私たちで対処する」

「任せてたも!」

「やってやるのです!」


 そんな話をしていると、横で心配そうな顔をするケシュが目に入る。


「亜神とか聞こえたけど……父ちゃんは大丈夫かな……」


 不安そうな声の囁きが聞こえたので安心させるために声を掛ける。


「大丈夫だぞ。俺らは冒険者だ。こういう問題を解決するのが仕事だからな」

「やっぱり冒険者だったんだね。そうじゃないかと思ってたんだけど……でも、冒険者って戦争止められるの?」


 当然の心配ですな。


「ああ、俺たちなら止められると思うよ。何せオリハルコンだからね」


 俺はニヤリと笑いながら冒険者カードを取り出してケシュに見せた。俺がそうしているのを見た仲間たちも同様に冒険者カードを取り出す。


 五枚の虹色に光る冒険者カードが焚き火の明かりをキラリと反射している。


「そ、それって……伝説のオリハルコンの……」

「そう、俺たちはオリハルコン・クラスの冒険者チーム『ガーディアン・オブ・オーダー』の人間だ」


 ケシュの顔に希望の光が宿った。


「すごいや! これなら王国も助かるね!」

「ま、完全に元通りとはいかないかも知れないけど、頑張ってみるよ」



 翌朝、ケシュとセイナを呼び出したダイア・ウルフの背に乗せてトリエンへと送り出した。彼らには俺の書状を持たせておいた。


 その書状はクリストファに宛てたもので、彼らを一時的に保護するようにとしたためてある。

 万が一、父親であるシルーウ・ウルフェンの身に何かあった時には孤児院で引き取るってもらう事になるかもしれない。そうならないように立ち回るつもりだが。


 何はともあれ急いだ方が良さそうなので、俺たちは騎乗ゴーレムを進める速度を上げた。


 いくつかの村を通り過ぎ、昼よりも大分前にピッツガルトに入る。


 一応、マルエスト侯爵の邸宅にお邪魔をした。突然の訪問ながら、マルエスト侯爵自らが玄関口で出迎えてくれた。


「おお、クサナギ辺境伯、ようこそ参られた」

「突然、お訪ねして申し訳ありません」

「辺境伯ならいつでも大歓迎ですぞ」


 俺たちは応接間に通される。


「して、今日はどのような用向きで?」

「実はファルエンケールの女王の要請でピッツガルトの西に広がるラクースの森へ行く途中なんですが」

「ラクースの? 森のエルフたちにご用ですか?」


 ファルエンケールの場合と違い、ラクースの森にエルフの国があるのは周囲にも知られているらしい。

 まあ、ファルエンケールにはタクヤたちの遺物が納められていたし、それを秘密裏に管理していたので秘密だったって事がやっと判ったんだけどね。


「ラクースの森との連絡が取れないそうです。その様子を見に行くのが目的なんですが……」


 俺が言いよどむとマルエスト侯爵が少々心配そうな顔になる。


「何か他にあるんですかな?」

「はい。ウェスデルフ王国をご存知でしょうか?」

「ウェスデルフ……? 西の方にそんな名前の国があるのは知っていますが?」

「そこに魔族が現れたようです」

「なんですと!?」


 マルエスト侯爵がソファから立ち上がった。


「落ち着いて下さい。その魔族は俺たちで対処します」

「そうじゃぞ? マルエスの侯爵よ。我らにまかせておけば安心じゃ」


 マリスが胸をドンと叩く。


「現れた魔族はオノケリス。どうも亜神レベルのようですが、帝国で戦った魔族に比べたら見劣りしますね」


 俺がそう言うとマルエスト侯爵は落ち着きを取り戻して腰を下ろした。


けいが言うのなら……そうなんでしょうな……しかし、オノケリス……亜神ですぞ?」

「そうですね。完全に安心というわけにも行かないでしょう。マルエスト侯爵は防衛に専念しておいたらいいのではないでしょうか。それと国王陛下にその旨を報告するべきだと思います」


 マルエスト侯爵が頷く。


「事の次第は俺の方でもフンボルト侯爵閣下に報告はしておきますが、マルエスト侯爵もお願いします」

「了解した。至急、伝令を走らせることにしよう」

「俺たちはこのままラクースの森に向かい、そのままウェスデルフへ潜入します」

「貴殿らならこの問題も解決してくれるものと思う」


 マルエスト侯爵は確信を持って言っているわけでなく、期待を込めてといった感じだな。


「ご期待下さい。もしかすると戦災難民が大量に発生する可能性がありますが、対処をお願いしますね」

「準備しておこう」

「よろしくお願いします」


 マルエスト侯爵に後方支援を頼んだ俺たちはピッツガルトを後にした。


 ピッツガルトからラクースの森までおよそ八〇キロ。騎乗ゴーレムの俊足なら一時間と掛からずに到着するだろう。


 一体、ラクースの森で何が起こっているのだろうか。ウェスデルフの動乱に巻き込まれていたら面倒だと思うが、その可能性は非常に高い。

 気を引き締めていくことにしよう。

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