第15章 ── 第6話
プルエット村を出てから四時間。
すでに陽が傾いてきたので野営をすることにした。
東にアルシュア山が天辺を雲に突っ込んでそそり立っている。周囲は木々が多くなってきており、野営をするには悪くなさそうだ。
食事の準備をしていると、どこからともなく狼の遠吠えが聞こえてきた。遠吠えは一定間隔を置いて幾つも上がっている。
フェンリルが俺の
「何かあったか?」
俺は小型翻訳機のログを表示してフェンリルの言葉を翻訳する。
『森のなかで隠れ潜むものを発見したようです』
「隠れ潜むだって? また賊かな?」
『詳しくは判りませんが。二匹いると言っています』
二匹? 人間じゃないのか?
「ハリス! 偵察に出るよ!」
俺が声を上げると、ハリスがいつのまにか後ろにいた。
「了解……」
忍者にクラスチェンジしてからのハリスは結構心臓に悪い。気配殺してるんだもんなぁ。最近、俺でも感知困難になってきたよ。四六時中スキル使いまくってるからスキルレベル爆上げ状態なのかも。
俺は報告があった方向の森にハリスと入っていく。
大マップ画面で確認した限り、二〇〇メートルほど行った先に青の光点が遠巻きに包囲している白い光点が二つ確認できる。
一応データを確認するためにクリックしてみる。
『ケシュ・ウルフェン
職業:一般人
レベル:三
脅威度:なし
狼人族の少年。少々やんちゃ。妹を守る事に関しては大変勇敢になる』
狼人族の少年だって? なんでこんな森の中にいるんだ?
もう一方を確認してみる。
『セイナ・ウルフェン
職業:一般人
レベル:一
脅威度:なし
狼人族の少女。引っ込み思案で臆病な性格だが、母の仕事を手伝う良い子』
白の光点に近づき、あと二〇メートルほどになった時、マップの白の光点の一つが点滅してから赤く色が変わる。
前方を見れば微かに焚き火の明かりが見え隠れしていた。俺はその明かりに向かって普通に歩いて近づく。
「だ、誰かいるのか!?」
変声期前の幼さが残る子供の怒鳴り声が聞こえてくる。
俺は灌木をかき分けて焚き火のあたりに顔をだした。
見れば、短剣を少々長くした程度の粗末な武器を構えた狼人族の子供が見えた。その後ろには、半分だけ顔を出して震えている狼人族がもう一人いる。
「何で、こんな所で野営してるの?」
「な、何者だ!?」
武器を構えた子供はジリジリと後退しながらも、果敢に俺を威圧する。
「部下から隠れているものがいると報告があったんでね。様子を見に来た者だ」
「部下だって……!?」
子供が周囲をキョロキョロと見回しているが、ダイア・ウルフが見つかるわけないわな。一〇〇メートル~二〇〇メートルの距離で包囲中だもの。
いくら狼人族の嗅覚が人間のそれを上回っているといったって、数倍程度だからね。
「君たちは何でこんな所にいるの? お父さんやお母さんはいないのかい」
俺がそう言うと子供が目に涙を浮かべ始めた。
「わ、判らないんだ」
「判らない?」
「母ちゃんはオイラたちと途中まで一緒だったんだ。でも三日前に別れたから……」
何か事情があるのかもしれない。
「お父さんは?」
「国に残ったんだ。やることがあるって」
どうも要領を得ないな。国とはどこなんだか。
見れば、木の枝に貫かれた小鼠が一匹だけ焚き火に炙られている。どうやら彼らの夕食らしいが、少々量が足りなくないかね?
「君たち、お腹が空いているだろう? あっちで俺たちも野営しているんだが、一緒に飯でもどうだ?」
俺がそう言うと、武器の子供の目は警戒の色を湛える。だが、後ろの子の目は明らかに期待の色を浮かべている。口から
「どうする? 今日は若鹿のステーキなんだが」
そういうと盛大に後ろの子の腹がグウウウウと鳴った。さっと顔を隠したが、武器の子の顔が戸惑った感じになる。
「俺たちお金なんか持ってないよ……」
武器の子の強い警戒心が揺らいでいる。
「あいにく、お金に興味はないなぁ」
俺は苦笑する。
「じゃあ、何に興味があるの?」
再び警戒心に火が大きくなりかけたが、俺の言葉に消散してしまった。
「情報かな?」
「情報? オイラ、何も知らないけど……」
予想とは違った返答に警戒心も忘れてしまったという感じだね。
「ま、詳しい話は飯でも食いながら聞かせてくれるとありがたいな。あっちで腹を空かせた仲間たちが待っているんでね」
俺がそういうと武器の子は短剣を腰に巻いているベルト代わりのロープに挟み込んだ。
狼人族の子供二人と共に野営地に戻ってくると、マリスが足をバタバタさせていた。
「お腹すいたのじゃー! ケントはまだなのかや!?」
「戻ったぞ」
「今日のご飯はまだかや!? 料理の途中で姿をくらますでないぞ! 期待でお腹が鳴りまくりじゃ!」
かなりご立腹のようです。
「ケント、何だその子供は」
トリシアが興味深そうに子供たちを眺める。
「エ、エルフだ……」
「兄ちゃん、アタイ初めてみた」
二人はトリシアを見て目を丸くしている。
「あらあらあら! 小さくて可愛いのです! 撫でていいですか?」
「ご飯の後にしなさい」
「はーい」
俺が
「さて、そこの焚き火で待ってなよ。すぐに飯の用意をするからね」
俺が二人に言うと、武器の子が頷いて焚き火に座った。彼の隣にいつの間にかハリスが現れて、子供が目を丸くして驚いていた。
ハリス、悪戯はそのくらいにしておけよ。驚きすぎて二人とも硬直してるぞ?
さて、今日の料理は先程も二人に言った通り、若鹿のステーキです。いつもより多めに焼きますよ。
味付けはシンプルにしておこうか。塩と胡椒を振って、最後にバターを載せよう。
ニンニクは大抵の場合は好評だけど、子供相手だと好みが分かれそうなので小皿に用意しようか。
基本的に俺らの食べるものは最近は主にご飯なのだが、パンも一応用意しておく。狼人族だとご飯を食べるのが大変かもしれないからな。鼻が長いし。
付け合せにジャガイモと人参をソテーしておく。
スープではないが、代わりに牛肉をふんだんに入れたカルボナードを用意する。
ベルギーで食べた味が忘れられなくて再現してみた。
牛肉と玉ねぎで作れるから楽ちんでした。あ、ビールは無かったのでエールを代用しましたが。
美味しそうな料理の匂いが周囲に漂うにつれ、子供たちの腹の虫がドラムのように盛大に鳴り続けている。
そんな二人の頭をアナベルが夢中になって撫で回していた。
「よーし、できたぞ」
テーブルに人数分並べた料理に、仲間と子供たちが群がる。
「待っておったのじゃ!」
「さあ、食べましょう!」
「今日は鹿だな。自ら味付けをできるようにした配慮は戦術的にも評価できるな」
みんなが料理に手を付け始めるも、子供たちは涎をダラダラ流すばかりでフォークやナイフに手を触れない。
「どうした? 食べていいんだよ?」
「こ、こんなご馳走……いいのかな……」
武器の子がまだそんな事を言っている。
「いいに決まっている。というか、君が手を付けないから、セイナちゃんが食べられずにいるぞ?」
俺の言葉に武器の子が衝撃を受けた顔になる。
「な、何で妹の名前を……」
「そんな細かいことはいいんだよ、ケシュくん。いいから食え」
俺に言われて決心がついたのか、ようやくナイフとフォークに手に持った。妹のセイナも兄にならった。
彼らは食事を開始すると、すさまじい速度で料理を平らげていく。
「お替りあるぞ?」
俺は返事も聞かずに彼らの皿にステーキを置いてやる。
彼らは、それらも猛烈な勢いで腹の中に納めていった。
食事が終わる頃、腹をポンポコリンにした三人が焚き火の周りに転がっている。
「あ゛ー……食べ過ぎたのじゃ」
「なんで対抗して食べるかな」
俺はマリスの丸々とした腹を撫でてやる。
「冒険者は日々戦いじゃぞ!? 我に負けは許されんのじゃ! 例えそれが獣人族の子供といえどもな!」
一体何と戦っているのですか、マリスさん。
その子供たちは久々に腹いっぱい食べられたらしく、これまた立派なお腹の具合。
そのお腹をアナベルが嬉しげにワシャワシャと撫で回している。
「ここの毛が柔らかくて撫で甲斐があるのですよ!」
子供たちは戸惑っているものの、食べ過ぎで動けず、アナベルにされたい放題になっている。
どういう
子供が飢えるような世界は碌なもんじゃない。彼らのような子供を飢えさせるのは、大人の責任だと思う。こういう部分もいつか是正できればいいんだけど。
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