第15章 ── 第5話
村長宅でしばらく待っていると、大きな音を立てて扉が勢いよく開いた。
振り返ってみると、そこには巨人がいた。
いや、巨人というには語弊があるかもしれない。モンスターとしての巨人ではなく、人間としての巨人だ。
背丈はおよそ二メートル三〇センチ。身体の幅も厚みも通常の人間の二~三倍はあろうか。
「でけぇ!」
「あ゛あ゛!? 誰が木偶の坊だと!?」
ドシン、ドシンと猛烈な足音を立てながら巨人が俺に迫る。
「あ、いや、デカイと言っただけだよ。木偶の坊とは言っていないぞ」
「今言った! やーいやーい!」
巨人はピョコピョコ飛び跳ねながら俺を指さして冷やかしてくる。
子供か!?
見た目とのあまりのギャップに目が点になる。
「ごめんなさいねー。主人はちょっと子供っぽい所があるの」
人の良さそうな女性はウフフと笑いながら俺に謝る。
「どこが子供か!?」
「んー? 全部?」
「全部か!」
「そうですよ?」
いつまでこのコントを見せられるんだろう……
俺のシラーッとした視線を感じた巨人が照れたように咳払いをする。
「それで、この俺に用なのはオメェたちか?」
「貴方が村長なら、そうなるかな?」
「で、何の用だ?」
「一応、領主として挨拶しておこうと思ってね」
「領主だとぉ?」
「ああ、そうだ。俺はケント・クサナギ・デ・トリエンだ。国王からトリエン地方を賜った新興貴族だね」
巨人が宙を眺めて何かを思い出そうといった顔になる。
「そういやぁ……なんか新しい領主がなんのかんのと言った話を聞いたような?」
人の良さそうな女性が書棚の引き出しを開けてゴソゴソとやっていたと思ったら、何か書類のようなものを取り出して来た。
「アナタ、この書類のことじゃないかしら?」
女性の手にある書類に屈んで覗きこんでいた巨人が突然俺に向き直ると飛び土下座をかます。
ドシーーン! と大きな音を立てるだけでなく、家が振動するほどだ。床が抜けるのではないかと俺は心配したが、なんとか持ちこたえた。
「領主さま! 失礼いたしました! わざわざ、このような辺鄙な村まで足を運んでいただきありがとうございます!」
あまりの豹変に言葉もないのだが、対応せねばならないので頑張る。
「いや、突然の訪問で迷惑を掛けたね。ちょうど通り道だったから顔でも見せておこうと思っただけなんだ」
「なんという慈悲深きお言葉、このバーガン、感激の至り!」
巨人はドシンと床に頭を打ち付ける。
「バーガン……? ハロルド・バーガン……か?」
またハリスの知り人か?
「知り合い?」
「いや……百鬼バーガンという……冒険者の名前を……聞いたことがある……だけだ」
「よくご存知で。かれこれ五年も前の話ですがね」
バーガンと名乗った巨人は正座の姿勢でハリスの言葉を肯定する。
「冒険者を引退して故郷に帰ってきたんでさ。ドラケンあたりじゃ俺のような身体が大きいのは住みづらいんで」
彼は五年ほど前までドラケンとトリエン北部あたりで活躍した冒険者だったそうだ。
ちなみに彼のランクはゴールドだ。レベルも二五と結構高い。
冒険者を引退して故郷のプルエット村に帰ってきたのだが、引退した冒険者がバーガンを慕ってプルエット村に集まるようになったそうだ。
カイエスもその一人らしい。
冒険者上がりは体力も腕力もある。そういった人間が集まったお陰で、細々と採掘されていた珪砂を大量に掘り出すことが可能になった。
そのため、今のプルエット村は金回りが良いらしい。
そういう理由で彼が三年ほど前から村長に指名されたというのが経緯らしい。
「なるほどね。でも、そんなに畏まらなくていいよ。貴族になっちゃったけど、一応、俺も冒険者なんで」
「領主さまが冒険者? はて。フォフマイアー子爵みたいですな」
「フォフマイアーは今、トリエンで俺の作った軍隊の指揮官をやってもらってるよ」
バーガンがポカーンとした顔になっている。
「そいつは凄ぇ……現役時代、俺はあの人に勝ったことが無かったんだが」
「そうなの?」
「へぇ。音鳴りのフォフマイアーと言えば王都で有名な冒険者で。何度か挑戦しに王都へ行ったもんです」
そんな話は聞いてない。フォフマイアーって二つ名持ちだったのか。
「音鳴りってのはどういう由来なんだろうね?」
「音が鳴った時には、もうふっ飛ばされてるんでさ」
「へぇ……凄いね。俺にはまだ二つ名はないからなぁ」
俺がそう言うと、トリシアが笑いだした。
「そうか? 私がお前を知った時には、ワイバーン・スレイヤーと呼ばれていたはずだが?」
「それは二つ名なのか? そうなるとハリスもそうじゃん」
「確かにの。なら、我ら全員デーモン・スレイヤーと言われんとダメじゃのう」
村長がオロオロとしている。
「え? ワイバーン? デーモン?」
「あ、ごめん。俺たちは音鳴りみたいな二つ名はないんだ。一応、トリシアは超有名人だけど」
「過去の栄光さ」
トリシアがサラリと長い金髪に指を通して髪を掻き上げた。
「そちらのエルフの方はどういった有名人で?」
「トリ・エンティルって知ってる?」
「へぇ。おとぎ話に出てくるエルフでございましょう?」
「彼女がトリ・エンティルだよ」
「ははは。それはおとぎ話で……え? 本物なんです?」
呆けたようなバーガンに、マリスやハリス、アナベルまでもコクコクと頷いている。
「こりゃおったまげた。おとぎ話の本から抜け出てきちゃったんですかい」
「あの本は私の冒険を知り合いの
「そうなんですかい。こんな辺鄙な村に良く来なすった」
あまり理解できてないようだが、なんとなく納得した感じのバーガン村長。
「そういや昨日、宿で盗賊を捕まえたんだが、彼らの処理は村長がやったのか?」
「あ、カイエスの所のですな。へぇ。今は珪砂の採掘をやらせてますが」
「なるほど……労働奴隷にしたのか」
「へぇ。何せ人手が足りませんので」
とりあえず顔見せと挨拶は終わったので、興味のある事柄に移ろう。
「そうそう、その珪砂だけど……ガラスの材料だよね?」
「よくご存知で。ここらでは大量に採れますから他の街に持っていくと高く売れるんでさ。定期的に商人がやってきて買っていきます」
「ここにもガラス工房があるって聞いたけど」
「ありますあります。小さいですがカイエスの宿のヤツとかはそこで作ったもんです」
「ガラス製造の体験実習とかないのかな?」
「体験ですかい? やってみたいなら、工房のシデムガ爺さんに聞いてみて下さい」
村長に案内してもらってガラス工房に行く。
「爺さん! シデムガ爺さん!」
「なんじゃ! バーガン! まだ例のグラスは出来とらんど!」
「いや、そうじゃねぇ。ガラスを作ってみたいって人を連れてきたんだよ。領主さまだから失礼のないようにな」
バーガンはそれだけ言うと俺たちを置いて工房を出ていった。
「なんじゃ。領主さまってのは物好きじゃなぁ。こんな糞暑い仕事に興味があるなんて」
ヒョロっとした手足の白髪の老人が奥から出てきた。
「随分若いな」
「そうかも。まだ二五だし」
「二五!? 一七くらいじゃないのか?」
「どうも若く見られるみたいでね」
「で、ガラスを作りたいって?」
「ええ、体験してみたい程度ですが」
「ふむ。ええじゃろ」
そういってシデムガ爺さんはガラスについて色々と教えてくれる。
珪砂を主原料に石灰石や灰などを混ぜ合わせ、猛烈に加熱した溶解炉で溶かす事でガラスになる。この村の珪砂は良質なので、無色透明のガラスを作るのに適しているのだそうだ。不純物が多いとガラスに色が付く。これを利用して色ガラスを作るという方法もあるそうだ。
溶けたガラスがある程度の温度になった所で好きなように形成して、ジョッキや皿、瓶などを作るわけだ。
俺はもちろんだが、トリシアたちもガラスのコップ作りに挑戦したが、なかなか上手くいかない。
しばらく挑戦したところで、俺の頭の中でカチリと音がした。
それからというもの、結構簡単に形成できるようになり、小瓶などをどんどん作り出していく。
「なんかコツを掴んだみたいだ」
「あんた、なかなか見どころがあるね。ワシの弟子にならんか?」
「いや……俺は領主家業が忙しいからね」
「あ、そういや領主さまだったっけ」
変なスカウトをされたが、諦めてくれたようなので何より。
「うまくできんのじゃ! 爆発するしの!」
「そりゃ息を吹き過ぎなんじゃ」
「もういいのじゃ!」
マリスは満足のいくものが作れず、癇癪を起こして出ていってしまった。
俺はというと、二〇本ほどガラスの小瓶を作ったが使い道が多そうだしインベントリ・バッグに仕舞っておく。
トリシアとアナベル、ハリスは不格好ながらコップを作り上げた事で満足したらしい。
午前中、ガラス作りをしてから宿に戻った。金貨を数枚、シデムガ爺さんに礼として渡しておいた。
宿に戻るとマリスはまだ帰ってきてなかったが、昼飯にやってきた作業員の会話から、どうやら珪砂の採掘場に行っているらしい。
「あのちっこいのは凄い馬力だな! あっという間に一〇〇キロも掘ってしまった」
「ありゃ名の知れた冒険者だろう。すごい武具だったぞ」
そんな噂をしていた作業員たちが俺らを見て軽く頭を下げて食堂に入っていった。
「あの人たちのお仲間らしいな。あの人たちも凄い武具だった……」
「そういやカイエスの旦那が盗賊を連れて来てくれたけど、あの人たちが捕まえたんじゃないかね?」
「多分な。きっと有名な冒険者に違いない」
やれやれ、マリスを迎えに行かなきゃ。
マップ画面で確認すると、ここから二〇〇メートルくらい離れた所に採掘場がある。露天掘りらしく、螺旋状に掘り下げているようだ。
採掘場に向かうと、マリスの元気な声が聞こえてくる。
「おりゃーーー!」
「おお! すげぇよ、お嬢ちゃん! もう今日の作業分を掘っちまったよ!」
「我に任せればこんなもんじゃ!」
螺旋状のスロープを降りていくと、ブルドーザーのブレードみたいなものを小さくしたような道具を使って、マリスが駆け回っていた。
ガリガリとすごいスピードで走り回るので、あっと言う間に地面が削られていく。
「おーい。マリスー。そろそろ出発だぞー」
「お? もう行くかや?」
小型ブルドーザーのマリスが、ブレードを放り投げ、俺の方に走ってくる。
「手伝ってたのか?」
「なんかモタモタしてもどかしかったからのう。お手本を見せたのじゃ」
「なるほどね。作業員たちは助かってたみたいだし、いいことをしたね」
「そうかや? あの程度じゃ汗もかかんのじゃが」
そりゃレベル四〇以上あるからなぁ。一般人と比べたら効率が違うだろうね。
俺はマリスを連れて宿まで戻り、宿の料金を支払った。
「それじゃあな。帰りにまた寄るかもしれん」
「料理、美味かったのじゃ」
「お世話になりましたー」
「親父さん、お世話になったね」
俺たちが挨拶すると、ぶっきらぼうな親父が深々と頭を下げた。
「また、いつでもご利用下さい」
ちょうど昼になる頃、プルエット村を後にした。
カツサンドをみんなに配り、馬で走りながら昼食を摂る。
次はマルエスト侯爵の領地、ピッツガルト地方だ。
この地方には、トリシアの腕を喰らい、ホイスター砦を廃墟にしたドラゴン「グランドーラ」が住むという例のアルシュア山がある。
いつか、行ってみたいものだ。
グランドーラと戦いたいわけじゃないけど、ドラゴンの生息地だし、ドラゴン・スレイヤーを目指すなら今の所唯一の候補地ともいえる。
小さいドラゴンなら倒せるかもしれないしね!
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