第15章 ── 第4話
旅の行程としてはトリエンから西の街道を通り、ホイスター砦跡地の手前の分かれ道を北西に行く。そこから王国の西の要衝、城塞都市ピッツガルトへと向かう。
ピッツガルトの領主は、ハインリッヒ・マルエスト・デ・ピッツガルト侯爵。
例の歴史とか遺跡好きの社交界のムードメーカーだね。王国の大貴族の一人であり、俺とは仲が良い人物なので、立ち寄ろうかと思っている。インベントリ・バッグにも手土産を用意してきているし。
ピッツガルトまでは最高速度で移動すれば一日も掛からないが、急ぐ旅ってわけではないので、
途中の村に泊まりながら向かう予定だが、早期警戒部隊であるダイア・ウルフが一〇〇匹ほど、俺らの周囲にいるので俺たちの宿泊地の安全は確保できる。
最初の宿泊地は、トリエン地方の最北西に位置するプルエット村だ。ガラスの原料である良質な珪砂が取れる土地柄で、各地方への輸出品になっている。村にも小さなガラス工房があるそうで、視察を名目に少々ガラス作り体験をできたら嬉しいな。
夕方近くになり、ガラスの村プルエットに到着する。
銀色の騎乗ゴーレムで乗り込むと、村人たちが慌てたように逃げていく。
毎度の事ながら、騎乗ゴーレムは人目を惹きやすいからなぁ。ビックリさせてしまったかもしれない。
この村は比較的裕福なので、小さいながら宿屋が存在した。酒場も兼ねたオーソドックスな宿屋だ。
俺らが宿に入ると、ぶっきらぼうな親父が出迎えてくれる。
「冒険者か。素泊まりなら一人、青銅貨一枚。晩のメシを付けるなら、黄銅貨一枚を追加だ」
「男二人、女三人だから、二部屋頼むよ。一応晩飯も付けてもらおうかな」
親父はムスッとした顔で頷き、宿の厨房に入っていく。八歳くらいの女の子が俺と親父の会話を聞いて二階の階段を駆け上がっていった。
俺らは空いているテーブルを一つ確保して椅子に座った。
周囲を見回してみると、冒険者っぽい集団が一組、あとは村人かな? 砂に汚れた作業服を着た男性が多いから、珪砂を採取している作業員かもしれないね。
冒険者っぽい集団は油断なく俺たちの動向を監視している気がする。時々俺と目が合うも、すぐに視線をそらすといった感じ。
しばらくすると、親父が厨房から大きな皿を運んできた。大皿の上には巨大と言ってもいいほどの牛肉がコンガリと焼かれて載っていた。香草と塩で味付けがしてあるらしい。
パンは黒パンだったが、他の村や街と違って柔らかく焼かれていた。
サラダにスープも付いてきたのに、これで一人黄銅貨一枚なら物凄く安い。
「エールも貰えるかな?」
「ああ。一杯で鉄貨二枚だ」
ぶっきらぼうな親父に言うと、ガラスのジョッキを五つもってきたので、黄銅貨を渡す。
「さて、食うか!」
大皿の巨大牛肉をアナベルが切り分けて俺らの取り皿に配ってくれる。
肉は表面が焼かれているが中身はレアな焼き加減で、大量の肉汁が滴っている。かなり旨そうだし、焼き加減が絶妙だ。
ナイフとフォークで切って一口ほお張ってみると肉汁が染み出てきて幸せな味が舌の上に広がる。
「美味いな」
「ケントのヤツほどじゃないのじゃ。でも美味いのじゃ」
「なかなかの腕前だな」
「はふー。お昼のトンカツも美味しかったのですが、これも美味しいのです!」
ハリスも気に入ったみたいで、食が進んでいるようだ。
ちぎった黒パンで流れ出した肉汁を掬い取り口へ運ぶ。
黒パンもかなり良いもののようだ。白パンにはない、独特の風味と舌触りが肉汁と相まって非常に美味しい。
このあたりは荒野に近いので野菜は採れないはずだが、サラダには比較的鮮度の良い野菜が盛られていた。
少々の油と塩、黒い粒々が混ざったドレッシングが掛かっている。
俺はサラダを口に入れたとき、この黒い粒々の正体を知った。黒胡椒ではない。この風味は山椒だ!
「親父さん、この黒い粒々は山椒だね!?」
カウンターでガラスのジョッキを拭いている親父に俺は話し掛ける。
「さんしょう? それはペナリスの実を乾燥させてすり潰したものだ」
山椒はぺナリスの実というらしい。
「どこで採れるの?」
「ピッツガルトの方から仕入れている」
おお、マルエスト侯爵の領地では山椒が採れるのか。これは是非仕入れなければ。鰻の蒲焼に振りかけるのも良いし、各種薬味が手に入ったら七味唐辛子が作れるかも知れない!
食事に満足した俺たちは、宿の女の子に案内されてそれぞれの部屋に入った。
夜寝ていると、大きな物音と悲鳴で俺は目を覚ました。
何事かと思い、明かりを
「何事か!?」
「賊だ……」
扉の横にハリスが立っており、ロープの端を持っていた。
「賊? 盗賊かな?」
「のようだ……」
俺は吊り下がっている男をしげしげと眺める。
「へへへ……旦那たち、俺らは……」
俺は指を立てて黙らせた。
「街なら衛兵隊に突き出すところだが、こういう地方の村だとどうするんだろ?」
「晒し首……或いは……奴隷労働」
ハリスがボソリと言った瞬間、男たちの顔色が真っ青になる。
「ふむ。面倒だから斬首かね?」
「だ、旦那!? どうか御慈悲を!」
「旦那たちが裕福そうなのでつい魔が差しただけです! お許しを!」
「領主の寝室に侵入しておいて慈悲? 虫が良すぎないか?」
男どもの顔が怪訝なものになる。
「りょ、領主?」
「ああ、俺はケント・クサナギ辺境伯。トリエン地方の領主だ」
男どもの目が見開かれたが、すぐに爆笑を始めた。
「わははは! 旦那、冗談いっちゃいけませんや。領主の名を騙るなんて大罪ですぜ?」
「げへへへ。俺たちがちょいと口を開きゃ、旦那たちが縛り首でさ」
何か得意げな顔で言い始めた。マジで領主なんだけどなぁ。
「お好きにどうぞ」
ハリスが男どもを下ろすとロープでグルグル巻きにする。
男どもを引きずって廊下に出ると、トリシアたちの部屋からもロープで縛られ、かつ青タン状態の男が三人、引きずられてきた。
「あ、そっちも?」
「どうやら、そっちにも入ったようだな」
「不届きな奴らだぜ。私らに襲いかかってくるとはな」
ダイアナ・モードのアナベルが一人の頭を小突き回している。
「ほんとじゃ。オリハルコン相手に度胸が良いというべきじゃな」
五人の男どもは、マリスの言葉を聞いて真っ青になる。
「オ、オリハルコンですかい……?」
「ああ、俺らは全員、オリハルコンの冒険者だ」
そういって、俺は冒険者カードをチラリと見せてやた。
「と、ということは……領主って話も……」
「本当だよ」
それを聞いた二人の男がガクリと首を折った。残りの三人は何のことか解らないといった表情。
騒ぎを聞いて、宿の親父が二階に登ってきた。
「どうかしたかね?」
「
「俺の宿で
ぶっきらぼうな親父が仁王様のような怖い顔に変貌した。
「このワルター・カイエスの経営する宿で盗みをやろうたぁいい度胸だ!」
「豪腕カイエス……!?」
盗賊の一人がガタガタと震え始めた。
「豪腕……だと……?」
ハリスが珍しく反応した。
「知ってるの?」
「引退したと聞いていたが……元シルバーランクの……冒険者だ……」
へぇ。トリエンの街は俺らが来るまで最高ランクがシルバーだったと聞いているし、そう考えるなら親父さんは結構有名な冒険者だったのかも。
調べてみれば、親父さんはレベル一九の
「有名なんだねぇ」
「トリシア……ほどじゃない……がな」
カイエス親父が俺らに向き直って頭を下げた。
「俺がいるというのにスマン」
「いや、構わないよ。別に被害があったわけじゃないし」
「ま、面倒だし、親父に後を任せとけばいいだろう」
トリシアがアダマンチウムの義手で三人の男をグィッと立ち上がらせる。
それを見たカイエス親父が目を見開いた。
「隻腕のエルフ……まさか、トリ・エンティル……か?」
「そうだが、何か?」
「い、いや……賊の捕縛感謝する」
そう言って親父がトリシアに片手を突き出した。トリシアはその手を義手で握り返す。
何やらカイエス親父が顔を赤らめている気がするが気のせいだろうか。
「そんじゃ、後はよろしくね」
親父は俺の言葉に力強く頷いた。
次の日の朝、宿の食堂に来ると、ぶっきらぼうの親父が鼻歌混じりに卵とベーコン、チーズなどを焼いたプレートを俺たちの席に運んできた。
「これは昨晩のお礼だ。遠慮なく食ってくれ」
「おー、ありがとう」
俺はそれらを黒パンを切って挟んで食べた。見ていたみんなも同じようにして食べている。
「親父さんは料理が上手いね。これにも何か味付けしてあるね。胡椒かな?」
「塩とオグの実の粉末を掛けた」
「オグの実? 胡椒っぽいんだけど」
「こしょう? オグの実は普通虫除けに使われているものだが、俺が冒険者をしていた時に使ったら美味かったんでな」
ティエルローゼでは胡椒は香辛料として使われていない。それを使ったということは味の探求に貪欲なのかもしれないな。
朝飯を終えた俺は、村長に挨拶しておこうと考え、カイエス親父に教えられた村長宅へと出向いた。一応、領主っぽいことはしておかないとね。
村長宅は結構大きめで、隣に珪砂を貯蔵する大きい倉庫が併設されていた。
村長宅の扉をノックすると、気の良さそうな女性が現れた。
「どちら様でしょうか?」
「トリエン領主、ケント・クサナギ辺境伯です。村長にお会いしたいのですが?」
キョトンとした顔で女性は首を傾げている。
確かに新米領主だし、格好も冒険者風だしなぁ……
良くかわからないながらも、女性は俺たちを中に招き入れてくれ、ソファを勧めてくれた。
「主人は今、現場に出ておりますので、呼んでくるまで少々お待ち下さいね」
お茶を置いた女性はパタパタと走って外へと出ていった。
結構不用心ですな。とりあえず、村長が来るまで待ちましょうかね。
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