第15章 ── 第2話
カスティエルさんが帰り、ツマミや酒を持って工房へと顔を出す。
工房の鍛冶部屋では、マストールとヘパさんが何か金属を叩いていた。
「もっと腰を入れよ。その時、我が力を腕と腰に宿すのじゃ」
「御意!」
ガツーン! ガツーン! とハンマーが振り下ろされるたびに俺の身体にもその衝撃が伝わってくるような感覚を覚える。
「そろそろ休憩にしたらどうです? 酒とツマミを持ってきたけど」
それを耳ざとく聞いたヘパさんが振り返った。
「供物であるな。よし、我が
「は! 主の教え、ごもっともでございます」
ちなみに酒は樽で持ってきた。このあたりで取れるワインでは最高のものだが口に合うかな? 串カツとワインってのも組み合わせがイマイチな気もするけど。
俺の作ってきた串カツを手に取り、うれしげにヘパさんが食らい付く。
口にほお張った瞬間、ヘパさんの目が大きく見開かれる。
「最高の供物である!」
その途端、俺の身体が赤み掛かった白い光に包まれた。
「うわ!?」
一瞬目を閉じてしまったが、目を開けるともう光はどこにもなかった。
「な、何が起きたんだ……」
身体をあちこち見回すが、別に何の変化も見られない。
ドーンヴァースだったら俺の頭の上に大きなハテナマークが幾つも並んでいただろう。
「我が力の一部を人間に与えよう。心行くまで精進せよ」
俺は慌ててステータスと称号一覧を確認した。
『へパーエストの加護を受けしもの』
あらー。三柱目の加護受けちゃったよ。マジで大丈夫か? 加護のインフレ状態なんだけど。
ステータスはといえば、筋力度と耐久度、器用度が飛躍的に上がっていた。
鍛冶スキルも二レベルほど上がった。これで鍛冶が八レベルだ。
次のスキルレベルへの必要経験値が増えてないところをみると、現在のレベルに二レベルプラスって事だろうか。
「ありがとうございます」
「うむ。精進せよ」
串カツを片手に言われてもあまり有り難みがない気がするが、能力値的には戦闘時に大いに助かりそうだ。
「ところで、何を作ってたの?」
「これか? これはケントから預かっておるオリハルコンを加工中じゃな」
「おお、とうとう加工が可能になったか!」
「うむ。今まである程度の形成ができるようになっとったんじゃが、その先が進まなくてのう。我が神の教えによってそれが可能になりそうじゃ」
ということは、俺の装備をパワーアップできそうだな。やっと中級装備から卒業できるのか。
「人間の武具であるか。では、少々気を入れて鍛えねばならぬな」
ヘパさんは串カツを酒で流し込みつつ、そんな事を言う。
「え? ヘパさんが俺の武器を鍛えてくれるんですか?」
「もちろん、
ヒゲの両端が上にクイッと上がったので笑っているのだろう。ヒゲが多すぎて、そこのところに確信はないが。
館に戻ってトリシアとマリス、ハリスを集める。アナベルは教会から帰ってきてから話すことにする。
「ファルエンケールの女王から、こんな書状が届いた」
俺はトリシアに書状を渡す。中を読んだトリシアが顔を上げた。
「ケントはどうするつもりだ?」
「それは決まっている。ファルエンケールは王国や群小諸国とも同盟関係にある国だ。そこの心配事をトリエンが放置するってのは少々無粋だろ」
「ふむ。では西に遠征するか?」
「みんなが協力してくれるなら、行くつもりだ」
俺がそういうと、腕組み状態のマリスが片眉を上げた。
「何を言っておるのじゃ。ケントが行く所、我はどこにでも着いていくのじゃぞ?」
「マリスに同じ……」
ハリスも即答で同意している。
「ま、私も同じだがな。西に行くとして、どういった準備が必要になるかだな」
「西に何かが起こっているのは間違いないだろうね。ここの所、難民がどこからともなく流れてきているという情報もある。今回の話と関連があるかもしれないね」
トリエン付近ではそういった難民は目撃されていないし、俺も実態を把握していない。
「難民絡み……か。戦争かもしれんな」
「うん。王都でもギルドマスターがそんな話をしていたね。貴族たちに少し聞いてみたけど、貴族たちの間ではそういう情報は出回っていなかった」
とにかく情報が足りない。
扉がノックされ、レベッカが入ってくる。
「ケントさま。ご報告がございます」
「え? 報告?」
「はい。他国に潜入させているものよりの情報です」
「聞こう」
レベッカの報告によると、西方の群小諸国に潜入している工作員が現地情報を送ってきた。
それによれば、大陸中央から中央南部にかけて、戦乱の匂いが増しているというものだった。
各群小諸国間が連携を始めており、軍の増強が急がれている。それと共に、小競り合いといったものも頻繁に起きているらしい。
「群小諸国の連合? どういうことかな?」
「正確な状況は解らないようですが、群小諸国のさらに西方にある大きな勢力が動き出しているという事らしいです」
「群小諸国の西方? 王国と関係がある群小諸国からはそんな情報はないようだけど」
「それらよりもさらに西側のようですね」
俺はちょっと考える。
王国より西側は、大陸中央部まで、大国といえるような国家は存在しない。小さな国がたくさんあり、国という形を成していないほどの小さな集まりだったりもする。それぞれが自分の土地を守っていて、軍事活動を行えるような国は皆無だと思っていた。
「俺たちも今話しあっていたことろなんだが……実はこんな書状が届いてね」
俺はトリシアの手から書状を受け取り、レベッカにも読ませる。
「報告に関連がありそうな書状ですね」
「うん。非常にタイムリーな報告だね」
「素敵用語じゃ」
状況を推察する。
大陸中央から南部に掛けて何かが起きている。その東側の群小諸国が軍事的に連携して対処しようとしている。それにラクースの森の都市シュベリアが巻き込まれたって感じだろうか。
「随分とキナ臭いな」
「私もそのように判断致します」
「王国やトリエンにも影響あるかな?」
「私の得た情報によれば、すでにトリエン南西部が獣人によって侵されております」
「あー。ゴブリンたちが言ってたやつかな?」
「はい。既にケントさまが派遣なされたダイア・ウルフによって状況は改善されたようですが」
ふむ。獣人か……まてよ? 西の方に獣人の国があるとか聞いた事があるな。ウェスデルフ……とか言ったっけ?
「ウェスデルフという国は知っている?」
「ウェスデルフですか……私は知りませんが……」
「帝国の南の海を西側に行ったところにある国らしいんだが……船で三日とか言ってたかなぁ」
「了解しました。そこに工作員を送り込みましょう」
「獣人の国らしいんだけど」
「心得ました。配下の獣人族のものを派遣します」
俺が頷くと、レベッカが俺の手の甲にキスをしてから執務室から出ていった。
貴族階級では普通の臣下の礼らしいんだが、俺はこれに慣れない。親愛とか忠誠といった意味があるらしいけどさ。
「さて、そうなると軍を送るのが簡単だが……ケントにそんな気は毛頭ないだろう」
トリシアが腕を組み、片手で顎を触っている。
「そりゃそうだ。書類仕事なんかもう飽き飽きだしな」
それを聞いたマリスがニッコリ。
「そうじゃそうじゃ。部屋に閉じこもっておっても冒険なぞ出来ぬのじゃからな!」
冒険か……まさに冒険かもしれない。
未知の土地に未知の種族、未知の文化を求めて遠征する。俺はどんどんワクワクした気持ちが溢れてくる。
「ふむ。俺は貴族だけど冒険者だ。そこに未知が存在するなら行かないわけにはいかないなぁ……」
ニヤニヤと笑う俺を見たハリスやトリシアもニヤリと笑う。
「仕事はクリストファたちに任せれば問題あるまい。行くとするか?」
「俺もそう思う。よし……決定だ。準備が整い次第、西方へ出発する。一応、エルフの女王からの要請があったし、ラクースの森を目的地にしよう」
「了解だ」
「二つ目のエルフの里じゃな。ワクワクじゃのう!」
「承知……」
こうして、遠征が決まり、その準備が始められた。
俺は、工房から小型通信機を五〇個ほど持ち出し、レベッカの組織に二〇個、クリストファに一個、トリエン軍各部隊長と総司令官、副官それぞれに一個ずつ渡しておいた。もちろんパーティの仲間たちにも。残りは俺のインベントリ・バッグ内に仕舞っておく。
今回の遠征について、ギルドにも報告をしておく。今回は領主の仕事というより、冒険者としての仕事な部分もかなりあるからだ。一般市民の保護は、国という概念の外にあろうとも適用されるのだから。
アナベルが教会から帰ってきたので状況を説明しておく。
「ほえー。今度は西方ですかー」
「うん。一応大陸中央あたりまで行くかも知れないね」
「私もついて行って良いのです?」
「んー。今回は冒険者チームで行動するつもりなんだよね。神殿の仕事が忙しいなら、今回は協力しなくてもいいんだよ」
「私をのけものにしてはいけないのです! 冒険は修行なのですから!」
「あー、そうなんだ」
アナベルがプリプリと怒り出したのでなだめておく。
「んじゃ、準備を開始してくれ。数日で出発することになると思う」
「了解なのですよー! 今から腕が鳴るのです!」
俺は工房に入って、準備を始めた。
アナベルの新装備を用意しておこうと思ったんだ。彼女だけ鉄製の武具では、パーティの戦闘力のバランスが悪いからね。
ミスリルのウォーハンマー、チェインメイル、
ヘパさんとマストールの横で鍛冶を振るい、二日でそれらを仕上げた。
見ていたヘパさんが褒めそやしてきたので、かなり良くできたと思う。
ついでに少々魔法付与もしておいた。
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