第14章 ── 第34話
翌日から三日かけて、帝国の使者と共に王都へ向かう。
俺的には馬車は面倒なので、トリシアたちと同じように騎乗ゴーレム、スレイプニルで使者たちの馬車に随行することにした。
馬車には帝国騎兵たちが護衛として一〇名ほど随行しているのだが、彼らはトリエンの街の宿とかに泊まって待機していたのだろうか。
初日にマチウス村、二日目にドラケンへ滞在し、三日目に王都へと到着する。
道中はダイア・ウルフたちの護衛もあって安全に旅が出来た。
王都の門外街からは彼らは付いて来られないので、俺らと帝国騎士たちでジルベルトさんとアルフォートの安全を確保することになる。
今回は出発前に宰相のフンボルト侯爵と小型通信機で話しておいた為か、王都の一番外側の城門付近に王国の近衛兵たちが出迎えとして整列していた。
その指揮にオルドリン子爵自らがご出馬していた。
オルドリンが俺たちに目配せをした後に、口上を述べる。
「ブレンダ帝国よりの使者の方々とお見受け致します! 私は、リカルド・エルトロ・ファーレン・デ・オーファンラント国王陛下の名に
その口上に随行する帝国騎士が応対する。
「私は帝国軍第二騎兵隊所属、フランツ・フォン・バスチアン士爵! この度、ブレンダ帝国女帝、シルキス・オルファレス・フォン・ラインフォルト陛下の勅命により、帝国宰相ジルベルト・フォン・ローゼン公爵閣下、及び、アルフォート・フォン・ヒルデブラント伯爵閣下の護衛として随行しています! お出迎えに感謝し、ご案内のお申し出をお受け致す!」
傍からみているとただの茶番なのだが、これが形式というものらしいので仕方ない。
こういう大げさな寸劇によって上つ方に何が起きているのかを、周囲の民衆に知らしめる効果があるわけだね。
オルドリン子爵の先導で帝国の使者たちは王都の迎賓館に案内された。
俺らはそれを見届けてから、第四城門地区、通称「下町」にある宿『黄金の獅子亭』に引き返した。
俺としてはこっちの方が落ち着くからね。風呂がないのがネックではあるが。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、ケント・クサナギ様。度々のご利用、ありがとうございます」
何度も利用しているので宿の受付の人は俺らを高名な冒険者だと思っている。宿帳には爵位まで書いていないからね。
以前、俺の貴族服やエマのドレス姿を見ていたはずなのだが、貴族の令嬢の護衛のクエストでも受けたのかと思っていたようだ。
夜にファーガソンたち下級貴族が来たのも俺が貴族だと思わなかった要因の一つらしい。トリエン軍の総指揮官に任命したフォフマイアーが王都では有名な冒険者貴族だったせいだ。
「今回は何日泊まるか決まってないんだ」
「左様でございますか。いつまででもご利用下さいませ」
前回と同じように各人一人部屋を取り、鎧などを脱いで普段着に着替える。みんなそうだが、普段着に着替えると一般の町人と大して変わらない。
俺は小型翻訳機の通信機能をオンにして、宰相のフンボルト侯爵を呼び出す。
「もしもし?」
「クサナギ辺境伯殿ですか?」
内蔵のスピーカーから宰相の声が聞こえてくる。まだ通信機に慣れていないのか、声色が恐る恐るという感じだ。
「あ、はい。帝国からの使者たちをオルドリン子爵に引き合わせました。彼らは迎賓館に入りました」
「随行、ありがとうございました。本日、王城にて使者殿たちを招待した晩餐会が行われます。ご出席を」
「俺もですか?」
「陛下よりそのように申し付けられております」
「トリシアたちはどうします?」
「随行して頂いて構いません」
「了解しました。陛下のお申し付けなら仕方ありません」
フンボルトが苦笑のような鼻息を吐いている。
「どうかしましたか?」
「いえ、クサナギ辺境伯殿は相変わらず無欲ですな」
「え?」
「いえ、貴族なら普通、陛下主催の晩餐に参加するためならいかような手段をも使いかねないものなのですが」
「そういうものですか……まぁ、これ以上偉くなりたくはないのは事実ですが」
フンボルト侯爵は苦笑の状態から盛大に吹き出す。
「ぶほ……いや、失礼。しかし、そこが陛下のお気に召されたところでしょうな。辺境伯殿はご自分というより、大抵、他人の為に行動なされていますからな」
そうでもないんだけど……俺は俺のやりたいようにしか生きてないですよ。
「それでは晩餐会でお会いしましょう。通信終わります」
「お待ちしております」
俺は通信を切る。
さて、晩餐が始まる夜まで暇になったぞ。何しようかな。あ、そうだ。何度も王都に来てるけど、
思案していると、みんなが俺の部屋にやってきた。
「おい、今日のこれからの予定だが……」
トリシアが俺の思案顔を見て口を閉じた。
「ん? どうした?」
「何か思案中のようだったからな」
「うん。王都のどこかに転移起点を置きたいんだけど、どこに置けるか考えてたんだよ」
「ふむ。どこかに家でも買ったらどうだ」
「王都に家をか?」
ほとんど来ない王都に別宅を構えて意味があるとも思えないが。
「領地持ちの普通の貴族は王都にも家を構えているものだぞ?」
「そうなの?」
俺は他の仲間に顔を向けるが、平民だったり、人智を越えたところにいるドラゴンだったり、神殿での生活しか知らない神職だったりしかいない仲間たちは肩を
「今日、夜に晩餐会があるようだから他の貴族に聞いてみようかな。あ、晩餐会はみんなも参加ってことで」
まあ、家がどのくらいの金額なのか解らないんだが、この世界で家を買うにはどこに行けばいいのか解らないのが一番の問題だな。不動産屋ってあるのかね?
暇なので、みんなで冒険者ギルド本部を冷やかしに行くことにする。
ギルドは前回同様に盛況で、様々な冒険者チームが行き交っている。
俺たちは待合用のテーブルを一つ占領した。
何人かの冒険者が俺たちに粉をかけに来ようとしたが、トリシアやマリスの顔を見た瞬間に回れ右して立ち去っていった。
前回の騒動の時にいたのかも。
しばらく、掲示板を見たり、冒険者たちを眺めたりして過ごしていると、一人の職員が俺たちのテーブルにやってきた。
「ガーディアン・オブ・オーダーの皆様、ギルドマスターがお呼びでございます」
「ん? ハイヤヌスが? 何の用だ?」
「私では解りかねますが……」
トリシアに聞かれて、職員の女性が困り顔で応える。
「どこに行けばいいの?」
「はい。応接室にとのことです」
応接室はどこだろう? 今までは会議室だったからなぁ……
「案内をお願いできます?」
「畏まりました。ご案内致します」
女性職員に着いていき、応接室に行く。応接室はギルド本部の二階に存在していた。
比較的広く、ゆったりとしたソファなどが並んでいた。
すでにギルドマスターのハイヤヌスが来ていて、ソファに座っていた。
「よく来たな」
「どうも。何かご用です?」
「ご用もなにもない。来たなら顔くらい見せて挨拶くらいしていけ」
「それは失礼」
ジロリとハイヤヌスに見られて俺は苦笑してしまう。
挨拶しにきて世間話をするほどの間柄じゃないし。
「それと、トリエン支部から連絡があった。その報奨金を渡すのが用と言えば用だな」
「報奨金? 何の話です?」
女性職員が運んできたお茶を口にしたハイヤヌスがむせ返る。
「ゴホゴホゴホ……何の話ですとはなんだ……」
「いえ、何の事かサッパリ解らないもので」
「ダイア・ウルフとゴブリンの話だ」
そう言われて納得する。
「あー、確かにトリエンのギルドマスターがそんな話をしてたような……」
ハイヤヌスが呆れたような顔でトリシアを見た。
「冒険者っぽくないな」
「そうだろう? 見てて飽きないぞ」
「そんなに冒険者っぽくないかなぁ?」
「冒険者といえば金に命を掛けるところが普通はあるのだがな」
ハイヤヌスの言葉に俺も納得する。最近、ものすごい金額を見たり手に入れたりしてるせいか、あんまり金のありがたみを感じなくなったような気がする。
「で、報奨金を渡すために呼んだんですね。もちろん頂きますよ」
「うむ。一人金貨一〇〇枚だ。受け取れ」
ハイヤヌスが後ろの少テーブルに置いていた革袋を運んでくる。
「そういえば、最近、王都で噂になっておるが、ゴーレムを大量に作っておるそうだな」
「あー、とりあえず五〇〇〇体ほど作りましたね。トリエン軍として組織しました。もう、王都まで情報が伝わりましたか」
「五〇〇〇体か……一国が持つ軍事力ではないな」
「そうかや? あの程度じゃとドラゴンの相手にはならんのじゃが」
マリスが口を挟むも、ハイヤヌスが頭を振る。
「ドラゴンがそうそう人里に降りてきてたまるか」
「確かにのう。ドラゴンはドラゴン同士でやりあってるのが普通じゃからな」
とかいうマリスは人里に出てきたわけですが。彼女の場合は冒険者に憧れてって感じなので普通と違うんだけど。
「これで神殿に武器と武器棚を設置できそうなのですよ」
アナベルがホクホク顔で革袋を鞄に詰め込んでいる。
あ、そう言えば
というか……アナベルよ……教会に武器と武器棚が必要か?
「ときに、冒険者ケント」
お茶に手を出しかけた俺にハイヤヌスが声を掛けてきた。
「王国西方がキナ臭くなってきた事は知っているか?」
「王国西方ですか? 群小諸国がいくつかあるのは知っていますが」
「その諸国の向こう側だな。今、あちらから難民が数多く流れてきている」
「難民ですか」
俺が聞き返すとハイヤヌスが重苦しく頷く。
「難民は戦の前触れだからな。近々、西の方で大きな戦が始まる予兆かもしれんな」
「ふむ……王国に影響が出なければいいんですが」
「お前の軍があれば、王国には何の問題もありはすまいがな」
「ま、大戦が起こって、王国が巻き込まれるなんて事になったら、俺は領地の民を守る事に専念しますよ。国王から要請があれば貴族の義務として一隊くらいは出すでしょうが」
何はともあれ降りかかる火の粉は払うが、戦争などという下らないものに関わり合う気はない。非生産的過ぎるからね。
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