第14章 ── 第33話
「遠慮はいらんのじゃ。どんとかかってくるのじゃぞ!」
盾と剣を油断なく構えたマリスがアーベントと対峙する。
アーベントはというと、オリハルコン冒険者とはいえ子供のようなマリスに剣を向けていいのか迷いが見える。
アーベントは迷いを振り払うように顔を振る。
「それでは失礼仕る」
意を決したアーベントが剣を隙なく構え、ジリジリとマリスに近づいていく。
一騎打ちの独特な緊張感の中、とうとう間合いが詰まった。
「せいっ!」
タワーシールドから覗くマリスの頭を狙った一撃。
精妙なその攻撃はアーベントの技量を感じさせる猛烈な速度でマリスを襲った。
「甘いのじゃ」
マリスは軽く盾を動かし余裕でアーベントの一撃をはじき返す。
「それでは……」
アーベントが次なる攻撃モーションに入る。
「じゃから、甘いというておるのじゃ」
マリスがズイと歩を進める。
マリスが剣の軌道内に大きく入り込み、剣の打点を大きくずらした。
こうなると剣のガード近くでしか斬ることが出来ない。これでは例え当たったとしても有効なダメージは与えられない。
「ふん!」
だが、アーベントの攻撃は止まらなかった。
──ガギギン!
強烈な金属音が鳴り響き、マリスの盾にアーベントの剣がぶち当たり火花を散らす。
「お、少々やるのう」
タワーシルドの影から顔を半分だしたマリスがアーベントを褒める。
「この攻撃を
「ふふん。剣撃に見えたが、まさか下から二撃目がやってくるとはの」
そう、アーベントの剣の一撃は見せ技だ。よく見れば、左足が脚を払いにきていたのだ。
マリスはショート・ソードによってその左足を受け止めていた。
「貴族にしては野性味ある攻撃じゃったな」
ヒラリとアーベントは距離を取る。
「仕方ありません。我が奥義を使わねば貴方には通用しなさそうです」
「ほほう。奥義とな。ケントの奥義と比べてみるのじゃ。楽しみじゃのう」
マリスがワクワクした声を発する。
「では……うぉおおおぉぉ!!」
アーベントが剣を振り上げる。
次の瞬間、前後左右……いや、八方向……違う! 一六方向から剣先がマリスを襲う。
「ぬ!? 盾よ!!」
慌てたようにマリスがコマンド・ワードを叫び、タワーシールドに込められた魔力を開放する。
──ギギギギギギン!!!
連続した金属と金属が衝突する音とフラッシュのような閃光が周囲に満ちる。
そして静寂。微かにアーベントの呼吸音が聞こえている。
「参りました……これを防がれては私に勝ち目はありません……」
アーベントがガクリと膝を折った。
「なかなかの攻撃じゃ! じゃが、もう一歩というところじゃな」
攻撃を全て防ぎきったマリスは満足そうな顔だ。
「ふむ……よし、合格。君は明日から我がトリエン軍のゴーレム第一部隊の指揮官をしてもらおう」
そう俺が言うと、アーベントが顔を上げる。
「よ、よろしいのですか!?」
「よろしいも何も、マリスに盾のコマンド・ワードを使わせるとは思わなかった。合格合格」
「ありがたき幸せに存じます!」
アーベントは俺に騎士の礼を持って応える。
こうして、カイルの抜けた穴を、その兄であるアーベント・ロッテルが埋めることになった。
彼の住居はカイルに充てがった屋敷を提供した。カイルが残していった品物が未だに中にあるし、兄が使う分には問題ないだろう。
その次の日、帝国にトリエン南部に広がる広大な草原地帯の借款についての条約を帝国の女帝の正式な代理人、帝国宰相であるジルベルト・フォン・ローゼンと交わした。この条約を記した羊皮紙にローゼン閣下は女帝の委任状を添えた。
「これで条約が結ばれましたね」
「やれやれ、肩の荷が一つ下ろせましたな」
「この書状に国王の承認を頂けば正式に片付きます」
「あとは王都で友好条約と修好条約が締結されれば、全て終わりです」
俺の言葉にアルフォートも頷く。
「何はともあれ今日はゆっくりして、明日の朝にでも出発しましょう」
その日、館の談話室で、エマとローゼン閣下の魔法談義が行われた。
「ですから、呪文とは歌のようなものですわ」
「そのような研究報告は帝国ではなされておりませんが」
「ティエルローゼに満ちる魔力には意思を感じます。彼らとの対話こそが呪文の構築に他なりません」
ジルベルトさんが、顎髭を絞り上げるように弄りながら思考を巡らせている。
「魔力に意思ですか……であるならば、魔法語とは魔力との意思の疎通ということですかな。にわかには信じられませんが、仮説として一考する価値はありますな」
「例えば、各魔法における
「その件ですか。それは昔から言われておりますな。魔法名に秘密があると我々は考えております。全ての魔法は古代魔法語によって著されていますので、まさに古代魔法語こそが発動形態を決定づける要因に他なりませんでしょうな」
「そこです。その古代魔法語こそが魔力に魔法の発動形態を示す重要な部分です。
非常に難しい話をしているため、マリスが談話室のソファで
「トリシアはどう思う?」
俺の隣で武器の手入れをしているトリシアに聞いてみる。彼女も魔法を行使する者だし、見解を聞いてみたいね。
「ああ、エマが言うことは判るぞ。古来、エルフは魔力と親和性が高いものが多い。魔力とのやり取りは肌で感じる。感覚的なものだがな」
ふむ。俺にはその感覚がサッパリ判りません。
「俺は、普通に
「
「そうか? ま、一種の方程式とか公式みたいに感じることはあるね」
「その方程式とか公式ってのが良く判らん」
むう。数学用語はティエルローゼにはないか。
数学における方程式や公式は、理路整然としたものだし、魔法の呪文に似たところがあるんだよね。
「我にはケントとトリシアが言うこともサッパリ判らんのじゃ」
「我はこの姿では魔法は使えぬが、本来の姿なら使えるでのう。魔法の事は理解しておるが、そもそも魔法は内から滲み出すものじゃろう。呪文などというケッタイなものは必要とはせぬ」
ドラゴンの魔法はそうなのか? いや、アルコーンも無詠唱だったな。もしかして邪神カリスが作り出した魔族たちは呪文の詠唱が不要なのか?
俺の場合とは少し違うようだ。俺の魔法はドーンヴァースのシステムで発動しているからな。魔法リストに載りさえすれば、魔法名の音声入力で普通に発動する。
話を総合して考えると、ドーンヴァースの魔法とティエルローゼの魔法は全く別のシステムである。
なのに俺にはどちらも同様に使うことができ、ティエルローゼの魔法は一度の行使で魔法リストに登録すら可能だ。
この謎がいつか解けると良いのだが。
翌日、帝国の使者二人を連れて駐屯地へと向かう。
ゴーレム部隊の視察の為だ。このゴーレム部隊がトリエン南部の開発をする帝国臣民たちの安全を保障するわけなので、彼らの視察は正当な権利と言える。
「これがトリエン軍です」
ズラリと整列した五〇〇〇体のゴーレムを見たジルベルトさんとアルフォートは顎が外れてしまったように口を開けたままだ。
「歩兵ゴーレムが二五〇〇体、弓兵ゴーレムが二〇〇〇体、魔導ゴーレムが五〇〇体ってところです」
「こ、これが全部ミスリルで……」
「そうです。かなり金は掛かりましたが」
「かなりとかいうレベルでは……ありませんぞ……帝国と王国を全て買い取れるほど……いや! ティエルローゼ全土を買ってもお釣りがきますぞ……」
「そうですか? そこまで掛かってませんけど」
魔法付与の費用まで入れたらってことかな? 確かスレイプニル一体でも王国の国家予算くらいだったっけ?
その後、各ゴーレムのデモンストレーションを行う。
第二・第三、及び第四・第五の二〇〇〇体ずつの模擬戦闘訓練だ。第一部隊はアーベントがまだ就任したばかりなのでハンデになると考え待機させた。
少々激しい訓練になったため、約一〇%ほどのゴーレムが損傷したが、非常に派手なデモンストレーションになった。
「す、凄い部隊だ……」
「こ、これならワイバーン……いや、ドラゴンですら相手にできましょうぞ」
数で押せるから、それも可能かも。
「下級竜とならやれるじゃろうな。上級とか古代竜じゃと無理じゃろ」
中身がエンシェント・ドラゴンのマリスも半分は肯定する。
確かに三五レベルのミスリル・ゴーレムでは上級ドラゴンの相手は難しいだろう。アダマンチウム・ゴーレムが五〇〇〇体なら上級もいけそうだが。古代竜はむりだなぁ……
「あの形の変わる弓を扱うゴーレムは、どのような機構なのでしょうな。伝説や伝承にもありません」
「あー、あれは俺の趣味でして」
「趣味?」
「変形したりすると格好いいかなぁと思って考案しました」
「変形……不定形のスライムなども変形しますが……そういう意味ではありますまい」
そういう意味じゃないんだが。
「あちらの魔導ゴーレムは随分と大きめですが」
「ああ、内部に魔力蓄積機構を大量に内蔵したせいです。何せ、使える魔法の種類と数を多くするためには、ああなっちゃったんですよね」
「どちらかと言うと、私の知る通常のゴーレムに近いものです」
なるほど。
ゴーレムは基本的に素手による格闘が基本なので、大きく作ってその耐久力と破壊力で敵を圧倒するのが普通だ。そういう観点からすると近いのかもしれない。
でも、魔法支援型ゴーレムは、そういったゴーレムより強度は低いんだよねぇ。
ちなみに、最近、この駐屯地は見物人が多くやってくる。敷地内まで入ってくることは無いが、周囲の壁にハシゴを掛けて覗き込んでいる街のものが多いのだ。
まあ、軍事機密のようなものはないし、構わないので追い払うようなことはしていない。
逆にゴーレム部隊の評判や噂などが飛び交うことで、トリエンへ敵対しようとするものが少なくなるという効果を狙っているんだが。
噂は千里を走るとかいう言葉が日本語にはあるし……それは悪事だっけ?
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