第14章 ── 第32話

 翌日、ジルベルトさんとアルフォートを連れて工房に入った。

 彼らには一時入場を許可して見学をしてもらう。


「あ、ジルベルトさん。紹介しましょう。こちらがナビゲート・ゴーレムのフロルです」


 フロルは紹介されると丁寧に頭を下げる。


「ご主人様よりご紹介頂きました、フロルと申します」

「こ、この子がゴーレムなのですか?」

「信じられない……」


 ジルベルトさんはもちろん、アルフォートも目の前に立つフロルをゴーレムと認識できないようだ。


「そうでしょう? 不死生体ゴーレムとかいうらしいんですが」

「死肉を使ったフレッシュ・ゴーレムとは違うようですな」

「ええ、身体は生身ですが」

「少々、触ってもよろしいですかな?」


 ジルベルトさんが俺に許可を求める。


「いいのかな? フロルは大丈夫?」

「構いません。ご主人様の許可があるならばご自由にどうぞ」

「だそうです」


 ジルベルトさんが恐る恐るといった感じでフロルの手を取る。


「不思議ですな……温かみがありますが脈のようなものは感じられません」

「彼女は魔力で動いているので、血液のようなものは流れていないんですよ」

「強度などは……」

「人間と変わりはないようです。戦闘用じゃないですからね」

「なるほど……どうもありがとう」


 フロルの手を離し、ジルベルトさんは彼女にお礼を言っている。


「では続いて研究室へ行きましょう」


 研究室にはエマとフィルが詰めている。エマはアルフォートと会った事があるから、彼に目礼している。


「ここが研究室です。各属性魔法の書や様々な資料、研究機材が置いてあります」


 研究室に入ったジルベルトさんは辺りをキョロキョロと見るばかりで、手は出そうとしない。


「どうですか?」

「これほどの資料を集めるのは……さぞかし……」


 ずらりと並んだ魔法の書や参考文献が納められた書棚を前にジルベルトさんは感嘆するばかり。


「シャーリー・エイジェルステットが生涯を掛けて集めたものですからね。大変な宝でしょう」

「知識の殿堂と言えます……我が帝国の魔法学校ですらここまでの資料はありません」


 実のところ、この書棚は良く使うものだけが納められているに過ぎない。隣の書庫にはこれの一〇倍以上の魔法の書や研究資料が納められている。

 全てが有用というわけじゃないから、眉唾な文献や偽書なんかも一緒くたなのが問題だね。全部、データベースに入力してタブレットか何かで読めれば楽なのになと今思いつく。あとでやってみようか?


 俺は幾つか手に取って、ジルベルトさんに見せてやる。


「この資料は物品に魔法を定着させるための研究内容が書かれています」

「おお、魔法付与についての!」

「そうです。付与しただけでは魔法が揮発してしまいますので、それを定着させる方法ですね」

「この知識は古代魔法技術の核ですぞ! むやみに他人に見せては!」


 なんか怒られた。

 確かにそうなんだろうけど、そこまで秘密になくてもいいんじゃない? 永続パーマネントセンテンスはこれには書いてないし。


 永続パーマネントを使う場合にはMPが無尽蔵に使われ続けるから、MP供給を絶たれた場合の揮発を防ぐ効果についての研究なんだよね。


 トリシアが双眼鏡に掛けたヤツなんかは周囲から魔力を供給するタイプなので揮発はあまり考えなくていいんだけど、膨大な魔力を使う場合なんかはそうはいかない。術式を維持できなくなったら揮発が始まるわけ。


 俺は資料を書棚に仕舞う。


「では次に行きましょうか」

「よろしくお願いします」


 続いては生産ラインだ。


「ここは自動生産ラインです。作る物品を自動的に大量に生産できます。簡単な魔法付与ならこの装置で自動的に行われます」

「凄い……これが王国の魔法文化の心臓部……」


 ジルベルトさんがフルフルと身体を震わせている。


「蛇口もここで大量生産できます。まあ昨夜言ったように過剰供給をしないためにも作りすぎないようにしなければですが」


 アルフォートが俺の言葉に頷く。


「いつかは庶民でも手の届くくらいの価格帯にしたいとは思ってますが」

「そうなれば夢のようですな。しかし……一〇年や二〇年は掛けるべきでしょうな」

「ごもっとも。うちの工房が立ち行かなくなったら、それを実現することもできなくなりますからね」


 この世界で魔法道具が作れる工房なんて唯一ここにしか無いらしいので、そんな事は起こりようもないんだけど。それでも材料費などは稼がないといけないし。


 魔法道具は基本高価なので、行政などが蛇口を買い付けて公共の水場なんかを作ればいいんだよ。


 数時間ほど工房を見学したところで、腕の小型自動翻訳機がピーピーとお知らせ音を出し始めた。警報音と違い、いささか控えめに鳴る設定にしてある。


 ログを開いてみると、屋敷に来客があったようで、それがガーゴイルとアダマンチウム・ゴーレムのログに記載されている。脅威度はないということだな。


「それは?」

「あー、これですか。企業秘密なんですが……ま、ゴーレムからの報告が入ると鳴るんですよ」

「きぎょう?」

「ローゼン閣下、秘密のようですから」

「そうですな。国家の秘密では聞くわけにもいきますまい」


 なんか納得してくれたのでありがたい。


 俺は工房の見学ツアーを早々に終わらせ、ローゼン閣下たちと館に戻ってきた。


「それでは、我々は少々部屋で休ませて頂きます」

「あ、駆け足の見学になってしまい申し訳ない」

「いえいえ。十分に堪能させて頂きました」


 閣下とアルフォートが部屋へ引き上げたので、俺はリヒャルトさんがいるらしい応接室へと向かう。マップ機能便利すぎ。


 応接室に入ると、騎士風の人物が目に入る。出されたお茶を飲んでいたが、俺の姿を見て、颯爽と立ち上がった。


「どちらさまで?」


 突然、騎士風の人物は俺の足元へひざまいた。


「お初にお目にかかります。私はアーベント・ロッテル。ロッテル家当主コールウェルより命じられ、クサナギ辺境伯閣下の元へ参りました」


 あー、カイルの関係者ね。


「それはご丁寧にどうも」

「つきまして、コールウェル・ロッテルより書状を預かってきています」


 アーベントはそういうと一通の封印された羊皮紙を俺に渡してくる。


 ロッテル家の紋章で封印された書状を俺は開いて中を読む。


 ロッテル子爵家が今回子息であるカイルが起こした事件に対して謝罪をするという内容だった。

 謝罪のみでなく、名誉挽回の機会を乞う旨も書かれていた。

 派遣されてきたアーベント・ロッテルはロッテル子爵家の長男であり、後継者だが、ロッテル子爵家の名誉のため、カイルに代わって俺に仕えさせたいという事だ。


「え? 長男? 跡継ぎでしょう?」

「いえ、父の跡は長女のフィオナが継ぐことになりました」


 俺は困ってリヒャルトさんに目を向けたが、リヒャルトさんは少し肩をすぼめただけだ。


「なにとぞ、我がロッテル家の名誉のために、私に仕えさせて下さい。愚弟の犯した罪を払拭する機会をお与え下さい」


 ひざまずいたままアーベントが言う。


 うーむ。どうしたものか。

 一応、彼のデータをマップ画面で確認してみよう。


『アーベント・ロッテル

 職業:剣士ソードマスター

 レベル:三二

 脅威度:小

 ロッテル流王国剣術の後継者。父親の英才教育を受け、ロッテル剣術の真髄を身に着けた天才的剣士』


 レベル三二か。かなりの練達だぞ。

 見た感じ三十歳くらいで、脂の乗り切った人物のようだ。天才的剣士って書いてあるくらいだから、相当なんだろう。ステータスで表示されない部分とかが優れているのもあるだろうね。剣術のセンスとか。


「長女の人……フィオナさんって方が貴方より優れているんです?」

「そう思います。妹に試合で負けたことはありませんが」


 フィオナっていったっけ? 検索できるかな?


 検索してみると、王都の一画にピンが降りたので、データを開いて見てみる。


『フィオナ・ロッテル

 職業:剣士ソード・マスター

 レベル:一六

 脅威度:なし

 若干、一四歳にしてロッテル流剣術を収める俊英。その美貌が市中の男性のハートを釘付けにするも、本人にその気はない』


 なんじゃこりゃ? 美人ってことかね? 一四歳なのになぁ。


「ところで、ロッテル子爵家って王国の剣術指南役とかなの?」

「そうです。剣術を指導することが生業と言えましょう」

「道場みたいだな」

「どうじょう? それはどんなものでしょうか?」


 ああ、道場はティエルローゼにはないか。なんて言えばいいんだろうか?


「んー。君の家は訓練場なんかを運営してるのかなと思ってね」

「はい。貴族や街の者も含め、ロッテル剣術を学びたいものに門戸を開いております」

「女性が当主になっても問題ないの?」

「恐れながら、我が妹フィオナは若輩ながら光るものを持っております。身内贔屓とみられるやもしれませんが、いずれ私を超える存在かと」

「ふーむ。用件はわかった。では、君をテストしてみようかな?」

「てすととは何でしょうか?」


 くそ。英語か。


「んー、腕試しだな。実力が伴わないんじゃ雇っても意味がないだろう?」

「確かに」

「そんじゃ、リヒャルトさん。マリスを呼んできてもらえるかな?」

「畏まりました」


 リヒャルトさんがマリスを呼びに部屋を出ていく。


「んじゃ、そこの中庭でやるとしようか」

「はっ!」


 アーベントが俊敏に立ち上がる。


 ふむ、結構重そうなプレートメイルを着ている割りに動きは早いな。

 盾と剣を見れば愛用品なのはひと目で判るね、細かい傷などがあるようだが手入れは行き届いている。鞘の中の刀身を見てみたいけど、試合中に見られるからいいか。


 しばらくしてリヒャルトさんがマリスを連れてきた。


「呼んだかや?」

「あ、マリスご苦労さん。ちょっと頼みたい事があってね」

「リヒャ爺が、なんか腕試しとか言ってたのじゃ」


 リヒャ爺!? マリス、リヒャルトさんをそんな風に呼んでたんか。


「お、そこの色男が我の相手かや!?」


 マリスがアーベントの周りをウロウロしながら観察している。


「辺境伯閣下、この子供が私の相手でしょうか……?」

「あ、そうだよ?」


 アーベントが困惑した顔になる。


「言っとくけど、マリスはオリハルコンの冒険者だからね。舐めて掛かると死ぬよ」


 アーベントが驚愕する。


「オ、オリハルコン……!?」

「そうじゃぞ? なんじゃ、信じられぬかや?」


 マリスが嬉しげに自分のフル・プレートメイルを無限鞄ホールディング・バッグから取り出し始める。


 それを見たアーベントの目がさらに大きく見開かれた。


「ミ、ミスリル!?」

「あ、そうだよ。俺が作った奴ね」


 アーベントは困惑気味だ。


「彼女は守護騎士ガーディアン・ナイトだ。君の腕試しには最適だろう。もし、彼女に一撃でも加えられたら採用ってことで」

「え、鋭意努力致します」

「マリスは防御に専念ね。もちろん、攻撃が防御になるなら使ってよし。手加減はよろしく」

「まかせてたも! 人とやるのは久しぶりじゃが、最近はゴーレム相手に壊さない戦いを心がけておるからの。平気じゃと思うぞ」

「ゴ、ゴーレム!?」


 アーベント、さっきから驚きすぎ。


「あ、知らないの? カイルにはゴーレム部隊を指揮してもらってたんだよ? そのゴーレムね」


 ま、何を言っても腕が伴わないのでは、どうしようもないからな。

 カイルは指揮官としてはダメダメだったけど、その兄貴の腕前がそれに見合えば良い。カイルの抜けた穴を補えるかどうか。指揮官としての能力は戦闘を見て判断しよう。

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