第14章 ── 第31話

 翌日の朝、衛兵隊の隊長が俺の屋敷に駆け込んできた。


「領主閣下! 大変で御座います!」

「何かあったの?」

「はい! 今しがた、北門でカイル・ロッテル様が大怪我をした状態で発見されました!」

「カイルが?」


 俺は怪訝な顔になってしまう。


「状況を最初から説明してくれ」

「はっ! 早朝、日の出と共に門戸を開きましたところ、街道にダイア・ウルフが何かを引きずってきたのが目撃されました」


 ダイア・ウルフが?


「衛兵隊が戦闘体勢に入ると、ダイア・ウルフは逃げ去ったようです。引きずってきたものを衛兵が確認したところ、カイル・ロッテル様だったのです。瀕死の重症ではありますが、命に別状はないと衛兵隊所属の医師が申しております」


 ダイア・ウルフに狩られかけたのかな?


「目下、逃走したダイア・ウルフを探索するために捜索隊を組織しております」

「無用だ」

「は?」

「無用だと言っている」

「しかし!」


 やれやれ。


「そのダイア・ウルフは俺の配下のものだ。大方、カイルを発見して連れてきただけだろう」


 それを聞いた衛兵隊長が唖然とした顔をしている。


「ここのところ、ダイア・ウルフの目撃例が頻繁に起こってるだろ?」

「は、はい。そう聞いておりますが……」

「冒険者ギルドにも報告済みだが、トリエン周辺のダイア・ウルフは俺の支配下にある。現在、ダイア・ウルフをトリエン地方における早期警戒任務に当たらせている」

「ダイア・ウルフは魔獣ですが……」

「俺に魔獣も獣も関係ないよ。俺に恭順するならね」


 隊長は口をパクパクと開け閉めしているが言葉が出てこないようだ。


「他の衛兵隊長や隊員にも、そのように伝える事。それで、カイルは今どこにいる?」

「き、北門の衛兵詰所の二階にあります仮眠室で手当を受けております!」

「よし。行ってみよう」


 俺は隊長と共に北門へと向かう。


 城壁の内部に造られた簡単な休憩所の二階部分には衛兵の交代要員が寝泊まりできるように簡易な宿泊所が儲けられている。

 カイルはそこに運び込まれ、衛兵隊所属の軍医から治療を受けていた。


 意識はなく、体中ボロボロで鎧も武器も帯びていない。


「軍医殿、容態はどうですか?」

「命に別状はありません。いささか衰弱していますが」


 カイルを見てみれば、ダイア・ウルフによって傷つけられたものではないようだ。引きずられた時に擦り傷などが多くついたようだが、他の傷はどうみても刃物による裂傷や打撲傷といったものだ。


「ダイア・ウルフが引きずってきたと聞いたが?」

「ロッテル様の傷はダイア・ウルフによるものではないようですね。噛み傷は一つもありません。野盗か何かと戦った結果ではないでしょうか?」


 軍医の診断も俺と一緒か。


「トリエン軍の元部隊長が情けない事だなぁ……」

「元でございますか?」

「カイル・ロッテルは一〇日ほど前、トリエンから逃げ出したんだよ。大方、実家に帰ろうとしたんだろうけど、その道中に何者かに襲われたんだろう」


 居合わせている隊長や衛兵、軍医が顔を見合わせている。


「しかし、ロッテル子爵家の次男坊だし、このままにしてもおけないね」


 俺はそういうと、回復ヒールの魔法をカイルに掛ける。

 カイルの傷はあっという間に治ってしまう。


「よし。これでオーケーだ」


 軍医が再度診察し、俺を見上げて頷く。


「傷は完全に癒えております」

「よし。衛兵隊長」

「はっ!」

「君に任務を与えたい。カイルを伴って王都にあるロッテル子爵家へ彼を届けて欲しい。役場に申請が必要かな?」


 衛兵隊の人員は街に雇われているのであって、俺個人に雇われているわけではない。こういった命令を下して良いものか解らない。


「いえ、問題ありません。衛兵隊本部に報告は必要になりますが、領主閣下の手を煩わせるようなことは何も」


 俺は頷く。


「それでは館まで馬車を取りに来てくれ。カイルと共にロッテル子爵家への書状も頼むよ。状況を説明しなくちゃならないだろうし」

「了解しました!」


 衛兵隊長が機敏に敬礼をしたのを見届けて、俺は詰め所を出た。


 館に戻って、リヒャルトさんに馬車を用意するように頼んだ。

 執務室でロッテル家への書状を用意する段になって少々考えたが、美辞麗句を並べても意味がないので、ありのままに書くことにした。

 カイルがやった俺の領民への暴行、そして領地から逐電したこと、一〇日ほどして何者かに半殺しにあった状態で発見された事などなど。

 最後に、ご子息を預かった立場にあるものとして、彼への指導の失敗や怪我をさせた事などを詫びておく。


「こんなものかな」


 俺は羊皮紙を丸めてろうを垂らし紋章が入った押印で封印した。

 一応、衛兵隊長への命令書なども作成しておく。各街の衛兵などに身分や任務を話す時に役に立つと思われるからだ。


 一階のロビーまで戻ると、ちょうど衛兵隊長がやってきたので書状と命令書を渡す。


「これをロッテル子爵本人に渡す事。こっちは形式的だけど俺からの命令書ね。それと道中の路銀を渡しておくよ」


 俺は金貨を二枚ほど衛兵隊長に渡す。


「もし、カイルが目を覚まして逃げ出すような事があった場合、罪人として切り捨てて構わない。その時は死体を届けてくれ」

「よ、よろしいのでしょうか?」

「いいよ。手かせでも足かせでもしておくのがいいだろうね。もしロッテル子爵が何か文句を言ってきたら……トリエンの俺に正式に抗議するように伝えてくれ」


 衛兵隊長が勢いよく敬礼する。


「全く、俺の領民に怪我を負わせた段階で断罪しても良いくらいなんだからね。生きて帰れるだけ感謝するべき」


 俺の囁きが衛兵隊長にも聞こえたのか、彼は少々身震いをしていた。


 さて、これでロッテル子爵家がどんな反応を返してくるかで俺の行動は決まるね。


 状況によっては貴族間の争いになるかも。その時は王都の国王の前で舌戦を繰り広げることになるだろうなぁ。



 数日後、俺の館にアルフォート・フォン・ヒルデブラントが帝国からの公式な使者としてやってきた。


「ケント! 久しぶりだな!」

「おお、アルフォート。とうとう来たな」

「よっこらしょ。お邪魔しますよ」

「あれ!? ジルベルトさん!?」


 アルフォートの後ろからローゼン閣下までお出ましですよ。


「いやー、これも女帝陛下との約束ですからな」


 ニッコニコのジルベルトさん。


「宰相閣下なのに、帝国を留守にして大丈夫ですか?」

「ご心配かたじけなく存じますが、デニッセル殿もナルバレス殿もおりますので問題はありません」


 軍事、行政の両面から女帝をサポートしていると言うことだろう。


「この度は、女帝陛下の代理として、オーファンラント国王陛下へのご挨拶も兼ねております。正式な協約をせねばなりませんので」


 なるほど。アルフォートは伯爵にはなったが、一国の王に単身で会えるほどの身分とは言い難いからね。帝国の宰相クラスを伴ってきて、初めて国の威信を以て交渉できるという事だろう。


「とりあえず、中に入ろうか。積もる話もあるだろうし」


 俺がそういうと、ジルベルトさんが手を上げる。


「申し訳ない。それよりも」


 ジルベルトさんがくるりと振り返る。


「あれを……あれを少々拝見致したいのですが!」


 ジルベルトさんが指をさす方向をみると、マストールが作ったアダマンチウム・ゴーレムがあった。


「あー、いいですよ?」


 俺は苦笑してしまう。ジルベルトさんは変わってないな。魔法道具にとんと目がない。


 俺の許可を得るとジルベルトさんがゴーレムへ猛然と突進していった。


「なんという重厚感! なんという意匠!」


 ペタペタとゴーレムの身体を触りながらジルベルトさんは楽しそうにしている。


「変わらないなぁ」

「元々帝国の要職についていらっしゃった方だ。多少地位が向上したところでローゼン閣下は変わらないさ」


 アルフォートも苦笑気味だが、尊敬する自分の師の行動は理解できるようだ。彼も魔法使いスペルキャスターだからな。


「で、王都には直ぐに発つのか?」

「いや、二・三日はトリエンに滞在できるだろう。君との協定も正式な書面として起こさなくては」

「オーケー。その辺りもじっくりと話し合わなきゃだしな」


 その日の夕食は、アルフォート、ジルベルトさんを交えて晩餐会が行われた。俺も腕によりをかけて料理を振る舞う。懐石料理風のフルコースだ。


「これだ。これを食べたかった」

「相変わらず素晴らしい料理の腕前です」


 アルフォートとジルベルトさんが俺の料理に舌鼓を打つ。


「そうじゃろ! 何せケントじゃからな!」

「日増しに戦闘力が上がっているからな。あの後も色々と新料理が投入されたんだぞ」

「ケントさんの料理は美味しすぎるのですよ」


 一ヶ月ほど前に共闘したので、トリシアやマリス、アナベルたちも気安く話している。



 食後に、非公式ながら俺と帝国の二人で会談する。


「さて、少々仕事の話をしましょうか」

「そうですな。いつまでも観光気分では問題ありますな」

「まず、帝国の商人をトリエンに派遣してもらえます? 例の蛇口の輸出などを行いたいんですよね」

「おお、それは是非とも! こちらからお願いしたい案件ですぞ」

「そうですね。あれは帝国が最も欲しいものの一つですから」


 ジルベルトさんとアルフォートから異論が出ることはなかった。


「値段についてですが」


 俺は現在王国で流通している蛇口の価格推移を折れ線グラフにした資料を取り出す。


「現在、王国での魔法の蛇口の末端価格は金貨七枚と銀貨二枚になっています。卸値としては金貨六枚程度で推移していますね」


 グラフをまじまじと見つめる二人。


「これは解りやすい絵ですな。こういう手法は初めて見ます」


 ジルベルトさんが、書かれているデータよりもグラフに見入ってしまっている。


 ああ、こういう図表というのもティエルローゼでは画期的な発明なんだよね。クリストファに教えた時にも目を輝かせていたもんなぁ。現実世界じゃ珍しくもないんだけど。


「便利でしょう? 帝国でも使ってみたらどうです?」

「使い方や書式などをお教え願えればありがたい」


 アルフォートも力強く頷いている。


「これはグラフと言って、数字の移り変わりなどを表すのに便利です。これは折れ線グラフ、こっちは棒グラフ、円グラフなんてのもあります」


 いくつかグラフの形式を示し、それがどういうものを表すのに使えるのか説明する。

 二人とも各グラフの説明のたびに感嘆の声を上げている。


「こういうグラフによって数値の移り変わりが判ると、その後の数値を予想することもできますね。この分だと、蛇口の価格は徐々に下がっていくことが推察できます。供給量を操作することで、流通価格のコントロールも可能でしょう」

「コントロール……古代魔法語で支配ですかな? 確かに、コントロールが可能であれば流通において怖いものなしですな」

「そうです。価格が暴落してしまっては供給先に未来はありません。コントロールが可能ならするべきですね」


 ジルベルトさんと話をする時は、ちょっと英語が混じってても理解してくれるので楽ですな。


 その後、流通だけでなく、人口の流入や文化交歓などにおいて、色々と意見を交わした。それによりトリエン側で用意する必要のある項目なども浮かび上がってくる。それら項目をクリストファたちに振ってやれば、行政が対処するだろう。

 会談は深夜まで続けられ、俺がベッドに入ったのは午前二時といったところだった。

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