第14章 ── 第30話
リオちゃんが怪我をした事件の後、俺は子供たちの受けたショックを考え、頻繁に孤児院へと足を運んだ。
クリストファも着いてくる事もある。彼も孤児院の出身なので心配しているようだ。
リオちゃん自身は自分が貴族に対して失礼な事をしたのだと思っていると周囲に言っているようだが、保護されるべき子供に対し理由もなく暴力を振るったカイルを俺は擁護するつもりはない。
ちなみに、王国の法律を裁判所などで調べてきたが、こういったケースは問題にもされておらず、貴族による平民への殺傷においては事件にすらならないようだ。
ただ、貴族の従者や領民を、他の貴族が毀損した場合は、貴族同士において損害賠償の訴訟が起こされることは稀にあるようだ。
要は、領民は領主の持ち物であり、それを毀損したという扱いになるのだ。
基本的人権などというものは支配者層である王族や貴族に適用されるものであって、平民は埒外なのだ。
現代の日本教育を受けた俺としては理不尽極まりないのだが、現実世界の歴史においても同じようなものだったのは知っている。
ただ、俺は思うんだ。貴族などの支配者層は、そういった権力を持っているからこそ自制と奉仕の精神が必要なのではないか。力を持つからこそ責任が伴う。
それを無視して振る舞うことは、俺にとって『倒すべき悪』に定義される。
法律で定義されていないのだから違法ではないと切り捨てては、支配者の沽券に関わる。法律で定義されていないからこそ、それよりも高次の権力や社会による批判や糾弾があるべきだ。
逆に、権力を持つものが万人に認められるような行動や功績を上げたなら、報われるべきだとも思う。
良き指導者は民衆に讃えられるべきであるし、民衆がそういった優れた指導者から得る恩恵を当然と思い感謝もしないのでは本末転倒だろう。
相互の尊敬と信頼、思いやりがなければ良い社会体制は維持できない。
ティエルローゼの現状は、支配者層である貴族や王族などが一方的に尊敬と奉仕を要求している状態なのだ。
ま、俺の結論としては、貴族は少し自制を覚えろってことだ。他者への尊重なくして、自分も尊重されると思うなとね。
リオちゃんは翌日から他の屋敷へ派遣され、元気に働き始めている。俺は影から、それとなくリオちゃんの働きぶりを観察してみた。
少々ドジなところはるが、仕事の覚えも早く、派遣された先からの評判は悪くない。
全てに目が行き届くわけじゃないので、アンネ院長に提案して子供たちの考課表を付けてもらう事にした。仕事先にはアンケートの形で仕事を評価してもらうようにしたわけ。もちろん、子供たちにもアンケートを提出してもらうよ。雇用主が酷い場合は考慮が必要だから。
これは、雇用者の意識調査も含まれていると考えてもらっていい。雇用者と被雇用者は平等に評価されるべきだろうしね。
一週間ほどトリエンの街の運営に気を配る。カイルの逐電などもあり、街の噂などを収集する事を意図している。
俺の雇った貴族により孤児院の子が傷つけられた事は、対処が早かったせいか殆ど知られておらず、逆に街を行き来する孤児院派遣部隊の子供たちの制服が評判を呼んでいた。
とある仕立て屋が制服を真似た商品を売り出したところ、飛ぶように売れてしまい、増産が間に合わずお針子さんの大募集を始めている。
ま、著作権などここには無いので、自由に真似してくださいな。
街を見回る傍ら、国王に依頼された冷蔵・冷房用の魔法道具を開発した。
「これを使うと冷たい風が出てくるのね?」
「そうだ。水と風の属性を利用した冷風機だね。一定以下の温度に保てる調節機能付きだ」
「夏に部屋に置いたら良さそうね」
エマがそんな事を言う。そういう使い道もあるね。確かにエアコンに使えそうだ。
「こっちは冷凍用の魔法道具。一気に冷やして凍らせる事ができるよ」
「本で読んだドラゴンのコールド・ブレスみたい」
「あー、そういう使い方も出来なくはないな」
武器に転用したら歩兵用の冷凍破壊兵器とか作れそう。
「これ、
「む。その発想はなかった。でも
ただ、
マストールがお茶を飲みに研究室へやってきた。
「ほほう。また面白いものを作っておるな?」
「冷凍・冷蔵用の魔法道具だよ」
「酒を冷やしたりできるのか?」
さすがドワーフ。酒に関連付けますか。
「もちろん出来るよ」
「そうか。ワシにも後で作ってくれ」
「それはそうと、例のものは上手くいってる?」
「それがのう。まるで歯が立たん」
例のものとはオリハルコンのインゴットの事だ。
ドワーフの名工として、そして鍛冶屋として、加工できない金属があることにプライドを傷つけられているような様子もある。
「やっぱり神界でしか加工できないかな?」
「もう一歩じゃと思うんじゃがな。何かが足りんのじゃろうか」
マストールはここ一〇日以上、鍛冶屋の技術の粋を集めて実験を繰り返している。錬金術の妙技なども取り入れているようだが、オリハルコンはびくともしないんだそうだ。
「傷どころか、変形させることも、腐食させることも敵わん」
「何か技術的な革新が必要そうだね。実はオリハルコン製の武器をいくつか持っているんだけど見てみる?」
マストールの目が輝く。
「ほう。是非拝見しよう」
「ただ、見せるのは良いけど、貸し出しも持ち出しも禁止ね。この世界のものじゃないんで」
「あぁ、例の遺物か」
マストールはタクヤやシンノスケの事は知らないが、ファルエンケールに古くから伝わる武具やアイテムが存在することは女王などから聞いて知っていた。それが世界を破壊してしまう可能性すらある、異世界のものだという事も。
「魔法付与もされていないノーマル装備だから、見せる分には問題ないよ」
俺はオリハルコンの大太刀をインベントリ・バッグから取り出す。
この大太刀はタクヤが死ぬ間際まで使っていた代物だ。
基本的な能力は普通の大太刀と変わりはないが、オリハルコンの特性は持ち合わせている。斬撃力上昇、ダメージ上昇、軽量、破壊不可、付与率上昇などなど。
大太刀を手にとったマストールが隅々まで観察する。
「造りは単純じゃが、この形状にするための鍛冶痕がまるでないのう。まるで鋳造モノのようじゃ」
そりゃ、コンピュータ上で設定されたデータでしか無いものだからなぁ。ティエルローゼに持ち込まれて実物化したんだし。鍛冶屋がトンテンカンと打って作ったものじゃないからねぇ。
「じゃが、これが存在する以上、加工方法があるはずじゃ」
「視点を変えてみたらどうかな?」
「視点じゃと?」
なんとなく思いついた事を俺は話す。
「オリハルコンは神の金属なんだろ? 神界には以前から存在していたわけだ」
「そうじゃろうな」
「とすれば、神界の力が必要になるんじゃないかなぁ?」
マストールがハッとした顔になる。
「そうか! そういう事もあるやもしれん!」
「何か思いついたの?」
「うむ。ミスリルは何で造られるか知っておるか?」
「あぁ、ミスリル鉱石と魔力だっけ?」
「そうじゃ、ミスリル鉱石は魔力を使わずに加工しても金属にはならん。ただの石か砂のようなものじゃ。そこに魔力を注入できる魔力炉で溶かすことで魔法金属ミスリルとなる」
金属化した後は、通常の鍛冶技術で加工が可能となる。
「ならばじゃ、オリハルコンは神力を用いれば加工可能ではなかろうか?」
「ということは
マストールがニヤリと笑う。
「ワシの
「
「気付いたか。ワシなら加工可能かもしれんな」
逆に
お茶を飲み終わり、マストールが意気揚々と研究室から出ていこうとする。
「良い結果を期待しておれよ」
「加工法が判ったら教えてよ。俺もやってみたいし」
「ヌシは神聖魔法が使えるのか?」
「いや、今のところ使えないよ」
「今のところか……ヌシならそのうち使えそうじゃから恐ろしいわ」
だと良いんだけどねぇ。オールラウンダーの能力なら使えるのだろうか? 神聖魔法を使うような機会があれば覚えそうな気もするんだけどな。
「確かにできそうね?」
マストールが出ていった後、俺のことを見ていたエマがそんな事を言う。
「そうかな?」
「だって、イルシス神さまの加護を受けているんでしょ? マリオン神さまのも受けているじゃない」
「それと神聖魔法が関係あるかなぁ」
エマは呆れた顔になる。
「イルシス神さまの司るものは魔力だけど、神さまなのよ? イルシス神殿の
ふむ。そうなるとイルシスは神力と魔力を両方使えるわけか。
「なら、神聖魔法の魔法の書とかあるのかなぁ」
「聞いたことはないけど、あるかもしれないわね」
今度、アナベルあたりに意見を聞いてみようか。
俺はそんな事を考えつつ、冷蔵・冷凍用の魔法道具の設計図を研究室の端末からデータベースへと記録した。
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