第14章 ── 第29話

 翌日、国王やオルドリン、近衛兵たちが王都へと戻るので、北門まで見送りに出た。


「それではクサナギ辺境伯、また会おうぞ」


 銀の馬にまたがった国王が馬上から別れの挨拶を言う。


「お待ち下さい、陛下。この箱をフンボルト閣下にお渡し願えますでしょうか?」

「それは何かね?」

「宰相閣下の機嫌を良くするものです」

「おお、そうか! 宰相に土産だな!? 余のために中々気が利くな。流石はクサナギ辺境伯」


 国王は何を勘違いしたのか、途端に上機嫌になる。


 さっきまで、帰るのを渋っていたのにね。きっと、怒り心頭のフンボルトさんの雷が怖かったんだろうけど。そのフンボルトの怒りを和らげそうな代物が出されたから嬉しいんだろうね。


 もっとも、箱の中身は例の小型通信機だ。王都で何か問題が起こった時に、俺に連絡が取れるようにと思ったわけ。

 今回のように国王が行方不明とかになっても俺のマップ機能ですぐに探せるしね。


「国王陛下、参りますよ」


 オルドリン子爵が国王を急かした。


「おお、今行くぞ」


 国王は慌てて、歩き出しているオルドリンたちの馬を追った。


 俺は国王たちが見えなくなるまで、北門で見ていた。


「領主閣下、お寒くありませんか?」


 衛兵の一人が分厚い外套を手に話しかけてくる。


「ありがとう。俺は大丈夫だ。君がそれを着るといいよ。冬空に金属鎧は冷えるだろ?」


 何故か衛兵は感激したような顔をして顔を赤らめている。


 国王たちの姿も見えなくなったので、俺は館へと戻ろうとする。

 すると、建物の影からレベッカが姿を現した。


「ケントさま。問題が発生しました」


 レベッカの言葉に俺の身体に緊張が走る。


「どんな問題だ?」

「はっ。ケントさまの家臣の家に派遣されている孤児院の子が大怪我をしました」

「なんだと!? いつだ!?」

「つい先程です」

「どこにいる!?」

「カイル・ロッテルの屋敷でございます」


 俺は走り出した。


 レベッカが俺に付いてこようとするが、俺のリミッターの外れたような疾走に付いてこれなかった。

 土煙を上げながらロッテルの屋敷へと疾走する。


 ものの一分も掛からずカイル・ロッテルの屋敷に飛び込む。


 そこには、ロビーの階段の下に転がり頭から血を流しているリオちゃんがいた。

 階段の上にはカイル・ロッテルが呆然として立ち竦んでいた。


 リオちゃんの首筋に指を当て脈を確かめる。


 かなり弱いが、まだ死んでいない。


 俺は直ぐ様、回復ヒールの魔法をリオちゃんに掛ける。

 みるみる傷は癒えるが、リオちゃんの顔色はかなり白い。少々血を流しすぎているようだ。


 床の血痕を見るに、早急に止血をしていればこれほど血を失わずに済んだはずだ。


「カイル! 何があった!?」

「領主閣下……これは……何かの間違いで……」

「間違い!? 子供が死にかけたのにか!?」

「いえ、私は……事故です! 階段を登っていた時にその子供が近づいて来たので軽く手を払っただけなのです!」


 それは事故か? 階段から突き落としたんじゃないのか? 転がり落ちただけで、こんな頭の傷はできないぞ? 階段も床も分厚い絨毯敷だからな。


「まあ、君が事故というなら、まずはそうしておこう。リオちゃんの意識が戻ったら事情を聞けば判るからな」


 俺は動かないリオちゃんの身体を抱き上げる。


「事故であれ何であれ、領民が傷ついたというのに、その救護活動をしなかった君の態度は問題がある。俺ら貴族にとって領民とは宝だ。それを守れないものにトリエン軍の部隊長が務まると思うか?」

「し、しかし! 平民ではありませんか! それも親もいないような!」


 その言葉に俺の血管が切れそうになる。


「一番最初に言ったはずだぞ、カイル。俺の領内では爵位など糞の役にも立たない。王様だろうが、公爵だろうが、俺の領民に手を出したら、それ相応の罰を受けてもらう」


 俺は本気だ。もし国王が俺の領内のものを傷つけたなら同じ傷を負わせてやる。


「な、なんと不敬な……」

「不敬だと? 国民や領民を大切にできないなら支配者などいらない。もっとも国王陛下はそのように狭量な方ではない。俺のような冒険者あがりを取り立ててくれるような方だぞ? 君こそ陛下をあなどっているのではないのか? それこそ不敬だ」


 俺はきびすを返し、屋敷の入り口に向かう。


「君は先程、彼女を平民と言ったが、彼女たち孤児院のものは俺を前領主たちの悪の手から匿ってくれた恩人だ。その恩人に対し、平民だと罵った君を俺は許さんぞ?」


 俺はそう言い捨ててカイルの屋敷を後にした。


 リオちゃんを抱いて街を歩いていると、住民たちが道を開けてくれた。

 だが、誰も話しかけてこない。

 カイルへの憤りで少し怖い顔をしているせいかもしれない。


 彼の今までの言動や行動を思い返してみれば、少々世間知らずな貴族のボンボンという印象は拭えない。貴族階級に胡座をかいていたのは間違いない。

 彼を登用したのは間違いだったかもしれない。俺の判断ミスでリオちゃんを傷つけてしまった。



 孤児院に辿り着くと、遊んでいた子供たちがリオちゃんの姿を見て集まってきた。

 アンネ院長も慌てて出迎えてくれた。


「リオ!? どうしたのです!?」

「申し訳ありません、院長。リオちゃんに怪我をさせてしまいました」

「領主さまが?」

「いえ、俺ではありませんが……言い訳になるのでこれ以上は言いたくありません」

「リオのベッドはこちらです」


 アンネ院長に案内されて、リオちゃんをベッドへ寝かす。

 俺はベッドに腰を掛けて、リオちゃんの髪の毛を撫でる。


「ゴメンな。まさか怪我をさせるなんて思わなかった」


 アンネ院長が心配そうな顔で話しかけてきた。


「一体何があったのです? 怪我の具合は?」

「怪我は俺が魔法で治療しておきました。少々血を失いすぎてショック状態だと思われます。失った血を補充するような魔法は俺は知りません……」


 どんな魔法もすぐに使えるようになるというのに、肝心な時に役に立つ魔法がない事が口惜しかった。


「左様ですが、大丈夫ですよ。リオは強い子ですから」


 アンネ院長が慰めにも似た言葉を掛けてくれるが、俺の心は晴れない。


「後で仲間の神官プリーストを寄越します。彼女なら何とかできると思います」


 俺はリオちゃんのベッドから立ち上がり、孤児院の外へ出る。


「リオ、どうしたの?」

「何かあったの?」


 孤児院の子供たちが心配そうな顔で俺に尋ねてくる。


「院長先生は大丈夫だって言ってるけど……」


 俺は自分自身の不安に押しつぶされそうになる。


「大丈夫だよ。リオちゃんはお兄ちゃんのお嫁さんになるまで死なないの」


 少々不格好な人形を抱いたポリーが笑顔でそう言う。


 こんな小さな子供に慰められるとはな……領主である俺がしっかりしなければ。


「そうだな。リオちゃんは必ず助けるから、みんなも心配するな」

「うん。お兄ちゃんなら平気だね! 冒険者なんだからね!」

「そうだそうだ。お兄ちゃんなら何でもできるよね!」


 子供たちに笑顔が戻ってきた。


 この子たちの為にもリオちゃんを直ぐに治療しなくてはな。


 俺は孤児院を出てマリオンの教会に向かう。


 マリオン教会の入り口付近で数人の男たちが中を覗き込んいでる。


 これが例のアナベルのファンの男どもか?


 俺はその男たちをすり抜けて、教会の中に入る。


 教会の中でアナベルがマリオンの神像を拭いていたが、俺の姿を認めてアナベルが脚立から降りてくる。


「ケントさん。マリオンさまに礼拝ですか?」

「いや、アナベルにお願いがあって来たんだ」

「なんでしょう?」


 アナベルが首を傾げる。


「リオちゃんが大怪我をしたんだ」

「リオちゃん? 孤児院の子ですね?」

「怪我は俺が魔法で治したんだが……大量に血を失っているっぽいんだよ」

「血を? なるほどー。では、行きましょう。今、どちらに?」


 アナベルが先に歩きだし、教会の外に出ていく。俺はアナベルの後を追う。


「孤児院に連れて帰った。まだ意識が戻らない」

「大丈夫です。泥舟に乗った気持ちで私にまかせてください」


 いや、泥舟はかなり不安ですが?


 鼻歌混じりに歩くアナベル。俺が落ち込んでいるのを感じて冗談を言ったのかもしれない。いつものアナベルなら考えられない事だけど。


 孤児院につくと、アナベルは直ぐにリオちゃんを見てくれた。


「ふんふん。これなら普通の治癒キュアで治りますですよ?」

回復ヒールは使ったんだけどね」

「それは傷口を塞ぐだけですからねー。治癒キュアならいけますよ」

「頼む」

「はーい」


 アナベルは直ぐに治癒キュアの魔法を掛けてくれる。


 治癒キュア系の魔法は聖属性の魔法であり、神官プリーストなどの神聖魔法でしか行使できない。こういう時に神官プリーストは大いに役に立つ。


「終わりましたー。すぐに目を覚ましますよ」


 そうアナベルが言っているうちに、リオちゃんが眉間に皺を寄せて唸る。


「ううーん」

「リオちゃん!?」


 膝を折って話しかけた俺の声にリオちゃんが目を開く。


「あれ? 私どうしたんだろ?」

「良かった。目を覚ましたね」

「あ、お兄ちゃん。どうしたの?」


 俺に涙が滲んでいるのをみたリオちゃんが、小さい手で俺の目尻を拭いてくれる。


「お兄ちゃん、何かあったの?」

「いや、俺じゃなくて、リオちゃんがね」

「あ、そう言えば! 私、ロッテルさまのお屋敷に居たはずなのに」

「屋敷で何があったの?」

「えーっと、階段を登ってるロッテルさまの袖に糸くずが付いていたの。それを取ろうと思ったら、ロッテルさまに叩かれちゃった」


 テヘッと舌を出したリオちゃん。


「それだけ?」

「それだけだよー?」


 何という狭量。カイルは最近部隊を上手く操れない苛立ちをリオちゃんに向けたに違いない。上に立つものとしては狭量にすぎると言うものだ。


「リオちゃんが元気なって良かったよ」


 俺はリオちゃんの頭を撫でてから立ち上がる。


「それじゃ、また来るよ」

「もう帰っちゃうの? 遊んでいけばいいのに」


 リオちゃんが口を尖らせる。


「いや、ちょっとやることあるからね。また来るからさ」

「判ったよー。お兄ちゃん、またねー」


 俺が孤児院を出ると、レベッカが門の外で待っていた。


「ケントさま。カイル・ロッテルが逐電しました」


 その言葉に俺の眉毛が上がる。


「どこに行った?」

「北へ向かったようです。追いますか?」

「放っておけ」

「御意」


 そう言うとレベッカは姿を消した。

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