第14章 ── 第28話
翌日の昼食後、国王と共に二階のテラスで寛いでいると、半死半生の馬に乗った兵士が数人、門の外に到着した。乗っている人物たちも疲れの色が激しい。
よく見れば、一人はオルドリン子爵だ。他の数名は王都の近衛兵の鎧を来ていた。
俺はテラスから飛び降りて、門へと急いだ。
「オルドリン子爵! どうなされました!?」
「おお……クサナギ辺境伯殿……」
ぐったりとして膝を折るオルドリンが、俺の顔を見て安堵の色を見せた。
「実は、国王陛下が……単身トリエンに向かわれ行方不明に……」
「国王陛下が? 陛下なら、あそこでお茶を飲んでおられますよ」
俺がテラスを指さすと、オルドリンがそちらを見る。
テラスの手すりから身を覗かせる国王が、手を振っている。
「陛下……陛下はご無事のようだ」
オルドリンの言葉とともに、近衛兵たちの緊張の糸が切れバタバタと気絶していった。
「あー、やっぱり王都は大変なことになっていたんだな……」
俺がしみじみ言うと、オルドリンが頷く。
「陛下の遠乗りに共として付いていったハッセルフ侯爵が、陛下がトリエンに向かわれたと言って城に駆け込んできたそうで」
「ハッセルフ侯爵?」
「王国の大貴族の一人、貿易都市モーリシャスの領主ですな」
貿易都市モーリシャス、エマードソン商会の本店がある大きな都市で、船を使って北のグリンゼール公国や公国の西にある国などとの交易が盛んに行われている。そんな理由で非常に裕福な都市らしい。
「ところで、オルドリン子爵が何故王都に? カートンケイルはどうしたんです?」
「南部守護職はお役御免になりました。帝国との問題はクサナギ辺境伯、貴方が全て解決してしまったのでしょう?」
そうか。防衛理由がほぼ失くなってしまったんだっけ?
「城塞は今、少数の兵士が詰めているにすぎません。私たち上級軍人は、王都へと召還命令が下りましたので」
「じゃあ、今は」
「そうです。近衛兵団の団長を仰せつかりました」
そんな話は聞いてないなぁ。いつの間にそんな事になったのやら。
「ま、辺境伯殿が帝国に向かった時点で、こうなることは判っていましたからね」
「どうも、すみません。俺のせいで将軍職から外されるなんて……」
「いや、外されたわけでありません。事が起きたら陛下の名の元に招集されることになりますな」
ようやく一息ついたオルドリン子爵が立ち上がる。
「それでは陛下にご挨拶をさせて頂いてよろしいですかな?」
「構いませんよ。近衛兵のみなさんはお任せ下さい」
オルドリンは頷くと、館の中に入っていく。
俺が近衛兵を介抱を始めると、アマレットさん率いるメイド隊が現れて手伝ってくれた。
客間に近衛兵たちを収容してからテラスに行くと、国王がオルドリンにこっぴどく叱られていた。
「陛下、今後、このような軽率な行動は控えて貰いますぞ!?」
「すまなかった。だがなオルドリン、余の馬は凄いんだぞ? 駿馬などというものは子供のおもちゃだ!」
「私も何度か拝見しておりますから理解できますが……というか、そういう話ではありません! 近侍のものもフンボルト閣下もご心配されておりますぞ!?」
「あー、はいはい。余も少し辺境伯のトリエンを見てみたかっただけでな。まさか半日で到着するとは思わなかったが」
俺が入ってきたのを見た国王が軽く手を上げている。
「陛下、臣下のものを心配させてはいけませんよ」
俺が苦笑気味に言うと、国王は少しスネたように口を尖らした。
「近衛兵たちは一日くらい休ませないとダメですね。王都へ帰還なさるのは明日以降になりましょう。部屋を用意させましたのでオルドリン子爵も少し休むといいでしょう」
俺がそう言うと国王も嬉しげに頷く。
「もう一日あるのだな。是非、工房というものを見たいのだが」
「陛下! またそのような事を!」
オルドリンに頭ごなしに言われ、国王が悪戯っ子のように舌を出す。
「ご見学は問題ありません。俺がご案内しますよ。ところで、オルドリン子爵、少し休まれてからで良いのですが、少々お力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「私に? 出来ることなら喜んで」
オルドリンの休憩後、彼を連れて駐屯地へと向かう。国王も当然付いてきた。
「どうだ、オルドリン。辺境伯の軍隊は」
まるで自分の手柄のような顔でリカルドは目の前に整列しているゴーレム兵たちをオルドリンに自慢する。
「な、何という精鋭部隊でしょうか。これほどの軍隊はティエルローゼ広しといえど、ここ以外にありますまい」
「そうだろう、そうだろう。まさに余はこれを見たかったのだよ」
「辺境伯殿ほどの人物を見出した陛下のご
心から感心するオルドリンの言葉に、国王も胸を張る。
「なんじゃ? 今日は国王の他にオルドリンまで連れてきたのかや?」
マリスがトリシア、アナベルと歩いてくる。
「おお、トリシアさまにアナベル殿、マリス殿もお出ででしたか」
オルドリンがなにか嬉しげ。
「オルドリンも大変だな。国王のおもりも大変だろう」
国王を相手に二人とも口を慎めよ。全く、それが一国の王を相手に言うセリフかよ。
「うむ。三人とも、今日は訓練か?」
国王は二人の言葉など意にも介さず、普通に振る舞っている。
「ああ、色々と新しい技を試していたんだ」
「おお。トリシアさまは新技を!?」
「最近、新技なぞ珍しくもないのじゃ。それより名前を考えるのが大変じゃぞ?」
「ああ、解ります。私も必死に考えましたからね」
おい、オルドリン。それ、例の俺の厨二病的アレの事言ってるのか?
「では辺境伯、参ろうぞ」
国王が馬を進めたので、深くツッコめずに駐屯地内に入っていく。
訓練場では部隊長と総指揮官たちが訓練を行っている。
それを見たオルドリンが眉を
「一糸乱れぬ動きですが、軍隊としては些か稚拙な動きですな」
「ああ、それですよ、オルドリン子爵。大規模な軍を指揮する上で彼らに少々教えてやって頂きたいわけです」
オルドリンは少し考える様子を見せる。
「彼らの軍歴は?」
「帝国兵上がりが五人いますね。一人は帝国軍の兵長でした。総指揮官は冒険者貴族だったフォフマイアー子爵、もう一人はロッテル子爵家の次男の人ですね」
「なるほど」
オルドリンが部隊長と総指揮官たちに近づいていくと、フォフマイアーとカイルが膝を折って挨拶した。帝国兵あがりの五人もオルドリンの名前を聞いて驚き慌てて敬礼している。
「貴君らに助言するように辺境伯に仰せつかった」
オルドリンはそう言い、部隊長たちが顔を見合わせる。
「よろしくお願いします!」
その後、オルドリンは熱血指導で部隊長たちを締め上げていった。
さすが、紅き猛将と謳われた武将だね。部隊の動きがみるみる良くなっていく。
「いいか、軍隊とは生き物だと思え! 各隊に様々な役割を担わせてこそ生きる。歩兵が全部同じ動きでは敵にカモにされるだけだ!」
ユニット毎に役割を与え、それぞれが有機的に繋がって作戦を遂行する。まさに軍隊とはそういうものだ。
一隊を以て囮とし、一隊を以て奇襲をするなど、そういった戦術的な運用をしなければ強力な軍隊を指揮できないとオルドリンは言う。
たった一日の教練だったが、フォフマイアー率いるトリエン軍は、なかなか精妙な行動をとれるようになった。まだまだ訓練が必要だろうけどね。
フォフマイアーは元冒険者だけあって、チームの連携などの意味を理解しているので、各部隊ユニットに役割分担をさせる意味をすぐに理解したようだ。
帝国兵あがりの部隊長やヘインズも元軍人だけあって理解は早い。
カイル・ロッテルだけが、微妙に理解出来ていないようだ。
カイルの実家のロッテル家は、王国剣術の祖と言われた初代エドワード・ロッテルによって考案された剣技で名を馳せたが、それは個人的な剣の妙技であって軍隊の指揮には向いていないのかもしれない。
「クソ!」
カイルが指揮棒を地面に叩きつけた。
「カイル! 国王陛下の御前でそのような態度は不敬だぞ!」
フォフマイアーの言葉にカイルの表情が凍りつく。
慌てて指揮棒を拾い、その場でオルドリンと椅子に座って観覧している国王陛下に
「あやつは何でカリカリしておるのだ?」
「思うように動かせずに苛ついているでしょうな」
国王の質問にオルドリンが律儀に応える。
その日、カイルは見るべきところもなく、訓練は終了した。
ま、彼は精進が必要ですな。剣技が優れていても指揮官としては一年生なんだから。
最初から上手く行くわけもない。弛まぬ努力が人間を成長させるわけだしな。
夜になり、国王を工房に案内する。
「おー。これがブリストルの魔法文明を支えた魔法工房なのか」
「そうですね。今は俺が便利に使っていますが」
研究室まで来ると、エマが魔法の書を読んでいる。フィルも来ていて、魔法薬の実験を行っている。
「陛下、エマ・マクスウェルです。かのシャーリー・エイジェルステットの姪だけあって優秀な
エマが国王の姿をみとめ、椅子から降りると貴族風に頭を下げた。
「で、こちらの御仁は?」
「あ、ご紹介しましょう。彼はフィル・マクスウェル。エマの弟になりますね。彼も優秀な
フィルは、誰だこのオッサン。という顔だったが、俺が陛下と呼んだため、その正体に気付いたようで、慌てて平伏してしまった。
「苦しゅうない。いつも通りに致せ」
「はっ!」
スクッと立ち上がったフィルは研究を再開するが、緊張は解けていない。肩に力が入りすぎ、調合に失敗してビーカーから黒煙を吹き出させていた。
工房の方々を案内すると国王は満足したようだ。工房の方々といっても、機密になりそうなゴーレム管理区画や魔力蓄積装置が置いてある部屋などは案内しなかったし、オリハルコン・ゴーレムのレイも見せなかった。その辺りは防衛機構の秘密なのでね。
「いや、本当に凄いものを見せてもらった。クサナギ辺境伯、感謝するぞ」
「お言葉、痛み入ります。国王陛下の臣下なれば、当然の事です」
満足した国王は充てがわれた寝室に入った。
明日になればオルドリン、および近衛兵たちと王都へ帰るんだし、このくらいのサービスは何でもない。
まあ、俺のやっている事を国王に秘密にする必要もないからね。ある程度、状況を理解していれば、何かあっても問題にならないと思うし。
しかし、国王は帰ったらフンボルト侯爵や近侍たちに叱られるだろうな。国王という立場にある人が勝手な行動をしたんだし、仕方ないよね。
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