第14章 ── 第27話

 昼食のために食堂に入ると、みんなが集まってきた。


「門のゴーレム見てきたのじゃ! デカイ!」

「あれはマストールのだろ? 相変わらず芸が細かいな」

「なんか屋台が出てたのです! 肉串屋が美味しかったのです!」


 アナベルは何で昼飯時に買い食いしてるんだよ。というか、屋台出てるって? お祭り騒ぎかよ。


 メイドたちが昼食をテーブルに運んできた。俺が教えた天ぷら定食だ。


「テンプリなのじゃ! 我はこれに目が無くてのう!」


 知ってます。この前寝言を言ってたし。


「外が凄いな。お、今日は天ぷらだな」


 クリストファが入ってきた。


「よ。どうだ、街の方は?」

「いや、凄いぞ。住人が押し寄せている」

「いや、そっちじゃなく……行政の方だが」

「あ、そうだな。すまん。順調だ。この前言っていた50万枚だが、すでに半分は確保した」


 お、もう25万枚も金貨が手に入ったのか。エマードソン商会もやるな。


「いい感じだな。このペースだと一ヶ月くらいで用意できそうか?」

「ペース? そうだな。帝国の方の目処が立てば、一ヶ月も必要ないだろう」


 よし、いいぞ。マストールに借りっぱなしなのもしゃくだからな。

 あ、アダマンチウム・ゴーレムの代金はどうしようか? 値段も聞いてないや。


──ピーピーピー!


 と、そんな話をしていると、俺の小型自動翻訳機がけたたましい音を出し始める。


「なんじゃ!?」

「何事か!?」

「ほえー、うるさいのですよ」


 俺は慌てて警報を止め、ウィンドウを開いてログを読む。


『騎乗ゴーレム四号機、アストレイアより報告。トリエンの北門を通過』


 は? 四号機? アストレイア?


「ケント、それは何だ?」

「新しい魔法道具じゃな」

「あ、これ? ゴーレムの自動翻訳機。何かあると知らせてくれるんだよ」


 俺は食事もそこそこに、館を出る。ハリスも着いてきた。


 北門を騎乗ゴーレム四号機というのが通過したらしいが……アストレイアって何だろう?


 俺が館の門のところにくると、館の西の方から結構な速さで走ってくる銀色の馬が目に入った。


「よーし、あそこで止まれ!」


 銀の馬の馬上から大声を上げている人物を見て、俺は目が点になる。


「リカルド国王陛下!!!!」


 俺が大声を上げると、満面の笑みの国王陛下が手を振っている。


「いやー、余のアストレイアは凄い! 半日で王都からトリエンまで着いてしまったぞ」


 え? 何で国王が?


「出迎え、ご苦労。住人まで来てくれるとは嬉しいぞ」


 周囲の住民は何者だろうという顔だったが、彼の頭の上の王冠を見て、衛兵隊も含め全員がひざまずき始める。


「国王陛下さまが新たなる領主さまを派遣してくださり、全ての住民どもは国王陛下さまに感謝しております!」


 住人の一人が国王にそんな事を言った。


「うむ。余は派遣したつもりはないが、クサナギ辺境伯は評判が良いようだな」


 住民たちが口々に国王の言葉を肯定する声を発している。


「領主さまは凄いですよ! トリエンは今、好景気に湧いております!」

「良い領主を任命くださり、ありがとうございます国王陛下!」


 その後は陛下コールだ。

 国王も満更でもないようで、両手を上げて住民に答えている。


「陛下、突然のお出まし、驚きました」

「なに、ちょっと遠乗りのつもりが、ここまで来てしまった」

「宰相のフンボルト侯爵はご存知で?」

「いや、宰相も近侍も知らんだろうな」


 俺は目の前が真っ暗になる。今頃王都は大騒ぎかもしれない。


「ところで、そっちの大きいのは新作か!?」


 国王はマストールのゴーレムに目を輝かせた。


「あ、はい。こちらはドワーフの名工、マストール・ハンマーに造って頂き、俺とエマ・マクスウェル女爵が魔法の付与を行いました」

「おお! あの名高きハンマー氏の手によるものか!」


 国王が馬を降りようとすると、銀の馬が少々身体を低くくする。


「よいしょ」


 国王が降りると、再び銀の馬は元の姿勢に戻る。


 馬から降りた国王は、緑色に輝くゴーレムに突進する。


「す、すごい! これほどの彫像は初めてみるぞ!」

「そ、そうなんですか。これはアダマンチウムで造ってもらいました。ミスリルより強いですよ」

「なんと! 伝説の金属アダマンチウムか!」


 俺の武具もアダマンタイトなんですけど。今まで気付かなかったのかな? ちょっと草臥くたびれた感じだから仕方ないけど。


「マストールは、以前、陛下にもお話したミスリルのゴーレム部隊を造る計画を聞いて、ゴーレムを造りたいとトリエンにやってきているんですよ」

「ハンマー殿が今、トリエンにいるのか?」

「はい。今、工房に籠もっていますが……」

「会ってみたいものだが……仕事の邪魔はすまい」


 リカルドは残念そうだが、そういう節度は持っている。


「ところで、ゴーレムの軍隊はどの程度進んでいる? どのようなものか少々見たかったのだ」

「ああ、もう完成しましたよ」


 俺の返事に国王がポカーンとした顔になった。


「もう? 年が開けてまだ半月も経たぬぞ?」

「ええ、頑張りました」

「そうか! これだな!? これから、これが数千出来上がるのだな!」


 マストールのゴーレムを指差し嬉しげな顔をする国王陛下。


「いえ、それはアダマンチウムですから別ですね。トリエンの西にゴーレム兵の駐屯地を造りました。そこに五〇〇〇体、駐機してあります」

「え!? 五〇〇〇体!?」


 どうも国王陛下は、俺の出来たって言葉を、ゴーレムが一台出来たって言ったのだと思っていたようだ。


「そうです。もう五〇〇〇体ほど造り、配備いたしました」


 リカルド国王の顔が真っ白になってしまった。


「桁が違う……さすがはプレイヤーか……伝承どおりだ……」


 リカルドが囁く小さい声を聞き耳スキルが拾って来る。


「いや、素晴らしい……トリエン地方は貴卿に任せて大正解ということだな」


 気を取り直したといった国王が、俺を褒めてくれる。


「ありがたきお言葉です。陛下のご期待を裏切らぬように、さらなる努力をいたします」

「で、そのゴーレムたちを見せてくれるかね?」

「もちろんです。ご案内致しましょう」


 俺はスレイプニルをインベントリ・バッグから取り出す。


 それを見た住人たちが腰を抜かしそうになっていた。初めてみたのだろう。


「うむ。案内頼むぞ」


 国王はまた銀の馬に乗り込もうとする。馬が背を屈めて乗りやすい体勢をとり、国王が乗り込むと体勢を元に戻した。


「では参りましょうか」


 俺もスレイプニルにひらりと跨がり、歩を進める。


 事の次第を無言で見ていた住人たちがヒソヒソと話をし始めた。


「すげぇや。国王自ら表敬訪問だぞ?」

「トリエンに国王が来たのって何年ぶりかしら?」

「今の国王陛下は来たことなかったと思う」

「領主さまがそれだけ凄いってことだな」


 聞き耳スキルは便利だけど、別に聞きたくない事まで拾ってくるのが難点かな。ま、聞こえないよりはマシか。



 国王と駐屯地までやってくると、隊長たちがゴーレムたちを駐屯地内の訓練場で行進させる訓練をしていた。


「おお!!! な、何という光景か!」


 馬上で国王が叫ぶ。


『全たーい止まれ!』

『右向け、右!』

『捧げ!武器!』


 一糸乱れぬ動作で銀色の兵士たちが各部隊長の命令を実行する様をみた国王は驚愕と共に嬉しそうな顔をする。


「素晴らしい……まさに夢のような光景だ」

「お気に召したようで、大変光栄です」

「これがトリエン軍か……王国に危機が訪れた時、余の国の守護を任せられそうだな」

「危急存亡の時は、馳せ参じましょう」


 国王がうなずく。


 その後、国王は駐屯地で、ゴーレム部隊による模擬戦などを観覧し、子供のように大喜びをし、俺の館に引き上げた。

 そして、俺お手製の料理に舌鼓を打った。


「この様な料理を余は初めて口にした。真に美味である。料理人と話をしたいが」

「陛下、これは俺が料理しました」

「何と!? 辺境伯は料理も一流か! うーむ。我が宮廷でも是非とも食したいものだ……」


 今日は国王のために、天ぷら、寿司などを振る舞ったのだが、なかなか王都で作るのは大変だろうな。鮮度を維持したまま内陸の王都に運ぶのが問題になる。


 冷凍、冷蔵技術が全く発展してないティエルローゼでは輸送が難しいから、内陸だと海の幸は基本的に乾物だ。乾物になる魚介類は限られているし、生の魚では間違いなく腐る。


「少々難しいでしょうね。冷凍、冷蔵を目的にした貯蔵用魔法道具を開発せねばならないでしょう」

「可能なのかね?」

「まあ、出来ないことはありませんが」


 国王の目が輝く。


「何とかならぬか? 辺境伯には是非頼みたい」

「そうですね。少々考えてみましょう」

「うむ。頼んだぞ」


 やれやれ、食のために技術開発とは……食に貪欲な日本人っぽいですよ、国王陛下。

 しかし、冷凍や冷蔵ができると館の料理人たちも助かるだろう。

 使いやすい冷蔵庫みたいなのを作れれば、輸出する品目にもなるかもしれない。

 トリエン地方が発展していけば、必要な資金は膨らんでいくことになるし、金を稼ぐ手段は多いに越したこと無いからな。


 俺の頭の中は冷蔵、冷凍技術開発のためにフル回転を始める。

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