第14章 ── 第26話

 ゴーレム部隊は完成したが、その他諸々やることがあるので朝から工房に入る。


 今回、工房で造るのはガーゴイル型の飛行ゴーレムなどなど。

 飛行ゴーレムは館周辺の警備用を主な使用目的とする予定だ。


 それ以外の使い方として、蕎麦ゾバルの産地であるハドソン村とニンフたちが住む沼地に送るのも使用目的の一つだ。


 蕎麦ゾバルが高価な作物だと知れ渡ってしまうと、確実に略奪や窃盗目的でハドソン村に近づく輩が現れるだろう。それを警戒するのが主要任務だ。

 ニンフのいる沼地に送るのも似たような理由だね。今は亡きヴォルカルスのようなのがまた現れる可能性もあるからね。


 ハドソン村は俺の独占契約地なので保護したいし、ニンフたちは俺の保護対象だから当然だね。


 ガーゴイルも工房のデータベースと魔力リンクで繋がるので、何か事が起きた場合には、真っ先に俺の元に情報が届くようになる。

 そのための小型のコミュニケ装置も開発したい。リスト型にして絶えず警告や会話ができるような感じにしたいね。


 以前作ったゴーレム用自動翻訳機を小型化するのがいいだろう。ディスプレイ部分を組み込んだせいでタブレット並に大きくなったので、ここをホログラフィック表示にしてみたい。

 データベースの管理画面などの方式だが、これは空間属性と光属性の魔法を組み合わせることで可能とシャーリーが残した研究資料にあった。



 まずはガーゴイルだ。見た目は彫像のようにする必要があるので、ミスリルをマット仕上げし、色をペイントするのが良さそうだ。


 背中に翼を付けるが、大きさや重量の関係で、空を飛ぶには小さすぎる。よって、翼部分に飛行魔法系の揚力機構を組み込もう。

 飛行用の魔力供給は、空気中の魔力を取り込んで動力にする従来のゴーレムが備える機構を強化する必要がありそう。


 この空気中の魔力を取り込む機構は、基本的な設計図がデータベースにあるし、改良は難しく無さそうだ。


 ミスリルのインゴットをスライスし、現実世界の機械における基盤に相当する部分を彫り込んでいく。

 彫刻刀のような魔法器具を用いて掘るのだが、シャーリーの使っていたものをさらに小さく改良した精密ドライバーみたいなものを作っておいた。


 この回路図は魔法のセンテンスを記号化したようなもので、小さくするには非常に細かい作業が必要になる。細心の注意を払いつつ、作業を進める。


 この作業をしているときに、静養中のエマが工房に顔を出した。


「もう少し休んだ方がいいぞ?」

「大丈夫よ。それより約束守ってくれなかったわね」

「え? 約束?」


 俺が首をかしげるとエマが深くため息をいた。


「カツサンド」

「あー……ごめん。昨日ちょっと色々あって……」


 エマは肩をチョンと上げ下げする。


「そんな事だと思ったわ。ケントはちょっと忙しくしすぎよ」


 毎日工房に籠もりっきりのエマに言われるのは心外な気もするが、やれることは早めに片付けておきたい俺の性分だと仕方がない。


「すまんかった。はい、これ」


 インベントリ・バッグから前に作っておいたエビカツ・サンドイッチを取り出してエマに手渡す。


 エマはカツサンドを受け取ると、俺が作業している机の反対側の椅子に座った。


「今度は何を作ってるの?」

「飛行型ゴーレムの揚力回路と小型の自動翻訳機だよ」

「あれより小さくできるの?」


 自動翻訳機はエマと一緒に作ったので、彼女も作り方は心得ている。彼女的には、以前のものでも相当小さいと思っているようだ。


「ああ、小さくするだけなら問題ないね。ちょっと面倒だけど」


 俺が精密ドライバーのような小型彫刻刀を器用に使う姿をエマはカツサンドを齧りながら眺めている。


「よし、これでいいな」


 俺は得意げにエマに見せる。手のひらに乗るほど、二センチ×二センチほどの大きさだ。

 これが腕時計くらいの大きさの自動翻訳機に組み込まれる。

 このリストバンド自動翻訳機は装着者のMPを使用するので魔力蓄積装置などの特殊機構は必要ない。


 通常の魔法道具にこういった魔力供給機構はついていない。単純な単体魔法のみがかかった道具は空気中の魔力を普通に吸収するためだ。

 複雑な複数の魔法が掛かったものになると、こういった機構が必要になるのが難点なんだよね。


 食事後、エマは棚から魔法書を取り出して読み始める。


 休んでたほうがいいのに。


 俺はさらに装置を造り進める。


 しばらくすると、ヨレヨレになったマストールがやってきた。


「ケント、出来たぞ。ちょっと見に来い」

「え? 何が出来たの?」

「ゴーレムじゃよ」


 あー、マストールもゴーレム造ってたんだっけ。

 俺は作業を一時中断して、マストールが占領していた鍛冶部屋へ足を運ぶ。エマも着いてきた。


「これじゃ」


 俺は出来上がったというゴーレムを見上げて息を呑んだ。


「これは……」

「ヌシの館を守るガーディアン・ゴーレムじゃ。二体造ったから門番に使うのが良かろう」


 体長二メートル。フルプレートメイルを着た騎士のような外見の全身緑色に光る大型ゴーレムに目を見張る。


「アダマンチウム?」

「そうじゃ。最近、試験的ながらかなりの量の鉱石を掘り出すことができるようになったからのう。試作利用として使ってみた」


 まだ魔法付与がされていないので動きはしないが、今にも動き出しそうな躍動感を感じさせた。


「凄いわね。これが門に立つの?」

「表面加工が凄いな。相変わらず芸術的なレリーフが見事だね」


 ゴーレムの表面にはびっしりと綺麗なエングレーブが刻まれている。


 某有名戦争ゲームの主人公なら何ら戦闘におけるアドバンテージを感じないかもしれないが、館を訪れる訪問者には効果があるだろうね。館の主人の財力を現していると思うだろうからね。


「マストール、ありがとうね」

「ワシはやりたいことをしたまでよ。今度はアレの加工に本腰を入れる」

「アレ?」

「アレじゃよ、アレ。お前さんの武器と鎧を造ってやるぞ」

「あー、アレね」

「アレって何よ?」


 俺とマストールのやり取りを聞いて、エマが首をかしげる。


「オリハルコンの武器と鎧さ」

「オリハルコン? 入り口のゴーレムの?」

「そう、それね」


 エマが疑わしそうな顔を向けてくる。


「ゴーレムを潰しちゃうつもり?」

「は? そんな事しないよ。俺の手持ちのオリハルコンで造ってもらうんだ」

「ケントってやっぱり神界生まれじゃないの? 地上に無いはずの素材を簡単に出してくるし」

「残念ながら違うなぁ。実際はゲーム内アイテムなんだけどね……」


 エマは良くわからない英語まじりの俺の言葉が解らず、首を傾げている。


「よし、このゴーレムに魔法を付与しようか。マストール、何か特別な機能とか付けてない?」

「いや、従来どおりのただの彫像にすぎん。付与しても見た目通りの動きしかしないだろう」

「了解だ」


 このゴーレムには魔力供給機能はついていないということだな。

 となると、一段複雑な魔法付与を必要とする。魔力供給系の機能を永続パーマネントセンテンスを含んだ魔法術式を掛けねばならない。

 通常の魔法使いスペルキャスターでは行使不可能なほどのMP消費が必要になるが、イルシスの加護を受けた俺やエマなら問題なく付与が可能だ。


 この付与が非常に面倒なので、魔力供給機構をゴーレムに組み込むのが効率的なのだ。


 アダマンチウム・ゴーレムの魔法付与にエマの協力を得て行うも、半日以上を潰してしまう。非効率だが仕方がない。

 ようやく完全に魔法付与が終わったのは午後四時を回った頃だ。

 この方法で五〇〇〇体のゴーレムをスピーディに造れなかった理由が理解できるだろう。



 エマは本当なら静養中なので夕方には館に帰す。この時、マストールのゴーレムも送り出した。


 俺はというとガーゴイルの作成と小型自動翻訳機の作成を続ける。


 自動生産ラインで三〇体程度のガーゴイルを作り出し、魔法付与を行った。 色々と造り終わったのは夜が明ける頃だ。


 このうち、五体をハドソン村に、もう一〇体をトリエン南部の湿地帯に送り出す。

 ガーゴイルの足にそれぞれ書状を括り付けておく。ミネルバとナイアス宛の書状で、彼女らの集落や地域を守るガーゴイルだと明記してある。

 彼女らの命令を聞くようにしてあるので、防衛や警護に役に立つに違いない。


 小型自動翻訳機は、まさに少々大きい腕時計といった感じになった。


 テスト動作をしてみれば、ゴーレムたちの魔力リンク中に飛び交う会話や命令などもログで表示できた。デバッグ作業などが必要になった時に役に立ちそう。


 小型自動翻訳機のテストをしていて、ふと新しいアイデアを思いついてしまう。


 この技術を使えば、仲間たちと相互に話し合える通信機が作れるんじゃないか?


 思いついちゃったんだから仕方がない。


 俺は早速、小型自動翻訳機の改良を始める。

 ついでに通信機能のみのものも造ることにする。こっちはものの三〇分で一個造れたし、機能単体なので自動製造も可能だろう。

 小型自動翻訳機の改良にいささか手間取り、昼頃まで掛かってしまった。


 俺が館に戻ってみると、門の外に人だかりが出来ていた。マストールのゴーレムを見に来た街の住人たちのようだ。衛兵たちが民衆を押し戻しているようだ。


 俺は館の入り口から外に出て、門に歩いていく。


「あ! 領主さまだ!」

「領主さまー!」


 俺が現れたため住民たちが大盛り上がりだ。


「領主閣下、危険です。門の外にお出にならないように」


 衛兵隊のルシアス・ミッターズ隊長が俺に警告を発する。


「平気だよ。俺に害をなすようなものがいたら、ゴーレムが動き出すよ」


 そう言われてミッターズが納得したような顔になる。


「トリエンの皆さん、最近、ゴーレムが行き来しているので珍しく思うかもしれませんが、これらは全部、トリエンを守るために俺らが造ったゴーレムですから安心してくださいね」


 俺がそういうと住民たちから笑い声が上がる。


「そんな心配していませんぜ、領主さま。珍しいものがあるんで見に来ただけでさ」


 一人の住人がそんな事を言った。


 ふむ。まあ、確かにゴーレムは珍しいみたいだからなぁ。


「領主さまが来てから、街中で珍しいものが見られるようになって、観光客も増えたんですよ」

「そうそう。お陰でウチも商売が上手く行ってますよ」


 なんか、ゴーレムとかが観光資源っぽくなってきたのか?


「あっちの街の外の銀の軍隊は壮観ですよ」

「ああ、俺も見た見た。あんなのは他の街の奴らも見たこと無いだろね!」

「さっき、彫像が空を飛んでたのも驚いたなぁ。ほら、あの屋根の上のヤツ!」


 どうも、かなりの評判になっているらしい。観光客も増えたのか。

 こういう副次的効果は考えてなかったな。ゴーレムが街の観光資源になり、より住民が潤うならば悪い効果じゃないか。

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