第14章 ── 第25話

 ふと目を覚ますと部屋の中は真っ暗だ。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。


 俺は暗闇の中で体を起こした。


 寝室の扉の向こう、居間から仲間たちの話し声がかすかに聞こえる。


「なんじゃと?」

「ケントの落ち込みようは普通じゃないぞ?」

「そうなのです?」

「あんなケントは……見たことが……ない……」


 俺の話か?


「ケントは落胆したような仕草を見せても、どこか愉快な雰囲気を感じさせていたじゃないか」

「そうやもしれぬのう……」

「夕食にも出てきませんです」

「まさか……中で……」

「ハリス! 不吉な事を言うでない!」


 ん? 不吉な事?


「よし、突入するか!」

「そうじゃな! 扉をぶち壊して部屋から引きずり出すのじゃ!」


 何やら不穏な雰囲気だな。


 俺はベッドから降り扉の前に行く。


「せーの」


 俺が扉を開けた瞬間、トリシアとマリスが部屋に飛び込んできて、俺の身体に彼女たちが激突する。


「うおっ!?」

「うわっ!?」

「ぎにゃっ!?」


 そのまま俺とともにもつれ合い、床をゴロゴロと転がる。

 そして、俺はしたたか後頭部をベッドの足に打ち付ける。


「いででで……」


 後頭部を押さえ、俺は悶絶する。


「いたた。びっくりした」

「なんじゃ! ケント、開けるなら開けると言うのじゃ!」


 俺の上にのっかっている、トリシアとマリスを俺は押しのける。


「何なんだ!? 一体何だよ!?」


 俺は適当な言葉が出てこなくて、少々悪態をく。


「ケントさんがおかしかったから、皆で心配していたんですよ?」

「俺がおかしかった?」

「そうじゃぞ。いつも愉快なケントが、ひどく落ち込んでいたのじゃ。心配もしようが」

「ああ、それね」

「「「ああ、それねじゃない!」」」


 俺の気の抜けた相槌に全員綺麗にハモる。



 ソファに座った俺の左右にトリシアとアナベルが座り腕を抱かれている。膝小僧にマリスが抱きついてい俺の顔を見上げている。その向こうにハリスが仁王立ち。

 完全拘束状態でございます。


「……で? 何が……あった?」

「ん? いや、アースラが帰り間際に言ったんだけど」

「アースラさまが?」

「スキルの発動時に技名を叫ぶのは不利になるからやめた方が良いってね」


 皆の顔は何の話だといった感じだ。


「それの何が問題なんだ?」

「そうじゃそうじゃ。なんともケントらしい男前な行為じゃぞ?」

「あれをすると技を出した! って気持ちいいのですよ?」


 ハリスは腕組みしつつ頷いている。


「だって、技名言う必要ないじゃん!」

「まあ……言わなくても……技は出るが……」

「そうだろ!?」


 俺は口を尖らせる。


「あれは……ケントと共に……ワイバーンと戦った時だ……」


 ハリスが遠くを見るような目で話し始める。


「翼落斬……扇華一閃……あれを見た時……身体が……いや……心が震えた……」


 あの時はまだスキルとして習得もしてなかった。ただの厨二病的な行動にすぎない。

 その時の事を思い出して、俺は身悶えする。が、両手両足が拘束状態でモジモジするばかりだ。


「翼落斬、扇華一閃もそうだが、演習場で私に使った無刃斬。まさに一級品のスキルだったぞ!?」


 いや、それもスキルとして発動してなかったよ! それやった後にカチリの音が聞こえたし!


「私も見ましたよ! 五星突きでしたっけ? あれも凄かったのです!」

「ちょっと待て! あそこは帝国軍の基地だぞ!?」

「あの日、ケントさんを尾行していたのですよ。こっそりと帝国兵の間にいたのです」


 えー? 全く気づきませんでしたけど?


「その後、デニッセルさんでしたっけ? 彼に連れられて城郭に入ってしまったので、みんなに報告しに行ったのですよ」


 あれが宿屋前の騒動の原因か。


「敵を倒す時に、技名を言う。まさに高潔な行為に他ならん。不利だと? 不利をも乗り越え戦う姿が人々に感銘を与える。まさにオリハルコンの冒険者に相応しい資質」

「そうじゃそうじゃ。じゃから、我らはケントの姿を真似したかったのじゃぞ?」

「そうですね! カッコイイもんね!」


 相変わらずハリスはウンウンと頷いている。


「えー? でも、柔道で背負投げをする時に『背負投げ!』って言いながら投げるの変くない?」

「柔道? それは何だ?」

「なんじゃ!? 教えてたも!」


 あ……俺、今、墓穴掘った。うん。盛大に掘ったね。


「あ、いや、まあ。俺の世界の素手の格闘術だよ。学校で少々やった程度けど」

「それは今度教えてもらおう」

「うむ。絶対教えさせるのじゃ」


 こうなった二人には逆らわない方が良いね。


「ケントはもっと自分に自信を持つべきだな」

「そうなのです。ケントさんはマリオンさまの弟弟子おとうとでしなのですから!」


 アナベルは良く、それ言うよね。間違いじゃないんだろうけど。


「判った判った。だからもう離してくれよ」

「離しても大丈夫かや!? 本当に大丈夫かや!?」

「何がだよ。ちょっと厨二病の黒歴史が増えただけだし」


 マリスが目を輝かせた。


「そう、それじゃ! 厨二病って何じゃ!? 昼に為せる技って言っておった!」


 そこに絡んできますかマリスさん。


「あ、いや、厨二病ってのはね。一四歳くらいの子供に良くある精神的な現象で……」

「一四歳? 我には少々若すぎる年齢じゃが……」

「一四歳……成人の……一歩手前か……」


 この世界は一五歳から成人扱いだそうだからな。


「一四歳の頃は神殿に入って戦闘訓練に明け暮れていたのですよ」


 アナベル……随分と暗い青春を送ったんだな……


「自分は世界に選ばれた存在だとか、左手に何か強大な力が封印されてるとか」


 トリシアとアナベル、そしてマリスが俺の顔を見る。


「神に愛されてるのは間違いない」

「ケントさんは選ばれた存在なのは間違いないのですよ?」

「うむ。ケントは、正に我が選んだ男なのじゃぞ」


 最後のマリスのは意味が違いますね。


 ハリスが俺の左手をマジマジと見つめている。


「左手に……何か……封印されている……のか?」

「あ、いや、それは例えでね。そういう何か変な選民思想的な思考形態を厨二病って言ってたんだよ。こー、自分は他人と違う、特別な存在だって妄想する総称かな」


 俺にしがみついている女性陣が力をギュッと込めてくる。


「ケントは特別だろが」

「そうじゃな。まさに特別じゃ」

「特別なのです」

「あー、うん。ここだと特別なのかもなぁ……」


 ハリスが面白そうにクックと笑い出す。


「思いついたその場で……スキルを作り出す……ケントは確かに特別だ……」


 あ、そういえば、千手防御陣をやった時は、普通にスキルとして出たな。不思議だなぁ。


 色々と言われてみれば確かに特別なのかも。そうすると厨二病というのは違うのかな?

 そう判断していいのか解らないけど、厨二病ライフを送っても別に問題はないのかも。


「そうかー。俺は特別な存在なのかー。まさにオンリー・ワン?」

「素敵用語じゃ!」

「ローゼン曰く、古代魔法語らしいぞ?」

「マジか!?」

「マジだな」


 あ、俺の口癖真似された。


「本気と書いて『マジ』と読むんだよ」

「おお! 何か凄いのじゃ!」

「漫画文化だな。漢字の漢と書いて『おとこ』とか。ライバルと書いて『とも』とか」

「教えてたも!」


 マリスは俺の世界の言葉とか文化を知りたがるね。ドラゴンだから知識欲が強いのかな?


 その夜、俺の居間は漫画とかゲームとか俺の世界の文化などの話題で盛り上がった。オタク知識を総動員して話しまくったので久々に楽しかった。


 こうして俺の気分はアップした。

 異世界転生している段階で普通じゃないわけだし、まさに厨二病ライフ真っ最中だよな。


 生き返ってからワイバーンを倒し、クーデターを防ぎ、トリエンの領主になって、帝国と王国の外交問題も解決した。

 現実世界で生きていたら、こんなことはできなかったもんなぁ。


 最も重要なことは、俺には頼りになる仲間ができたってことだ。俺をいつでも支えてくれる、彼、彼女らは正に俺の宝だ。

 彼らを筆頭に、俺の生活や周囲の世界を守る事を俺は新たに決意した。

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