第14章 ── 第19話

 王都から帰ってきてちょうど一週間が経ち、俺の臣下となったものたちが、ちらほらとトリエンに到着し始める。


 最初に到着したのは、ロッテル子爵家の次男、カイル・ロッテル。

 やる気満々といった所だが、まだこっちの準備が出来てない。


「閣下! 着任しました!」

「よくきたね。随分と早かったみたいだね」


 俺は執務室に入ってきたカイルを労う。


「はっ! この日を待ちわびておりました!」


 彼は彼の実家、ロッテル子爵家の三台の馬車でやってきた。一台は武具らしい。後は家財道具とか? すごい荷物持ちだね。


「君の屋敷は用意しておいた。荷物はそこに運ぶと良いね」

「はっ! そのように!」


 もう少し力を抜いて良いんだが。

 俺の後ろの方に置いてある椅子と小さいテーブルで、酒をかっくらいながら外を眺めているアースラに彼はチラチラと視線を送っている。


「閣下、後ろの方は……いかに閣下がざっくばらんであっても少々失礼では……」


 ふむ。それが気になっていたのか。


「ああ、彼は気にしないように。いないものと扱ってくれ。ま、幽霊でもいると思って」

「はぁ」


 気の抜けたようなカイルの声に少し笑ってしまう。後ろの人物がアースラだと知ったら腰を抜かすだろう。


「ケント、ツマミ出してくれよ」

「はいはい。スルメ炙ったヤツでいいか?」

「お、いいねぇ」


 俺はインベントリ・バッグからスルメを出してテーブルの上の皿に置いてやる。


「そいつが新しい家臣か?」

「そうだよ? ゴーレムの一隊を指揮してもらうつもり」

「他のはまだか?」

「そうだなぁ……あと一人来るね。あと三人くらい欲しいところなんだけどね」


 俺とアースラの会話にカイルがポカーンとしている。俺はカイルに向き直る。


「さて、君は身の回りの世話をしてくれるような人間を連れてきたか?」

「いいえ。トリエンで雇えれば良いと思って単身で参りました」

「馬車の御者とか護衛の人たちは?」

「閣下がご用意くだされた屋敷に荷物を降ろさせた後に帰します」


 ふむ。孤児院の子供軍団の派遣先に有望そうだな。


「よろしい。では、我が家のものに屋敷まで案内させよう。君の屋敷は北区と西区の間にある。君の荷物から考えるに少々手狭かもしないが、我慢してくれ。正式な任務開始は追って連絡をする。それまでは自宅で待機だ。退室してよし」

「はっ!」


 カイル・ロッテルが王国軍式の敬礼を行い執務室からでていく。


「彼はどうだ?」

「鍛え甲斐はありそうだな。体捌き、足運びを見る限り筋も悪くないんじゃないか?」


 アースラのカイルへの評価は悪くないようだ。



 次にやってきたのは、ソリス・ファーガソンの一家だ。トリエンにやって来た商人の馬車に乗せてもらって到着したらしい。

 母親が寝たきりなのに強行軍だなぁ。


 俺は彼らが到着した知らせを聞いて街に出た。ちなみに、知らせを持ってきたのはレベッカがいつの間にか部下にしていた情報局の人員の一人だ。身のこなしから盗賊系の職業っぽかった。


 ファーガソンの乗る馬車はマップ画面ですでに検索完了しているので、スレイプニルでその地点へ向かう。


 スレイプニルで商人たちの馬車へ辿りつくと、商人は慌てたように馬車を止めた。


「ご苦労さん。後ろにファーガソン一家が乗ってるね?」


 俺がそうに声を掛けると商人はビックリ顔で頷いている。

 幌馬車の後ろからソリス・ファーガソンが降りてきて、慌てて俺のところまでやってきて、臣下の礼を取る。


「閣下! わざわざお出迎えいただけるとは光栄でございます!」

「立ってくれ。君の母君が心配だからね。ご無事だろうね?」

「はい! 今日は比較的加減は良いようです!」

「よし、これから直ぐにウルド大神殿へ向かうぞ」


 商人に指示し、中央広場の大神殿へ向かわせる。

 俺は馬車の後ろに付いて荷台の中を覗いてみた。


 毛布に包まれた老婆は顔色が悪く、そして枯れ木のように痩せている。ガンだなぁ。治した後、ちゃんと回復させるのは時が必要だろう。

 それと、ファーガソンの妻らしき女性。少々痩せ気味なのと疲れによるやつれはあるものの、比較的美人さんだね。介護とか大変なんだろうね。

 そして、男女一人ずつの子供だ。男の子は一二歳くらいで芯の強そうな眼差しを持っている。その子にしがみ付くように五歳くらいの女の子がいる。奥さんに似た可愛らしい子だが、スレイプニルを見て目を丸くしている。子供たちの健康状態は悪く無さそうだな。


 ウルド神殿にてファーガソンの母親の病気を魔法によって治してもらう。


 衰弱ぶりから手遅れを心配したが、そのような事もなく母親の病気は全快した。魔法のなんと便利なことよ。

 全快したファーガソンの母親ソフィアは、まだ立ち上がることもできないが、俺にしきりに礼の言葉を述べた。


「領主さま、ありがうございます。本当にありがとうございます……」


 涙ながら手を合わせてくる母ソフィア。


「気にしないで下さい。それよりも早く良くなって息子さんを助けてやってくれるとありがたいですよ」

「なんと優しきお言葉……愚息には命をかけて仕えさせます」

「いや、命は掛けなくとも……給料に見合った仕事をしてくれるだけで俺は助かりますから」


 少々、苦笑しながら応える。


 まったく……ブラック企業体質まっしぐらな気がするよ。まあ、彼の能力なら問題はないと期待しているけどね。


 彼らの屋敷に自ら案内する。

 家財道具もほとんど持たずやってきたファーガソン一家には比較的大きいかもしれないが、一家は五人もいるから問題はないだろう。


「ここが君たちの屋敷だ。自由に使ってくれたまえ」


 到着した屋敷の前でファーガソン一家がポカーンとした顔になっていた。


「ここが……」

「そう、ここが君たちの屋敷ね」

「凄いねお兄さま。前の家の一〇倍くらい大きいよ」

「そうだねリーナ。お母さまの為にも掃除を一緒に頑張ろう」


 あ、君たちそんな事を考えてたの?


「あー、使用人は雇って良いんだよ? そのための準備もしてるからね?」


 俺が兄妹の言葉にあわてて話しかける。


「使用人ですか? そのような余裕は我が家にはありませんから」


 兄の方がしっかりとした口調で応える。

 なかなか出来たお子さんだなぁ。


「いや、雇ってくれると助かるなぁ……」


 俺は孤児院の派遣部隊の事を説明する。


「そのような手配まで頂いているとは……」


 ソリス・ファーガソンが何か感動している。


「ま、孤児院の子たちなので、行儀作法もなってないですからね。躾けてやって下さい」


 俺は奥方にも頼んでおく。


「仰せのままに」


 ファーガソンたちの少ない荷物を下ろしていた商人が馬車に乗り込んでいる。


「荷物は下ろしましたんで、あっしはこれで」

「ご苦労さん」


 俺が手を上げて挨拶すると商人の馬車が離れていく。


「中は前の住人の家具とかもそのままのはずなので、自由に使って結構」

「なんとも、至れり尽くせりと言った感じで……言葉もありません」

「行政役場に出仕し始めるのは、雇ったものが全員来てからにしてね。連絡が来るまで自宅で待機しておいて」

「はっ! 拝命致しました!」


 ソリス・ファーガソンがうやうやしく頭を下げた。


 ファーガソン一家を屋敷に案内し終わり館の門まで戻ってくると、隣の役場の入り口で一悶着起こっている。


「だから、そういう募集はしておりません!」


 あの声はよく俺を案内してくれる眼鏡の女性職員だな。


 スレイプニルで近づいていくと、役場の入り口の前で仁王立ちといった女性職員がいた。その前には屈強と言えそうな男が五人ほどいる。


「ですから、我々は辺境伯閣下にお仕えしたく……」

「さっきも言いましが、このトリエンでは……」


 眼鏡ごしに女性職員と目があった。


「領主さま!」


 叫んだ女性職員に俺は軽く手を上げて挨拶する。

 女性職員の声に男たちが振り返った。


 ん? 見た顔だぞ?


「クサナギ辺境伯閣下! お久しぶりでございます!」


 一人がそう言って俺にひざまずいた。


「えーと……あ! ヘインズ兵長じゃん!」

「あのあの……領主さまのお知り合いなんですか?」


 女性職員がアワアワしている。


「まあ、知り合いって言えば知り合いだね。帝国軍の人だよ」

「いえ、閣下。我々は帝国軍を辞めております。今はただの流れ者と言えるでしょう」

「え? 辞めちゃったの!? 辞めさせるような圧力あったり!?」

「いえ、我らは閣下の元で働きたく思い、帝国軍を辞してきました。是非、閣下の軍に加えていただきたく! 閣下に助けられたこの命、閣下のお役に立てさせて下さい!」


 そう言ってほぼ土下座のような状態で五人の男たちが一斉に頭を下げた。

 なんという一本気。帝国軍人の矜持か何かかもな。


「そうかー。まあ、そこまで恩に感じる事もないんだけど……あ、そうだ。実は隊の指揮官が足りてないんだった。ヘインズ兵長。隊長してみる?」


 俺の言葉にヘインズ元兵長が頭を上げる。


「お仕えさせて頂けるならば、この命をかけまして!」


 うーむ。ファーガソンもそうだが、これが忠誠心ってやつなの?


「じゃあ、決まりね。五人とも雇おう」

「ありがたき幸せ!」


 女性職員はポカーン顔だ。


「あ、名前聞いてないけど、お仕事ご苦労さま」


 そう女性職員に声を掛けると、彼女はハッとした顔をした。


「私はナタリー・スミッソンでございます、閣下」

「ナタリーさんね。覚えておくよー」


 俺はそう言うと馬の踵を返す。


「五人とも付いてきて」

「はっ!」


 五人は精悍な仕草で立ち上がりスレイプニルに付いてくる。


 元帝国兵の五人は、フローレンス・ヘインズ元兵長以下、モーガン・バトラー、ゼイン・グローリィ、ポール・マッカラン、エクリア・ワッツと言う。

 彼らは帝国の歩兵部隊の一画を担っていた精鋭だ。レベルはヘインズが一九、バトラーも一九だ。グローリィは一五、マッカランが一七、ワッツは一八だった。


 カイル・ロッテルが現在のレベルが二一なので、それほど差もないしゴーレム部隊の指揮官枠として考えようか。丁度いい時に来てくれたとも言えるね。


 でも、そうなると、ちょっと人数多いかな? 

 後からくるエルネスト・フォフマイアー子爵も合わせて五部隊の隊長と統括指揮官、補佐官といった感じで編成を組んでみるか。

 その前にゴーレムを作り始めなきゃなぁ。忙しくなってきた!

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