第14章 ── 第18話

 受付の隣にある丈の低いスィング・ドア越しに中の職員に声を掛ける。


「ギルドマスターいます?」


 俺が声を掛けると、受付の後ろにいた女性職員がやってくる。


「領主閣下、先程はお見事です」

「いやー。相変わらずですねぇ。どこのギルドでも喧嘩売られるんですよね」

「閣下はお優しそうな顔をしてるからかもしれませんね」


 女性職員がニコニコと言う。

 というか、そうなる前に止めて欲しいものですが。


「ギルドマスターをお呼び致しますので応接室へどうぞ」

「ありがと」


 俺は勝手知ったるといった感じで応接室へ向かう。


 応接室でソファに座っていると、ギルドマスターとサブギルドマスターがやってきた。


「お久しぶりで御座います、領主閣下」


 ちょっと小太りなギルドマスターが挨拶をしてくる。そういや、このギルドマスターの名前って聞いてたっけ? 覚えてないや。

 サブ・ギルドマスターはサブリナさんだったな。


「今日は色々とお伝えすることがあって顔を出させてもらいましたよ」

「どのような事でしょうか?」


 ニコニコしていたギルドマスターの顔から笑顔が消える。


「いや、厄介な問題じゃないんですけどね。最近、ダイア・ウルフの案件が増えているでしょう?」


 俺がそういうと、サブリナ女史もギルドマスターもコクコクと頷く。


「そうなのです。人が襲われたとか家畜が襲われたという事はないのですが、頻繁にダイア・ウルフの目撃が報告されておりまして、トリエン周辺から退治の依頼が大量に来ています」


 やっぱりな。ファルエンケールと似たような状況だ。


「それについてですが、ダイア・ウルフは脅威ではなくなりました」

「は? どういう事でしょうか?」


 二人の頭の上にでっかいハテナマークが浮かび上がるイメージが脳裏によぎる。


「実は、トリエン周辺に出没しているダイア・ウルフは俺の配下なんですよ」


 何を言っているのか解らないという二人の表情に俺は少し打ちのめされる。


 この説明何回目だろう。少々面倒になってきたね。高札でも出して周知するべきかもしれない。


 俺はダイア・ウルフが仲間になった経緯を二人に説明する。


「す、凄い……」


 サブリナ女史の口から小さな感嘆の声が漏れる。


「閣下はやはり凄い冒険者だ。とても普通の冒険者では成しえない偉業です」


 ギルドマスターも俺を称賛してくれる。俺と言うか、俺が作ったフェンリルが凄いんだと思うんだけどなぁ。


「ま、そんな訳でダイア・ウルフに危険はないんですよ。依頼人や冒険者に周知をお願いしますね」

「承りました。これで肩の荷が降りるというものです。実のところ、ダイア・ウルフ関連の依頼は空振りが多く、最近冒険者にも避けられる始末で少々困っていたのですよ」

「ああ、街で冒険者に聞きました。報告が遅れて申し訳ない。あ、あともう一つありまして」


 俺の発言の後半を聞いて、二人の顔色が少々変わる。まだあるのかといった顔だな。


「トリエン地方の南西に丘陵地帯がありますよね?」

「はい。ゴブリンの勢力下ですが……それが何か?」


 ゴブリンを殲滅してきたのではないかという期待の色がギルドマスターの目に宿った。


「実は、あの周囲のゴブリンとトリエンは協定を結びましてね」

「は?」


 ギルドマスターが間抜けな声で聞き返してくる。予想通りの話ではなかったせいで、思考が停止したようだ。


「ですから、ゴブリンと協定を結びまして、彼らはトリエン防衛の一翼を担う事になったんですよ」


 一体何を言っているのか解らないという顔をギルドマスターは崩さない。サブリナ女史も似たようなものだ。


 当然といえば当然なんだが、元来ゴブリンは害獣、敵、脅威であって協定を結べるような勢力ではない。

 ゲームにおいても基本的には低レベルキャラクターたちの初期の経験値稼ぎ用モブ・モンスターなのだから。


「閣下の言っていることが理解できないのですが……」


 ギルドマスターの言葉にサブリナ女史も頷いている。


「ですから、彼らは俺の支配下に置かれたということです。俺の命令がなければ人間を襲うことも悪さをすることもなくなったんですよ」


 俺は仕方なしにステータス画面を表示して称号の部分を見せる。トリエンに戻る道中に気づいた事実を彼らにも解るように表示する。


 そこには『ゴブリン王の王』という称号が表示されていた。


 二人の顔に驚き……というより驚愕の表情になる。


「こ、これは……!?」

「ま、まさか……」


 俺は頷く。


「そのまさかなんですよね。ゴブリンの王は俺を支配者としたらしいんですよ」


 ことの経過を詳しく説明する。


「彼らには街道を行く旅人や商人、周辺の村人などの我がトリエンの臣民の警護と国境線の防衛を担わせました。もちろん対価は支払う契約ですが、俺の命令は反故にはしないでしょう」


 俺の命令に逆らったら派遣しているダイア・ウルフたちが即座に絶滅させるだろうからなぁ。


「閣下は凄まじい……凄いどころの話ではありませんな」


 ギルドマスターはハンカチを取り出して吹き出した汗を拭い始めた。サブリナ女史も息苦しくなったのか、首に巻いているスカーフを緩めるような仕草をしている。


「ま、トリエン運営の布石ですよ。ゴブリンとの衝突があるとしたら冒険者ですから、ギルドに報告が必要だと思ってたんです」

「た、確かに。ゴブリン関連の依頼は結構ありますからな」


 俺は頷く。彼らと知り合ったのもゴブリン関係のクエストだったからね。もっとも、クリストファが出した依頼だったわけだけど。


「まあ、南西の丘陵地帯のゴブリンの脅威はなくなりました。それ以外の地域なら対処してもらっても構いませんが、丘陵地帯のゴブリンには手出しは無用にしてもらえますか?」

「わ、解りました。そのように手配しましょう」

「よろしくお願いします」


 俺は頭を下げる。


「閣下が頭を下げる必要はありません!」


 ギルドマスターが慌てたように立ち上がり俺に頭を上げるように促す。


「地域の住人の危険を少なからず取り除いた事になるのですから、冒険者として立派な行いです。今回の事はギルド本部にもご報告させて頂きます」

「あ、そうしてもらえます? 本部に行くのも面倒なので」

「もちろんです。トリエンは二つの脅威を考える必要がなくなりました。これは報奨金に値する案件かもしれません」


 そうなの? 別に俺が何かしたという訳じゃないんだが。フェンリルさまさまですなぁ。


 ギルドマスターたちとの会見が終わり、ロビーに戻ってくると先程喧嘩を売られた冒険者が他の冒険者にからかわれていた。


「あまりイジメたら可哀想だぞ」


 俺の言葉にイジメらしきものはすぐに収まる。


 ふと見ると、ニコニコ顔で手を振るリククとサラが仲間たちと冒険者の一画にいた。


「お、久しぶり。最近どうよ?」

「若さま。最近は冒険が楽しくなってきたんだよー」

「リクク! 若さまじゃないわ。領主閣下よ」


 サラがリククを叱責している。

 若さまか。懐かしい呼び方だね。

 彼女たちとの出会いから俺のティエルローゼでの冒険が始まった。


「二人の働きはどう?」


 俺は彼女らのチームリーダーである女性剣士ソードマスターに話しかける。

 このチームは全員女性で構成されている中堅冒険者チームだ。剣士、戦士、盗賊、神官、弓兵という構成で、比較的オーソドックスだ。


「彼女らには助けられていますよ。魔法支援に射撃支援があるお陰で、他の仲間の生傷が減りましたからね」

「それは良かった。戦闘支援はやっぱり必須だからね。ウチもトリシアたちの支援に助けられているからね」


 トリシアと聞いて、彼女たちの目が輝く。


「やはりトリ・エンティルさまは凄いんですね。私たちも彼女のようになりたいと思っています」

「そうなんだ。トリシアも最近結構レベルアップしたから、君たちの想像の上にいるかもよ?」

「さらに高みに!? さすがは伝説の冒険者……」


 そんな世間話をしてからギルドを後にする。

 トリエンに冒険者が増えているという事は民間防衛の観点から考えると大いにプラスだ。俺や仲間たちの名声によるものなら、嬉しい副次的効果といえる。



 館に戻ってそのまま工房に直行する。

 孤児院の子供たちの仕事着を作ろうと思ってだが、結構四苦八苦した。

 お陰で裁縫スキルが手に入ったので良しだが、デザインに少々時間が掛かってしまい、夜遅くになってしまった。


 自動生産機能で男女用を各三〇着程度作った。各種サイズを三種類を一〇着ずつだ。これならサイズが選べるし、孤児院の子供たちに合うだろう。


 明日の朝にでも届けてみるかな。


 館に戻ると食堂でみんなが食事もせずに待っていた。


「遅いのじゃ!」

「そうなのです! 私より早く帰ったはずなのに!」


 マリスとアナベルがおかんむりです。


「ゴメンゴメン。ちょっと工房に用があってね」


 俺が謝ると二人は機嫌を直す。


「許してやるのじゃ」

「許しますのですよ」


 トリシアが面白げに言う。


「大方、また魔法道具作りに夢中になってたんだろう」


 ハリスも無言で頷く。


「いや、ちょっと孤児院の子供たちの服を作っていたんだよ」


 その言葉にクリストファが顔を上げた。


「子供たちの?」

「うん。ほら、前に言ったよね。新しい部下が来るって。彼らの住む屋敷の小間使いとか雑用に子供たちを派遣したらどうかって院長に提案したんだよ」


 クリストファが笑顔で立ち上がる。


「それは良いな。私も気づかなかった。ケント、本当にありがとう!」

「ま、どっちにもウィン・ウィンだと思ったからね」

「素敵用語じゃな。で、その服とやらはどんなじゃ?」


 俺は子供たちの服を一着ずつインベントリ・バッグから取り出して、みんなに見せる。


「おー、なるほどな」

「これ、可愛いのじゃ! 我も一着欲しいのじゃ!」

「着ている姿が想像できますのです! きっと子供たちに似合うのですよ!」


 女性陣に好評を博して少々嬉しいね。


「ケント、孤児院を気にかけてくれて本当にありがとう」


 クリストファが感激して目頭に涙が滲んでいる。


「気にするな。トリエンに住むものは俺の保護対象だ。それは孤児院も含まれる」


 クリストファは俺の言葉に感銘を受けたのか、無言だがハンカチで涙を拭いていた。


 ま、女の子の方は俺の趣味が少々反映されているからな。メイド服は可愛くなくちゃねぇ。そのうち屋敷の制服も作るとしよう。館のメイドたちの衣装は清潔感はあるけど、ちょとシンプルだからな。

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