第14章 ── 第17話

 途中、街道沿いの村で一泊し、次の日の午前中にトリエンに帰り着く。


 アナベル以外のみんなは館に直接向かったが、俺はちょっと寄り道をする。

 ちょうど南門からトリエンに入ったわけなので、ブリスター孤児院に立ち寄ろうと思ったわけ。アナベルは俺とタンデムなので一緒。


 俺がスレイプニルで孤児院の敷地に入ると、目ざとく見つけた孤児院の子供たちが猛スピードで集まってきた。


「冒険者のにいちゃん!!」

「すげー! 銀の馬だ!」

「あー、女の人と一緒ー」


 ワイワイと喋りまくる子供たちに対応していると、孤児院の院長であるアンネ女史が慌てたように現れる。


「これはこれは領主さま! よくぞおいで下さいました」

「お邪魔しますよ、院長」


 馬からアナベルと共に降りて、俺は院長に挨拶をする。


「みんな元気ですね」

「おかげ様で。領主さまからお金を寄付頂いたおかげで、家屋の修理もできましたし」


 あ、そういや白金貨を置いて帰ったっけ。


「それは何よりです」


 元気な男の子たちがスレイプニルによじ登ろうとしていたので、少々手を貸して乗せてやる。


「た、高い!」


 少々臆病な子がスレイプニルの首にしがみついている。


 クイクイと袖を引かれて下を見ると、リオちゃんだ。


「このお姉さんは、お兄ちゃんのお嫁さん?」


 少々神妙な顔で言うリオちゃんを俺は抱き上げる。


「違うぞー。冒険者チームの仲間の神官プリーストさんだぞ。トリエンのマリオン神殿に神官プリーストが一人もいないから帝国から来てくれたんだぞ?」


 俺がそう言うと、いつもの元気なリオの顔になった。


「そうなんだ! それじゃマリオンさまも嬉しいね!」

「ははは、多分ね。今度マリオンに聞いてみるか」


 俺はアンネ院長に案内されて、孤児院の食堂に通される。


 半数以上の子供たちが着いてきたので結構な賑わい。ちなみに、この半数は全部女の子だ。なんか小さい女の子にはモテモテなんだよなー。大人の女の子にモテモテになりたい。


「それで、領主さま。本日はどのようなご用でしょうか?」


 食堂のテーブルに院長は注いだお茶を置きながら聞いてきた。


「実は最近、新しい家臣を雇いましてね」

「左様でございますか」

「病気の家族がいるものもいるし、きっと人手が必要になると思うんですよ」

「そうでしょうね」


 俺はお茶を飲みつつ一息つく。


「そこで、孤児院の子供たちが希望するならですが、どうでしょう? 小間使いなり雑用係なりでもいいんですが、使用人として子供たちを彼らの屋敷で働かせてみては?」


 それを聞いてアンネ院長は考え込むが、着いてきた子供たちが騒ぎ始める。


「良いの!? 働かせてくれるの!?」

「最近、市場とかで手伝うと小遣い貰えることが多くなったけど、お屋敷で働かせて貰えるなら嬉しいなー」


 提案は子供たちに好評のようだ。


「その家臣の方々は貴族さまたちなので?」

「そうですね。男爵、准男爵、子爵あたりですが」


 アンネ院長は少々心配顔だ。


「貴族さまのお屋敷では礼儀や立ち振舞などで失礼が……」

「ああ、全然構いませんよ。確かに貴族たちですがそれほど裕福な者たちはいません。悪くいえば貧乏貴族です。庶民と大して変わらないような生活をしていたものもいるようですから」


 それでもアンネ院長の心配は解けない。


「子供たちは俺の保護対象ですから、子供たちに無碍な振る舞いをしたら部下を処罰しますから大丈夫です。子供たちに立ち居振る舞いや礼儀などを仕込んでもらえると考えてもいいかもしれませんね」


 これは孤児たちが自立するための力を付けるという意味もある。いつまでも孤児院に頼りきりで大人になってしまっては孤児院の意味がないからね。


「すごいなー。私、働きたい!」


 リオちゃんがピョンピョンと椅子の上で飛び跳ねる。


「リオ! 行儀が悪いですよ!」


 アンネ院長の叱責が飛び、リオが舌を出しながら座り直した。


「そうですね。行儀なども仕込んでもらえるなら良いかもしれませんね」


 ナイスフォローだ、リオちゃん。


「もちろん、労働に見合った賃金は払わせますし、一つの所で働かせずにローテーションを組んで働いてもらうようなシステムにすれば、毎日孤児院に帰ってきて顔を見られるでしょう」

「ローテーション? システム?」


 ぬ。英語だった。


「交代制で働ける仕組みですね。住み込みだと院長も心配でしょうし。例えば、午前、午後と一日の労働を二つに区切って、二人の子供たちを交代で派遣するわけです。これに四人割り当てれば、二日のうち半日が仕事で一日半は休みとなります。子供たちにも無理のない労働になるでしょう」


 俺の提案にアンネ院長が頷く。


「そうすれば毎日帰ってこれますね」

「そうです。一日で四時間から五時間程度の労働ですから」

「納得しました。子供たちに希望を聞いてみます」


 俺は頷く。子供たちはワイワイと嬉しげに屋敷での仕事のことを話している。


 子供たちに服を作ってやろうかな。ブリスター孤児院の派遣部隊だと判るような制服を。

 女の子はメイド服っぽいのがいいな。ちょっと可愛いフリフリをつけて、男の子にメイド服はマズイから動きやすくて、そしてしっかりした感じの。


「では、希望が集まったら屋敷へ子供たちを連れてきて下さい」

「畏まりました、領主さま」


 アンネ院長が頭を下げてくる。


 よし、これで着任する家臣も便利に生活できるだろう。


 外へ出ると、着いてこなかった子供たちとアナベルが遊んでいた。


「コラー、ガキども。下段から上段への攻撃はこうだ!」


 何故かアナベルがダイアナ・モードになってた。ついでに男の子たちに戦闘に関した教鞭を取ってるよ?


「何やってんだ?」

「おう、ケント。ちょっとガキどもが木の棒で模擬戦を始めたからな。なってないから教えてた」


 あまり危ない事は教えるなよ。

 まあ、子供はチャンバラで遊ぶのが普通だよな。俺も子供の頃にしたことあるし。


 アナベルが少しうつむくとパッと顔を上げる。


「あらら? ケントさん、ご用は済んだのです?」

「ああ、済んだよ。そろそろ帰るよ」


 俺はスラリとスレイプニルに乗る。アナベルが手を広げてきたので引っ張り上げて後ろに載せる。


「それじゃ、またなー」


 俺が子供たちに手を振ると、両手をブンブンと振る男の子たちが見送ってくれる。


「また来いよ、兄ちゃん!」

「姉ちゃんも来い! また剣術教えてくれ!」


 子供たちに見送られ、ブリスター孤児院を後にする。


 途中、マリオン神殿……教会があるので、一応寄っていくことにする。


「ここがトリエンのマリオン神殿だよ。小さいだろ?」

「そうですね。でも都市ならともかく、地方の街ならこんなものですよ」


 マリオン教会の入り口から二人で入ると、懐かしい復活の祭壇がある。


「俺は一度死んで、気づいたらここで目を覚ましたんだよね」


 祭壇の前に来て、俺が寝ていた所を指差す。


「ほえー。祭壇にそんな機能があるんですか?」

「いや、どうだろう? 俺のいた世界では、そういう物だったんだが……」


 ティエルローゼに来てから、死んだことないし解らない。


「復活魔法とかあるのかな?」

「さあ? 伝説でしか聞いたことないのです。でもあるとしたら大規模な儀式魔法だと思いますです」


 ふむ。やはりティエルローゼでは死は簡単に克服できるような問題ではなさそうだ。無茶や無謀は慎もう。


「それじゃ、帰るか」

「私は、しばらくここにいたいので、先に帰って下さいね」


 アナベルは周囲を見回している。


「何するの?」

「少々汚れていますので、掃除をしてから帰りますよ? 明日からここに毎日通って布教活動を開始するのです! 腕がなりますね!」

「了解だ。それじゃ、後でね」


 俺はアナベルをマリオン教会に残して外に出る。

 スレイプニルで南の大通りを北へ向かう。


 中央広場で冒険者ギルドが見えてきたので、二度目の『ついで』を発動する。


 ギルドに入るとビックリする。


「すげえ冒険者の数だ」


 受付には行列が出来ており、依頼掲示板の前も盛況だ。

 それほど大きくないトリエンの冒険者ギルドのロビーには少なくとも三〇人以上の冒険者がひしめいていた。


 俺の声に気づいた一人の冒険者が声をかけてきた。


「なんだ兄ちゃん。トリエンは初めてか?」


 ん? このパターンは……


「いや、一ヶ月とちょっとぶりかなぁ? 人が増えててビックリしただけだよ」

「見た感じ中堅と言ったところか。何ならここらの仕来りを教えてやろうか?」

「あー、そういうのは間に合ってるんで」


 どうも、この冒険者はこの一ヶ月くらいの内にトリエンに流れてきたヤツみたいだね。


 俺とその冒険者のやりとりを見ていた他の冒険者が面白そうに遠巻きに見ている。


 遠巻きの冒険者の中に見た顔の拳闘士フィスト・ストライカーがいた。目が合うとニヤリと笑う。


 俺がよそ見をしていたのが気に入らないのか冒険者が俺の胸ぐらを掴みにきた。


「おいおい、つれない返事をするなよ。俺が親切に教えてやるって言ってるんだから」


 俺はもう何か疲れた。大きいため息を付くと、胸ぐらを掴む手を取って捻り上げる。


「いででででで!」

「全く、こういう冒険者の洗礼は飽き飽きだよ」

「クソ! 離せ! うぐ!」


 腕を捻り上げつつ。冒険者の足を払って、腰あたりを蹴り上げる。

 手加減はしているが、冒険者は盛大に空中に放り出される。


──ドカッ


「うぐう!」


 そのまま冒険者は床に落ちて悶絶している。


 その途端、ロビーがドッと笑いに包まれた。


「馬鹿だなぁ。俺らの領主閣下に喧嘩売るんだから」

「さすがケントさんだ。赤子の手をひねるとはこのことだね」

「ものを知らないのは命に関わるという証左だよ」


 口々に冒険者のバカな行動にヤジが飛ぶ。


 呻いていた冒険者が起き上がった。


「も、もしかして……冒険者領主のケント・クサナギ閣下!?」

「それが何か?」

「し、失礼しました! 俺は閣下に憧れて……」


 俺は手を上げて発言を遮る。


「そういうのはいいんで。冒険者として言わせてもらうが、初対面の他の冒険者に喧嘩売るような文化は慎むことだ。見た目だけで相手の実力を判ったつもりになると酷い目にあう」

「き、肝に命じます」


 冒険者がペコペコと頭を下げたので、俺は許してやる。

 こんな事をするためにギルドに来たわけじゃないからね。

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