第14章 ── 第16話

「いや、出ていく必要はないよ」


俺の言葉にベルパが顔を上げる。


「いいゴブか? 人間ケントは別で我らを助けてくれたゴブが人間はゴブリンを嫌うゴブよ?」

「そこで相談なんだけど、俺と協定を結ばないか?」

「協定? しきたりの事ゴブ?」

「ま、そんな感じ」


 俺はゴブリンたちの住んでいるこの丘陵地帯にゴブリンたちが自由に暮らしていいと伝える。


「その代わりに」

「その代わりゴブか?」

「この周囲の防衛に力を貸してもらいたいんだ」

「防衛? 何をするゴブ?」


 例えば、俺の領地に現れる魔獣などの退治や旅人や商人、農民などが、野党や盗賊などに襲われた時に助けるなどの提案をする。


「ふむ。それをしたら、ここに住んでも良いゴブ?」

「そうだね。そういう事をしてくれるなら食料などを安定的に提供するよ。肉や野菜、それに調味料もだ」


 ベルパの顔に元気が戻ってきた。


「それは良いゴブね。やっても良いゴブが……」


 ベルパ王が後ろの皺くちゃゴブリンを見る。


「どうゴブ?」

「悪くない申し出と思うゴブ」


 相談役か何かかな?


「あ、こっちはジャギュワーンというゴブ。頭が良いゴブリンなのだゴブ」


 お? 頭が良いの?


 俺はマップ画面でそのゴブリンのデータを見てみる。


『賢き者ジャギュワーン

 レベル:一二

 脅威度なし

 ゴブリンの王、ベルパ王に仕えるゴブリン・シャーマン。賢き者と呼ばれ王に尽くす』


 ゴブリン・シャーマンか! なるほどね。そりゃ賢いんだろうね。魔法が使えるんだから。


「食べる物が、最近、殆ど取れないゴブ。このままだと死ぬ者も出てくるゴブし、この申し出を断ると氏族が絶えるゴブ」

「そうゴブ? ならば受けるゴブね」


 ベルパがこちらに顔を戻す。


「申し出を受けるゴブ!」


 全部聞こえてたけど、あんまり気にしてないみたいだから良いか。


「助かる。ところで、今、ゴブリンって何人くらいいるの?」

「そうゴブな……我らは数を数えるのが苦手なのゴブが……」


 ベルパが困ったような顔をすると、ジャギュワーンが応えてくれる。


「ベルパ王の氏族は、オス・メス合わせて、四七七ゴブ」


 四七七匹のゴブリンか。結構な数だな。というか、端数まで把握しているのか。


「それだけのゴブリンを今まで丘陵地帯で養ってきたの?」

「以前は、ここの西側の森でも狩りが出来たゴブ」


 ベルパ王が応える。


「最近、西の森には獣人が出るゴブ。我らが近づけないようになったゴブよ」


 西側の森の向こうは、もう俺の領地じゃない。だが、その森は俺の領地だ。

 そこに獣人が現れているだと?


「どんな獣人?」

「首領の顔は狼と聞いているゴブ」

「首領? そんなに数がいるの?

「沢山いるみたいゴブ」


 ふむ。他国の狩人の一団かもしれないな。なんで王国まで入ってきてるかは知らないけど。

 というか、国境線とかキッチリ引かれてる訳じゃないからなぁ。


「ふむ。国境線の防衛もやってもらうか……」


 俺の囁きにベルパが少し難しい顔をする。


「獣人一匹なら勝てるゴブが、沢山だと我らは負けてしまうゴブ」


 ふむ。ならば戦力増強といきますか。


「よし、いい考えがある」


 俺の言葉にベルパとジャギュワーンが視線を向けてくる。


「ちょっと表に出ようか」

「何かあるゴブ?」


 俺が立ち上がると、ベルパたちも立ち上がる。


 長い洞窟を通り、巣から外へと出る。


「何があるゴブ? 気になるゴブよ」

「まあ、見てて。フェンリル、ブラック・ファングを呼び出してくれ」

「ウォン」


 俺の呼びかけでフェンリルが頷く。


「おお、この銀の狼は作り物じゃないゴブ!? すごいの連れてるゴブなと思ってたゴブよ!」


 いや、作り物です。殊の外良く出来たんですけどね。


「ウォオオォォォン!」


 フェンリルが遠吠えを発する。


 すると、周囲から幾つもの遠吠えが上がる。


 ダイア・ウルフを使役することのあるゴブリンにも、それがダイア・ウルフのものだと判ったようだ。

 巣の入り口にいたゴブリンたちも不安げなキョロキョロと周囲を見ている。


 しばらくすると、ブラック・ファングと共に一〇〇匹程度のダイア・ウルフの群れが現れた。


 さすがのベルパ王も目を見開き震え始める。


「に、人間……あれは……あれは……大狼の王ゴブ……ゴブリンも……人間も……一噛みゴブ……」


 ベルパがワナワナと震えながら声を絞り出すように言う。その声色は恐怖に染まっている。


「あ、そうなの? 彼はブラック・ファング。このフェンリルの部下だよ」


 やってきたブラック・ファングがフェンリルの前まで来て頭を伏せた。一〇〇匹のダイア・ウルフも伏せの状態になる。


「驚いた……ゴブ。王よ……この銀狼は……この群れの王ゴブよ!」


 ジャギュワーンは心底驚いた声を上げた。


「大狼の王の……王ゴブ?」


 ベルパはしげしげとフェンリルを見る。フェンリルもどことなく得意そうに見えるが、そんな機能あったっけ?


「これが見せたいものゴブ?」

「そうだよ。どうかな? ブラック・ファングの部下を何匹か貸すことも出来ると思うけど」


 ベルパとジャギュワーンが驚いた顔をする。


「あの大狼を借りられるゴブ!?」

「ブラック・ファングは司令官だから無理だけど、彼の部下なら大量にいるからね。餌とかの面倒を見てくれるなら貸せると思うよ」


 ベルパとジャギュワーンが相談をしている。


「両の手の指の数借りられたら西の森でも安全ゴブ?」

「もっと欲しいと思うゴブ」

「指が足りないゴブ。足の指も使うゴブ」

「足も手も全部合わせての倍くらいゴブよ?」


 うん。数に弱いね。ジャギュワーンは解ってるっぽいけど、ベルパが理解できてないね。


「じゃ、五〇匹ほどでいいかな?」


 俺がそう声を掛けるとジャギュワーンはコクコクと無言で頷いている。


「よし。ブラック・ファング、五〇匹ほどゴブリンたちに協力してあげてくれるかな?」

「ウォン」


 ブラック・ファングが顔を上げ、頷きながら小さく吠える。


「ありがとう。助かるよ」


 俺がそう言うと、ブラック・ファングは立ち上がり、マリスの身体に頭をこすり付けている。


「なんじゃ? 褒めてほしいのかや?」


 そう言いながらマリスは頭を撫でてやる。

 ブラック・ファングが嬉しそうな声を上げてからマリスから離れる。


「ウォォン!」


 ブラック・ファングが力強く吠え、それに応えるようにダイア・ウルフの群れが半分立ち上がった。


 ブラック・ファングが俺らに一礼して走り去る。立ち上がったダイア・ウルフたちがそれに続く。

 残されたダイア・ウルフたちがお座りポーズで残っている。


「ここに残ったダイア・ウルフたちを使ってくれ」

「すごい統率力ゴブ。やはり大狼の王はすごいゴブね!」

「彼の部下は二〇〇〇〇匹くらいいるらしいからね」

「良く解らない数字ゴブが、もの凄いのは解るような気がするゴブ」


 周囲のゴブリンたちが恐る恐るダイア・ウルフたちに近づいていくも、ダイア・ウルフたちは唸りもしない。


 ゴブリンたちが触ったり乗ったりしても、大丈夫なのを確認して嬉しげな顔になったのが解る。


「ガル・ベルパ! ゲル・ダイルフ・ゲギャルル!」


 その言葉にベルパが大きく頷く。


「なんて?」

「ベルパ王。この大狼たちは言うことを聞くようです。と言っているな」


 トリシア、解説有難う。


「どうかな? これだけのダイア・ウルフがいれば、西の森も安全では?」

「うぬ! 人間ケント! 本当に助かるゴブ!」


 ベルパを含めて周囲にいるゴブリンが非常に嬉しげなのが見て取れる。


「よし、協定は交わされた。これからは共にトリエンを発展させていこう!」


 俺の言葉にベルパが膝を折る。


「人間ケントよ。我が氏族の危機を二度までも救ってくれたゴブ。これからはゴブリンが人間ケントに協力するゴブ」


 その姿を見たジャギュワーンや他のゴブリンが唖然とした。


「ベルパ王……」


 ジャギュワーンが王と俺を交互に見てから、彼もベルパと同じように膝を折った。周囲のゴブリンもそれにならっている。


 ん? どういうことかな?


「なんでもないゴブ」


 そう言ってベルパは立ち上がる。


 良くわからないけど、協定が結ばれたって事かな?


 こうして、ゴブリンとの交渉は上手くいった。


 後日に気づいたのだが、俺の称号に『ゴブリン王の王』というのが増えていて慌てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る