第14章 ── 第15話

 ファルエンケールを出て隠された秘密の街道を進む。

 俺のマップ機能には隠された街道もバッチリ表示されているので問題はなにもない。


 俺のスレイプニルを先頭に、マリスのフェンリル、トリシアのダルク・エンティル、そしてハリスの白銀しろがねが続いている。アナベルは例によって俺とタンデムだ。


 猛スピードで進んでいるが、騎乗ゴーレムの乗り心地はよく考えられているのであまり揺れたりすることがない。


 トリエンの南の街道と秘密の街道が交わるところまで、ものの半日で到着する。

 ここから街道を離れて草原をさらに西へと移動する。


 以前、訪問の約束をしたのでゴブリンたちの巣へお邪魔するのだ。

 今回の訪問でゴブリンたちと一定の協定みたいなものを結びたいと考えている。トリエン領内でのゴブリンの自治を認める代わりに南西部の丘陵地帯の防衛を担わせようと思っている。

 今後、帝国が南部一帯を開発するわけだし、それの牽制という意味合いが強い。

 帝国がしっかりと安定すれば、然程さほどの心配はない。だが、やっと本当の支配者が戻ってきたばかりでもあり、アルコーンを呼び出したかもしれない勢力が残っている可能性も考えると、不安要素は尽きない。


 帝国と友好的な関係を結べたからと言って、全てが俺らに好意的とは限らないし、犯罪者だっているからだ。そういう不安要素を抑え込む役目をゴブリンに担当させるわけだ。


 草原に入り、暫く疾走していると西の丘陵地帯が見えてくる。


 速度が早すぎるとゴブリンたちの警戒を呼びそうなので歩幅を落として近づいていく。


 マップで場所は判っているので一直線に巣へと向かう。


 あと二キロメートルといった所で、ゴブリンの防衛網に引っかかる。

 一〇匹程度のゴブリンが俺たちの前に現れた。


「ナギャギグ! ゲギギ!」


 隊長らしき少々大きいゴブリンが粗末な槍を構えて怒鳴っている。

 相変わらずゴブリン語は判らない。エルフ語もドワーフ語も普通に聞いて理解できるのになぁ。そういえばニンフ語も理解できなかったな。


「警備ご苦労さん。王のお招きで参上したよ」


 人間語で話しかけるも、ゴブリンたちは判らないようで首を傾げたり、顔を見合わせたりしている。


「グルギャ? グルボ?」


 俺たちが武器も抜かず、緊張した様子もなく声を掛けてきたため、ゴブリンの隊長はどう判断していいか解らないようで、戸惑ったような表情になる。


「それじゃ、これを見てくれ」


 俺はゴブリンの王から預かっている大きめのメダリオンをインベントリ・バッグから取り出して隊長たちの方に見せた。


「ギャルボ! ガル・ベルパ・シャギャルグ!」


 何やら解らない言葉を喋った隊長が、突然槍を納め片膝をつく。他のゴブリンもそれにならった。


「ガル・ベルパ、ケント・グルボ・ゲンクズ!?」


 ん? 俺の名前言ったね?


「うん。俺がケントだよ?」


 俺が名前を言ったせいか、ゴブリンの隊長は立ち上がり、手招きのような仕草をしている。


「案内してくれるみたいだね? 相変わらず何言ってるかサッパリわかんないけど」


 苦笑気味に俺が言うと、トリシアもニヤリと笑った。


「何者だ、人間? それは、ベルパ王の印。ベルパ王が言ってた人間ケントか? そんな感じに言っていたよ」


 そういえば、トリシアはゴブリン語を少々理解できるって前に言ってたっけ?


「よし、彼らに着いていこう」


 脅威を感じさせないように騎乗ゴーレムから降りていくことにする。

 俺はスレイプニルから降りて、アナベルを下ろしてやる。


 スレイプニルたち馬型のゴーレムはインベントリ・バッグに仕舞っておく。

 フェンリルはダイア・ウルフ型なのでゴブリンはそれほど警戒感を持っていないようなので出したままでいいだろう。


 草原の支配者とも言われるゴブリンたちの行軍は非常に早い。俺たちが駆け足で着いていかねばならないほどだ。

 二キロ程度の距離はあっという間で、一〇分もしないうちに丘陵地帯へと足を踏み入れる事になる。


 丘陵地帯に入ると、他のゴブリン部隊にも出会ったが、先頭を走るゴブリン隊長が声を掛けるだけで向けられた武器が降ろされるので危険は無さそう。


 そうしてゴブリンの巣の入り口に到着した。


「来たか、人間ゴブ!」


 そこにはゴブリン・ジェネラルのガルボがいた。


「お、ガルボ。元気そうだな」

「人間たちもゴブな。王がずっと待っていたゴブ。やっと来たゴブな。さっき斥候が一人、お前らの来訪を伝えてきたゴブよ」


 語尾がゴブになっている懐かしい喋り方に俺は笑顔が漏れてしまう。


「招待されたのもあるけど、今日はベルパ王に色々話があってやってきたんだ」

「王も首を長くしているゴブ。遠慮なく入るゴブ」


 ガルボに連れられてゴブリンの巣の中に入る。


 ただの洞窟か何かと思っていたが、ゴブリンの巣は自然洞を利用したものではあるが、所々掘削して広くしたり、小部屋を作ったりしている。そして迷路のように入り組んでいる。

 そこかしこに掘られた小部屋にはゴブリンたちが寝泊まりできるように干し草などが敷かれていた。


 分岐点には大抵の場合、焚き火が置かれ、そこで食料の煮炊きが行われている。


「うーむ。ゴブリンの生活形態は初めて見るけど、興味深いな」

「そうゴブか? ゴブリンは一日のうち半分は寝てるゴブ。だけど、必ず誰かが起きているゴブよ。そこの焚き火に必ず一人以上のゴブリンがいるゴブ」


 なるほど。何者かに侵入されたとしても、分かれ道で必ずゴブリンに遭遇するわけだ。遭遇したゴブリンが叫べば、寝ているゴブリンたちが増援に来るわけだ。警戒網としては合理的だな。


 しばらく……といっても結構歩いたな。随分と深い洞窟だなぁ。


 途中、水音が聞こえてきたので、ちょいと横穴を覗いて驚く。


「おお! すげえ!」


 そこには巨大な鍾乳洞が存在していたのだ。何千年……いや何万年もかかりそうなほどに壮大な巨大空間に鍾乳石がびっしりとならんでいた。


「どうしたゴブ?」


 先を歩いていたガルボが、俺たちが着いてこないので引き返してきた。


「これは凄いな、ガルボ!」

「ん? そこは我らの水場ゴブ。別に珍しくもないゴブよ?」

「いや、鍾乳洞は珍しいだろ!」

「そうゴブか? 俺には良く解らないゴブが」


 不思議そうなガルボをよそに俺たちは、松明に照らされた鍾乳洞を眺めていた。


「これ、公開したら金取れるレベルだね。観光に良いかも」

「だが、ゴブリンの巣だからな。色々と問題があるぞ」

「確かに……でも、いいなぁ……トリエンの観光資源に欲しいなぁ」

「ま、そのあたりもベルパに会って話してみると良いのじゃ」


 そうだな。今回の交渉次第かもな。


「よし、ガルボ行こう」

「満足したゴブか? では行くゴブ」


 ガルボが歩き出したので再び着いていく。


 ほどなく、非常に大きな空間に出た。奥には王座のような形をした岩があり、ベルパ王が鎮座していた。その横には無数の小動物の骨や頭蓋骨のアクセサリを首や肩からぶら下げた皺くちゃのゴブリンが立っている。


「おお! 人間ケント! とうとうやってきたゴブな!」


 ベルパ王が立ち上がった。


「お久しぶり、ベルパ王。遅くなったけどお邪魔したよ」

「うむ! ささ、近う寄れゴブ!」


 ベルパ王が手招きしている方向には石で円を描いて中心に焚き火と木の枠組みがおいてあり、その石の周囲に干し草が敷き詰められている。

 ちょっとしたキャンプっぽい雰囲気。


 ベルパ王が干し草に座ったので、俺たちもそれにならう。

 ベルパの後ろにはさっきの皺くちゃなゴブリンが杖を着いて立っている。


「では、王よ。俺はこれでゴブ」

「うむ。ご苦労ゴブ」


 ガルボが広間から出ていく。


「余は何日も待ったゴブ。命の恩人を迎えられて嬉しいゴブね!」


 以前、会った頃に比べると、随分と元気になったようだ。あの頃、ベルパ王は人質だったからね。


「元気になったみたいで良かったね」

「これも人間たちのお陰ゴブよ」


 しばらくすると、メスらしきゴブリンたちが肉や野草などを運んできて、焚き火の木組みに鉄製の古そうな鍋を掛けて、肉などを放り込み始める。


「今日は宴ゴブよ! 腹いっぱい食べていくゴブ!」


 ゴブリン料理というのは初めて見るが……

 ゴブリンには調味料などという文化はないようで、基本的に肉と野草の水煮といった感じだ。もちろん肉は棒に刺して焼いているものもあるが、やはり味付けはされていない。


「ふむ。ちょっといいかな?」


 俺は料理をするメスのゴブリンたちに断りを入れて手を出す。

 戸惑っているメスのゴブリンたちにベルパの叱責が飛ぶ。


「ドグルガ! ケント・ガルウド!」


 メスのゴブリンたちが慌てたように散っていく。


「あ、ゴメン。別に邪魔するつもりじゃないんだけどね?」

「良いゴブ。ケントが何かしたいなら、自由にすると良いゴブ」


 ベルパは俺のすることを興味深げに見ている。


「ゴブリンは味付けをしないみたいだからね。人間の料理を見せてやるよ」

「ほほう。味付けゴブ? 何のことだか解らないゴブが、面白そうゴブね」


 俺は塩や胡椒こしょう味噌ミゾなどを取り出して、簡単な味付けを行う。水煮の方には鰹節も入れておこうか。


 水煮に入れられている野草は、雑草と思ったらちゃんと食べられる野草だった。

 味噌味に合うか微妙だけど……ま、この際文句は言えない。


 出来上がった料理をベルパ王に差し出す。

 ベルパはおっかなびっくりといった感じで、肉の串焼きに口を付ける。


 ベルパ王の目がカッと見開き、ガツガツと食べ始める。


「こ、こ、こんな美味いものは……初めてゴブ!」

「だろ? これが味付けだよ。人間たちは、こうやって味をつけて食べるんだ」


 ベルパは料理を気に入ったようなので安心する。


「じゃ、俺たちもご相伴に預かるとするか」


 俺たちも食べ始める。


「うむ。ケントの味付けは相変わらず見事じゃの」

「鹿肉に絶妙な塩加減、そして胡椒だ。必要な所にしっかりと戦力を投入する様は名将と言える」

「こっちのスープが美味しいのですよ?」


 仲間たちにも好評です。


 食べながら、周囲を見ていると、先程のメスのゴブリンたちもそうだが、皺くちゃゴブリンが喉を鳴らしているのが微かに聞こえている。お腹の鳴る音も聞き耳スキルが拾ってくる。


「もしかして、みんなご飯食べてない?」


 俺は少々心配になってベルパ王に聞いてみる。

 すると、ベルパ王が微妙な顔つきになった。


「今日は人間ケントたちを歓迎する宴ゴブ。心配はしなくて良いゴブよ」


 何かあるな。俺はそう感じる。


「何かあったのか?」

「大したことないゴブよ。ちょっと最近、獲物が少なくなったゴブ」


 ふむ。どうも食糧難に陥っている感じだ。

 今日のこの料理は、俺たちをもてなすために無理をしたという所だろう。


「そうか。よし。ベルパ王。少し話がある」

「何ゴブか?」


 俺はベルパ王に王国の貴族になったことや、トリエン地方が俺の領地になった話などをする。


「領地……縄張りのことゴブか? このあたりも全部ゴブ?」

「うん」

「じゃあ、ここは人間ケントの縄張りゴブ?」

「そうなるね」

「我らは出ていかなければならないゴブ?」


 ベルパ王がガックリとした感じで肩を落とす。

 そんなにガッカリされると心苦しいが、俺がこれから提案する事はそれほど悪くないと思うよ?

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