第14章 ── 第11話

 マリスとマストールの模擬戦の後、工房の隣にあるマストールの住居にお邪魔する。


 ファルエンケールの工房関係の総責任者であるマストールの私邸にしてはこぢんまり……

 というか天井が低い! 何度かはりに頭をぶつけた! トリシアは慣れているのか全然ぶつけてない。コツを教えて下さい!


 ぶつけた額をさすりながら、ソファに腰を下ろして寛ぐ。


 マストールの奥さんがお茶やら料理やらをどんどん運んでくるせいで、目の前のテーブルはいっぱいです。


「ウチの人がいつもお世話になりまして」


 ニコニコ顔の奥さんは、流石ドワーフといった感じで、髭ヅラです。でも顎髭だけで、鼻の下などには髭がない。

 ドワーフの女性を初めて見たので何とも言えないが、顎髭の三つ編みがチャームポイントなのかな?


 ティエルローゼのドワーフ女性は、基本的に外に出ないんだそうだ。どうりで町中で見かけたことがないわけだ。買い物などは全て男性が行うらしい。

 通常は主人であるマストールの役目なのだそうだが、旦那が忙しい場合は下男のドワーフや雇っているレプラコーン、フェアリーの宅配サービスなどを使うんだって。

 フェアリーの宅配サービスって荷物運べるんだろうか? ファルエンケールで見た記憶の無い種族だけど。


「さっきの話じゃが」

「あ、うん。……何だっけ?」

「ミスリルの大量発注の話じゃよ!」

「ああ、うん。ゴメン、考え事してた」


 ムッスリ顔のマストールが少々吹き出した。


「ケントは相変わらずのようじゃな。単身ドラゴンに戦いを挑むようなウッカリさんは治らんか」

「そこが可愛いだろうが」


 トリシアがお茶を飲みながらマストールに応える。


「可愛いとか……まぁ、二人ほど人生を長く生きちゃいないけどさ」

「我が一番長寿じゃが?」


 眼の前の料理をバクバク食べながらマリスが言う。


「ドラゴンじゃからなぁ……ワシには想像もつかんわい」

「ごもっとも。で、ミスリルの話だったね」

「そうじゃ。ゴーレムを作るそうじゃが」

「うん。とりあえず五〇〇〇体くらいは作りたい」


 マストールが面白げに笑いながら顎髭を撫で回している。


「五〇〇〇体か。凄い規模じゃが、ゴーレムを以てドラゴン討伐でもするつもりか?」

「いや、俺の領地の防衛とか警護に当てるつもりなんだよ」

「領地? オヌシ、領地持ちじゃったか?」

「ああ、国王に領地を割譲されてね」


 俺は細かい経緯を説明する。


「なるほどのう。シャーリーの工房を正式に受け継いだようじゃし、そういうこともできるか」

「で、開発が進めば治安を維持するにも、領地防衛にも兵隊が必要になるからね。それならゴーレム使ってみようかとね」

「それほどの規模でゴーレムを使役した前例は歴史上あるまいな。面白い」


 マストールが面白いというのも珍しい気もするが、俺もそう思うし素直に頷いておく。


「よし。ワシも協力しよう」

「助かります。ミスリルの増産はいつからできますか?」

「いや、ワシもゴーレムを設計してみたい。増産はウチの工員を当てれば問題はない」

「え?」


 どうやら、ゴーレム兵のデザイン協力をするつもりらしい。


「オヌシの身辺護衛や館警備のゴーレムは綺羅びやかで派手なのを用意するべきじゃろ。そういうのをワシにやらせんか?」

「名高いハンマー家の当主自らですか?」

「嫌か?」

「いや、光栄だけど……良いのかな?」

「マストールは一度言い出したらきかんからな。断っても押しかけてくると思うぞ?」

「当然じゃ。やりたい仕事をしてこそ、職人冥利に尽きるというものじゃ」


 まあ、俺は構わないけど、ファルエンケールの職人を統括管理するのはどうするんだか。


「ファルエンケールの仕事に差し支えない程度によろしく」


 マストールがニヤリと笑う。


「何、何の問題もない。それと、ケント。例の件じゃが」

「例の件?」

「アダマンチウムじゃよ」

「ああ、目処は立ちました?」


 マストールが渋い顔をする。どうも上手く行っていないようだ。


「何が問題なんでしょう?」

「前にも言ったが、評議会の石頭エルフがな」

「あー、汚染とか何とか」

「そうじゃ。お前の手に入れた工房で何か作ってくれんか?」


 水質汚濁と土壌汚染だな。粉塵による塵肺問題あたりかね?


「となると排水浄化装置、空気清浄機あたりは必須か……問題は、土壌を綺麗にする方法か」


 俺は思案を巡らすが、現代社会においても土壌汚染を解決する科学技術は確立されていないような気がする。化学物質による汚染なら薬物による無害化も可能だがアダマンタイトの毒素による土壌汚染の無害化か……


「色々と実験してみないと何とも言えないけど、やってみるよ」

「ヌシなら出来るじゃろう。期待している」


 とりあえず、この事は心のスケジュール表に書き留めておこう。一度、アダマンタイト鉱床の見学もしておきたいね。どういう汚染なのかも知らないと対策しようがない。


「エリゼ、近い内に出かけるからな。準備を頼むぞ」

「はいはい。やっときますよ」


 俺らが駐屯地に向かうと聞いて、マストールも付いてくるらしく、ソファから飛び降りた。


「マストール爺の奥方は料理上手じゃな。ケントもビックリじゃ」


 マストールの家を出るとマリスが、さっきの料理を褒め始めた。食いしん坊チームだからなぁ。


「あ、そうだね。美味しかったな。今度、料理教えてもらおうかな」

「ん? オヌシ、料理もするのか?」


 横を歩いていたマストールが不思議そうな顔をして俺を見上げてくる。


「ケントの料理を味わったら、なかなか他の料理は楽しめなくなるぞ?」

「それほどか。そのうち味あわせてもらおうかのう」



 ファルエンケールの北にある駐屯地に近づくにつれ、妖精族の数が増している事に気づく。もうすぐ駐屯地なのだが、何かあったのかな?


 駐屯地の入り口付近まで来ると、すでに人だかりの山となっていた。お祭りとかいうレベルじゃない。

 暴動でも置きてるのか?


 必死に人混みを整理する兵団員に声を掛けてみる。


「いったい何の騒ぎ?」

「あ! ワイバーン・スレイヤー様!」


 声を掛けた兵団員はすぐさま敬礼をしてきた。それに気づいた他の兵団員も一様に敬礼をする。


「現在、もうひとりのワイバーン・スレイヤー様とお連れの神官プリースト殿による集団戦闘訓練が実施されています」


 集団戦闘訓練?


「ほほう。面白そうじゃな」


 マストールが顎髭を撫でる。


「はっ! 二人対兵団員による模擬戦ですが……敷地内全体を使っているため、見物人が発生してしまい……」


 そう言った兵団員の後ろ、柵の向こうにある陣幕テントが吹き飛んだ。


「オラァ!!」


 あ、ダイアナ・モードのアナベルの声だ。


 吹き飛んだ陣幕テントの向こう側に両手用ウォーハンマーを手にしたアナベルがチラリと見えた。


 五人ほどの兵団員に囲まれているが、一人は綺麗に宙を舞っている。


「うお!? 実戦さながらかよ!」


 兵団員を殺さないと良いんだが……


「アナベル頑張っとるのー。我も参加したいのじゃ!」


 マリスは盾を失くしているというのに、ショート・ソードに手を掛ける。


「マリス、行くか?」

「トリシア、オーケーじゃぞ?」


 トリシアまで担いでいた弓を下ろし始める。


「げ、トリシアも行くつもり!? 元団長じゃん!」

「何、訓練なんだしビックリ要素は必要だろ?」


 ビックリ要素って……元団長が乱入かよ……兵団員たちが気の毒になるな。


 トリシアとマリスは嬉しそうに駐屯地の中へ走っていってしまう。


「相変わらず愉快なヤツじゃ。どれ、閣下と煽てられたワシも一丁、助太刀するかのう」


 既に鎧は脱いでいるはずのマストールが、腰の小槌を手に持つ。

 小槌で何をするつもりか。


「ヌシは行かんのか?」


 小槌をクルクルと指で回しながらマストールが俺を見上げる。


「俺も!? うーん、でも、行くなら兵団員に味方してやろうかな?」

「よし。では一緒に来い」


 マストールが入り口に走り込んでいく。仕方ないので、俺も剣を抜いて付いていく。


 駐屯地内は混沌の渦といった感じだ。

 あちこちのテントや小屋は粉砕され、周囲には兵団員の骸(死んでませんが!)が転がりまくっている。


 周囲で散発的に戦闘が起きているのは判るんだが、二人を相手にしているはずなのに、何でアチコチで戦闘音がしているのか。


 マストールと演習場付近まで来ると、演習場内の陣幕テントにマルレニシアがいるのが見えた。


「おーい、マルレニシアー」


 俺は手を振りながらマストールと近づいていく。


「ケ、ケントさん!?」


 マルレニシアが悲鳴のような声を上げて顔を赤らめた。


「なんか、ウチのモノと訓練だって聞いたんで助太刀に」

「ケントさんが味方してくれるのですか!?」

「あ、うん。マストールも助太刀だよ」

「スヴァルツァの小娘。状況はどうなっとるか?」


 マストールがマルレニシアの前に立って仁王立ち。


「あ! はい! ハリスさんが何人も現れ、周囲を混乱に陥れています。アナベルさんが混乱した戦列に突入して戦線は崩壊しました!」


 うげ、マジで分身の術使ってんのか。


「トリシアとマリスが、ハリスたちの増援に回ったんだけど……」


 俺がそう言うと、マルレニシアの顔が絶望に変わった。


「だ、団長が……!? もうダメです。終わりです……」

「大丈夫じゃ、スヴァルツァの小娘。オヌシの首が取られねば勝負は付かぬ」


 ま、昔の戦ってのはそういうもんだよね。大将の首を取られたらおしまい。


「んじゃ、マルレニシアの護衛は俺がするかな?」

「ワシを差し置いて護衛できるか?」

「んー。マストールも一緒に護衛すれば問題ない」

「ふむ。ではヌシはあっちの方を」


 マストールに示された方向は、演習場の南西。


「オーケー。周辺を扇状に守ればいいんだな?」

「そうじゃ。二つの扇にて鉄壁の警護じゃ」


 仁王防御壁の陣。などと勝手に心の中で名付ける。二扇と仁王を掛けているんだけどね。


 不意に一〇本ほどの矢がマルレニシアのいる陣幕に飛んできているのが見えた。


射撃防御空間フィールド・オブ・プロテクション・フロム・ミサイル


 俺は無詠唱で魔法を使った。


 半径一〇メートル程の淡いドーム状の防御壁がマルレニシアを中心として展開され、飛んできた矢を全て叩き落とす。


 少々驚いた表情のハリスが周囲に何人も現れた。


 さて、戦闘開始かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る